昨年12月、COP(気候変動枠組条約締約国会議)21において、パリ協定が採択されました。近年、地球上のあらゆる場所で気候変動による異常気象が発生し、大規模な自然災害をもたらしていますが、地球温暖化による海面の温度上昇によって小さな島国は水没する危険さえあると言われています。地球温暖化は、産業革命以降、エネルギー源として化石燃料を大量に使用したために排出された、CO2など大気中の温室効果ガスの増加が原因と考えられています。1997年のCOP3で締結された京都議定書では、先進国のみがCO2削減のためのルール作りを課せられました。これは、気候変動はCO2を大量に排出しながら豊かになった先進国に責任があり、発展途上国にまで責任を負わせるべきではないという考え方によるものです。
今回のパリ協定では発展途上国も含めた196カ国が締結し、地球は生き物だから世界の国々は協力して努力しなければならないという合意の下での画期的な協定になったと思います。パリ協定には3つのポイントがあります。一つ目は、2020年までに参加するすべての国に対して、それぞれの年度をベースにしたCO2削減目標値の設定を義務づけたことです。2020年以降は5年ごとに改善した目標の提出も義務になっています。
二つ目のポイントは今世紀末までに温室効果性ガスの排出をネットゼロに近づけることです。そのためには、排出されたCO2を回収して貯留するCCS(Carbon capture and storage)も重要となります。将来は、回収してさらに活用するCCU(Carbon capture and utilization)という方法をとることが大切で、例えば、石炭火力発電所の敷地内に化学工場を併設し、排出されたCO2を注入してより硬いプラスチックを製造する、あるいは寒冷な国ならば温室の植物工場を併設し、CO2吸入により植物の成長を促進するなど、厄介者のCO2を上手に利用できるシステムです。今年私が座長を務めた「エネルギー戦略協議会」のワーキンググループでは、日本の技術で世界のCO2削減に大きな貢献ができるような構想、「エネルギー環境イノベーション戦略」を取りまとめました。
温室効果ガス排出量をゼロにするためには、電源構成における再生可能エネルギー導入をできる限り推進しなければなりませんが、もう一つ削減に有効なエネルギーといえば原子力です。2015年4月に、日本政府は「温室効果ガスを2030年までに13年比26%削減」という目標を定めました。そのため工場やオフィスなどでの省エネ強化、エコカーのさらなる普及なども掲げています。エネルギーミックス(電源構成)は、原子力発電所がほぼ停止しているせいでわずか6%しかないエネルギー自給率を、25%以上に高めてエネルギーセキュリティを確保し、同時に適正な電気料金とCO2ゼロを両立させるような電源で、全体の44%を占めるよう目標設定しました。内訳は再エネが22〜24%、原子力が22〜20%です。工業国家を目指す途上国では、原子力発電の位置づけは重要視されるべきと、私は考えています。
パリ協定の3つ目のポイントは、途上国への資金支援努力が先進国に課せられたことです。先進国全体で、2020年まで毎年1,000億ドルを拠出する中で、日本からはエネルギー環境技術をパッケージ型インフラとして輸出できないかと考えています。環境技術には、石炭火力発電所+化学工場、植物工場のほかにも、スマートコミュニティという考え方があります。
都市ガス、LPガスから取り出した水素と空気中の酸素を化学反応させて電気をつくり、さらに発電の際に発生する熱でお湯をつくり給湯に利用する家庭用燃料電池のエネファームに代表されるような、高効率なエネルギー利用ができるガスコージェネレーションシステム=コージェネ。これを導入したビル、工場、施設などを、電気のネットワーク、熱パイプラインでつなげるのがスマートコミュニティです。電気については余剰電力が出たら蓄電システムにためておき、ICT(情報処理技術)を駆使して必要な時に必要な場所に電気を送り出す指示をすることにより、CO2をはじめとする温室効果ガスの大幅な削減が可能になります。日本は、省エネ、蓄エネ、創エネといった、気候変動対策となるイノベーションで世界をリードするとともに、国内においては官民一体となった新規産業育成、地方の活性化、経済成長も促せるのではないでしょうか。
『ガイアのメッセージ 地球・文明・そしてエネルギー』は、イギリス、アメリカ、ドイツ、そして日本各地において1年間にわたる長期ロケを行い、エネルギー、環境、文明について、各方面の専門家によるメッセージを収録したドキュメンタリー映画です。今から半世紀も前に、イギリス人の科学者ジェームズ・ラブロックが、地球を一つの生命システムとしてとらえ、地球環境を総合的に考えて提唱した「ガイア理論」をベースにした本作は、地球温暖化や、世界における原子力発電に対する世論の変化と実態、エネルギーによる文明の格差、そして日本が選択すべき道筋とは何かといったさまざまな問題を私たちに問いかけています。
柏木氏の講話と映画鑑賞を終えて、会場からいくつか質問が出ました。
Q. 温室効果ガス26%削減目標の具体的な手段や、100年先までのロードマップはどうなっているのか?
A. 26%削減のために再エネを最大限導入するとしても、電気料金抑制と両立させるためには最低30基分の原子力発電量も必要。また、あらゆる技術に100%の安全はありえないが、3.11の時の東北電力女川原子力発電所を見れば、確実な対策を行うことで安全が維持されることはわかる。今後の技術開発により進化した原子力ほど安全な電源はないと私は思っている。これから発展途上国が経済成長のために工業国家を目指す観点からみて、おそらく今世紀末までは原子力発電は存続する。シビアアクシデントを体験した日本だからこそ、原子力発電にかかわる技術力が世界の基準に達するまで努力すべきではないか。将来は、常温核融合(水の電気分解と同じように簡単な装置で核融合が実現できる)や、究極のクリーンエネルギーである燃料電池などの多種多様な技術の進歩によって、エネルギーシステムが大きく変化する可能性もある。
Q. 原子力発電に関して、高レベル放射性廃棄物の処理問題の行く末が不透明なために、存在の要否を問う声が今後も続いていくのではないか。
A. 放射性物質を300年で無毒化できる研究もあるが、今後商用ベースに乗るまでは時間を要する。現状で最も安全と考えられるのは、放射性廃棄物をまずは地下に埋蔵し、固い岩盤で防御しておくこと。そして、技術の発展に伴って、取り出して無毒化処理できるようにすることこそ、現状に即した最も有効な廃棄物処理方法ではないか。私はそう思っている。また、最終処分場は全く決まっていないが、国が積極的に対応し、決定後には万全な管理体制の構築も大切である。
東京工業大学特命教授・名誉教授
1946年東京生まれ。70年東京工業大学工学部卒業、79年博士号取得。米国商務省NBS招聘研究員などを経て、88年東京農工大学工学部教授に就任。95年IPCC 第2作業部会の代表執筆者となる。2007年から現職。経済産業省の総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会長、日本エネルギー学会会長などを歴任。 09年から経済産業省の「次世代エネルギー・社会システム協議会」のメンバーなど、国のエネルギー政策づくりに深くかかわる。11年からはコージェネ財団理事長を務める。著書に「スマート革命」(日経BP社)など多数。