「次世代層へのエネルギー教育について考える」講義一人目の日景氏は、専門の被服管理学において環境にかかわるテーマを研究した中で、誤って学んでしまうと情報の入れ替えができないということ、つまり覚えた知識の修正や変更の困難さを感じられたそうです。学生たちには、何事においても「絶対」は存在しない、情報をうのみにせず、科学的根拠に基づいた知識を学んでほしいと考えているとのことでした。授業のメニューでは、講義以外にエネルギー施設の見学なども交えたり、新聞記事を検証し思い込みに揺さぶりをかけたり、あるいは、環境配慮13項目でできた環境家計簿の実践によって、「気づく」「わかる」そして「できる」といった意識の向上を図っているとのことでした。また、環境やエネルギーの話は、根気よく繰り返し伝えながら、相手にじっくり考えさせることが大切と話されました。
二人目の出光氏は、1956年に本格化した原子力教育が今、どのように進められているかを、九州大学工学部エネルギー科学科の実例を元に話されました。新入学生へのアンケートによると、大学が行っている研究テーマによって大学を選択した学生が9割と意識は高いのですが、原子力や核融合専門の学生たちに向けて最初に行われる指導とは、高校までに学んだ公式を一度、壊して、答えが出ていないことを考えさせ、公式は自分で作るものと教えることだそうです。そして、原子力を専門とする学生たちの9割が大学院まで進み、そのうち8割が、卒業後に原子力関連の企業や研究所などに就職し、原子力の必要性を感じながら社会貢献できればいいと考えているとのことでした。また、原子力教育は、正しい知識を一般の人に伝える重要性とともに、研究する人材の育成がこれからも必要だとお話されました。
三人目の水尾氏が教えているのは、卒業後の就職先が多様な文系の人間学部です。今の学生たちはゆとり教育を受けた世代ですが、アルバイトと学業の両立に忙しく、ネットなどからの断片的な情報量が豊富にある代わりに、系統立てて深く考えない傾向があるということでした。また、学生へのアンケートによって、高校までに放射線教育を受けたことがない学生が80%以上ということがわかり、講義を受ける前と後では放射線に対する認識が大きく変化するため、一般の人も風評に惑わされずに放射線について知る必要性があると指導されているそうです。
神津 パネルディスカッションでは、出光さん、水尾さんに加えて、教育の現場にいらっしゃるという共通点で、企画委員のメンバーの中から上村正子さんと石窪奈穂美さんにも加わっていただき、若い方や知識の少ない人に、エネルギーについてどのように伝えていくかを話し合っていただきます。昨日の日景さんのお話は、学生に揺さぶりをかけて考えさせるということでした。出光さんは新入生には高校までに習った公式など既成概念を一度、破壊することから始めるというお話、水尾さんはさまざまな事象からストーリーを作りながら学生たちに伝えているというお話でした。 石窪さんは、鹿児島大学と短大で消費者教育を教えていらっしゃいますが、エネルギーについてどのように言及していますか?
石窪 たとえば、太陽光発電の設置トラブルの記事を見せて、買取制度や電気料金の話題などから、再生可能エネルギーについて考えてもらい、さらにCOP19へと話を広げ、地球規模で考えながら行動は足元からという視点を伝えています。
神津 上村さんは、帯広大谷短期大学で民法概論を教えながら、地域で勉強会も開かれていますね。
上村 大学では、生活の中で何かトラブルがあったときに、どのように法律を使えばいいかという話をしていますが、26年度からは、トラブルになる前に防ぐことができるよう、生活とリスクマネジメントに話を広げていこうと思っています。また、帯広十勝地方の住民相談をしている中で、陸別町では、3才児未満の子どものいるお母さんたちと町役場が立ち上げた「陸別くらし塾」で、消費者問題を扱いながら、お盆を過ぎた頃には暖房が必要になるような日本一寒い町で考える暮らしとエネルギーの話をシリーズで行っています。
神津 出光さん、新入生に向けたアンケートの中で、専門の核融合の将来性については、どのような意見が出ましたか?
出光 実現性ははるか先のこと、今世紀中は無理だと考えているようです。ただしイノベーションがいつ起きるかわかりませんし、核融合の研究の中からスピンオフというか、他の分野で応用できるものが出てくるかもしれません。
神津 水尾さんは、専門の建築の観点から、スマートハウスについてどうとらえていますか?
水尾 エネルギー消費に意識が高くなるし、たとえば蓄電池でも備えていれば有効ですが、現在のところスマートハウスに適した家電となると選択肢が狭まり、家電の寿命を考えたり、さらに蓄電池設置も必須と考えると、初期投資にも維持にもコストがかかります。一方、大学や大型施設のエスカレーターなどは、センサーによって使用していないときは停止して省エネになるというように、投資をしても回収できる可能性の高い設備もあります。いずれもIT技術と結びついてエネルギーを「見える化」する意識は、良い着目点だと思いますが、個人向け住宅、いわゆるスマートハウスが絶対的に良いと言うにはまだ課題がありますね。
神津 石窪さん、エネルギーについての授業をしたときの学生たちの反応はどうでしたか?
石窪 アンケートの結果では、講義前には、日本の食料、エネルギー自給率も低く将来が不安だ、環境問題、地球温暖化は意識しているけれど行動に移せないなどといった学生たちが、自分たちの生活との関係性を理解できたことにより、学ぶ意識が高まったと思います。ただ、時には、彼らは素直すぎるせいもあってか、私の発言を誤解したまま断片的に受け取ることもあるので、講義後の感想を確認し、フォローするなど双方向で授業を進める必要があります。
出光 原子力専門以外の他学部向けにエネルギーの講義をした後で、自分たちに何ができるか書かせると、法律や経済などの立場から役立てることを勉強したいという意見も出て、教える側としては頼もしい限りです。
神津 エネルギー問題については、国家の安全保障とか自立、 国益などという観点からも語られますが、 そのあたりに関してはどのようにとらえていますか?
水尾 諸外国に対して、先進国としての責任を果せるだけのハードとソフトを開発し維持できるようにしておくことが重要であり、そのための制度や構造があるという考え方が、国益に結びつくと思います。
出光 エネルギーがなくなると生存権が脅かされるわけですから、最低限の生存権を維持することが必要ですし、加えて原子力をすべて止めて、海外から石油や天然ガスを買わざるをえない状況を続ければ、ますますバーゲニングパワーが低下しています。そんな中で国家としての生存権を維持することが、国益だと考えます。
石窪 個人の私益、家族や周囲との共益、もう少し広げて市民として、国民としての公益、さらに地球のための、子孫のための益など、これらはしばしばトレードオフの関係にありますが、バランス感覚が大切だと学生に話しています。
上村 私は、鹿児島や沖縄そして北海道と、日本の各地で暮らしてきた経験から、見えてくるものがありました。また先日ネパールで1日数時間しか電気や水道が使えない体験をし、電気や水道はあるのが当たり前という日本のありがたさを実感しました。国益という前に、今の暮らしから離れて広い目でエネルギーを見る必要があると思います。
神津 いろいろな角度から物事を見ないといけないのに、情報があまりに多いせいか、そのうちの一つに引きずられがちで、後からの情報修正は困難という話が日景さんの話にもありましたが、学生たちにはどのように異なる切り口を提示しているのですか?
出光 あえてウソを教えて、先生の言うことをそのまま覚えてはいけないと感じ取らせたり、新聞記事に書かれていることの裏は本当はこうだよと話し、そのまま信じないようにさせています。
水尾 新聞各社で異なる書き方をしていますから、複数を並べて実際に読んで比較してもらわないとなかなか気づかないものです。
石窪 私も新聞記事を教材に使いますが、事象の賛否を同時に提示し、固定観念にとらわれず自ら考え判断する力につながるように配慮しています。
上村 毎日新聞の記者、小島氏の講演を聞いて、新聞に翻弄されない真実の目を持ちなさいと学生に話したところ、記事の裏側を慎重に、真剣に考えるようにもなりました。
神津 学生だけではなく、一般の人々にエネルギーの話を伝えるためには、地方自治体との連携は重要ですが、どのような取り組みをされていますか?
出光 最近では、福岡市が市民講座の中で放射線講座をするなど、自治体とのタイアップも増えているように思います。
上村 陸別町は酪農や林業を基幹産業にしており、予算が厳しい自治体と言えますが、消費者行政担当の職員の方が休日にもボランティアで活動をしてくれるという、個人の熱意に支えられています。
水尾 勉強会やセミナーの情報を出し合うことですね。中部エナジー探検隊や大学の公開講座等にも県職員は出席してくれます。まず自治体との人間関係を築くことが大切です。
石窪 学生たちはいずれ社会人になって、企業のみならず地方自治体など行政機関にも身を置くことになり、エネルギー問題についても何かしら関連を持つようになると思うので、大学ではその基礎になる視点を養い、それぞれの立場でエネルギー問題を正しく理解し行動できるようになることが大事だと思っています。
学校でも企業でも、基礎的な知識、技術をしっかりと身につけることは大事である。しかし、メディアやネットの情報洪水の中にいる学生や企業人は、現実的には、たくさんの情報や知識がたやすく手に入り、それらをホチキス止めするだけで結論を導き、
納得してしまうことも多いのではないだろうか。「頭と心に揺さぶりをかける」「既成概念を破壊する」「切り取られた断片に依存せずストーリーで考える」という、教育現場に携われる先生方のさまざまな苦心と奮闘は、実は、私たちへの警鐘にほかならない。「知識は思考を通じて知恵となり、技術は実践・体験を通じて技になる」という先人の言葉のとおり、借りものの知識や技術だけで頭でっかちにならないように、あらためて背筋の伸びる思いがする講義だった。
神津 カンナ