神津 今日は、日本のこれからのエネルギーを考える上で、大切なことは何なのか、それぞれの分野のご専門の方からお話を伺いたいと思います。まず初めに、今、お考えになっていることをお三方にお話しいただきましょう。
山名 エネルギー問題において、私たちは今、未曾有の激流の中にあり、だからこそ原点を見直すことができるのではないかと考えます。原子力の原点とは、なぜわが国に原子力が必要なのかということ、そしてどのように安全に使用していけばよいのかという二つです。世論の流れや政党公約などで軽々しく脱原発をうたっていますが、経済、外交、生活、環境などすべてに影響をもたらす問題でありながら、原子力発電がなくなると結果としてどうなるかをきちんと説明していません。安全面については、福島の事故の反省から、電源と水の確保という基本的な対策を見直し、さらに防潮堤の建設や免震強化も進められています。想定外の事象が起こっても、日本の安全度は世界標準からみて高く評価できると思います。今後、途上国を中心にエネルギー需要の増加や原子力発電所増設が見込まれますが、先進国でも英米などにおいて原発推進派の市民が多いのは、温暖化対策、国家レベルのエネルギー安全保障のために原子力は必要だととらえているからだと思います。
秋庭 日本の原子力政策の仕組みについてお話すると、福島の事故直後、安全性をチェックする「原子力安全委員会」は注目されましたが、同じ内閣府の審議会である「原子力委員会」はあまりその活動が知られていませんでした。しかし、政策を企画、審議、決定する役割として福島の廃炉に向けた中長期の取り組みなどを検討していました。2012年9月に、「原子力安全委員会」は、より第三者的な機関としての原子力規制組織である「原子力規制委員会」に移行しています。「原子力委員会」は、その基本方針として「原子力政策大綱」を策定していますが、福島事故以降中断し、一度は再開したものの、10月には廃止することになりました。なぜかというと、9月に発表された「革新的エネルギー・環境戦略」において、原子力を含むエネルギー政策については今後、閣僚で構成される「エネルギー・環境会議」を中心として確立することになったからです。また、2030年代に原発依存度ゼロを可能とするよう、再生可能エネルギーにあらゆる政策資源を投入することになりました。「グリーン政策大綱」が2012年末までにまとまる予定です。一方で、これまで核燃料サイクル政策など原子力政策を担ってきた「原子力委員会」は、役割の見直しが迫られています。私個人としては、「グリーン政策大綱」は明るい未来予想図を描いているように見えますが、再生可能エネルギー普及にともなうコスト負担の覚悟がどこまでできているかといった問題を、皆さんにもう一度考えてほしいと思っています。
小島 メディアに在籍している私がまず申し上げたいのは、メディアから出されている情報をそのまま信じてはいけないということです。ニュースとして取り上げられるのは、奇異な現象や目立つ行動、または人びとに共感される話題であり、直接的に伝わる映像にしやすい出来事です。メディアの情報は公平中立ではなく、あくまで記者やマスコミ会社の意図に従って加工されたものであり、決して事実、真実ではないといえます。テレビに出演し解説をする専門家の先生も、番組の意図にあわせたコメントをしてくれる人を抽出し、発言も都合よく編集されていることが多々あります。たとえば、放射線の内部被ばくががんを発生させるといった不安を駆り立てるようなストーリーをあらかじめ作っておいて、ストーリーラインからはずれた情報は表に出さないということがあるわけです。そして一度流布した情報は、修正される機会を与えられないと、誤った情報のまま信じられてしまう怖さがあります。
神津 普段は案外、直接意見を交わすことも少ない専門家の方々ですから、この機会にお互いにこの場で質問したいことを尋ね合うのはいかがでしょう?
山名 英米では、福島の事故後、安全だという政府のステートメントが発表され、市民はそれを安心材料にしましたが、情報を伝えたのはメディアです。政府やメディアの役割が根本的に日本と違うのはなぜでしょうか?
小島 国民性の違いだとひとことで言ってしまえば簡単ですが、確かに政府の判断が冷静なのかもしれません。政府は自信を持って発表しているからそれを受けたメディア側も自信を持って伝え、その結果、市民が安心するのではないでしょうか。民主党政権という事情もあったかもしれませんが、日本の官僚はどうしても世論迎合的になりやすいため、意見がぐらついているような気がします。
神津 さて、国民的議論の上でエネルギー選択を、ということでしたが、最終的には全電源のなかで原子力発電の割合をどうするか、というところだけが切り取られ、ただ数字だけが踊り、それぞれの選択によって社会や経済がどう変化するのか、具体的な解説がまったくなされずに決断を迫られたのは、何とも不親切な議論だったように思いますが、いかがですか?
山名 原子力撤退によって発生するリスクが明確に見えないようになっており、果たして電力の安定供給が維持されるのか、あるいはコスト負担は実際にいくらになるのか、説明されないから勝手に想像するしかないわけです。
秋庭 電気の安定供給がどれほど大切なことなのか、自然災害などで停電を体験してみないと想像がつかないものです。今のうちにしっかり考えて将来の方向性を見据えておかないと、日本は取り返しがつかなくなりますね。
小島 仮に新聞を全紙読んだとしても、もしかすると全紙が間違った方向を指し示しているかもしれません。みなさんは情報から一歩距離を置いて、情報の正確さを判断しなければならないですし、テレビの映像が大きな影響を与えるというのなら、原発停止→電気料金上昇→生活困窮者増加といったシナリオの映像を視聴者に提示すれば、分かりやすいと思います。福島直後は、放射線による食品の安全は心配ないという記事を書くと、抗議が殺到しましたが、今は一般の人はかなり落ち着いて受け止めるようになりました。提供先が正確な情報を発表してくれれば、マスコミもまた正確に伝達できるようにもなるわけです。
神津 安全性といえば、日本の原子力発電の安全性というのはどのように認識すべきでしょうか?
山名 原子力発電だけでなくあらゆる事象、産業などにおいても、リスクゼロはないといえます。問題は想定基準をクリアしているからよしとするのではなく、想定外が起きても発生するリスクを軽減できるかどうかであり、現在、国内すべての原子力発電所でも対処に努めています。はじめにお話したように、将来の日本にとっては原発廃止によるリスクの方が高いのではないかということです。
秋庭 福島事故が起きるまでは、日本の原子力発電所は世界でトップクラスの安全水準といわれていたのに、いったい、その根拠はどこにあったのでしょうか?
山名 ものづくり、技術レベル、そしてそれを支える向上心は世界のトップといえます。しかし、そうした長所を安全に運用する制度や組織が脆弱ということです。
小島 関係者が集まって問題を討議する場合にも、時間切れで終了したり、あるいは日本人は対等の立場で議論を展開するディベートが不得意のような気がします。
秋庭 人数の多い方に迎合したり、声の大きな人の意見ばかりが目立ちますね。正論を言ってもアピールできないなら言っても仕方ないとあきらめてしまうところもあります。
小島 学校教育の場でディベートをしたり、メディアリテラシーを学んでおく必要性があります。我々メディアの目的は、みんながリスクを共有できるようにすること。リスクを伝えることで、受け取る側が判断材料にし、どの分野でどの程度のリスクなら許容範囲なのか、真剣な議論を望みたいです。
秋庭 きょうの話をご家庭に持ち帰って議論していただき、さらに機会があれば公の場で意見を述べることも大切だと思います。
山名 福島の事故を経験してしまったために、原発廃止に傾くのも無理はないかもしれませんが、一年半以上の時が経ち、社会の混乱は終息しつつあると思います。この時期に至り、ようやく原点に立ち戻って、原子力はなぜ必要なのか、そして安全性保持をどうすべきか、といった議論を深める時が来ていると思います。
神津 日本のエネルギー戦略は、オイルショックを契機に原子力発電に舵をとり、今またそれが変わろうとしています。変化を恐れてはいけませんが、急ハンドルを切るのはとても危険です。海外の国々では、それぞれどのようなエネルギーのベストミックスを構築しようとしているのか。エネルギー安全保障を見据えた上でのエネルギー戦略、資源獲得はどうなっているのか。核不拡散条約という外交問題も含め、過去の歴史や現在の状況をすべて展望した上で、今後の日本のエネルギー政策を考えるべきでしょう。きょうのお話をもとに、私たち一人ひとりがささやかな勉強を積み上げて、日本を沈没させないようにしていきたいと考えています。
内閣府原子力委員会委員(常勤)
石川県生まれ。早稲田大学商学部卒業。1989年通産大臣認定消費生活アドバイザー資格取得。消費者の視点でエネルギー・環境問題を中心に活動。2003年よりNPO法人あすかエネルギーフォーラム理事長、05年より社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会常任理事に就任。10年より現職。
毎日新聞社生活報道部編集委員
愛知県生まれ。愛知県立大学卒業。1974年毎日新聞社入社。サンデー毎日や長野支局、松本支局を経て87年東京本社生活家庭部、95年千葉支局次長、97年から現職。2000年からは東京理科大学非常勤講師も務める。主な担当は食の安全、環境、健康問題。主な著書は『誤解だらけの危ない話』『誤解だらけの放射能ニュース』(エネルギーフォーラム)、『アルツハイマー病の誤解』(リヨン社)
京都大学原子炉実験所教授
京都府生まれ。1981年東北大学工学博士。81年~96年旧動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)にて再処理開発や先進リサイクルシステム開発に従事。96年より京都大学原子炉実験所。専門は重元素の放射化学、核燃料サイクル工学など。原子力の専門的立場から原子力政策などに関わる国の委員会に参加するとともに、わが国の原子力利用の在り方について積極的に意見発信をしている。主な著書は『間違いだらけの原子力・再処理問題』(WAC出版)、『放射能の真実』(電気新聞ブックス)、共著に『それでも日本は原発を止められない』(産経新聞出版)。
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