私はこう思う!

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チャンバラ小説の楽しみ方

水尾 衣里氏 eri mizuo
名城大学教授

時代小説が好きだ。中学生の夏休みに父から「これ、面白いよ」と山手樹一郎の本を何気なく手渡され、読んだことがきっかけだったように思う。しかし、それ以来続けて読んでいたわけではない。大学生になり再び家の本棚から取り出して読んでみたり、友人たちと話したりしながら、時代小説が好きならばと勧められたものを読んだりする程度であった。

今のようにネットで本を注文する時代ではなく、時折大きな書店に立ち寄って店内を巡り歩くのが楽しみであった頃、江戸時代の地図、いわゆる古地図を偶然見つけた。今でも覚えているのはそれほど高価でもなく、安政や元禄のものなどを二つ三つ購入したのである。買った理由は「これで時代小説がもっと面白く読めるはずだ!」と思ったからである。

時代小説のとりわけ捕物帳やヒーローのような剣術家の登場する物語では、町の名前、橋や寺院など具体的な場所がたくさん出てくる。そして登場人物は常に移動する。例えば、ある町から出発してどこどこの寺の路地を曲がって目的地まで一刻ほど歩いた、ということが書かれている場合、古地図を広げて、その記述に出てくるところを探して経路をたどると物語はいきなり3D化して、もうほとんど江戸テーマパークにいるような体験ができる。

こうした地図上のトレースは多くの小説で可能である。この楽しみ方を見つけてから時代小説の面白みは倍増した。そしていつの頃からかスマホで古地図アプリが使えるようになり、現在の地図データと重ねることもでき、実に簡単便利になった。

このような現代とは全く違って、時代小説の庶民の生活は質素で厳しい。江戸時代の生活にエコやリサイクルを学べということを目にすることもあるが、それは現代人が都合よく今と過去を重ね合わせただけのように感じる。確かに現代の生活も便利であるが、いろいろ厳しい。

今、過去に学ぶべきは彼らのそうした厳しいながらも面白おかしくやり過ごす、生きる力とでも言うようなものであるように思う。

(2024年8月)

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