中村 エネルギー問題というのは、家庭のレベルから、資源、外交、国際政治といったグローバルなレベルにまでつながるテーマですから、本日は木元さんと共に、その関連性について、さまざまな角度から話をしていきたいと思います。
木元 日本の人口は減少し続け、エネルギー需要も減少する、だから原子力発電所ゼロでも電力不足にならないという意見が聞こえています。確かに、今後は出生率がさらに低くなり、15〜64才の生産人口も減ると予想されています。ところが、人口減少の一方で世帯数は増え続け、これまでも各世帯に冷蔵庫一台、各部屋にもエアコン、テレビが一台といったように、電化製品の需要が増加してきました。
中村 過去30年のエネルギー消費は、産業部門では省エネ技術を高めており、製造業の海外移転が続いていることもあり横ばいです。その一方で、家庭における消費は2倍に増加。家庭の暖房用灯油消費量は80年代以降、横ばいであるのに対し、電力消費量は約4倍にも増え、あらゆる場面で電気が使われるようになっています。そして今後も一人暮らし高齢者世帯などにおいて、安全性のためにガスより電気の消費が進むと予測されています。電源別電力構成比を見ると、これまでは原子力が約30%を占めていたものの、福島第一原子力発電所の事故以降は原子力発電所がほぼ停止しているため、天然ガスによる火力発電が代わりを務めています。その天然ガスを海外から購入する際、相手国の言い値で買わざるを得なくなり、年間3兆円もの国費が海外へ流出しています。
木元 もちろん他の国々でも天然ガス需要が増加しているので、ジャパンプレミアムによる高騰に対するクレームが発生しているほどです。
中村 価格問題のみならず、中東危機が起これば石油の輸入が滞るように、天然ガスも資源国の政情不安により日本への供給が危うくなりかねません。発展途上国が今まで以上の豊かさを求めていけば、必然的にエネルギー消費が高まり、世界各国ですでに起きている資源の奪い合いもさらに激化すると思います。主要国の中では唯一アメリカだけが、シェールオイル、シェールガスの実用化により、これから有力な輸出国になる可能性があります。ところが輸入に頼るしかないわが国は、ますますエネルギーセキュリティのリスクが高まると予測されています。
木元 天然ガスなどの輸入価格高騰による電気代上昇は、たとえ円安メリットが進んだとしても、製造業をさらに海外へ移転させ、日本経済はよりダメージを受けるようになります。今後エネルギー不足にでもなれば、社会基盤の不安定な国に海外からの投資が呼び込めず、政治、経済、社会、すべてが混乱に巻き込まれる可能性も出てきます。
中村 では注目されている再生可能エネルギーにどこまで期待できるのでしょうか。昨年スタートした再生可能エネルギー固定価格買取制度によって、太陽光や風力でつくられた電力が買い取られ、私たちの電気料金に加算されています。急激な普及効果をねらって買取価格が高く設定されてしまったため、今後の運用過程で、適切な料金の見直しを図る必要があると思います。
木元 ドイツにならってスタートした制度ですが、実はドイツでは買取価格の高騰で制度そのものが破綻しかけています。再生可能エネルギーの大きな課題として、自然のパワーに任せているため、安定供給ができない点が挙げられ、国としては、今後の対策として巨大な蓄電池を作り、再生可能エネルギーでつくられた電気を一度、蓄電池にためて、安定化させてから送電する計画を立てています。また、広大な敷地を要し、建設コストも高いにもかかわらず、稼働率は原子力発電所の70%に比べると、太陽光は12%、風力は20%とエネルギー効率が低いですから、技術革新が進まなければ理想のエネルギーとはいえないわけですね。
中村 さらに、今、注目されているシェールガスやメタンハイドレートの可能性はどうなのか。これまでは採取できなかった頁岩(けつがん)層に含まれたシェールガスやオイルは、アメリカの技術開発によって採取可能になり、供給国の多様化によってエネルギーセキュリティの向上が見えてきました。そして日本にとっては、アメリカ本土産のガスという新しい供給源に期待できるようになってきましたが、とはいえ量と価格の交渉は、売る側のアメリカが優位に立っています。
木元 今年3月に日本近海で初めてメタンハイドレートからガスを取り出す実験に成功し、日本の海底は資源の宝庫だと過大な期待が寄せられていますが、陸地ではなく技術力が問われる海底ですから、国産の資源として生産できるまでには、10年〜20年近くかかるかもしれません。また再生可能エネルギーと同じように開発・採取コストも高く、即、原子力発電所の代替としてのエネルギーになるかどうかはまだ不明ではないでしょうか。
中村 もちろん国としては、国産資源のための投資と技術開発に全面的に取り組むそうですが、とはいえシェールオイル、シェールガス、そしてメタンハイドレートも、地球温暖化に影響を与えるCO2を排出するエネルギーです。またシェールガス、オイルについては、取り出す方法が大量の水を要するため、エネルギー資源と同じく世界で水資源争奪が起きており、自然環境破壊も引き起こします。
木元 すべてを解決してくれる理想のエネルギー源などないと認識した上で、これからの日本のエネルギーを考えていくと、エコな暮らしを目指せばいいとはいっても、今までの便利で快適な暮らしを本当に捨てられるのかが問題です。そして日本は島国という地理的な制約があることも考慮しなければなりません。電力が足りなくなれば送電線で他国から融通してもらえる地続きのヨーロッパ各国や、あるいは広大な土地を有するアメリカ、中国などとは、比較の対象にならないのです。
中村 キーワードになるのが、バーゲニングパワー、つまり国益を守る外国との交渉力なんですね。日本はエネルギー資源をほぼ100%輸入していますが、世界中の国とエネルギー資源の交渉をする際に、自前の発電方法、つまり原子力があれば、それを前提に価格交渉ができます。原子力がなぜ電源構成比率を高めてきたのか、過去を振り返ってみると、1970年代のオイルショックが契機で、エネルギー資源を輸入に頼っているだけではリスクが高いと考え、自給率を上げるために原子力発電所は増設されていったわけです。
木元 そしてエネルギーリスク分散のために考えられた、多様な電源をバランス良く使うという考え方=ベストミックスは、化石燃料の低減化により公害や温暖化といった環境問題に対しても有効と考えられてきました。
中村 将来的な国の方針としては、自民党政権の復活によって今後見直しが行われるでしょうが、今のところは原子力発電所は減少、いずれは廃止ということになっています。それならば原子力発電所の代替となる高効率、低コストの国産エネルギーの開発を早急に進めなければいけませんが、決定的な具体策はまだありません。しかし一方で、日本が原子力発電所を縮小していくのとは逆に、世界では今後、確実に増加していきます。であるならば、福島第一原子力発電所の事故を経験した国だからこそ、世界一の安全性を実現できるという可能性もあり、日本の原子力の高い技術力、開発力を武器にして、対等な資源外交ができるのではないかと考えます。
木元 原子力発電所の事故後は、誤った放射線知識による風評被害が起こりましたね。放射線は、地球誕生の時から自然界にあることさえ理解していない人がたくさんいます。また世界で唯一の被爆国ですから、放射線に対する過剰な反応をしてしまうのは仕方がないかもしれません。それに、日本ではこれまで放射線教育がほとんど行われてこなかったのです。世界第2位の原子炉保有国で電源構成比の約75%を原子力が占めるフランスでは、小学校教育の場で放射線の授業もあり、原子力の必要性と安全性を勉強しています。
中村 放射線について正確な知識を持っていればいいのですが、一般的には、メディアの情報をうのみにしやすいですね。メディアの情報は必ずしも中立的ではないと理解した上で、さまざまなソースから知識を得て、自分の考えを持って、冷静に判断して行動を起こしてほしいと思います。
木元 学校教育のみならず家庭や地域社会において、資源のない日本がどのように電気をつくってきたのか、これからどのようにつくればいいかといった問題を、わかりやすく真剣に話し合う機会を持つべきだと思いますね。原子力も放射線も平和利用という使い方で私たちの生活を豊かにしてくれる利器であり、逆に軍事利用で悲劇を起こす凶器となる可能性もあります。その両面をよく理解すれば、今後のエネルギーの選択もおのずと見えてくるのではないでしょうか。
評論家/ジャーナリスト
TBSのアナウンサーを経てフリーとなり、現在はエネルギー・環境、教育、女性、高齢化、農業問題など幅広い分野で放送番組等への出演、講演、執筆等を行っている。1998年~2006年の9年間、内閣府原子力委員会委員を務める。現在も経済産業省をはじめ多くの審議会委員等の公職を務める。絵本「100年後の地球」など著書多数。
科学ジャーナリスト/航空評論家
雑誌編集長を経てフリーとなり、現在は航空、宇宙開発、エネルギー、地球環境、旅行文化など幅広い分野で執筆、講演、放送、シンポジウムなどで活動中。宇宙開発や原子力関係委員会の専門委員も歴任。全国で「親子で学ぶサイエンススクール」を開催するなど、科学知識の普及啓蒙活動にも取り組んでいる。「宇宙開発がよくわかる本」など著書多数。