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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

秋田洋上風力発電株式会社 能代港洋上風力発電所見学レポート
洋上風力普及の試金石に、秋田で日本初商用運転スタート

2050年カーボンニュートラル実現に向け、再生可能エネルギー主力電源化の切り札として、洋上風力発電の導入拡大が進められています。2024年5月22日、神津カンナ氏(ETT代表)は、2022年に商業ベースでの大型洋上風力として日本で初めて運転を開始した秋田洋上風力発電株式会社(AOW)能代(のしろ)港洋上風力発電所を見学し、地域と共存共栄しながら試金石の役割を担う現状を伺いました。

国内洋上風力発電事業のモデルケースを目指して

大館能代空港から日本海沿いへ車で約1時間、AOWの本社を訪問しました。AOWは能代港・秋田港の港湾区域にて、国内初商業ベースでの大型洋上風力発電事業「秋田港及び能代港における洋上風力発電プロジェクト」に取り組んでいます。イギリスで洋上風力発電事業に関わったご経験を生かすべく丸紅から出向されている井上聡一社長から説明を伺い、動画を視聴しました。 本事業には大きく2つの役割・意義があります。①日本における洋上風力発電導入拡大の起爆剤 日本は2050年カーボンニュートラル達成目標を掲げるなかで、洋上風力発電を再生可能エネルギー主力電源化の切り札として、政府主導で2030年10GW、2040年30〜45GWの野心的な案件形成を目指し、産業振興・人材育成の持続的発展に向けた基盤づくりを進めています。「洋上風力発電はヨーロッパが先進地です。日本での本格導入は初めてなので、さまざまな問題の解決も含めてこれからノウハウを積み重ね、人材も育てていかなくてはならない」とのことです。②秋田の未来像づくり 秋田県は元々風に恵まれ、陸上風力の導入は青森県に次ぐ全国2位です。日本海側はうねりが小さく、作業船が運航しやすいのも利点です。県では洋上風力を未来の産業にしていこうと洋上風力発電所・基地港湾を活用した関連産業拠点の形成を図っています。現在洋上風力の促進区域に国から指定されている10区域のうち、最多の4区域が秋田県内から指定されており、AOW以外にも選定された4事業者が2028〜2030年にかけて運転開始予定で、秋田県は洋上風力発電のトップランナーの地位を確立しています。

会社・事業概要
【沿革】2015年:秋田県の公募に丸紅(株)が採択され、開発調査開始(丸紅はイギリスで洋上風力発電事業に参画し、知見・経験・人脈を構築してきました)。2016年:丸紅を筆頭株主として、秋田県内企業7社を含む13社が資本参画して会社設立。2020年:融資契約締結・着工。2022年12月:能代港商業運転開始。2023年1月:秋田港商業運転開始。
【発電容量】Vestas 社(デンマークの風車メーカー)製4.2MW風車を採用し、能代港:約84MW(20基)+秋田港:約55MW(13基)=合計約140MW(一般家庭の消費電力量の約13万世帯分≒秋田市の世帯数分に相当)。
【売電期間】完工後20年間(事業期間)は全量を東北電力ネットワークに固定価格で売電。
【総事業費】約1千億円
【運転・保守】運転開始後は能代運転管理事務所(本社)を拠点として、能代港・秋田港の両洋上風力発電所、陸上変電所などの運転・メンテナンス業務を実施しています。


■風車レイアウト図(能代港)

風車は県から決められた港湾内区域で風向きや地質、航路などを考慮して配置されました。各々の風車は海底送電ケーブルでつながっており、発電した電気は陸上へ送られ、埋設された陸上送電ケーブルで東北電力の変電所へ送られます。本事業は、発電した電気を変電所へ送るまでとなります。海底送電ケーブルの耐久性について伺うと、約2mの深さに埋設し、本事業中20年間は交換不要の設計であるものの、埋設深度の測定や非埋設部の破損有無を水中ROV等の機器を使用して、年に1回確認しているそうです。また、他社船舶の往来や防波堤工事などの影響を考慮しなければならないことや、風車を設置するSEP船(自己昇降式作業船)は浅過ぎる水深では作業できないなど、港湾区域ならではの難しさもあると話されました。ちなみに日本は沖合の水深が深く、海底に杭を打ち込む「着床式」は水深があまり深くなってしまうと技術的、経済的にも難しさが生じるため、風車を設置する海域は限られてきます。ヨーロッパの北海の南半分は約50m以下であるため、「着床式」が採用されています。日本は「洋上風力産業ビジョン」(2020年政府発表)を基に一般海域において案件形成を進めていますが、野心的な目標達成には現在主流の着床式に加え、浮体式の本格的導入も欠かせません。「秋田県も今後浮体式の実施を検討していくことになると思いますが、いかにコストダウンをして経済性を出せるかが、鍵になると思います。着床式のように浮体式でも実証事業や海外での事業参画を行っていくことでその経験を日本で生かせられれば…」と話されました。

秋田県内企業・人材を活用しながら建設・運転・運営

【陸上工事】2020年3月~2021年9月にかけて陸上工事(陸上送電ケーブル埋設、陸上変電所設備設置)を実施。
【洋上工事】2020年に事前調査として磁気探査船で不発弾の有無確認、深浅測量調査船で水深確認を実施。2021年3月~2022年12月にかけて洋上工事を実施。基礎の海底地盤の根固めのため作業船で砂利投入、SEP船で基礎(モノパイルとトランジションピース(TP))を据付、ケーブル敷設船による海底ケーブル据付、SEP船によるタワー、ナセル、ブレードの据付などを実施。試運転・法定検査後、2022年12月に能代港、2023年1月に秋田港での商業運転開始。
【運転】往来に使うCTV(洋上風力発電アクセス船)を両港1隻ずつ借りて配置し、作業員の方がTPの梯子に昇って毎日風車を点検しています。総勢約60名の方々が現場業務に従事され、約半数に県内人材を起用しています(2024年5月現在)。CTV運航や現場業務にも県内企業が入り、徐々に拡大中です。
【安全管理】秋田海上保安部・地元消防本部と連携して安全管理体制を構築し、日本初の洋上風力発電での合同救助訓練を実施し、モデルの確立を目指しています。


■基礎・風車イメージ図

風車はデンマークの風車メーカーVestas社製で、水面からブレードの最高到達点まで約150m、ブレードだけでも約50mの長さがあります。風車部材は日本でつくれないため海外で製作し、海上輸送(タワー:中国から3隻、ナセルとブレード:デンマークから3隻)により秋田港に搬入しました。洋上風力発電には多くの部品が必要です。今後日本でも需要が増えてくれば国内産業の振興策となり、国産化すると発電コストも下げられます。また、建設工事・管理も日本は未経験だったので、経験豊富なヨーロッパの技術者を相当数招き、一緒に経験を積んだそうです。ヨーロッパと日本とでは風況や海況が違うのではと思いきや、海外でもさまざまな条件の異なる場所でデータの蓄積があるため、例えばモノパイルの配置場所なども的確に評価できたとのことです。

洋上風力発電を契機とした秋田の未来づくりに貢献

AOWでは本事業を通じ、経済効果・教育効果・地域活性化効果の3本柱で、秋田県への貢献に努めています。
【経済効果】技術的に可能な限り、さまざまな工事や保守・運転で県内企業を活用しています。実績を積み上げた企業・人材が今後、ほかの海域で仕事ができることも期待されます。
【教育効果】洋上風力の技術者が日本では非常に少ない状況を打開すべく、県内の小中高生・大学生へのエネルギー教育や出前講座の実施、社会科見学などを通じた業務体験などにより人材育成に努めています。秋田港付近に開設したビジターセンター(展示場)では、本事業の完成模型、ケーブルの実物、工事風景の動画を教育題材として提供しています。「小学生にも見てもらって、こういう仕事もあるんだと肌で感じられる場所」を目指しています。
【地域活性化効果】AOWは地元のさまざまな活動へ支援を行っているほか、国内外から多くの視察・見学希望者を受け入れ、地域活性化を図っています。さらに2023年に秋田県と丸紅と三菱商事の三者で「洋上風力発電を契機とした秋田の未来づくり会議」を発足させ、洋上風力を契機に地域貢献できないかと、市町村と定期的に会議しています。「協賛・寄付だけでなく、秋田港一斉クリーンアップや能代市が実施する落ち葉清掃等の活動への参加、学生と話す機会をつくるなど、本事業はこれから19年残っているので引き続きさまざまな貢献をしていきたいと思っています」。

最後に見学のため、車で約10分、能代港の堤防に立つ高さ27mの「はまなす展望台」に向かいました。100段の階段を昇ると目の前に日本海が開け、遠くに男鹿半島も見えます。港湾内で数多くの風車のブレードがゆっくり右回りしている様子が一望できました。近くで見る風車はとても大きく、まさに壮観の一言です。点検作業を終えたCTVが港に戻って来る様子も確認できました。どこまでも続く青い海と空に真っ白なブレードが映える壮大な景色に、これから広がるであろう洋上風力発電の未来に思いを馳せながら帰途に着きました。


懇談を終えて

久し振りに飛行機に乗った。羽田でチェックインしたのだが、すっかり様変わりしていて驚いた。世の中のスピードは速い。まごまごしていると、すぐ乗り遅れてしまう。世の中のあらゆることのスピードを思った。
能代港にある秋田洋上風力発電の会社で井上社長の説明を聞きながら、優雅で美しい洋上風力発電にたくさんの苦労や悩みがあることを痛感した。どんなことも「白鳥の水かき」のように、私たちの目に映る姿の下で、必死に水を掻いている部分があることを忘れてはならない。インフラ産業は、あってあたりまえだからこそ、何か起こったら大変なことになる。それを背負って多くの社員は働いているのだと思うと、胸が熱くなった。
スピードと経済と技術と環境と伝統。それらのすべてを満足させる「さじ加減」は本当に難しいし、予測ができないところもある。しかしゴールはあるのだ。自然災害や政情不安を見据えながらインフラ産業を変化させ、定着させるということの大変さを思い知った気持ちだった。
風車は気持ちよく風に吹かれていた。それを見ながら、きっと井上社長は見えないところにあるさまざまな労苦を、今、感じているに違いないと思った。社長の佇まいには、悲壮感のかけらもなかったけれど……。

神津 カンナ

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