エネルギー問題は複雑でわかりにくいという声をよく耳にします。そこで、身近な電気料金の話から、再生可能エネルギーの普及の仕組み、世界のエネルギー事情に至るまで、益子直美氏(スポーツキャスター)の問いかけに答える形で、石川和男氏(社会保障経済研究所代表)にわかりやすく説明いただきました。
益子 今日はエネルギーの難しい話をわかりやすくお話しいただけると聞いて来ました。
石川 私はエネルギーや社会保障、政治について講演をする機会が多いのですが、中でもエネルギーの話をするのが一番難しいんです。聞きなれない言葉が多くて話についていけないという声もよく耳にします。今日は何か一つでも覚えて帰ってもらえるよう、頑張ってみますね。エネルギー問題を講演やシンポジウムで取り扱う機会が増えたきっかけは、やはり東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故です。
益子 あの事故以降、不安に思うことが多くなりました。
石川 放射能が怖いというイメージから、日本全体で原子力に対する不安と不信が募りました。しかし、というより、だからこそかもしれませんが、原子力発電のおかげで電気代が安く抑えられていた事実はなかなか認めてもらえません。
益子 地域による電気料金の差はありますか?
石川 大手電力会社10社の料金は、大差はありませんが微妙に異なります。北陸電力は一番安い。これは資源輸入コストがかからない水力発電の比率が高いからです。全国一と言われています。
益子 富山県は急流の河川を生かした水力発電の開発が盛んですね。水力発電マップを見て、水力発電所がとても多いことを知りました。
石川 このあたりの地形は水力発電に向いているんですね。でも、志賀原子力発電所が再稼動すれば、電気料金はもっと安くなるはずです。技術的な安全が確保されても再稼動がなかなか進まないのは、支持率低下を恐れる政治家が、かつてのように原子力発電の必要性に言及しないからです。
石川 ところで、益子さんは電気料金の領収書を毎月チェックしていますか?
益子 正直に言って、あまり見ていません。でも、今日は実は持ってきました。会場内の皆さんはいかがですか? チェックしている方・・・1/3くらいしかいないようですね。
石川 自動引き落としだと気づきにくいのですが、領収書に書いてある電気料金の内訳には「再エネ賦課金」というものが含まれています。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを普及させるコストを電気のユーザーがみんなで負担するものですが、設定単価が非常に高い。しかもまだ高くなる見込みなのに、気づいていない人が多いのが現状です。日々の買い物で意識することの多い消費税は、増税となれば大反対が起きるでしょう。ところが、電気料金と一緒に知らず知らずに支払っている「再エネ賦課金」は、電気料金にかかっている消費税よりも実は高いのです。再エネに罪はありませんが、この制度設計には問題があると思います。
益子 その高い設定単価というのは、私たちが知らない間に決まっていたのでしょうか。
石川 政府は公表しましたが、話題になるほど大きくは報道されませんでしたし、当時は日本全体が「脱原発のために再エネを」という空気に支配されていたので、気付かなかった人も多いと思います。消費税と比較したのは、その利用目的も考えて欲しかったからです。消費税は全額が年金や医療、介護などの社会保障に回ることになっていますが、「再エネ賦課金」は電力会社が徴収した後、再エネ事業者に収益として渡る仕組みです。賦課金制度のお手本となったヨーロッパの中で太陽光や風力発電が盛んなデンマークは再エネを最も多く導入しており電源構成の50%近くを占めているため、その代わり電気料金は他国より高くなっています。
益子 北海道の稚内でロードレーサーの夫と自転車で走っていたら風が強くて前に進めないくらいでした。風車もぐるぐる回っていましたよ。
石川 稚内は風力発電の設置数も多いですね。ところがせっかくの再エネ発電も、民家から近すぎるということで、稚内市が規制しているとも聞いています。
益子 それから自転車で田園地帯を回っていると、地元の方が、太陽光パネルや風車が増えて景観が損なわれるのが心配だとおっしゃっているのを耳にしました。そういった反対運動も今後は増加するかもしれませんね。
石川 「再エネ賦課金」の総額は、2018年度に2〜3兆円、2030年度になると4兆円に達します。巨額すぎて実感が湧きませんが、消費税で比較するとどうなるか。日本の年間消費税1%分は2兆5千億円なので、消費税1%分よりも多いと考えると、イメージしやすいのではないでしょうか。
益子 これからまだ増えるということですね。すでにそこまでお金を投入していることにも驚かされます。
石川 また、3.11以前と比べて、原子力発電停止による追加燃料費は2011〜16年度累計 15.5兆円にも上ります。再エネ買取総額/賦課金総額の2012〜17年度累計 8.5兆円/6.4兆円と合わせると、電気料金が上がるのは当然といえます。しかし中小企業にとってこの値上がりは死活問題。一度、事故を経験して怖い、嫌だという気持ちがあることは当然とも言えますが、原子力発電所の再稼働は電気料金を抑制するメリットがあります。各電源を比較してみると、火力のうち石炭は最も価格が安いですがCO2排出量が多い、というようにそれぞれにメリット、デメリットがあるので、色々な電源をミックスして使う=ベストミックスが日本の社会と経済のバランス維持に適した選択だと思います。
益子 グラフを見ると、2015年に燃料費が大きく減っている理由は何ですか?
石川 この年は、為替レートが円安で輸入費が安くなったのに加え、原油価格低下が重なったからです。しかし、原油価格は短期的にも中長期的にも高下するので、依存するリスクは大きいです。日本は1973年にオイルショックで石油依存による痛い経験をして、脱石油を図り天然ガスや原子力に大きく舵を切りました。
石川 ところで現在、世界で最も使われているエネルギー源は何だと思いますか? 途上国のエネルギー需要が増加しているため、安価な化石燃料が最も多く、石炭、天然ガス、石油の順になっています。そして最も少ないのが風力と太陽光です。電力供給量の推移を見ても、石炭・天然ガスは漸増、石油・原子力は横ばい、再エネは微漸増となっています。つまり世界では、一般に言いはやされているいるほど再エネは普及していません。
益子 太陽光は24時間発電できないし、風力も風任せで、不安定な電源ですね。私は以前テレビ番組のために、火山国で地熱を利用して成功したアイスランドに行きましたが、地熱でかなりの電力を賄えていると聞きました。またそこで使われていたタービン機械が日本製でした。現地の方から「なぜ同じ火山国の日本では地熱を利用しないのか」と言われたんですが。
石川 アイスランドは、地熱発電で電力の3割、水力発電と合わせてほぼ100% を再エネで賄っています。人口が少なく日本の0.3%しかいないからそれで十分賄えるのだと思います。日本では温泉地帯は景勝地が多く、国立公園などに定めて自然を残そうとする国の方針がある上、地熱発電のせいで温泉が枯渇する可能性が指摘されているため、開発が進みません。もう一つの問題として、地熱を掘り当てられる確率が低いこともあります。経産省が調べたところでは、ポテンシャルとしては2,300万kW、つまり100万kW級の原子力発電所23基分があるそうですが、現在、日本全国の地熱発電量は54万kWしかありません。
益子 お隣の韓国や中国の電気事情についてはどうでしょうか。韓国は電気料金が安いと聞いていますが。
石川 韓国は日本と同じように自国の資源が少ないですが、電気は生活になくてはならないインフラなので、国が料金を規制して抑えています。中国政府の方針は、最近聞いたところでは、今後原子力発電所を200基作る予定だそうです。石油、天然ガスという資源があるのに、原子力発電所も100基あるからこそ巨大国家になったアメリカ。だから中国は、経済発展のために原子力発電を推進するのです。そして北京に代表される空気汚染を止めるため再エネを促進しており、すでに太陽光発電では世界一の国になっています。
益子 日本は狭い国ながら太陽光発電を普及させて、アメリカに次いで3位だとか。今後、再エネが爆発的に普及するために必要な条件は何ですか?
石川 価格の安い蓄電技術の開発ですね。世界的に見て、自動車業界で開発が先行し、電力業界はその後になると予測しています。エネルギーシフトには何世代にもわたる長い時間を要するので、エネルギー問題は長いレンジで考える必要があります。今のところ、主要先進国などでは石炭依存度低減・ゼロ化を提示していますが、エネルギー需要の大きい中国、インドその他アジア諸国などでは、石炭利用を推進する見通しです。
益子 先進国と途上国で大きな違いがあるということですね。
石川 原子力についても誤解されがちです。福島第一原子力発電所の事故後も世界的には原子力が選択されていることをあまりマスコミは報道していません。世界の現状をデータから分析し、その動向を見ながら、日本はエネルギーの選択を進めていかなければならないと思います。再エネに対する過度の期待がマスコミに溢れており、確かに期待はあるけれど、エネルギー変換は急激には進まないことを、皆さんにもぜひ知っておいていただきたいです。
社会保障経済研究所代表
1989年東京大学工学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー庁、生活産業局、環境立地局、中小企業庁、産業政策局、商務情報政策局、大臣官房などを歴任し、2007年退官。08年まで内閣官房・国家公務員制度改革推進本部事務局企画官、内閣府・規制改革会議WG委員、専修大学客員教授、政策研究大学院大学客員教授、東京女子医科大学特任教授などを歴任。現在、社会保障経済研究所代表ほか。著書・寄稿、テレビ・ラジオ出演など多数。Twitter @kazuo_ishikawa
スポーツキャスター
スポーツキャスター、タレント、元女子バレーボール日本代表選手。東京都生まれ。中学入学と同時にバレーボールを始める。高校 3 年生で日本代表選手に選ばれ、世界選手権、ワールドカップなどに出場。実業団のイトーヨーカ堂入社後、同社の日本リーグ初優勝にエースとして貢献。