エネルギー自給率が先進国の中で極めて低い日本は、資源を輸入に依存しています。また原子力発電所の再稼動が進まず、CO2削減を目指す世界の潮流の中では化石燃料への依存も問題になっています。私たちの身の回りにあるごくわずかな資源を集めてエネルギーとして使う方法が模索されていますが、生活になくてはならない下水道をどのようにエネルギー源にするのかをテーマに、田本典秀氏(滋賀県琵琶湖環境部下水道課長)と水尾衣里氏(名城大学人間学部教授)によるトークライブが行われました。
水尾 下水道は地中に埋まっているので普段は目に触れませんが、地表にあるマンホールは下水道と私たちの接点といえます。趣味で写真を撮っている人が多いそうですね。
田本 デザインマンホールは、地域の歴史、文化、特産物を絵柄にして表現し色付きのものもあり、日本独特です。全国の自治体でマンホールカードを作っていますし、雑誌、テレビでも紹介され、コアな人気を博しています。
水尾 今日は、有史以来の下水道の歴史から、近年、行われている下水熱利用についても学んでいきたいと思います。エネルギー・ハーベスティングとは、光、振動、熱(温度差)、電波など、日常生活の中で様々な形態で存在しているのに利用されていないエネルギーを少しでも取り出して「収穫」(ハーベスト)し、電力に変換する技術のことをいいます。なぜこの技術が必要なのかというと、あらゆるものが情報通信技術に接続されるIoT(モノのインターネット)を実現するためです。あらゆる場所から集めてつくる、IoTに必要な電気の中で、エネルギー・ハーベスティングは発電量が微細で、再生可能エネルギーと比べると既存の電力網に接続されない独立した電源であるのが特徴です。本日のテーマの下水熱は現在使われているエネルギー・ハーベスティングという言葉が意味するものとは違いますが、エネルギーを収穫するひとつの方法という意味で使用しました。
田本 地震や台風など災害でトイレが使えなくなって初めて下水道の存在を強く意識すると思いますが、下水道から得られる恵みを最大限に生かす取り組みを私たちは今、行っています。
水尾 歴史上、下水道はいつ頃からあったのですか?
田本 紀元前2000年頃、今のパキスタン南部、インダス文明のモヘンジョ・ダロ遺跡で世界最古の下水道が発見されており、地面に掘った溝に流した汚水を枡のようなところに集めてゴミを沈殿させ簡単な処理をしていたようです。人間が集まり都市が形成されると、必要になってくるのが下水道です。
水尾 世界の人口は農耕により定住社会になった1万年前は500万人、その後は激増を続け、11~12世紀のヨーロッパでは農業技術の進歩により食糧供給が増え人口も増加します。その結果、大量の汚水が処理し切れずあふれて伝染病が流行するようになりました。13~14世紀のヨーロッパにおける人口減少の大きな原因はペストの流行でした。
田本 1350年頃にパリで大流行したペストをきっかけに、1370年に伝染病対策として下水道ができました。それまでは汚水を窓から道路に投げ捨てていたのです。
水尾 日本の下水道はヨーロッパと異なる発展の仕方をしていますね。
田本 モヘンジョ・ダロのような溝は平城京跡に遺構が見られます。また安土桃山時代に豊臣秀吉が大阪に作った下水道(太閤下水)は、今でも蓋をして使われている貴重な遺構です。
水尾 日本では弥生時代に稲作が始まり定住が始まって当時の人口は60万人、奈良時代には550万人と推定されています。その後、室町時代には820万人、江戸時代初期に1,000万人を超え、急速な都市の発展に伴い、太閤下水のような初期の下水道が出来たのも必然的でした。
田本 元々日本では、し尿はためておいて、お百姓さんが運んで農地の肥料として使い、収穫した農作物を都市に供給するという農村と都市の循環システムが、戦後しばらくまで続きました。ですので、江戸時代の日本における伝染病の蔓延規模は外国と比べて小さかったと言われています。
水尾 明治に入ってから日本の人口増加率が停滞した時期がありましたね。
田本 1877〜79年にコレラが大流行し、11万人も亡くなっています。東日本大震災の死者・行方不明者が約2万人でしたので、大変な数だと思います。
水尾 一方、ヨーロッパでは18世紀に今の生活の礎となった産業革命が起こり、前後の100年で人口が倍増、18世紀に6億人だった人口は19世紀に9億人に増えています。また世界人口は1750年からの200年間で7億から25億人へと激増しています。
田本 日本では、明治以降、ヨーロッパからお雇い外国人を呼んで治水、鉄道、ダムを次々に整備しています。1883年にできた神田下水はヨーロッパの技術者によるレンガ造りで水が少なくても下水がスムーズに流れるよう卵型をしています。今でも使われていますし、見学もできるんですよ。明治の近代化を支えたのは、このような外国人技術者で、近代的な下水道はヨーロッパから技術がもたらされています。それから100年を超え、日本は今、下水道技術を教えるためアジアの国々に技術者を派遣するようになっています。
田本 下水道で流された水をきれいにする技術の研究がヨーロッパでは1800年代の後半頃から進み、1914年、活性汚泥法(微生物を用いた下水の近代的処理方法)という技術がイギリスで開発されました。これは現在も日本の下水処理で最も使われている方法で、ろ過するだけではなかなかきれいにならず臭いも強かった汚水を、微生物をたくさん入れた水槽に入れ汚れを食べさせ、微生物が大きくなったら沈殿池に沈めて上澄みを捨てるという方式です。日本で最初に活性汚泥法を実験したのは、名古屋市熱田で1924年のこと。名古屋の堀留下水処理場で導入したのが1930年で、現在も使われています。名古屋は日本の下水処理の先進地といえるでしょう。そして微生物が取り除いたのは有機物=バイオマス、江戸時代は肥料にしていたものです。日々、欠かすことなく大量に作られているものなのに、これまでは捨てたり埋めたりしていましたが、今このバイオマスがエネルギー源として注目されています。
水尾 歴史上、人間は、農耕・牧畜時代には家畜、風力、水力によってエネルギーをつくっていました。産業革命以降は石炭、20世紀から石油を使うようになり、さらに人口が増えてエネルギーを大量に使う時代になりました。世界人口は今70億を超えており、大半の人間がもはやエネルギーなしで生活ができなくなっています。人口の増加とエネルギー消費は大きく比例していますよね。さらに最近では、地球温暖化のせいなのか激化する自然災害によって、安全で清潔な暮らしが脅かされるようにもなり、高い生活水準を維持するためには、エネルギーと人間の関係を真剣に考えなければならない時代に入っています。
田本 戦後、日本の高度経済成長期の東京では、海も河川も汚染がひどく、このままでは伝染病が流行すると考えられ、1970年代以降から下水道の整備は国策により本格的に進められました。
田本 下水管は街の中に張り巡らされていて身近にあるもので、流れているのは豊富な上に人間がいる限り枯渇しない資源です。これをなんとかしてエネルギーとして利用できないかという取り組みが、日本中で行われています。例えば、電力会社と連携し下水汚泥を炭化した汚泥燃料を石炭代替燃料として火力発電所で発電したり、下水処理の過程で発生するバイオガスから水素を作って燃料電池自動車に供給する試みも行われています。この水素は、化石燃料からではなく私たちの生活から生まれた下水汚泥から製造されるので、環境に優しいというメリットがあります。また下水汚泥を肥料として利用したり、下水再生水を活用したりして生まれた食材は全国にあります。そして下水熱は年間ほぼ一定の温度のため雪国の道路などで融雪には最適であり、ヒートポンプによる様々な施設における活用など、省エネ、省CO2の効果のために取り組みが進められています。
水尾 先日見学した露橋水処理センターは、清潔でほとんど匂いもありませんでした。ここで作られた下水再生水はどこで生かされていますか。
田本 「ささしまライブ24地区」では、愛知大学の建物の熱源として、また、噴水などの修景用水として使われています。また下水熱に関する興味深い試みとして、豊田市駅前の再開発事業と連携し、高齢者施設の給湯に地下の下水からパイプを通して下水熱を輸送しており、25%のCO2削減が出来ています。
水尾 資源が少ない日本には、資源の輸入、発電、そして電力消費というエネルギーチェーンがありますが、私たちがものを食べて出した「資源」を利用して下水熱を生むというのは新しい流れですね。
田本 下水道は地下に隠れ、処理場も街から離れていて目に触れることは少ないですが、大事なものは目に見えないことが多いですよね。下水道があるからこそ伝染病にならない、街が洪水にならない、そして下水や下水汚泥が貴重なエネルギー源として使われ笑顔や幸せを生む宝ものにできたらいいなと考えています。
水尾 現代の私たちの幸せな生活を支えているのはエネルギーだと思います。電気が少しの間、使えないだけでも不便を感じますし、命の危険にさらされることさえあります。しかし世界の人口が増え、資源にも限りがあり、CO2削減努力も求められている中で、多様なエネルギーを少しでも有効活用する努力は本当に大事です。そして、火力、水力、原子力といった大量にエネルギーをつくるもの、太陽光、風力といった再生可能エネルギーとは別に、微量でもエネルギーをつくる下水熱のようなエネルギー・ハーベスティングの理解を深めることが私たちの責任だと思います。
滋賀県琵琶湖環境部下水道課長
1979年、長野県生まれ。国土交通省入省後、国土技術政策総合研究所、水管理・国土保全局、宮崎市役所などで下水道行政や都市整備、水インフラ海外展開等に携わる。2018年4月より現職。
名城大学人間学部教授
工学博士。国土交通省をはじめ愛知県など数多くの行政機関や各種団体委員などを歴任中。専門は建築学・都市計画学。