近年、エネルギーと環境問題は世界の重要課題の一つになっていますが、子供たちに向けての教育はどのように行われているのでしょうか。前半は、次世代を担う子供たちに対するエネルギー環境教育を積極的に行っている北海道の取り組みについて、榎並典昭氏(北海道エネルギー環境教育研究委員会委員長/札幌市立稲穂中学校長)にお話しいただき、後半は、世界のエネルギー環境教育にも詳しい山下宏文氏(京都教育大学教授)に、日本におけるこれまでの環境教育の課題と新学習指導要領による変革について、お話しいただきました。
北海道エネルギー環境教育研究委員会(以下、委員会)は2002年2月に設立されました。豊かな海や大地からのおいしい産物に恵まれた北海道は、日本の食料自給率が38%なのに対し、200%を誇っています。しかし、21世紀に入り環境汚染や地球温暖化による収穫への影響、あるいはまた生活に欠かせない原油の高騰などもあり、子供たちにとってエネルギー環境教育は重要だと認識し取り組みが始まりました。小中高などの校種や教科の異なる教師が一堂に会して連携を図り、教える側としての知識や技能研修のための勉強会を行っています。委員会が考えるエネルギー環境教育とは、「人間生活を支えるエネルギーの学習を通じて、それに関わる環境について学ぶ」こと。つまり学習の入り口がエネルギーでありエネルギーを軸教材とした環境教育を行おうとしています。
委員会では過去7回にわたり全道大会を行い、昨年秋には私が校長を務めている札幌市立稲穂中学校で大会が開催され、「『生きる力』を培うエネルギー環境教育の実践〜持続可能な社会を目指し、自ら行動する力を育むエネルギー環境教育~」をテーマに、自ら考え判断し足元から行動できる力や新しい時代にも対応出来る力を育むことをねらいとしました。会場となった稲穂中学校は札幌中心部の西側に位置し、手稲山の麓にあります。地盤が頑強なので先日の北海道地震でも揺れは少なく、校舎屋上に敷き詰められた太陽光パネルでつくられた電気が停電時にも活躍してくれました。また石狩LNG基地のタンクも窓から目にすることができ、生徒たちがエネルギーについて学ぶのに適した場所と言えます。
エネルギーに関する十分な知識を持っていない教師たちは、委員会の集まりで専門家の講演を聞いたり教材研究をしたり、また道内のエネルギー関連施設の視察も行い、例えば石狩LNG基地に隣接して建設されている石狩湾新港火力発電所や水力発電の定山渓ダムなど普段見ることができない施設を見学し、広めた知識をもとにして教師それぞれが教材を作ります。また効果的な指導のために、その1 事実を知る(正しい知識と理解)、その2 現象に触れる(体験的な学習や実験・観察、そして見学・取材活動)、その3 関わりに気づく(判断して行動に移す)という3つの視点を重視しています。エネルギー環境教育の定義に基づいた学習の中で、指導上のこの3つの視点を重視しながら子供たち自らの学びを位置付けた授業展開を構築していけば、子供たちがエネルギーや環境問題を他人事ではなく自分に関わる問題として認識できるようになり、さらに解決のための意思決定や行動の選択ができるように育成されると考えています。
また、授業が終わった後、1カ月ほど経ってから生徒たちにアンケートを実施しています。さまざまな教科を学んでいる子供たちが、どこまで授業の内容を覚えているのか、授業は楽しかったのか、役に立つことは何だったのか、自分たちがエネルギー環境問題でできることは何かについて問いかけます。ほとんどの子どもが授業は楽しかったと答えていますが、その他の質問に答えられない場合、教師にとっては授業内容、方法などの反省材料になり、次の授業につなげていくきっかけにもなります。
委員会の支部は、旭川、道南、道東の3つあり、研究大会が2年に一度、札幌で開かれ、大会のない年は、授業実践交流会を3つの支部で交代に開催しています。学習指導要領が新しくなったので、委員会として全体研修会を行い、来年度にどのような授業が展開できるのか試行錯誤しているところです。今後は子供たちがより能動的に学べるような授業作りをし、教科の枠組みを超えた授業を行いながらも、各教科の役割や担うべき内容、育てたい能力を明確にしていく必要もあります。また小学校でスタートさせたエネルギー環境教育は、中学、高校と系統的な学習の継続が重要だと思っています。そして子供たちがエネルギーや環境についてより考えを深め、未来の社会で正しい判断に基づいて行動を起こせるようになってくれればいいと考えています。
国民のエネルギーに対する関心は、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故により上昇し、その後は下がりましたが、2018年9月の北海道地震によるブラックアウトでまた少し高まりました。しかし時間が経てばマスメディアはほとんど取り上げなくなります。関心が持続しない原因の一つには、学校教育に責任があるといえるでしょう。今、学校でのエネルギー教育に積極的に取り組んでいる自治体は、福井県美浜町がよく知られているのですが、まだとても少ない状況です。私自身、大学で環境教育は研究しましたが、環境とエネルギーを結びつけて考えられず、教員になってから諸外国のエネルギー環境教育の実態を調査するうちに初めて関心を持つようになりました。日本の教育においてエネルギー教育が熱心でなかったのは、社会で起きている問題と学校で扱う問題は別ものと考えられていたからです。教育はある意味で理想論ですから、現実とかけ離れた理念で進めてきたと言えます。しかし文部科学省が2017年に告示し2020年に完全実施になる新しい学習指導要領の考え方では、「社会に開かれた教育課程の実現」をめざし、現実の世界に目を向けるようになっています。従って教員自らも意識を改革していく必要性が出てきました。
これまであまりエネルギーの問題を重視してこなかった日本の学校教育において、エネルギー教育が意識されるようになったきっかけは、やはり地球温暖化の問題だと思います。その後、国連による「持続可能な開発のための教育の10年」(ESD: Education for Sustainable Development)が2005年にスタートし、現代社会が抱える様々な課題を身近なところから取り組み、解決につながるような価値観、行動によって持続可能な社会を作っていく担い手を育むことが求められるようになりました。日本では2000年代にエネルギー環境教育の具体的な取り組みが始まり、エネルギー政策の一環としても推進されるようになります。しかし、残念なことに2011年以降はトーンダウンしてしまい、ようやく2014年に再開されたエネルギー教育モデル校も今年度で打ち切られようとしています。
新学習指導要領ではこれまでと異なり、現実の社会と教育をきちんと結びつけ、対応力を身につけさせるようになっています。また子供たちが自らの人生を切り開いていくために必要な資質や能力を教育課程で身につけ、これまで学校のみで行われてきた教育の場を、家庭、地域や企業と連携しながら広げていき、持続可能な社会作りという共通の目標の実現に向かうとされています。子供たちの育成を目指す資質・能力には3つの柱があり、(1)生きて働く「知識・技能」の習得、(2)理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)、(3)どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)です。育成を目指す資質・能力のひとつに、現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力というのがあるのですが、エネルギー環境教育が育成しようとしているのは、自然環境の変化や資源の有限性の中で持続可能な社会を作るために必要なエネルギーや環境問題に対応していく資質・能力にほかなりません。
「持続可能な開発のための教育」(ESD)は、「持続可能な開発目標」(SDGs: Sustainable Development Goals)に対応することになります。SDGs は2015年に国連サミットで採択され、国連加盟193カ国が2016年~2030年の15年間で達成するための目標を掲げています。①貧困、②飢餓、③保健、④教育、⑤ジェンダー、⑥水・衛生、⑦エネルギー、⑧成長・雇用、⑨イノベーション、⑩不平等、⑪都市、⑫生産・消費、⑬気候変動、⑭海洋資源、⑮陸上資源、⑯平和、⑰実施手段という17のゴールのうち3/4以上が環境に関係しています。そして⑦エネルギーについては、「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」という大きな目標が掲げられています。つまり地球上のあらゆる国や地域で安定して安価なエネルギーを供給できるようインフラを拡大し、また世界のエネルギーミックスにおいて再エネの割合を高めるなど環境負荷の低減化を目指すということです。
日本において持続可能な社会の実現に必要な条件の一つに、エネルギーの安定的確保があります。しかし現在、日本のエネルギー自給率が8%足らずだと知っているのは大学生でもわずかであり、地球温暖化の原因であり排出削減が世界的に求められているCO2はエネルギー起源によるものが9割を占め、日本では原子力発電所の停止により増えた火力発電によるCO2増加についても多く語られていません。エネルギー問題の解決には、まず知ることが大切です。子供たちに教える教員は10年おきに研修を受けて免許更新の講習を受けなければなりませんが、私が担当したこの夏の講習では、世界の主要国の一次エネルギー構成のグラフを出して、国別の石油や石炭の生産量などを参考にしながら世界でエネルギー消費量が多い上位12カ国の国名を推察してもらいました。こうした思考力(考える力)を育てることが、今、強く求められているのです。
世界のエネルギー環境教育の取り組みでは、ESD(持続可能な開発のための教育)は共通していますが、手法は大きく分けて3つに分類されます。1つ目はフランス、スウェーデンなどエネルギー(環境)教育を重視、2つ目はドイツ、イギリスなど環境教育としての位置づけ、そして3つ目のアメリカは科学教育としてのエネルギー(環境)教育で、アメリカは独自の体系的なカリキュラムを開発しています。1つ目のグループのフランスで小学5年生の授業の一例として、原子力発電所を見学し電気の作り方を学んだあと、グループごとに資料やインターネットを用いて確認しながら大きな紙1枚にまとめを書き、それを保護者や地域の人々に向けて発表していました。一方、スウェーデンの授業では、フランスよりも詳しく原子力発電について扱っており、小中高と繰り返し議論をさせることで、エネルギー選択の主体は国民にあるという認識を持たせ、将来の選択ができるよう自分の意見を持ち、さらに集団での討論によって適切な判断ができるようにもしていました。
エネルギー資源が乏しいにもかかわらず、日本ではこれまでエネルギー環境教育が浸透していませんでしたが、これからは教員の問題意識を高め、エネルギーを理科的、科学的概念でとらえるのみならず、社会の重要な要素としてとらえながら学べるカリキュラムや教材の開発を目指し、学校と家庭や社会が連携できる体制の整備、さらに生涯学習としての意識を高めるようにする必要があると思います。これまで理想論で展開してきた学校教育の転換点となる新しい学習指導要領をベースに、子供たちが国際社会における日本の立ち位置を客観的に把握できるようになるためにも、エネルギーや環境問題のみならず、社会に向けた教育を行うべきだと考えています。
北海道エネルギー環境教育研究委員会委員長/札幌市立稲穂中学校長
1959年生まれ。1983年北海道教育大学札幌校卒業。2009年北海道教育大大学院卒業。その間札幌市内の公立中学校教諭。北海道教育大学附属札幌中学校教諭を経て、2009年より札幌市内公立中学校教頭、2017年より現職。2002年より北海道エネルギー環境教育研究員会の会員となり、広報部副部会長、幹事長、2017年より委員長。専門は中学校技術・家庭科(技術分野)で、北海道技術・家庭科研究会では研究部長を経て現在参与。
京都教育大学教授
1957年生まれ。1982年、東京学芸大学大学院教育学研究科修了。東京都の公立小学校教諭を経て、1996年に京都教育大学教育学部助教授、2002年より現職。2011年から4年間京都教育大学附属高等学校校長。日本エネルギー環境教育学会顧問。専門は、環境教育、社会科教育。主な著書に『「資源・エネルギー・環境」学習の基礎・基本』『エネルギー環境教育の理論と実践』『持続可能な社会をめざすエネルギー環境教育の実践』(共編著・国土社)など。