まず日本の現況を俯瞰してみると、少子高齢化という大きな問題を抱えています。1990年のバブル崩壊前夜には20〜64才の現役5.1人が65才以上の高齢者1人を支えていましたが、20年後の2010年には現役2.6人で高齢者1人を支えるようになり、支える人数が半減。25年には1.8人、さらに60年には1.2人で支える予測が立てられており、この数値は、かなり現実的と言えます。
1961年に国民皆年金、国民皆保険になった当時の平均寿命は男性65才、女性70才でした。現在では、平均寿命が15才も伸び、かつ子供の数が少ない、だからこそ社会保障財源を確保するために高齢者にも負担を分かち合ってもらう、消費税増税もやむをえないことが理解できると思います。ところが第二次安倍内閣は、来年4月に予定されていた消費税率10%への引き上げ時期を19年10月まで2年半延期すると決めました。その代わりに年金減額など年金法改正案を11月に衆議院で可決させていますが、歳出を減らし将来世代のために国の借金を増やさないようにしておく必要があるからです。
消費税は、実際に物を購入する時は意識しますが、電気・ガス・水道などの公共料金はほとんどが自動引き落としであるため、金額が上がっても実感がわかないと思います。電気料金上昇の理由の一つは、2011年の福島第一原子力発電所の事故以後、原子力発電を代替した火力発電の化石燃料費増加によるものです。日本の消費税1%分の2兆5千億円に相当する金額を毎年追加で資源国に支払っているのです。
電気料金上昇の別要因としてFIT(再生可能エネルギー固定買取制度)法も考えられます。FIT法が閣議決定され国会に提出されたのは、2011年3月11日震災当日の午前中で、元来「脱原子力発電のための再エネ普及」ではありませんでした。したがって、原子力発電所の事故がなかったら、FITの太陽光発電買取価格が42円/kWhなどと、世界でも突出して高い価格には設定されなかったでしょう。市場の根拠ではなく政治の場で決まったため、導入優遇により過剰な状況にある太陽光発電ですが、来年4月から大規模な太陽光発電に関して入札制度が取り入れられ競争的な市場になっていきます。
一方、電力システム改革(電力の小売全面自由化)については、震災後、原子力への依存から火力や他の分散型電源への見直しと、既存の電力会社独占から規制緩和するために、政策決定がなされました。つまり、規制化し価格を管理するFIT法と、電力自由化という全く異なる性質のものを政策として実施しているのです。2020年に脱原発を決めているドイツでは再エネ導入が最も進んでいる国です。政府、自治体、消費者団体の関係者など10カ所でヒアリングを行った際、再エネは価格が高くて嫌だけれど、それでも決まったことだから受け入れるという一様な答えが返ってきました。ドイツの再エネ賦課金は月平均で約2,500円、東京の我が家の月平均1,000円未満と比べて2.5倍以上高く、低所得者世帯の家計への高負担によるエネルギー貧困という社会問題にも発展しており、さらに2000年に始まった電力自由化も、電気料金上昇に影響を及ぼしています。
経産省は、電力システム改革の3つの目的として、1. 安定供給の確保、2. 電気料金の最大限抑制、3. 電気利用の選択肢や企業の事業機会拡大を挙げています。しかし3については、電力会社を選択できますが、好きだと言っても再エネのみを電源には選べません。なぜなら、再エネで発電された電気は全体の1割程度で、しかも供給不安定な電源だから他の電源を使用しなくてはならないからです。2についても、電気代は決して安くはなりません。安いメニューを選んだために、それまでより電気使用量が増えて電気料金が上がったという実例があります。そして欧米諸国の先例からわかるように、長期的に電気料金は必ず上昇するので、上昇を「抑制」するという表現が使われています。「自由化」「改革」という言葉には、なんとなく良いイメージがありますが、印象操作には十分気をつけなければなりません。
2020年には発送電分離と料金規制の緩和が実施される予定ですが、東日本大震災後の日本の状況から見て、電力システム改革を今やるべきではなかったと思います。結果として、今年4月の電力小売全面自由化から現時点で実際に電力会社を切り替えた率はわずか3%しかありません。システム改革は消費者抜きの発想で、政府と既存の電力関連業界との対立の中から生まれたのではないかと考えられます。
最後に、震災後マスコミやネットで煽られる原子力への漠然とした不安が庶民感覚となり、反権力・反政府運動の象徴の一つになっています。“事故0%神話”が“事故100%神話”に変質したことにより、確率論や安全対策強化をいくら説いても受け入れられない庶民の間では、政府や財界が、なし崩し的に原発再稼動を行っていると捉える風潮が続いています。私たちの生活にとって不可欠なエネルギーについては、安定供給、低価格、しかも環境に優しい選択をする必要性があることを再認識すべきだと思います。
神津 お話を伺って、日本が今どのような人口構成になっていて、なぜ消費税を上げなければならないのか、納得がいきました。そしてまた、官僚の作る文体に対する読解力がないと、「印象操作」されてしまうという点も面白かったし、読み解き能力の重要性を痛感しました。
石川 メディアによる印象操作と同じ程度に、官庁からの情報の裏側や本質に注意を払うべきです。
神津 木曽川で7つの電力発電所を作った福沢桃介という福沢諭吉の娘婿に当たる人物について、電気新聞で一年間連載小説を書いていたのですが、桃介の会社がダムを作ったのは約100年前、その14年後には電力管理法で国による管理になっています。今が初めてなのではなく、時代の変遷と共に、時々にいろいろなレベルの電力システム改革があったのだとあらためて感じました。
石川 戦後の大改革といえば、国営を9電力会社に事業再編したのが1951年。この改革は、結果的に良かったと言えます。それから60年後の今回の改革は、まだ始まったばかりなので評価できませんが、戦後の改革は民間主導、今回は官学主導という点が全く異なります。
神津 スピード化の時代になっても、改革の評価にはかなり時間がかかりますね。
石川 法律や改革など、今やっていることは、今は価値判定できないところが厄介です。1961年に制定された国民年金、医療保険の制度も、55年を経て定着し、特に医療保険は成功しすぎたために、国の借金が増えました。私は1995年あたりで一度見直すべきだったと思います。
神津 少し過去に回帰し見直した方が良いとしても、私たちは既得権益を手放すことが出来るでしょうか。
石川 医療に関しては、過剰な医療は減らしたほうがいいと思います。しかし、例えば電気については、震災以降、過度な節電傾向に陥り、電気を使う必要のある産業から電気需要を減らそうとする動きは、経済活動に大きなダメージを与えます。
神津 さて、トランプ大統領によるアメリカは、日本のエネルギー政策にどのような影響を与えるとお考えですか。
石川 一つは、2018年に有効期限を迎える日米原子力協定については延長、安全保障も含めた意味で日本における原子力エネルギーの平和利用を引き続き支援すると思います。しかしシェールガス、シェールオイルの輸出に関しては、日本の足元を見た価格を設定してくるでしょう。
神津 日本は極東の島国であり、天然ガスは資源国で一度液化してから日本に船で運び、再度気化させてしか使えないというハンディを背負った国です。
石川 アメリカに比べて日本で天然ガスの価格が高いのは、船賃と液化気化に費用がかかるためです。エネルギー資源がない日本は地政学的に不利な立場にいるからこそ、さまざまなエネルギーを組み合わせて使わなければなりません。国内で安価なエネルギーといえば、水力と原子力。特に原子力については、いつまでも感情論で反対するのではなく、状況を熟慮した上で選択すべきでしょう。そのためには、政府による国民に向けた説明と説得が必要です。
神津 これまで日本には技術などの蓄積があったおかげで、原子力発電がゼロに近くても停電にならずに済みました。今後のエネルギーの見通し、そして私たちが進むべき方向はいかがでしょうか。
石川 第一次オイルショック以来、震災など自然災害の被害を受けた地域を除き、私たちは電気に関して不自由な経験をしていないために、この状態が永遠に続くだろうという根拠のない幻想の中にいると思います。残念ながら、この意識を変えることは相当難しいのではないでしょうか。最後に明るい話を。将来世代のため、日本経済復活のために今いちばんすべきことは、高齢者にお金を使ってもらうことです。高齢者が満足してお金を使うような商品、サービスを若い世代が考え出し、彼らがより収入を得て満足できるような社会に向かうことを期待したいと思っています。
NPO法人社会保障経済研究所代表
1965年福岡生まれ、89年東京大学工学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー庁、生活産業局、環境立地局、中小企業庁、産業政策局、商務情報政策局、大臣官房などを歴任し、2007年退官。08年以降、内閣官房・国家公務員制度改革推進本部事務局企画官、内閣府・規制改革会議WG委員、内閣府・行政刷新会議WG委員、専修大学客員教授、政策研究大学院大学客員教授、東京財団上席研究員などを歴任。現在は、NPO法人社会保障経済研究所代表、霞が関政策総研主宰、日本介護ベンチャー協会顧問など。著書に『原発の正しい「やめさせ方」』(PHP新書2013)、『脱藩官僚、霞ヶ関に宣戦布告!』脱藩官僚の会(朝日新聞出2008)などのほか、日本経済新聞「経済教室」、ダイヤモンドオンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなど寄稿多数。