福島第一原子力発電所の事故以来、放射線を避けるために取った避難行動により、逆に健康に悪影響が出ています。放射線とがんの関係性、がんの特質などについて、現地に毎月通って住民の健康状態を調査している中川恵一氏(東京大学医学部附属病院放射線科准教授)にお話を伺ったあと、石窪奈穂美氏(鹿児島大学理事(特命)/消費生活アドバイザー)をコーディネーターに迎え、会場内からの質問に中川氏に答えていただきました。
これまで33年あまり医師を務めて、3万人以上のがんの患者さんを診察してきました。がん治療に必要な放射線治療では、高い線量の放射線を1日あたりごく短時間、患部にのみ照射し、一定の期間、治療を続けます。例えば前立腺がんの放射線治療では合計8万ミリシーベルト被ばくします。ちなみに皆さんの体の中では様々な原因で毎日がん細胞ができているのですが、できるたびに免疫細胞が殺してくれています。しかし免疫細胞が見過ごした1個のがん細胞は、20年くらいかけて1cmほどの大きさになります。がんは日本人の死亡原因ナンバーワンであり、生涯に男性の3人に2人、女性は2人に1人ががんにかかっています。
福島第一原子力発電所の事故による放射線被ばくの影響として最も恐れられているのが、がんです。しかし被ばくから逃れるために事故直後から避難したことにより、体調を崩している人が数多くいらっしゃいます。2011年4月に初めて訪れた飯館村で、村長さんに「何が一番お困りですか」と聞いたところ、「全村避難指示が出されたため高齢者も避難させなければならないこと」だとおっしゃっていました。避難は特に高齢者の体にダメージを与え、実際に死亡率が3倍にまで上がりました。がんが1cmの大きさになるのに20年もかかるのだから、高齢者を無理やり避難させるよりも、これまでと同じように日常生活を送らせた方が、負担がなかったと言えます。また、現在も帰宅困難地域に指定されている地域の住民の方は自宅に戻れず、避難所から仮設住宅あるいは借上住宅に移り住んでいる人も多くいます。両者を比較すると、狭い仮設住宅住まいのほうが、広くて快適な借上住宅住まいよりも、健康状態が良好でした。なぜかというと、借上住宅は散在しているため、知り合いから切り離され引きこもりで鬱になったり体を動かさずに肥満になってしまうからです。
放射線とはどのようなものかを理解するために線香花火に例えて説明しましょう。火花の強さが放射能の強さにあたり、ベクレルという単位で表され、火花によるやけど、つまり放射線が人体に与える影響を表す単位がシーベルトです。いくら火花が強くても離れた場所にいればやけどをしませんね。だからやけどの程度を示すシーベルト(または1/1,000のミリシーベルト)という単位が重要です。また放射線による影響は、呼吸や飲食物による内部被ばくと、宇宙や大地からの自然被ばくや医療被ばくといった外部被ばくの2つがありますが、シーベルトの数値が同じであれば人体への影響は同じです。平均的日本人の自然被ばくは2ミリシーベルト/年、医療被ばくは4ミリシーベルト/年。合わせて6ミリシーベルト/年です。自然被ばくは少ない日本ですが、医療被ばくが世界一多いのはなぜかというと、先進国の中でも一人当たりの年間医療受診回数が多く、日本は世界の1/3も所有しているCTスキャンによる検査を受け被ばくする(1回あたり約7ミリシーベルト)可能性が高いからです。もちろん検査を受ければがんなどの病気を早期発見できるメリットも是非忘れないでいてほしいです。
放射線による健康被害は発がんリスクの増加ですが、広島・長崎の被爆者の調査により、100ミリシーベルト以上の被ばくでは線量に比例してがんが増加し、がんによる死亡が0.5%増加することがわかっています。しかし100ミリシーベルト以下では、がん増加は観察されていません。また被ばく線量にかかわらず、遺伝性はないこともわかっています。同じ被ばく量でも一瞬で浴びるより時間をかけてじわじわ被ばくしたほうが影響は少なく、低線量率では200ミリシーベルトでも同じ結果になっています。広島・長崎では、原爆の爆発で一瞬にして大量の放射線を浴び、その瞬間に爆心地からどのくらいの距離にいたのか、あるいは頑丈な建物の中にいたのか、といった状況が大体わかっていたので、その後のがんの罹患傾向について綿密なデータ分析ができました。亡くなられた方は本当にお気の毒ですが、生き残った人たちの貴重なデータは人類の宝になったとも言えます。
桜島の噴火による火山灰は目に見えるからその存在がわかりますね。しかし放射線は目に見えないから、福島あるいはチェルノブイリで風に流され雨で地面に降った放射線のデータを詳細に分析しようとしても、数m先の地面でさえ線量が異なるため、線量計を肌身離さずつけていない限り個人の被ばく量は把握できません。実際に福島では、外部被ばくが最も多いとされる原子力発電所の作業員でさえ2ミリシーベルトで、一般の人はもっと低いのですが、「ないこと」は証明できないからがん発生への影響が絶対にないとは言い切れないのです。放射線によって誘発される健康影響については、国際的にも、ICRP(国際放射線防護委員会)が「10ミリシーベルト以下のごく低線量であれば大きな被ばく集団ですら、がん罹患率の増加は見られない」と発表しています。
先ほどお話しした平均的日本人の年間被ばく量6ミリシーベルトに対し、国は、年間の追加被ばく線量を1ミリシーベルトに設定しています。福島産の米は全袋検査を続け、4年前からは全ての米が、食品の中の放射線量の法定基準値である100ベクレル/kg以内に収まっています。さらに日本の基準値はEUやアメリカに比べて120倍もの厳しさになっています。内部被ばくはほぼゼロであり、外部被ばくも2ミリシーベルトを超える人はいません。つまり福島の100%近い人は追加の年間被ばく量が1ミリシーベルト以下であり、放射線による健康影響はないと言えるのです。しかし、それ以外の原因による健康影響はどうでしょうか。例えば避難した人には糖尿病や高血圧が増加しており、特に糖尿病はがんになるリスクが1.2倍あり、肝臓・膵臓がんになるリスクは2倍にも上がります。
がんになる要因として挙げられる生活習慣には、喫煙・大量飲酒、やせ過ぎ、肥満、運動不足、塩分の取り過ぎ、野菜不足など様々ありますが、喫煙を放射線被ばくに例えると1000〜2000ミリシーベルトに値し影響が最も大きく、1日に3合のお酒を飲んでも同じくらい影響が出ます。痩せすぎだと500〜1000ミリシーベルト、肥満でも200〜500ミリシーベルト、塩分の取り過ぎで100〜200シーベルトに相当します。実は避難者の中には喫煙者や飲酒量が増えた人が多くなっています。もちろん原子力発電所の事故による放射線拡散は許せるものではなく、その責任は極めて重大ですが、放射線の健康被害を逃れ避難したせいで、生活習慣病が悪化し、ストレスによる免疫力が下がり、それによってがんになる確率が高くなっているのです。おそらく10年後にはがんになる人が増加していると思います。しかしマスコミはその原因を放射線によるものと報道すると思われます。私は放射線ばかりを心配しすぎると、かえって不幸になるから、放射線の影響は非常に少ないと理解してほしいと考えています。そして絶対にあってはならないことですが、もし仮に今後福島第一原子力発電所の10倍以上の規模の事故が起こったとしても、むやみに避難すると放射線を上回るリスクになるため、やめたほうがいいとも思っています。
放射線によるがん増加は見られないけれど、小児甲状腺がんは増えているという指摘があります。ところがほぼすべての人が甲状腺がんを持っていると言われており、アメリカの調査では60歳以上の人の100%で甲状腺がんが見つかっていますが、これが原因で亡くなっている人は少ないのです。ところが検査をすれば発見されてしまう。だから甲状腺がんの人数が増えているのです。過剰診断をせずに放っておけばいいものを、福島第一原子力発電所の事故発生当時18歳以下の県民に対して、一生涯、検査を継続することを決めてしまいました。チェルノブイリでは5年以上経ってから増加した小児甲状腺がんなのに、2011年時点で元々あった甲状腺がんを見つけてしまい、検査をし続ける限り、おそらく今後も発表数字が増え続けてしまうのは残念なことです。
世界で唯一の被爆国であるにもかかわらず、これまで放射線について、またはがんについてきちんと学校で教育をしてこなかったツケが回ってきたのだと思います。内閣府による世論調査において「がんにならないためにすることは何?」という質問に対して、「皮膚がんが心配だから紫外線を浴びないようにしている」という答えがありました。しかし、骨を強くするためや、がんに罹患するリスクも低下させるビタミンDを、皮膚でつくってくれるのが日の光、紫外線なのです。日本人は健康に関する常識=ヘルスリテラシーがとても低いといえるでしょう。もう一つ、知識とともに大切なのはがん検診です。先進国の中でも日本の受診率は半分以下です。がんは症状がほとんど見られないうちに進行することが多いので、定期的にがん検診を受けることが重要です。例えば大腸がんを早期に発見できれば90%以上は治りますが、ステージⅣまで進んでしまうと生存率が14%まで下がってしまいます。そして放射線についても、正確に知ることにより、過剰反応で無駄なストレスを溜め込み、がんなどの病気にかかることなく、健康で幸せに長生きできると考えています。
東京大学医学部附属病院放射線科准教授 放射線治療部門長
1960年、東京生まれ。1985年、東京大学医学部医学科卒業後、同学部放射線医学教室入局。助手、専任講師などを経て2002年から現職。東京大学医学部附属病院の放射線科で緩和ケア診療部長として活動しながら、がんの臨床医として活躍。さらに福島第一原子力発電所の事故後は、一般の人への啓蒙活動にも務めている。放射線治療部門長。『放射線医が語る福島で起こっている本当のこと』『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』(ベスト新書)など著書多数。日本経済新聞に「がん社会を診る」、週刊新潮に「がんの練習帳」を連載中。