木元 今後の日本においては、原子力発電の依存度を下げながら、風力、太陽光などの再生可能エネルギーや技術革新による効率のいい発電をめざし、新たな成長モデルにしていくと、APECで野田首相が発言しましたね。しかし原子力発電は即時ゼロにできないのが現実ではないでしょうか。
東嶋 日本のエネルギー消費量は、1970年代のオイルショック以降、産業部門では技術革新を進めて省エネをしてきたおかげで、この30年間ほぼ横ばいでした。
木元 産業部門でこれ以上の省エネというのは、絞りきった雑巾をもっと絞るようなもの。それにエネルギー不足になると日本の産業はますます衰退してしまう。一方、家庭や業務などの民生部門、そして運輸部門では消費量が倍増しています。
東嶋 昨年(2011年)の夏から皆さんのご家庭では、節電に協力していらっしゃるのではないでしょうか。我が家は昨夏、契約アンペア数を60Aから30Aに下げ、電気量の20%削減を目標にしたのですが、ワット数の大きい電化製品を同時に使わないなどの工夫をしないとブレーカーがすぐに飛んでしまいます。大人数の家族では難しいでしょうし、暑い時期にエアコンを使わず熱中症になるかもしれないため、快適な暮らしと節電を両立させるのは大変なことです。
木元 どの電力管内でも節電努力により、停電は発生しなかったので、原子力発電がなくても節電すればやっていけるのではないかという世論の流れがあります。電気を使った便利で豊かな生活が当たり前の世代の人たちには、かつて頻繁に起こっていた停電が起こらなくなったのは、原子力発電をはじめ技術革新による成果だとは想像もできないのでしょう。そして今、原子力発電所が稼働していない分、代わりに火力発電所がフル稼働してCO2排出量が増えているという現実も直視されていませんね。
東嶋 原子力発電を使わなくなると、燃料費の高騰、エネルギー自給率の低下、CO2排出量増加やエネルギーセキュリティといった問題が出てきます。
木元 日本は島国で、しかも資源がない国であると意識しなければいけません。というのは、脱原子力を提唱し、お手本とされるドイツは、ヨーロッパ中に張り巡らされたガスパイプラインや送電線によって不足分を近隣諸国から融通できるのです。
日本では原子力発電停止後、火力発電に頼らざるを得ず資源輸入の増大により燃料費は加算され、今後も世界の資源価格高騰でさらに加算されることが予想されます。だから原子力発電反対かつ電気代上昇反対というわけにはいかないと思います。
日本のエネルギー自給率は、自国でリサイクルして使うため準国産エネルギーと認められている原子力をのぞくと4%、入れても19%と、先進国の中でもっとも低い自給率です。
東嶋 エネルギー資源の輸入先としては、たとえば石油の9割は政情不安定な中東からです。国際情勢によって価格が上がっても輸入し続けなければならないことから、石油依存からの脱却を目指して原子力が推進されてきたはずです。
これまで私たちの暮らしを豊かにしてくれた電気の貢献度はとても大きいですが、電気の安定供給のベースが原子力発電だったということはあまり理解されていませんね。原子力の比率を減らしていくといっても、その代わりとなる火力や再生可能エネルギーをどれだけ増加しなければいけないかをセットにして考えていくべきです。
木元 昔から使用されていた水力や地熱とは別に、今、注目されている再生可能エネルギーは太陽光、風力、バイオマスなどですね。
東嶋 スウェーデンの火力発電ではバイオマスに注目し、CO2が大量に出る石炭に木材の廃棄物でCO2が差引きゼロとされるおがくずを混ぜて発電しています。一方、1980年に2010年までの原子力発電の段階的廃止を決めたこの国でも、2009年にはまた原子力発電所の更新認可に方向転換しています。
木元 バイオマスは森林国だからこその工夫で、適材適所のエネルギーという考え方ですね。日本の寒冷地でも、雪と氷を貯蔵して夏期の冷房に使ったり野菜のストック庫に活用しています。
東嶋 太陽光発電はメガソーラーに大きな期待が寄せられていますが、天気により出力が変動するためバックアップ電源が必要になり、そのため火力発電の助けがさらに必要になってきます。また、太陽光や風力発電の普及促進のため、電力会社が買い取った価格は「再生可能エネルギー発電促進賦課金」として家庭の電力料金に賦課されているわけですね。
木元 ドイツでは再生可能エネルギー促進のせいで電気料金高騰が問題になっています。また、料金プランや発電方法によって自分の好みの電力会社を自由に選べる電力自由化になっているのですが、小規模な会社と契約した人は料金の値上げばかりするので、大手会社に乗り換えようとしているそうです。
東嶋 ドイツは太陽光発電導入量世界第1位といっても、実は電源構成比の約44%(2009年)が石炭火力で、原子力発電が23%(2009年)。地熱・風力・太陽光等は8.8%(2009年)で、太陽光はそのうちごくわずかな割合しか占めていないことがあまり知られていません。さらに電気の売り買いが盛んなヨーロッパでドイツの再生可能エネルギーが増えたため、送電線を通してポーランドやチェコに不安定な電気が流れ込むことから隣接国では再生可能エネルギーの増加を喜んでいないそうです。
木元 石炭火力の割合を減らそうとすると雇用問題にまで発展してしまうほどの構成比を占めていますが、ドイツの石炭はあまり良質とはいえず、CO2のみならず有害物質が出るため、国内最大の森、シュヴァルツヴァルトが酸性雨のせいで立ち枯れてしまったこともありました。
東嶋 中国で90%、アメリカでも50%もの電源構成比を占めている石炭火力発電においては環境汚染問題が深刻ですが、有害な物質を減らす技術と高効率発電の技術は日本がトップクラスというのは心強いですね。
木元 自分の国だけで阻止することができない環境問題と同様に、エネルギー資源の確保も一国だけではどうにもならないわけですね。
東嶋 国土が狭く資源が少ないという点で日本と共通するフィンランドでは、ロシアからの電力輸入依存を減らすために、原子力発電所増設を発表しています。再生可能エネルギーの割合を増やす努力をしながらも、原子力発電の技術を安全に確保して推進するそうです。
エネルギーセキュリティという問題を考えると、やはりどうしてもリスク分散をしなければならないと思います。省エネ努力を続けても限界がありますし、また自給率が低いと資源の確保に国際情勢の影響が大きく、リスクが高くなります。
木元 停電が起こりやすいような不安定な環境でストレスなく暮らせるかどうか、皆さんそれぞれが考えてみれば、やはり安全に安定した電気を供給してもらいたいと思うはずです。
東嶋 イギリスの首相だったチャーチルがこう言っています。「一つの品質、一つの家庭、一つの国、一つの道筋、一つの分野に依存することはあってはならない。石油の安全と確実性は多様さにおいてのみ存在する」── この言葉は、エネルギー政策の試金石といわれています。1900年代には石油のために二度の大戦が起こりました。
今、石油という言葉はエネルギーという言葉に置き換えられると思います。
木元 石油がない国だったから、かつての日本は資源を求めて中国や南の国に侵出せざるをえなかったわけです。そして、世界で唯一の原爆投下国という不幸を背負うからこそ、原子力を平和利用していくことで、世界に向けて大きなメッセージを発信できるとも考えます。
これまで原子力発電など複数の組み合わせで安定的に供給されてきたエネルギーの選択を今後はどうすればいいのでしょうか。国任せにするのではなく、日本の将来像をも見据えた上で各国の事情を精査しながら、私たち一人ひとりがどうあるべきかを考える時が来ていると思います。
評論家/ジャーナリスト
TBSのアナウンサーを経てフリーとなり、現在はエネルギー・環境、教育、女性、高齢化、農業問題など幅広い分野で放送番組等への出演、講演、執筆等を行っている。1998年~2006年の9年間、内閣府原子力委員会委員を務める。現在も経済産業省をはじめ多くの審議会委員等の公職を務める。絵本「100年後の地球」など著書多数。
ジャーナリスト/筑波大学非常勤講師
筑波大学比較文化学類卒業。在学中に米カンザス大学留学。読売新聞記者を経て独立。医療、生命科学、科学技術、環境、エネルギー等の分野で、「いのち」をキーワードに科学と社会のかかわりを追っている。『死因事典』『放射線利用の基礎知識』『人体再生に挑む』(以上、講談社)『名医が答える「55 歳からの健康力」』(文藝春秋)など著書多数。