私たちの暮らしの中で、石油には3つの大きな用途があります。自動車、飛行機、船舶といった乗り物を「動かす力」、給湯や暖房、発電など熱を利用する「暖める力」、そしてプラスチック、合成繊維、ゴム製品といった石油化学製品の「原料」です。また、農機具、漁船、採れた産物を輸送する車の動力源、店頭に並べる際に使用されるプラスチックトレイやビニール袋などのように、「食」を支える必要不可欠な物質でもあります。さらに、2011年の東日本大震災では、石油の重要性が改めて見直されるきっかけになりました。というのも電気やガスのネットワークによる供給はストップし、復旧するまでに時間を要しましたが、石油は系統化されていない独立型エネルギーとして有効性を発揮し、緊急救援物資として日本各地から被災地に届けられたからです。
しかし、日本国内の石油需要は、1999年をピークに減少し続け、2014年度にはピーク時に比べると26%も減少しています。その原因としては、脱石油化政策が挙げられます。今から40年以上も昔、1973年の第一次石油危機の時に、日本ではエネルギーにおける石油のシェアは77%もありましたが、ほとんどを輸入に頼っていたため、以後はエネルギーの供給構造を多角化し、リスク回避を目指すようになりました。脱石油化のために取り組んできた省エネにより、車は燃費の向上など技術開発が進められ、近年では若者の車離れも石油需要減少の一因となっています。電源構成に占める割合の減少はさらに顕著で、70%以上を占めていた1973年と比較すると、2013年度は、15%未満、そして2030年度はわずか3%の見通しです。それでも一次エネルギー*に占める石油の割合は、2030年度時点で3割の見通しになっており、今後も生活必需品であることは間違いないと考えられます。
*一次エネルギーとは自然から採取されたままの物質から得られるエネルギーのこと
常温で液体である石油は、固体でかさばる石炭や、液化して輸入、貯蔵し使用時に気化する天然ガスと比べ、「経済的に備蓄できる」という特性があります。実際、日本では210日分の備蓄があり、エネルギー安全保障の観点からも、なくてはならない資源と言えます。原油は、巨大タンカーで産油国から運ばれ、陸揚げ後は製油所で石油製品として精製されます。その後、内航タンカー、貨車、タンクローリーなど様々な手段によって国中に輸送されていますが、需要の減少に伴い、製油所の閉鎖が相次ぎ、給油所数も2014年度にはピーク時の1994年度末比で45%も減少しています。また、石油需要減少に伴う、ガソリンなどの給油所の激減は、公共交通機関が少なく、車が生活必需品である地方では、深刻な社会問題になっています。安定供給が社会的な義務でもある石油業界では、今後も減少が見込まれる石油需要に対して、会社再編など経営の合理化を図る一方、電力・ガス事業も含めた総合エネルギー産業への転換も進め、災害時の「最後の砦」となる石油供給網維持に務めています。
昨年来、世界市場において原油価格が暴落し、2016年2月には1バレル26ドル近辺で取引されたというニュースをご存知だと思います。原油価格の変動は、なぜ起こるのでしょうか。一般的に変動要因は3つあると言われています。1つ目は需給バランスの問題、2つ目は為替相場や各国の金融引き締めなど金融環境の変化、3つ目は地政学的要因で、特に中東地域における内戦やイスラム国(IS)の勢力拡大などによる情勢の緊迫化です。
1970年代からの原油価格の推移を見てみると、第一次石油危機が起きたきっかけは中東戦争でした。その後、イラン革命、イラン・イラク戦争、湾岸戦争などにより原油価格は変動しました。ところが21世紀に入ると、原油先物市場でマネーゲームが始まり、原油は投資家が利益を得るための金融商品として扱われるようになり、各国の輸入原油価格は、国際的な市況と連動して決まります。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ、03年のイラク戦争による危機感からも価格は上昇し続け、08年夏には史上最高値をつけました。しかし同年9月のリーマンショックで世界的な不景気に陥り、原油価格も暴落しました。10年末から11年春にかけて中東地域の国々で巻き起こった民主革命「アラブの春」により、危機感が再び高まりはしたものの、その後、中国やブラジルといった新興国のみならず、欧州まで経済が減速し、石油の需要は減少、供給は過剰気味になっています。にもかかわらず、14年11月、OPEC(石油輸出国機構)が減産を見送ったことから、原油価格は急落し下げ止まりの様相を見せています。中東の政情は依然として不安定な状態が続いていますが、それでも原油価格が上昇しなくなったのは、かつてのオイルショックの経験から世界各国が石油の備蓄を進めるなど、危機管理体制を完備しているからだと思います。
石油供給過剰の最大の原因であり、OPEC減産見送りの理由でもあるのが、「シェール革命」です。石油はもともと、古代生物の死骸が堆積した地層の上に新しい地層が重なり、上からの圧力や地中からの熱によって熟成され、炭素と水素の化合物に変化したものです。気体の化合物ならば天然ガス、液体ならば石油になります。石油が熟成される地層のことを「根源岩」と呼び、硬い岩石によってふたをされたような地層があると、水より軽い石油が、上方へと染み出し、その下に石油が移動、集積し、「貯留岩」になります。石油も天然ガスも、地球の偶然の地殻変動によって生まれたものであり、世界の石油埋蔵量のうち中東地域が約半分を占めるなど、偏在しているのです。
石油枯渇問題は一時期心配されましたが、採掘技術が進歩するのに従い、年々、可採年数*も延び、埋蔵量も増加しています。近年最も注目されている技術が、シェールオイルの採掘です。従来、石油は「貯留岩」に向けて垂直に井戸を掘って、地中の圧力で湧き出てくるものをポンプで採取したり、くみ上げていました。これに対してシェールオイルは、典型的な「根源岩」であるシェール(頁岩)層に、水平方向の採掘をし、さらに水圧で振動を与えひびを入れ、頁岩のすき間に封じ込められている油を取り出すというものです。以前から、その存在は知られていましたが、技術的、コスト的にその生産は難しいとされてきたものが、技術開発と原油価格の上昇で可能になったのです。
*可採年数=確認埋蔵量÷年間生産量 枯渇までの年数ではない
根源岩で発生した石油を100(%)とすると、従来型の掘削方法では1%以下しか回収できない上、掘ってみないと回収できるかどうかわからないという探鉱リスクもあります。ところが、「根源岩」(頁岩層)に直接アクセスできるようになれば、5〜6%という驚異的な回収率になることから「シェール革命」と呼ばれているのです。
しかしシェールオイル採掘には問題点もあります。頁岩に振動を与えるための大量の水や汚染水処理のためのインフラ整備が必要であり、厳しい環境規制のある欧州などでは採掘が禁止されています。世界経済の低迷により原油需要の伸びが鈍化しているにもかかわらず供給が増加しているのは、アメリカが過去5年、シェールオイル・ガスを増産し続け、原油のみならず天然ガスでも生産高世界第1位になったからです。サウジアラビアを始めとするOPEC加盟国は、減産して供給量を減らし原油価格の値下がりを食い止めるのではなく、シェアを守るために、対抗策として、減産を見送り、原油価格を下げることで、多額のコストがかかるシェールオイルのコスト割れを起こし、シェールオイルが淘汰されるのを待っているのです。現在はいわばOPEC加盟国とアメリカの根比べの状態になっています。
日本のような消費国にとって、原油価格の低下はメリットが大きく、石油の輸入額は2013年の18兆円から15年の11兆円と、7兆円も下がりました。国内の電力料金、航空料金、ガソリンや灯油価格も値下がりし、生活、産業ともに恩恵を受けています。一方で、原油価格の低下で産油国の経済が低迷し中東情勢の一層の不安定化を引き起こしたり、市場からオイルマネーが引き上げられたりすると、あるいはエネルギー企業の不振などによりアメリカ経済の減速が起これば、世界的な景気低迷につながる恐れもあります。また、石油をはじめとするエネルギー開発や省エネルギーへの投資の停滞も懸念されるポイントです。
近年、石油を巡る情勢は、著しく変化してきました。シェール革命を筆頭に多様な技術革新により、かつてのような石油枯渇懸念は後退し、産油国と消費国の間には相互補助の経済提携関係が結ばれ、国際的な供給途絶の不安も後退しました。石油価格の高騰懸念も低下していると言えるでしょう。しかしながら、エネルギー市場の変化の中で、石油価格下落が生む世界への影響については、今後も注意深く見守っていく必要があると思います。
一般財団法人日本エネルギー経済研究所石油情報センター調査役
三重県生まれ。中央大学法学部卒。1982年石油連盟入局。88年外務省出向(在サウジアラビア大使館書記官石油担当)。91年石油連盟総務部、調査部流通課長、企画部企画課長、企画渉外グループ長、広報グループ長、技術環境安全部長等を経て、2016年5月より現職。