前半は松井亮太氏(海外電力調査会調査第一部研究員)による講演「みんなの知らない 世界のエネルギー事情 意外と面白い 原子力をめぐる世界の国々のはなし」、後半はトピックスとして「北海道胆振東部地震に伴う北海道全域における停電について」、「九州電力エリアでの再生可能エネルギー導入状況と出力制御の概要」について、それぞれ北海道電力、九州電力の担当者から解説をいただきました。最後にメンバーによるグループディスカッションの結果をグループごとに発表しました。
2011年の福島第一原子力発電所の事故以後、日本の新聞では原子力発電について取り上げることが多くなり、一方それまで注目されていた温暖化や気候変動についての記事は減り、日本人全体の関心が低くなっていると言えます。ほとんどの主要国は発電電力量あたりのCO2排出量を削減していますが、日本だけ増加しています。また、世界の原子力発電量は日本以外の国でみると今のところ増加し続けています。
現在、世界で原子力発電を使っている国は31カ国(計451基)。米仏英の3カ国を見ると、アメリカで運転中の原子炉は98基(世界一)、2011年以後は6基が廃止、さらに17基が廃止の方針ですが、主な理由は安全性ではなく経済性の悪化です。CO2を排出しない利点を優遇し原子力発電を経済的に支援しています。フランスで運転中の原子炉は58基。発電比率は約75%と高いのですが、15年、前オランド政権が25年までに比率を50%に下げる「エネルギー転換法」を制定。マクロン政権(17年〜)もこの目標は維持しつつ実現性を検討した結果、18年11月に、CO2排出量削減の観点から原子力比率50%の達成を35年まで先送りする「エネルギー多年度計画」を発表しました。運転中の原子炉が15基のイギリスでは20年代に大半が廃止となります。18年12月、約30年ぶりの新規建設に着工しましたが、他の建設計画について先行きは不透明です。
国際エネルギー機関(IEA)の将来予測によれば、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保つというパリ協定の目標達成には、毎年20GW(約20基分)原子力発電を増やす必要があります。その他の主要機関の予測でも、CO2削減に有効な原子力発電は今後も緩やかに増加していくと見られています。ただし、そのためには国民の受容性が必要です。
日本の隣国、韓国と台湾の動きはどうでしょうか。韓国の運転中の原子炉は24基、発電比率は3割。これまで積極的に原子力開発を進めてきましたが、12年に原子力業界で部品成績書偽造・贈賄などのスキャンダルが発覚しました。さらに16年には朝鮮半島における観測至上最大の地震が発生し、原子力発電の安全性への関心が高まりました。17年5月、大統領に就任した脱原子力派の文在寅氏が「既存原子炉の寿命延長を認めない」、「既に寿命延長運転中の月城1号機は可能な限り早期閉鎖」、「未着工の4基の計画を白紙化」、「新古里5、6号機(工事進捗率約30%)の建設中断か否かは社会的コンセンサスを求め、どんな結果であれ従う」と方針を表明。
社会的コンセンサスを求める方法として、「討論型世論調査」(Deliberative Polling(以後DP))が採用されました。 DPは1980年代にアメリカの研究者により発案されたもので、1回限りの意見を調べる世論調査とは違って、国民から無作為かつ偏りなく代表者を選び、判断に必要な情報を与えた上で小グループで議論を行い、最終的に投票で意思決定をするという方法です。
まず韓国の有権者約4,000万人の中からランダムに電話調査を行って得た有効回答が約2万人分。回答者の男女比と年齢構成は均等に分かれ、新古里5、6号建設に対して賛成・反対・わからないが1/3ずつ。このように回答者に偏りが生じなかった理由は携帯電話と固定電話の比率を9:1にして、在宅していない人にも電話調査できたから。このうちDPに参加意欲を示した約5,000人の中から討議を行う500人を「男女比」「年齢構成」「賛成・反対・わからない」の3つの構成比が等しくなるよう無作為抽出。17年9月のオリエンテーションでは原子力発電推進・反対団体がそれぞれプレゼン。その後、新古里5、6号機計画や原子力政策に関する詳細な資料が提供され、疑問点があれば推進・反対両方の専門家が回答。3週間の学習期間後、10月に行われた2泊3日の総合フォーラムでは小グループ(9〜10人)の議論でさらに理解を深めました。そして最終投票の結果は、建設賛成(59.5%)が反対(40.5%)を上回りました。実はこのDPでは、建設再開だけではなく将来の原子力政策についても議論され、最終的に「減らすべき」が過半数を超えました。これらの結果を受けて政府は、新古里5、6号機の建設再開と原子力発電低減を決定。建設中の5基を60年間運転すれば、韓国の原子力発電がゼロになるのは2083年ごろになると予想されます。
日本でも民主党政権の2012年にエネルギー政策に関するDPを実施しており、電話による1次調査で「30年時点で原子力発電ゼロ」の支持が約30%だったのに対し、代表者を選んで学習と議論をさせた結果、最終的には約50%に支持が拡大しました。しかし閣議決定は見送られています。韓国と違って日本のDPは固定電話だけで1次調査をしており、DPの参加者が高齢者と男性に偏っていたなどの問題点もあったので、私は韓国のような方法でもう一度DPを行ってもいいのではないかと思っています。
1980年代半ばまでは積極的に原子力開発を進めてきた台湾では、当時発電比率の50%を占めていましたが、その後は反対運動などの影響で新規建設は進みませんでした。99年に推進派の国民党政権が第四原子力発電所の建設を開始。しかし2000年に与党となった民進党は建設を中止し、08年に再び与党となった国民党が建設を加速化。11年以後は野党民進党と環境団体による反原子力運動が展開され、国民党はやむなく新しい原子力政策を発表。「第一、第二、第三原子力発電所(計6基)の寿命延長なし(25年廃止)」、「第四原子力発電所(2基)は安全性を確認してから運転(16年頃運開)」。それでも反対派は第四原子力発電所の中止を求め13年には大規模なデモが発生、14年に政府は工事凍結を発表しました。台湾の国民が原子力発電に強く反対する理由の1つは地震大国だから。世界の運転中原子炉422基(11年時点)のうち地震の危険性が非常に高い場所に立地するのが12基。そのうち6基が台湾にあり、しかも人口密度が高い台北市は原子力発電所から30km圏内にあります。
16年、総統に選出された民進党の蔡英文氏は「第四原子力発電所建設中止」を発表。17年には「25年に原子力ゼロ、再エネ比率20%達成」を発表しますが、太陽光と風力で1%、水力2%の現状に対して実現困難という批判もあります。また原子力発電所6基中3基が停止して電力需給が逼迫していた17年8月には大規模停電が発生。停電後に蔡総統は「再エネ増強で停電回避、脱原子力政策に変更なし」を改めて強調したのですが、国民は脱原子力政策に疑問を抱き始めます。大学の学生らを中心とした環境団体は、エネルギー問題の正しい知識を普及し原子力発電に対する反対感情の打破を目指して、住民投票に向けた署名活動を開始。そして、18年11月に行われた住民投票では「25年までに全原子力発電の運転を停止する法律の条文廃止」を賛成多数で決定。それでも蔡総統は「脱原子力という目標は変わらない」と発表。20年に行われる総統選が注目されるところです。
原子力発電の問題は国民にとって重要かつ答えを出すのが難しい問題だと思います。気候変動リスクと原子力発電リスクにはトレードオフ(二律背反)があり、世界を見てみると、原子力発電リスクの方が大きくて受け入れられない国はドイツ、スペイン、スイス。気候変動リスクの方が大きいと考えている国はフランス、イギリス、アメリカ(一部の州)。両者の間で揺れている国が韓国、台湾だと思います。もちろん、気候変動リスクだけでなく、エネルギーセキュリティなども重要な要素です。NASAの分析によると、原子力発電を無くして火力に置き換えた場合の気候変動リスクは原子力発電リスクより高くなっています。このような確率論的リスク評価(PRA=Probabilistic Risk Assessment)研究は世界中で行われており、おおむね原子力発電のリスクの方が小さいとされています。しかしリスクマネジメントのISOでは「安全とは許容できないリスクから解放された状況」と定義されており、専門家による見解だけでは決められず、受け手つまり原子力発電のリスクを負う国民がどう感じるかが大切だと思います。
最近の社会科学では、専門家より一般大衆による意思決定の方が案外正しい結果を生むことが明らかになりつつあります。原子力発電や気候変動といった解が見出しにくい難問は、十分な情報に基づき熟慮した国民の判断を正しいと考えるべきだと思います。また日本のエネルギー政策において、3E+S(安定供給、経済性、環境性、安全性)が掲げられていますが、これに加えて2つのP、つまり、力強く牽引する政策(Policy)と国民の受容性(Public acceptance)が必要です。
原子力発電を推進する国もあればやめる国もありますが、いずれも気候変動を抑制しようとしています。気候変動対策と原子力受容性の両方をバランス良く考える必要があります。
海外電力調査会調査第一部研究員
京都大学大学院エネルギー科学研究科修了。首都大学東京ビジネススクール(MBA)修了。海外電力調査会で海外の原子力動向調査や国際協力に従事。17年出版の書籍『みんなの知らない世界の原子力』ではプロジェクトマネージャー兼メインライターを務めた。日本学術振興会「未来の原子力技術に関する先導的研究開発委員会」メンバー。
大量の電気はためておくことができません。そして、電気の使用量と発電量を一致させる「同時同量」が電気の安定供給のポイントです。北海道電力の中央給電指令所では、24時間365日、北海道全体の電気の使われ方を予測・監視しながら、発電所に発電量の指令を出し周波数を一定に保つことで「同時同量」を維持しています。2018年9月の地震直後、電気の使用量に対して発電量が下回りバランスが崩れ、周波数が大きく低下した結果、発電所が発電を維持できず停止したため、大規模停電になりました。原因は、第三者による検証委員会の検証の結果、「苫東厚真1・2・4号機の停止」と「狩勝幹線など主要な送電線4回線の事故による水力発電所の停止」が複合要因となり発生したと整理されました。今後は、再発防止に向けて、負荷遮断(緊急措置としてお客さまへの送電を停止すること)の設定の見直しや、ブラックスタート(全域停電の状態から発電所が自力で発電すること)に関する復旧手順の見直しなどを確実に実施していきます。
全国に占める九州エリアの総面積、総人口、需要電力量は約1割なのに対し、電源構成は分散されているとはいえ太陽光・風力の接続量は全国の約2割を占めています。最近の電力需給状況は太陽光が需要の80%を超えることもあり、揚水発電所を稼働させることにより再生可能エネルギーで発電した電力を吸収するなどの取り組みを行っています。また電力の安定供給には需要供給のバランスと周波数の常時一定が必要ですが、天候により発電量が変わる再エネ導入でバランスが崩れないように、火力発電などの出力調整をしなければなりません。一方、再エネ導入拡大で調整余力が今後も厳しくなる中、経産省の実証実験を受託し世界最大級の大容量蓄電池を豊前変電所に設置したり、他エリアへ送電したりするなど、電力の需要供給のバランスを維持する取り組みを今後も行っていきます。
ETTメンバーによるグループディスカッション後に発表された意見の中で、両者の話に共通した感想は、「専門的な電気用語が多かったので、エネルギーの勉強をしている私たちでも短時間では理解が難しい」「電気の同時同量の仕組みなどぜひ一般に伝えたい」「電気が送られてくるシステムを教育として子供に伝えるなど情報の発信方法が大きな課題」。北海道電力に対しては「電気が送られるシステム自体が理解しづらく難しい」「泊原子力発電所が稼働していたら停電は起きなかったのでは」という意見。九州電力に対しては「九州は再エネ導入率が高いのにまだ拡大し続けるのはなぜか」「出力制御は今後も起こるだろうから、日本全体で余剰電力をやりとりできる仕組みはできないのか」という意見でした。また松井氏の講演を受け「私たちは日本のエネルギー政策で原子力を選択した歴史を振り返り、国には将来のエネルギー政策についてしっかりした軸を示してもらいたい」という意見もありました。