近年、地震や異常気象による災害が増加していることから、防災の備えについてみんなが関心を持つ傾向にあります。しかしもし生活の基盤である水や、電気、ガスなどのエネルギー供給が途絶えたとしたら…。今回の講演では、私たちの目線で考える身近なエネルギーについて神津カンナ氏(ETT代表)に、個人、地域、そして国全体で考えるこれからのエネルギー需要構造について柏木孝夫氏(東京工業大学特命教授・名誉教授 科学技術創成研究院先進エネルギー国際研究センター長)にお話を伺いました。
私は仕事の機会に様々な場所で様々なエネルギーの側面を見てきましたが、その経験から興味深く感じたことが幾つかあります。東日本大震災後の被災地に行った時に驚かされたのは、自立型エネルギーのパワーでした。被災地で活躍していた自衛隊員は、被災者のために調理したりお風呂を造営してくれましたが、彼らは普段から水も食料も自分たちで調達して何でも作れるよう訓練されていたのです。燃料もドラム缶に入ったガソリン、軽油を自分たちで調達して利用しており、エネルギーの自立の強さを目の当たりにしました。また、岩手県の海岸線を走る第三セクターの三陸鉄道は軽油でエンジンを動かすディーゼル機関車なので、地震で電車は止まりましたが、車内の電気、暖房、自販機、トイレがすべて動いていたため、一度は避難所に向かった人が戻ってきたくらいです。自家用車も車内でエンジンをかければ冷暖房に、ラジオをつければ情報源になり、エコノミー症候群の問題はあるけれどプライバシーが守られるという利点がありました。
今年一年も日本各地で天災が多くありました。東日本大震災の教訓を生かし、独立型の電気やガス設備が普及しつつあると感じています。北海道胆振東部地震の時には、スマートハウスにしていたおかげで電気自動車にためてあった電気を利用し大停電の影響を受けなかった例があります。しかし独立型の家に住んでいる人はごくわずかで、ほとんどの人が系統運用の電気につながる必要があるのが現実です。またヨーロッパに目を転じると、電力網とガスパイプラインが縦横につながっているので、不足や余剰があれば隣国と融通ができます。しかし天然ガス値上げを了承しない東欧諸国に対してロシアがパイプラインを閉鎖するという危機もありました。つまり、つながっていることと独立していることの双方にメリットデメリットがあるから、両立させておかないと問題が生じるのです。
視察時にもう一つ感じたのは、今は移行期間だということです。東日本大震災を経てエネルギーに対する考え方は大きく変わりましたが、すべての電源を再生可能エネルギーに、という「理想」は持ち続けるとしても、実際に移行が完了するまでには何十年という長い時間がかかるでしょう。その間も私たちは生き続けなければいけない。だからエネルギーについては安全性、環境性を追求するだけではなく、経済性も同時に省みなければ現実的には難しいと思います。 一つだけを選択し他を切り捨ててしまうよりも、バランスよく選びながら状況を見極めていった方が良いのではないでしょうか。
日本を代表する工芸品の漆は、漆掻き職人が激減したせいで、現在、中国産に99%取って代わられているそうです。「漆はいいね」と言いながら、日本人が日本産のものを買わなくなれば、ますます衰退していきます。かつてニューヨークのメトロポリタンオペラハウスに行った時、場内で配られた冊子には「オペラハウスを支えてくださる人たち」と書かれ、寄付金のランク順に名前が記載されていました。その中で最も人数が多い「フレンドシップ」のメンバーになるには、年間たった1ドルの寄付でいいのです。金額にかかわらず、思い立ったら行動に移さなければいけない、とその時強く感じた思いを今も覚えています。
とはいえエネルギーや防災について個人でできることには限界があり、民間企業でも安全対策にお金をかけられる企業と、そうでない企業もあります。だからこそこれからは自治体が独立した強靭なシステムを持つことが重要になってきます。自治体の中に、災害時にここに来れば必ず備蓄品があると安心感を持ってもらえる場所を作り、地産地消のインフラで個人も自治体も支えられるようになってほしいと感じています。
また私たちはいろいろな角度からものを見る時に、数や量にも注意をしなければなりません。「わらびに発がん性物質」という新聞の見出しを見て、すぐに私たちは「わらび」は危険だと思い込んでしまう。でも現実的には膨大な量を食べない限り健康被害はありません。情報を感覚だけでとらえるのではなく、きちんと数量的に捉えることも重要です。特にエネルギーやインフラについては、災害を教訓として学び、次のステップに一段でも上っていくためにも、感覚だけではとらえない冷静な視点が大事ではないかと考えています。
電気は、電力の需要と供給量を瞬時に一致させなければなりません。同時同量にしないと、電圧や周波数など電気の質が低下し、大規模な停電発生の原因となります。電気は生き物と理解してください。電気の供給が下がれば電圧が下がりますが、血圧が下がりすぎて貧血になるのと同じこと。逆に、供給が増えすぎて需要を上回ると電圧が上がり、高血圧になるのと同じです。天候に左右される太陽光や風力のような不安定電源が系統に入ってくると、周波数が乱れ不整脈と同じような状態になります。電力会社は供給量を需要に合わせるために、系統内で緻密に調整し、ピーク時にも対応できるように発電設備を余分に用意しておく必要があり、運営コストがかかっています。また太陽光や風力のような再生可能エネルギーを主力電源にするためには、安定化した電源として使えるように、余剰発電分を貯めておく蓄電池や水素に変えて蓄える技術、そしてより精密な系統のシステム制御が必要になります。
これまで電力会社は、供給量を安定させるため需要がピークになる時間帯に事業者に電力需要の抑制を促す契約をしてきました。ピークが発生しそうなタイミングに需要を抑制すれば、ピーク需要のために用意されてきた発電機の建設・維持管理コストを削減できるようになります。IoTの普及によりこうした需要家側による制御が、デマンド・レスポンスDemand Responseと呼ばれるもので、一斉に需要量を抑制する「下げDR」のことを「ネガワット取引」と呼びます。また電力抑制による対価の報奨金はあらかじめ節電契約を結んだ需要家側に支払われる仕組みになっています。
電力需要の抑制は、IoTを活用した電力会社のスマートメーターを通して行われます。すべてのものがインターネットにつながるIoTにより、既存の系統とは独立したスマートハウスでは、太陽光で発電した電気を電気自動車で蓄電したり、エネファーム(燃料電池)の使用により、電気をつくり利用する場所が一致します。電力の小売全面自由化により、需要と供給に合わせて電気料金は変動するけれども(=ダイナミック・プライシング)、家電製品や空調設備などすべてがインターネットにつながるホームエネルギーマネジメントシステム(HEMS)では、家庭で太陽光がつくるエネルギーや現在消費されているエネルギーの見える化にとどまらず、家電や電気設備の利用時間を最適に制御してくれ、電気代が安い時に乾燥機を使うなど自ら判断してくれます。
HEMSを地域で導入するのが、地域エネルギー管理システム(CEMS)。横浜や北九州で実証実験が始まっていますが、地域でまとめて電力システムを運用できれば、太陽光などの不安定な電源の導入が拡大しても系統電源への影響は少なくなり、さらにその土地の自然を生かした再生可能エネルギーを組み合わせて地産地消型のエネルギーができます。電気の需要と供給の同時同量達成により、他が停電になってもその地域だけは再生可能エネルギーで賄われ、また自治体の市庁舎などには分散型の非常用電源や蓄電施設を作って災害時に備えたり、一人暮らしの高齢者住宅の遠隔操作による見守り駆けつけサービスを導入するなど住民の安心度も増し、魅力的な自治体として価値が上がるので、金融機関や事業者による自治体への投資といった経済的な流れも生まれてくると思います。
エネルギーに関するサービスを地産地消で進めることにより、資源を輸入に頼っている日本において、為替レートの影響による歳出を抑制し、お金を各地域、各自治体で循環させることができ、地域の活性化に結びつきます。また地域で電気をまとめることができれば効率が良くなり、既存の電力会社が管理する系統ネットワークと上手にリンクしあうことで、電力会社にとっても大規模発電所の効率の良い稼働が期待でき収益も上がると思います。これからの日本のエネルギーは、自分たちの電力を自分たちの中でできる限りつくり、自給率を上げること、それが国家の強靭化に結びつくと考えています。
講演後、Thinkオーレ!代表の松村氏の司会によるミニトークが行われました。「エネルギーや防衛は、その時の政権によって方針が大きく変わるが、国土強靭化については過去の災害体験を次に生かして進めることが重要」という神津氏の意見や、「島国の日本だからこそエネルギーについては多くの選択肢を持ち続け、その時々の状況に対応し、デジタル技術をうまく使いながら地産地消エネルギーを推進したほうが良い」という柏木氏の意見がありました。会場からは「観光地に展示してある水車を使って発電しイルミネーションに応用できないか模索している」という発言があり、「大分は温泉が有名だが、地熱、水力発電も見直されており、今後は自然を活用した地産地消エネルギーにもっと取り組んでいきたい」という松村氏の言葉で締めくくられました。
東京工業大学特命教授・名誉教授 科学技術創成研究院 先進エネルギー国際研究センター長
1946年東京生まれ。70年、東京工業大学工学部生産機械工学科卒。79年、博士号取得。80年から、米国商務省NBS招聘研究員。東工大助教授、東京農工大学大学院教授などを経て、2007 年より東京工業大学統合研究院教授、09年より先進エネルギー国際研究センター長、12年より特命教授・名誉教授。11 年よりコージェネ財団理事長。18年より、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期エネルギー・環境分野プログラムディレクターに就任。現在、経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員、水素・燃料電池戦略協議会座長 、内閣府エネルギー・環境イノベーション戦略推進WG座長などを歴任し、長年、国のエネルギー政策づくりに深く関わる。17年、エネルギー・環境分野で最も権威のある国際賞「The Georg Alefeld Memorial Award」をアジアで初めて受賞。著書に「超スマートエネルギー社会5.0」、「スマート革命」、「エネルギー革命」、「コージェネ革命」など。