電気をつくる電源には、火力、原子力、太陽光などいろいろな種類がありますが、なぜ組み合わせて使っているのでしょうか —— その理由が記されているのが「エネルギー基本計画」です。国が示す2030年、さらにその先のエネルギーの方針をまとめた今回の計画(2018年7月閣議決定)の概略を、村上朋子氏(エネルギー・アナリスト)にお話しいただき、それを踏まえて神津カンナETT代表との対談が行われました。
神津 2014年のエネルギー基本計画の骨格を踏襲した今回の第5次エネルギー基本計画では、島国で資源が乏しく輸入に依存している日本において、地政学リスクも含めたエネルギーミックスの重要性が念押しされています。各電源の構成割合を比較すると微妙なバランスを取っていますね。
村上 2030年の発電構成の目標では、再エネ22~24%、原子力20~22%、LNG火力27%、石炭火力26%、石油火力3%、加えて17%程度の省エネとなっています。例えばLNGと石炭の1%の差を巡ってさえ、かなりの議論が重ねられた結果、この数値に設定されています。
神津 先日の北海道地震では、道内需要の約半分を賄っていた苫東厚真火力発電所の停止で系統全体の需給バランスが崩れ、道内ほぼ全域がブラックアウトしました。しかしもし停止中の泊原子力発電所が動いていたら、あるいは建設中の道内初のLNG火力発電所が完成していたらブラックアウトに至らなかったかもしれません。ところで計画案において17%程度の省エネが条件とされていますが、省エネ先進国の日本でこれ以上は可能なのでしょうか?
村上 皮肉な言い方をすれば、皆さんの生活は苦しくなるとしても経済成長率がマイナスになれば目標は達成できます。また省エネの余地があるオフィスビルや店舗など業務部門で今以上に徹底し、産業部門でも中小工場に効率の良い機械の導入を義務付けるなど、強制的なくらいの方法を取れば可能になります。
神津 各電源にはそれぞれに長所・短所があると思いますが、あえて課題を挙げるとしたらどんな点でしょうか。
村上 主力電源化をうたっている再エネですが、再エネは安定供給源としての課題があります。大停電の2日後に北海道電力が需給見通しを提出した際、期待される供給源として太陽光も風力も含まれていませんでした。風力は風が吹かなければ、太陽光は太陽が出ていなければ発電しないので期待できないからです。原子力の課題は第一に安全性。今の規制基準では考え得る限りの対策は確認したというレベルであって、想定外のリスクへの対応、再稼動翌日から発生する劣化の確認と対応など不断の努力と、将来に向けた技術開発の必要があります。化石燃料の課題は、温室効果ガス排出量を軽減する石炭火力の効率化と、CO2を回収し集積し処分する技術や、化石燃料から水素への転換を進める技術の開発や、資源確保先の多様化などがあります。
神津 日本は1970年代に2度のオイルショックに見舞われましたが、原子力発電所の再稼動が進んでいない現状のほうが化石燃料依存度が高く、北海道で起きた我が国で初めての全域停電のように、大きなリスクを抱え綱渡り状態ではないでしょうか?
村上 1970年代の発電量は今の1/3くらいと少なかったものの、発電における石油の割合が80%近かったため社会が混乱しました。ところが現在、化石燃料の割合が90%近くまで上昇しています。
神津 各電源はさまざまな課題を抱えつつもそれらを組み合わせて活用していますが、デメリットだけではなく長所もあるかと思いますが。
村上 2030年のベストミックスの中で3%と低い比率の石油でもゼロにはできません。石油は世界で最も使われているエネルギーであり、確立した市場で公平な条件と安定価格で取引が行われています。また震災など非常時における有効性も見直されています。石炭は石油やガスのように偏った国からではなく地政学的に安定したオーストラリア、インドネシアなどの国々から輸入しています。天然ガスは化石燃料の中でCO2を出す割合が低く、電力のみならず熱源としても使えて使い勝手がいいエネルギーだからです。また再エネの中でも太陽光は誰でも屋根に設置さえすれば発電できます。エネルギー基本計画において「ベースロード電源」とされている原子力の利点は、エネルギー密度が高く燃料供給の安定性にあります。一つとして決定的にダメという電源はありません。
神津 同じくCO2を排出しない原子力と太陽光や風力を比べると、エネルギー密度にどのくらいの違いがあるのでしょうか。
村上 一概には言えませんが、例えば原子力と風力とでは発電に必要な面積が3桁くらい違います。先日、四国にある風力発電所を全て見て回りましたが、佐田岬半島にある60基の風力タービンを全部集めて発電しても、再稼動が決まった伊方原子力発電所3号機89万kWの数%にしかなりません。
神津 誰でもできる太陽光発電とおっしゃっていましたが、普及の課題は何ですか?
村上 不要時に発電した電気をためておく蓄電池の低価格化や従来の送電システム=系統に再エネ発電が入ることによる安定性維持のための技術が模索されています。
神津 原子力は、福島第一原子力発電所の事故以降ネガティブな印象を持たれていますが、海外ではどれほどのインパクトがあったのでしょうか?
村上 原子力政策を180度変えた国はありません。原子力の開発は依然として続いていますし、一方でもちろん原子力に全く興味がない国もあります。
神津 その国の置かれたエネルギー事情によっては、原子力をやめられない国もありますよね。環境問題や経済性、そして国の安全保障などの面から、国によってさまざまな選択肢やバリエーションがあると思うのですが。
村上 事故直後に世界の国々は自国の原子力について表明しており、当時原子力利用が世界第5位だったドイツのメルケル首相は「今後わが国は脱原子力していく」と表明、稼動していた17基のうち8基を即時停止しました。次の日、世界第7位だったウクライナの首相が「金持ちの国だけが脱原子力できる」と皮肉って発言したのが印象的でした。ウクライナは国の半分以上の電力を原子力に頼っており、ロシアからのパイプラインによる供給が一時停止されたこともある天然ガスには頼れないので、もし最も安い原子力を止めるなら代替電源を確保しなければならず、国民にとって死活問題になります。
神津 大陸で地続きのヨーロッパは隣国との関係がネックにもなりますね。そして日本の隣国である中国は、3.11以降、原子力依存度が上がっています。
村上 日本より20年遅れて原子力の商用化を始め、1994年に一号機を運転開始。原子力技術は主にフランスから輸入し一部日本からも供給しています。そういうレベルだったのが世界のトップテン入りするようになり、2018年1月には世界第4位、そしてつい先週40基目の運転開始が発表され、設備容量は日本を抜いて第3位の原子力大国になりました。それでも電源別発電電力量における原子力の比率はまだわずか3%なので、今後ますます伸びていくと思われます。
神津 中国では電気自動車が増加していますが、自動車で使われる電気を火力発電で作るので、CO2が増えているそうです。運転時にCO2を出さない電気自動車の増産でCO2が増加してしまう、だから原子力発電を増やさざるをえなくなります。また電気自動車普及に必要な急速充電設備も増加すれば、一気に電気使用量が増え電力が不足するというジレンマに陥っているとも聞いています。
村上 中国は自国内で石炭、石油、ガスを生産し石油は純輸出国だったのに、10年くらい前から輸入国になり、今や世界有数の輸入国になっています。人口は世界で第1位、GDPは第2位、そして1次エネルギー供給量も第1位。今後はエネルギーの使い方を変える必要性に迫られています。
神津 EU加盟のそれぞれの国々を一つひとつではなく、EU全体を一つの塊として見るとベストミックスに近い形になっていると感じるのですが。
村上 EUの電力規模は日本の3倍あるものの、2010年のEUと日本の電力構成比率はバランスの取れた電源構成という点で似ていました。EU27カ国のうち水力が半分以上占めるノルウェー、スイス、スウェーデン、原子力が75%を占めるフランス、石炭が半分以上を占めるドイツ、イギリス、そして天然ガスが半分以上を占めるオランダ、ベルギー、イタリアなど、国によって電源に得手不得手はあるけれど、EU全体で見るとバランスがよく、その上、例えば天然ガスはロシアからのパイプラインだけではなくアフリカからLNGで運びますし、北海ガス田という一大エネルギー宝庫もあります。加えて、欧州全体を送電網とパイプラインが縦横無尽に走っていて、国同士の補完が可能です。一方、島国日本は当時、エネルギー使用量で世界第5位、安定供給、安全保障の面で構成比はベストミックスでしたから、今は本当に残念な状況です。
神津 各電源の長所短所を見ると、どれをとってもたやすく手放せない電源であることが理解できますね。ヨーロッパなど他の国や地域と比較するなど様々な視点でエネルギーミックスについて考えてきましたが、より考えを深めていくためにはどうしたらいいですか。
村上 電気そのものの存在、そして身の回りのあらゆるものが電気を使って作られ生活を支えてくれていることに、停電になって初めて気づくと思いますが、電気やエネルギーの元になる資源にも考えを巡らせるといいと思います。2013年、アルジェリアの天然ガスプラントで起きた人質殺害事件では、日本で使うエネルギーのため現地入りしていた企業の人たち10人が犠牲になりました。エネルギーはタダで手に入るものではない、いろいろな犠牲の上に私たちは便利な生活を享受していると感じることが重要です。
神津 私もペルシャ湾沖で石油採掘を行っている現場を視察したことがありますが、過酷な環境条件のなかで何カ月も暮らしている日本人の方たちのおかげで、日本に石油が運ばれているのだと実感しました。身近なところでは、スーパーに一年中並んでいる果物や野菜は露地物と比較するとハウス栽培に7倍ものエネルギーコストがかかっているのです。私たちは普段から物事の背景を意識したり少し調べたりすることで、エネルギーに対する考え方も変化していくのではないかと思います。
村上 そして「なぜエネルギーミックスが必要なのか」というような、全てのことに疑問を投げかけ、正確な理由を説明できるよう自ら調べ考察することも必要だと考えます。
エネルギー・アナリスト
日本エネルギー経済研究所 戦略研究ユニット 原子力Gグループマネージャー。1990年東京大学工学部原子力工学科卒業。1992年同大学院修了後、日本原子力発電に入社。新型炉開発・安全解析・廃止措置などの業務に従事。2004年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、MBA取得。2005年より日本エネルギー経済研究所に在籍、2007年より現職。