特集

エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

小泉武夫氏インタビュー
「発酵」の力で環境、食料、エネルギー問題解決へ

発酵学者、文筆家、食の冒険家、コメンテーターとしてエネルギッシュにご活躍中の小泉武夫氏は、「発酵」の力で医療・健康、環境、食料、エネルギー問題を解決しようと提唱されています。2024年8月22日、神津カンナ氏(ETT代表)は仕事場の「小泉研究室」を訪れ、日本人が育んできた発酵文化から、未来に役立つ発酵の可能性まで幅広くお話をお伺いしました。

「発酵」と「腐敗」の違いは?

神津 そもそも「発酵学」とはどのようなものなのですか?

小泉 よく「発酵」と言うと「腐っていること?」と考える人がいますが、「発酵」と「腐敗」は全く違います。納豆をつくる納豆菌、チーズやヨーグルトをつくる乳酸菌、お酢をつくる酢酸菌など、人間に良いことをしてくれる善玉菌の働きを「発酵」と言います。一方、人間に悪いことをする悪玉菌の中でも最も有害なのは、赤痢菌などの病原菌です。腐敗菌は、食べ物を腐らせるだけでなく毒素をつくるので食中毒になります。このように「人間に役立たないものは発酵ではない」と定義されています。

神津 なるほど。酒や味噌をつくる麹菌も善玉菌ですよね?

小泉 そうです。麹菌がないと日本酒や焼酎、味噌、醤油、みりんがつくれません。実は麹菌は北海道から沖縄まで、日本にしか生息していません。そこで、「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術」が2021年に国の登録無形文化財に登録され、2022年にはユネスコ無形文化遺産に提案されました。「国菌」は日本にしかなく、麹菌が認定されています。麹菌には日本酒、味噌、醤油、米酢、甘酒などをつくる黄麹菌と、沖縄にしか生息していない黒麹菌があり、焼酎や泡盛をつくっています。

神津 今年ニュースになった「紅麹サプリ」による健康被害についてはどうお考えですか?

小泉 紅麹はベニコウジ菌を穀物に生育させたカビの仲間で、麹の字が付きますが麹菌ではありません。麹菌と紅麹は、私たち微生物学者からしたらヒトとライオンぐらい違います。日本人は奈良時代から味噌汁を飲んできたほど麹菌は安全なもので、食生活を豊かにしてくれました。麹菌がなかったら日本の食文化は成り立ちません。

神津 なるほど。きちんと理解しないとダメですねえ。しかし日本人は相当昔から発酵を生活に取り入れてきたんですね。

小泉 日本は世界的な発酵の先進国で、長い歴史があります。奈良時代には朝廷が主醤(ひしおのつかさ)という官職をつくり、醤油や酒屋があったことが古文書に記されていますし、平安時代には麹菌を売る種麹(たねこうじ)屋が創業し、今も続いています。パスツールが発酵は微生物によって起こることや、コッホが結核菌を発見したのは1800年代ですが、その1000年前に日本人は発酵をどんどん利用していたのです。今ほとんどの医薬品は微生物による発酵でつくられていますが、日本の多くの製薬会社は発酵研究所を持ち、主にアミノ酸や抗生物質、制癌剤、ビタミン、胃腸薬などをつくっています。抗生物質は「発酵薬品」と言いますが、日本が今も最先端で世界を引っ張っています。

神津 医薬品の分野でも発酵の力が活用されているのですね。

小泉 ええ、そうです。とにかく日本人は非常に知恵が深く、実行力があることから、発酵の力を生かしていろいろな挑戦をしてきました。江戸時代、種子島に鉄砲は入ってきたものの火薬がなかったので、人間の小便を発酵させて火薬をつくっていたことが古文書に載っています。珍しさで言うと、世界的にも類を見ない発酵食品に、石川県でつくられる「フグの卵巣の糠漬け」があります。

神津 あることは知っていたんですが、フグの卵巣は猛毒。それをどうやって無害化したのか知りたかったのです。

小泉 そのフグの卵巣を3年間、塩漬けと糠漬けにして毒を抜きます。糠味噌の中には発酵菌が多く含まれていて、その中心の乳酸菌で「解毒発酵」するのです。南西諸島では、フグと同じく毒があって食べられないソテツの赤い実を麹菌で「解毒発酵」して、ソテツ味噌も売っています。世界の中で日本ほど、発酵文化が奥深い国はないと思いますね。

日本人は知恵と工夫と発想で発酵文化をつくってきた

神津 へえ。しかしなぜ日本ではそれほどまでに発酵文化が深まったのでしょうか?

小泉 日本は気候風土的に湿度が非常に高い国で、発酵菌がすごく多いからです。コウジカビ(麹菌)が日本にしかいないのもそういう理由です。「フグの卵巣の糠漬け」がなぜできたか、1つは日本人の「もったいない」という文化で、フグの卵巣も捨てずに何とかして食べようとしたのではないか。もう1つは日本の漬物という発酵文化。日本では昔、味噌や醤油もだいたい自分の家でつくっていたので、その中から発想が出てきたのではないか。あともう1つは、日本は世界一の魚食民族で、魚を食べることに慣れていたからではないか。この3つの要因が重なり合ってこれほどの珍味ができたと私なりに考えています。日本人は昔から見えない微生物を使って知恵と工夫と発想で食文化をつくり上げてきた「発酵民族」と言えます。

神津 小泉さんが発酵に興味を持つようになったのは小さい頃からですか?

小泉 うちは生まれた時から〝発酵屋〟、300年の歴史がある造り酒屋で、今も郡山で続いています。酒蔵と母屋は別でしたが、朝は蒸した米の匂いで目が覚め、酒づくりに使う器具を殺菌した熱湯を風呂の湯に再利用していたので、酒の匂いがぷんぷんしていました。小さい頃は自然の生き物に興味があり東北大学理学部に行きたかったのですが、親に「酒の勉強をしてこい」と言われ東京農業大学の醸造学科(当時)に進みました。つくり酒屋の跡継ぎが全国から集まり、冬休みは酒蔵で実習をして楽しかった! 約2,000人中トップで卒業しました。

神津 その後、東京農業大学の醸造科学科教授になられましたね。

小泉 八海山、南部美人、出羽桜など名高いつくり酒屋の跡継ぎを170人ぐらい育て、金賞を取る酒のつくり方を教えました。そのうち発酵全体の研究をしようと国立民族学博物館の研究員も勤め、世界を回って発酵にまつわる本を140冊以上書きました。

神津 世界のいろいろな土地を訪れた中で、もう一度食べたい発酵食品はありますか?

小泉  私が世界一旨いと思う発酵食品は日本の「くさや」です。江戸時代中期、新島の漁師が塩の代わりに海水にモロアジを漬けて干す、を繰り返すことで海水に魚の旨みが移ってそこに「くさや菌」が発生した結果くさやができ上がりました。くさやには高値が付き、江戸の好事家に愛されました。ヨーロッパの発酵食品と言えばチーズやヨーグルト、漬物はピクルスやザワークラウトぐらいしかありませんが、日本には大根漬けだけでも東京のべったら漬け、秋田のいぶりがっこなど約80種類あります。珍しいのは新潟に伝わる「なまぐさごうこ」で、イワシを3年発酵させた魚醤に干した大根を漬け込んでさらに2年発酵させたもので、それを焼いて食べると大根なのにイワシの味になります。

神津 へえ。初めて聞きましたが、市場には出回らないのですか?

小泉 その土地の人たちだけで伝承されているので流通されません。日本の地方では昔から細々と、自分たちの知恵で発酵食品をつくってきました。たとえば同じように出回らない発酵食品の、白神山地に伝わる「アケビのなれずし」は、山ぶどうを潰したジュースでご飯を練り、アケビの皮に入れて漬け込み、輪切りにして食べます。色がきれいで、ご飯が甘酸っぱくて、皮がシャリシャリしてすごく美味しい。雪深い冬の間にビタミンを補給する知恵の保存食です。

神津 お話を聞いていると全部美味しそうです! 和食には発酵食品が欠かせませんね。

小泉 2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された時、私は登録委員として和食の定義をつくりました。和食は「一汁三菜」、ご飯と味噌汁とおかず3つ。ですが本来は「一汁一菜」で、そこには味噌汁の味噌と漬物という発酵食品が2つも入っています。つまり発酵は和食の原点、日本人の原点なのですよ。

神津 しかも発酵食品は体にいいと聞きます。

小泉 江戸時代、東海道や中山道の旅籠で旅人に出すスタミナ食は、豆腐の味噌汁にひきわり納豆と油揚げを入れた味噌汁でした。つまりこれには4つの発酵食品が入っていることになります。私が80歳なのに肌がピカピカなのは、抗酸化性があるそれらの発酵食品のおかげです。さらに発酵食品は免疫力アップにも役立ちます。私は毎日、納豆に刻んだキムチを合わせてご飯を2杯食べています。

発酵すると熱が上がり、エネルギーが出る

神津  最後に、小泉さんが提案されている「FT(Fermentation Technology:発酵技術)革命」について、どういったもので活用は進んでいるのか教えてください。

小泉 「FT革命」は、発酵の力で問題を解決して人類を救おうというもので、4つの柱があります。1つは【健康問題】で、がんの特効薬などを発酵でつくれないものか研究が進んでいます。2つ目は【食糧問題】。アンモニアなどからアミノ酸発酵を起こし、これを集合させると肉の主成分となるたんぱく質が得られます。さらに旨味のイノシン酸も発酵でつくって合わせると、家畜を育てなくても合成肉ができます。これは今、東京大学などで研究されているところです。また、地球上には何億トンもの枯れ葉が毎年降り落ちてきますが、発酵微生物で分解すると人間に必要なブドウ糖を大量に得ることができます。3つ目は【環境問題】。現在、家庭から出る生ごみ(有機性廃棄物)の大半は燃やされ、また魚の加工場やスーパーの売れ残りなどの産業廃棄物も焼却や埋め立てで処理されています。

神津  もったいないですねえ。

小泉 私が関わっている生ごみリサイクルの堆肥化施設「三風(さんぷう)」(福島県須賀川市)では、生ごみも地球資源の一部と考え、土で発酵させて肥沃な堆肥に再生しています。発酵中には熱が上がるので、生ごみを搬入した翌日には発酵槽内で90℃まで上昇し、100mのレーンを約25日かけて発酵させると、サラサラした土のような無臭の堆肥「いずみ」(農林水産省登録済)へと生まれ変わります。食べ物でないものでも、人間に有効な発酵があるのです。しかも一年中微生物が働いてくれるので人手もかからず安く処理できます。付近の農家さんがこの発酵肥料でつくったトマトは水に沈んで、美味しいですよ。小学生が社会見学に来るので教育にも役立っています。

神津 東京都の浄水場を見学した時、最後は微生物で分解すると伺いました。

小泉 昔、東京都民の排水は垂れ流しでしたが、今は東京モノレールの昭和島駅の排水処理場などに集めて発酵処理し再利用されています。微生物は水も処理できるのです。不可能はありません。


■堆肥化施設「三風」地域資源循環システム施設概要

神津 発酵はエネルギーとも結び付きますよね?

小泉 まさにその通り、エネルギーも発酵でつくれます。「FT革命」の最後の柱は【エネルギー問題】です。1つはメタン発酵で、バイオマス(生ごみ、紙ごみ、家畜の糞尿、間伐材などの有機性廃棄物)をメタン菌で発酵させるとメタンガスが生成でき、すでに京浜工業地帯ではバイオマス発電が行われています。今、いくつかの機関が研究しているものの中に「水素細菌」に水素をつくらせて燃料にしようというものがあります。水素細菌が水(H2O)を取り込むと水素(H)と酸素(O)に分解するので、水から永遠に水素エネルギーを生成できます。微生物には食べ物が必要ですが、水素細菌の栄養源に有機性廃棄物を使うと生ごみも処理でき、格安で水素を生産できるという画期的なことなのです。


■水素細菌による高エネルギーの生産の循環図

神津 発酵には無限の可能性がありますね! 今日は小泉さんが「100%発酵食品のおかげ」と自負された肌艶の良さや活力に満ちたお話しぶりを目の当たりにして、今後もますます活躍され、発酵に関するさまざまな研究が発展されることを確信しました。ありがとうございました。


対談を終えて

小泉先生のバイタリティには驚かされる。お年(失礼!)とは思えないのだ。とにかく発酵に関してはどこをつついても明確な答えが返ってくる。
記憶力も凄い。何か説明が必要となると、夥しいご自分の著作の中から、「ここに書いたはずだ」とおっしゃって、著作本を背面の棚から見つけ出し、あっと言う間にページを開くのだ。私の知らない「発酵食品」を説明するときも料理家顔負けで、微に入り細に入り、レシピから作り方まで説明してくださる。それが聞いているだけで、目の前に浮かんできて美味しそうで、涎が出てきそうなのだから、凄い! 私はすっかり仕事を忘れて小泉ワールドに浸ってしまった。
日本の湿度は、勘弁して欲しいと思うものの、それが培った「発酵」という技術を思うと、本当に世界は一つではなく、さまざまな生き方があり、それを育み伸ばすことでその生き方が脚光を浴びるのだと思い知らされる。私たちも少し、「日本」を誇りに思わなければいけない気がした。
発酵技術は分かりにくい。そしてなかなか見えにくい。それゆえ置き去りにされやすいが、私たちはたくさんの「発酵」に囲まれている。その智慧に支えられて生きてきた。見えないものを見ようとする大切さをしみじみ感じた。
小泉先生のようなバイタリティー溢れる方が旗を振ってくださる今だからこそ、日本人のルーツともいうべき「発酵技術」を深める時なのかもしれない。 漬物を作ったり、鰹節を眺めたり、お湯に溶くのも忘れてみそを見つめたりしながら「発酵」の奥深さを思った。

神津 カンナ


小泉武夫(こいずみたけお)氏プロフィール

東京農業大学名誉教授/発酵学者
1943年福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学名誉教授。農学博士。専門は食文化論、発酵学、醸造学。現在、鹿児島大学、福島大学、別府大学、石川県立大、宮城県立大学ほかの客員教授、発酵食品ソムリエ講座・発酵の学校校長を務める。<その他の所属・役職>特定非営利活動法人発酵文化推進機構理事長など、食に関わるさまざまな活動を展開し、発酵の魅力を広く伝えている。<著書>新刊『江戸の健康食』(中央公論新社)2024年5月発売ほか、単著は148冊を超える。<Webサイト>「丸ごと小泉武夫 食 マガジン」 https://koizumipress.com/

ページトップへ