近年、世界中で異常気象が問題になっています。竜巻が起きたり、大粒の雹が降るなど日本ではかつてほとんどありませんでしたし、アメリカの穀倉地帯では干ばつのせいでとうもろこしや小麦が不作になり、そのあとには豪雨が降り続いたりしています。30年に一度程度しか起こらなかった豪雨や大干ばつが、過去50年間の計測データを比較すると頻発していると報告されています。
その原因は地球温暖化だと言われています。なぜかというと、気温が上昇すると海面の温度も上昇し、水の蒸発量が増え、上空で大きなエネルギー量になった熱を放出するため、気圧配置が変わり、降雨量が極端に増加したり、逆にまったく降らないといった現象が起こるのです。
太平洋にあるマーシャル諸島の一つの島で海面が上昇し、島が海に沈む可能性があるというので、現地で調べたことがあります。海抜の低い環礁の島ですから、どこか一カ所でも波に削られて海に沈むと環礁が切れて移動ができず生活が困難になり、地下水に海水が混じって飲み水として使用できなくなるという生命の危険にもさらされています。
実際に地球の気温は、200年前と比較して0.8~0.9℃上昇しており、その原因は産業革命時に始まった化石燃料の大量使用によるCO2増加とされています。太陽により温められた地表から放出される赤外線を、水蒸気やCO2などの温室効果ガスを含む大気が吸収したり放出して、地表や下層の大気を温めてくれるため、人間の居住に適した気温に保たれているのですが、CO2の濃度が高くなると、宇宙へ逃げていく赤外線が減少し地表や大気が冷めないのが地球温暖化のメカニズムです。200年前には280ppmの濃度だったCO2は、現在、400ppm近くにまで高くなっています。
地球の気温上昇は太陽活動(黒点数)の変化によるものだという気象学者もいますが、11年周期の太陽活動と気候変動の周期は一致しておらず、100%ではないにしてもCO2原因説が正しいと判断し、世界中で地球温暖化対策の協議が始まりました。1994年には温暖化防止のため大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを目的に、気候変動枠組条約が発効されています。
地球の気温がこのまま上昇していくと、どうなってしまうのでしょうか。先日、東京で行われたカナダやアメリカの学者たちによる講演では、気温上昇は文明社会の崩壊を引き起こすということでした。なぜなら、地球の全面積120億ha に人口70億人が生活し、すでに180億ha 分の環境を使って環境容量を超えているからです。たとえばアラスカからコロラド州にかけての針葉樹林が虫にくわれ枯れてしまったのは、暖冬で越冬する虫が増えたせいですし、大西洋からの湿った空気が上空で雨になって落ちるため豊かな森林に育ったアマゾンの熱帯雨林は、地球の空気を浄化してくれて温暖化防止に役に立っていますが、今や伐採率が19%に近い。この伐採率が20%になると水の循環に影響が出て、乾燥化や冬枯れが一気に進み、地球温暖化は一気に進むでしょう。
また、大気中のCO2が増加して海に溶け込んでいるため、海水の酸性化が起こり、サンゴ、魚類、プランクトンや海藻がカルシウムを海中から摂取できなくなり、生態系の変化が見られます。そして海水温の上昇によって世界の海流が循環しなくなると、たとえばメキシコ湾流が北上しなくなってヨーロッパが寒冷化し、居住地域が減少してくるという影響が出てきます。
生物が生きる上で最も大切な物質は水です。しかし温暖化によって水不足という深刻な問題も起きます。豪雨は流れが激しすぎて地中に水をためておくことができず、使用できる水の量が減ったり、あるいはまた降水量の激減によって農業は壊滅的なダメージを受け、食料不足にもなります。特に人口30 億人を抱えるアジア圏では、今世紀中に水不足の深刻化が予想されています。その結果、起こりうるのは、国境を越える大規模な難民移動で、ゲルマン民族大移動など歴史上でも多くの先例が残っています。
すでに地球の許容基準を越えているCO2濃度ですが、減少対策は、なかなか進展していません。なぜならCO2を排出する化石燃料は、発電資源としてはもちろんのこと、社会生活におけるあらゆるエネルギー源として欠かせないもので、化石燃料のおかげで発展した先進国が、これからエネルギー使用量を増加させ経済発展し豊かな生活になろうとしている途上国に対し、CO2削減対策を要求するのは無理があります。逆に途上国側が先進国に対し、技術提携はもとより対策コストの資金援助を要求しても、今のような世界的経済危機の状況下で受け入れられるはずがありません。
一方、原子力発電停止による火力発電増加でCO2排出が増加している日本は、環境容量をすでにオーバーして使用している分を、エネルギー消費減少で解決するならば、100年前のくらしに戻さなければならず、こちらも不可能といえるでしょう。
人類は、火というエネルギーを発明したことによって進歩し、より豊かな暮らしができるようになってきたわけですが、火をおこすために使われたのは木材でしたし、人が定住するためにも森林は伐採され、地球の環境を犠牲にしてきました。
南太平洋のイースター島は1,000年ほど前から人間が住むようになった島でしたが、一昨年、私が訪れて目にしたのは、まったく木のない荒涼とした風景の中に立つモアイ像でした。人口増加により熱帯森林が伐採され、食料不足から人が住めなくなり、現在はチリ領として観光地化され人口も戻ってはいますが、取り返しのつかない環境破壊の結果をありのままに見せています。
では、環境をこれ以上、犠牲にしないために、どういう努力をすればいいのでしょうか。人口を減らすことが最も有力と言われますが、日本では減少化が進んでいるのに、これ以上減少させると国の維持も危うくなります。それなら経済の低成長によって、エネルギー消費を減らすのはどうか。仮に減らしたとしても、たとえば石油価格が上昇すれば経済活動コストが上がり、それを製品価格に上乗せできない、だから賃金を下げるしかない、というように、これまで以上に景気の悪循環になります。
また温暖化対策に有効だと注目されている再生可能エネルギーですが、国のエネルギー・環境会議「コスト等検証委員会報告書」によると、原子力発電がkWhあたり8.9円*の発電コストに対し、太陽光(住宅用)は約33円~約38円、風力(陸上)は約10円~約17円と比較的高い現状にあります。そして再生可能エネルギーは天候に左右され不安定な電源のため、バックアップ電源も必要ですから、二重投資によってさらに電気料金が上がる可能性も出てきます。
現在は、停止状態だった古い火力発電所を再稼働させているために、国内では停電もなく電気が供給されていますが、石油、天然ガスの価格は、日本の需要増にともない上昇し、それが諸外国、特に途上国にとっての問題を引き起こしています。そしてアメリカではシェールガス、シェールオイルの開発により自給自足の見通しをたてているため、石油など中東との取引が不必要になれば、日本にとって、これまでアメリカ海軍に守られていた海外からの資源輸送ルートが不安定にもなってきます。
今後の世界的な環境問題とエネルギー事情をふまえ日本のエネルギーセキュリティを考えてみると、エネルギーの選択肢として原子力発電は欠かせないと私は考えます。福島の事故を受け、原子力発電推進の意見は非難されがちですが、仮に日本が原子力発電から撤退しても、日本と比べものにならないほど脆弱な安全対策しかしていない中国などの途上国が今後は推進していくのです。また世界で年間CO2排出量は280億トン、ドライアイスに換算して周囲19km高さ1.6kmの円錐になりますが、放射能廃棄物ならば縦、横、高さ16mの立方体にしかなりません。容積は200万分の1です。地球環境にとっても、原子力発電の選択の答えはおのずと見えてくるのではないでしょうか。
*下限値、事故リスク対応費用が1兆円増加するとkWhあたり0.1円上昇するとされている。
科学ジャーナリスト
1933年、山口県生まれ。九州工業大学工学部卒業。読売新聞社入社後、東京本社社会部、科学部記者、解説部次長、論説委員として原子力や環境、宇宙開発、科学技術全般を担当、中東の石油や欧米の気象、廃棄物、海洋開発、原子力事情など海外取材の経験も多い。東京工業大学大学院非常勤講師。「原子力と報道」、「原子力と環境」など著書多数。