私たちの生命を維持していくためには、きれいな空気と水、食べ物は欠かせないものですし、現代生活においては、電気、熱といったエネルギーもなくては生きていけません。近年、地震や洪水のみならず、ゲリラ豪雨や竜巻など「観測史上初」「100年に一度」と表現されるような異常気象により、生命が脅かされる自然災害が起こっていますが、産業革命以降、化石燃料をエネルギー源にしたことで、CO2をはじめとする大気中の温室効果ガスが増加し、それが異常気象の大きな要因になっていると、学者たちの多くは考えています。
世界が手を携え、気候変動に対処するために発足したのが、気候変動枠組条約締約国会議(COP)です。1997年に締結された京都議定書では、当時、CO2排出量が世界1位のアメリカ、2位の中国は批准しませんでしたが、昨年のCOP21のパリ会議においては、2カ国とも協定に参加を表明。CO2を多く排出する国もそうでない国も、CO2削減目標の報告と国内における対策の実施が義務づけられました。このパリ会議は今後大きな転換点となることでしょう。世界の潮流として温暖化対策が極めて重要課題になっている中で、CO2排出量シェアが世界で6位の日本では、東日本大震災の前には、温暖化対策について活発に議論され、CO2を排出しない原子力発電が注目されてきました。ところが福島第一原子力発電所の事故の影響により、原子力の安全性に関心が移り、全国の原子力発電所停止を補うために増えた火力発電によりCO2排出量が増加しているにもかかわらず、温暖化に対する危機意識は薄れてしまったように思います。
リスクとは何か? それは災害や危険そのものではなく、私たちの命や財産、環境に対して危険が起こる可能性を意味します。例えば喫煙や毎日3合以上の飲酒は、2,000ミリシーベルト以上の放射線被ばくに相当し、発がんリスクが高まります。その他、肥満や運動不足、塩分の摂りすぎなどによっても、相対的に見て放射線被ばくより発がんリスクが高まるという報告が発表されています。リスクの認識については個人差があり、報道などで大きく取り上げられるか否かによっても影響を受けますが、私たちは日常的な生活習慣に対するリスクの認識については低い傾向があります。
福島第一原子力発電所の事故以降、怖いから原子力発電所は停止した方がいいという意見が見受けられます。けれども、原子力発電所を動かさないことによる別のリスクもあるのです。日本の一次エネルギー自給率は震災後に大幅に低下し、現在はOECD(経済協力開発機構)34カ国中33位で、わずか6.2%しかありません。輸入頼みの資源小国にとって、リスクを減らすためにはまず、エネルギーの選択に多様性を持たせ、適材適所の資源を使うことが重要です。国のエネルギー政策の基本として、3E(安定供給/Energy security、経済性/Economical Efficiency、環境/Environment)とS(安全性/Safety)がありますが、私はここにもう一つ、T(技術/Technology)を加えた方がいいと考えています。
地続きでエネルギーのやりとりができるヨーロッパ諸国と異なり、島国日本は、化石燃料のうち石油は中東からの輸入率が82%、天然ガスは26.5%と依存度が高く、資源を運ぶタンカーは海賊が多発する危険なホルムズ海峡やマラッカ海峡を通って、私たちの元へ運ばれています。私たちはこうしたリスクを少しでも減少させるため、あらゆる側面からエネルギーの安全保障と安定供給を確保する手段を考えなければいけません。
またエネルギーを巡る環境問題として、CO2排出と同様に注目されているのは、原子力のゴミです。世界的に、使用済み燃料を地下数百mに設置することになっていますが、宇宙に飛ばす、海底に沈めるなどの候補を科学的に分析した結果、地層処分が最適だという合意に至っています。フィンランドとスウェーデンではすでに設置場所が決定しており、使用済み核燃料棒を黒鉛鋳鉄でできた蜂の巣状の筒に収めたのち、純銅製のカプセルに入れ、さらに粘土で覆い、花崗岩でできた縦穴に閉じ込める多重バリアで放射性物質を閉じ込める仕組みになっています。日本では、使用済み燃料から使えるウランとプルトニウムを回収して再利用し、使えない放射性廃棄物はガラスの成分と混ぜて閉じ込め、金属容器に入れたのち、さらに粘土で固めて地底に置くという方法が検討されています。
日本では処分施設の設置場所の候補地すら挙がっていませんが、ヨーロッパではなぜ社会的な合意が得られたのでしょうか。先行しているフィンランド、スウェーデン、スイス、フランスで取材を行った際、さまざまな年代、職業の男女に「なぜあなたの町で処分場誘致を認めたのですか」という質問をしたところ、原子力発電に対して賛成反対にかかわらず、3つの共通した答えが返ってきました。1番目は「原子力発電の恩恵を受けて電気を使っているのだから処分の責任は私たちにある」。2番目は「想定外の自然災害やテロ攻撃に遭った時に、たとえ厳重だといっても、既存の使用済み燃料を地上の貯蔵施設で保管するより地層処分の方が安全だから」。そして3番目は「高度な技術について専門的なことはわからないけれど、規制当局が透明性のある仕事をしているので信頼できるから」ということでした。
原子力のS=安全性/Safetyについては議論が重ねられていますが、ある程度のリスクには対処できるのではないかと私は思っています。東日本大震災で地震と津波の影響を受けた原子力発電所のうち、事故を起こしたのは、福島第一原子力発電所の1〜4号機のみでした。震災の被害に遭った中でも、女川原子力発電所は福島第一原子力発電所より震源地に近く、地震加速度が大きく、福島第一原子力発電所と同じ高さの津波を受けたにもかかわらず、原子炉は安全に冷温停止できました。IAEA(国際原子力機関)の専門家チームが地震の1年後に女川原子力発電所を訪れましたが、大災害によってもほとんど影響を受けず、津波で家が流された地区の人たちを受け入れ、避難所としても機能したと知り、称賛しました。「女川の奇跡」と呼ばれましたが、奇跡ではなく、建設時から地道に災害への備えや訓練が重ねられてきたからこそだと思います。現在、福島第一原子力発電所の事故を踏まえた安全対策が日本各地の原子力発電所で進められていますが、その多くは女川ですでに行われてきた安全対策であり、他の発電所でも今後は激震や津波に耐えられると思っています。資源が少ない日本だからこそ、準国産エネルギーの原子力を使って自給率を高める必要があると考えます。
最後に、エネルギーのT=技術/Technologyについて、例えば、日本では石炭使用の火力発電のCO2排出量低減技術が向上しつつあります。化石燃料の中でも、石炭は天然ガスに比べてCO2を約2倍排出するというデメリットがありますが、世界に広く分布しているため、石油、天然ガスと異なり中東依存度はゼロ、かつコストが安いというメリットがあります。日本の最新鋭技術である石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)を使用すれば、石油、天然ガスと同程度までCO2排出が抑制されます。日本は、エネルギー関係の様々な技術を世界に普及させることで、資源の効率的な使用による省エネ、また環境問題の解決にも貢献できます。資源がない代わりに知恵を絞って「創エネルギー」を目指してほしいと思います。
私たちの周りには、多種多様なリスクが存在します。エネルギーに関しては、原子力のみならず、火力、再エネなどにもそれぞれのメリットやリスクがあるので、上手に組み合わせて利用してほしいですし、またCO2排出削減を図り温暖化防止を促進できるような日本の技術を、今後も科学ジャーナリストの一人として応援していきたいと思っています。
科学ジャーナリスト/筑波大学、青山学院大学非常勤講師
1985年、筑波大学比較文化学類卒業。在学中に米カンザス大学留学。85〜91年、読売新聞社記者を経て、フリーランスジャーナリスト。医療、生命科学、科学技術、環境、エネルギー等の分野で、「いのち」をキーワードに科学と社会のかかわりを追っている。外務省外交フォーラム外務大臣賞受賞。日本原子力学会社会・環境部会優秀活動賞受賞。産業構造審議会製造産業分科会、原子力規制委員会独立行政法人評価委員会などの委員を務める。『死因事典』『放射線利用の基礎知識』『人体再生に挑む』(以上、講談社)『名医が答える「55 歳からの健康力」』(文藝春秋)『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』 (文春文庫)など著書多数。