2015年の日本人の平均寿命は、男性が80才、女性は86才を超えており、世界一の長寿国になっています。日本は高度経済成長期から食料や衛生事情が良くなり、便利で豊かになった暮らしのおかげで寿命が延びているわけですが、とはいえ健康寿命はマイナス10才、しかも脳機能の改善は医療が進化しても難しいらしく、認知症は増加し続けているというデータがあります。財政支出のうち、医療や介護などの社会保障費が増大しているのは、この高齢化が原因であり、日本の最大の課題になっています。
今から30年前の1985年、財政支出のうち社会保障費は9.6兆円でしたが、2015年には31.5兆円と 3倍以上に膨れ上がっています。85年といえば、プラザ合意によりドル高が是正され、円高が急激に進み、安価で海外旅行ができ、輸入品が安く買えるなどのメリットはありましたが、円高不況が起こり、国債などの国の借金が増え始めたのはまさにこのころからです。金融緩和対策によって、国内にはお金がジャブジャブに余り、投資して利益を得ようとするために土地などの価格が暴騰、実体経済以上に膨らんだバブル景気になりました。そのため89年から日銀が公定歩合を上げて金融引き締めを行い、91年ごろをピークにして株価は暴落、バブルは崩壊しました。それから「失われた20年」が始まるわけです。
2012年に誕生した第二次安倍政権のアベノミクスにより株価上昇、景気は上向きになったといわれていますが、社会全体を見ると、大手企業以外の賃金状況は、依然として暗いトンネルを抜け切っていないと思います。バブルを知らない今の若い世代は、給料は上がらず生活設計ができないばかりか、国の借金は増え続け、将来の年金に対しても不安を抱いています。25年には、65才以上の高齢者1人を、20〜64才の勤労世代1.8人で支えなくてはならず、さらに60年になると、1.2人で背負うという厳しい予測が立てられています。
社会保障費の中では、生活保護受給者増加も問題になっており、生活保護というのは、一つの国の社会や政治のありようを示すものですが、受給者が毎月、過去最高を更新しているのは、増加する高齢者の中には、健康でも働き口がなく公的な援助に頼らざるを得ない人が多くいるからということもあります。
政府は、少子高齢化の進展により、さらなる財政支出増が見込まれる社会保障財源確保のため、社会保険料については、ほぼ据え置きにし、2014年4月の8%消費税増税に続いて、17年4月に10%再増税を実施します。私たちの負担が増えるのは、買い物をした時などに現金で支払う消費税だけではなく、自動引き落としにしているために実感がない、電気、ガス、水道といった公共料金などに負荷されている消費税もあります。電気料金の場合、原子力発電停止による輸入燃料のコスト上昇で燃料調整費が徴収され、また、12年に始まった再生可能エネルギー固定価格買取制度による再エネ発電促進賦課金も徴収されています。さらに今の国会では、電気・ガス事業関連法案が成立確実になっており、20年の発送電分離、料金規制の撤廃という電力自由化に向かっていくと、料金はどうなるのでしょうか。
電気料金上昇を抑制するためならば自由化にも賛成できますが、すでに自由化を終えた欧米では、電気料金は確実に上昇しています。各国それぞれのエネルギー事情、国是は異なるものの、たとえば電源構成比の7割強を原子力が占めるフランスではやや抑えられており、CO2対策のため再エネに力を入れているドイツでは過度に上昇しています。またアメリカ国内では、自由化した州の方が規制のある州より電気料金が高くなっています。エネルギーや法律の選択により、どの電源が好きか嫌いかといった感情論を抜きにした結果が、数値データに明確に表れているのです。
自由化の「自由」には、自己責任を問われるという意味もあります。ある程度の規制を残しておかないと、停電が起こったり、災害時の復旧に時間がかかったりと、生活の基盤である電力の安定供給が揺らぐ可能性も否めません。ここ数カ月、イギリス、フランス、アメリカのエネルギー関連の有識者や業界の人に話を伺ったところ、再エネはコスト高になるので使用を抑えつつ、化石燃料はやがて尽きるものだから控え目に使い、一方、原子力については継続使用が望ましいという、同様の意見を聞くことができました。
2011年に福島第一原子力発電所の事故が起きるまで、日本では原子力発電の安全神話が信じられてきました。しかし、原子力に限らずエネルギーを使うということはリスクと切り離せないものであり、たとえば電源開発や運転中に、最も人命が失われてきたのは、黒部のような大規模水力発電のためのダム建設でした。その次は石炭、一けた低いのが石油で、原子力のリスクは、さらに一けた低くなっています。また、再エネの中で地熱発電は、最近、噴火警戒レベルが上がり群発地震が続く箱根・大涌谷のように、国立公園であったり、温泉の恵みはあるけれど、危険と隣り合わせの地域で開発されます。
最もリスクが低いといっても、有事の避難規模は原子力が最大級であることは、チェルノブイリや福島の事故で明らかです。それでも旧ソ連だったウクライナでは、チェルノブイリ以降、原子力発電所を停止しておらず、また、1979年にスリーマイル島事故を起こしたアメリカでは、30数年ぶりに新規の建設が認可されています。リスクは確率論であり、原子力発電所による事故で被害を被る可能性は、交通事故、海難事故などや、もしくは何らかの事件に巻き込まれて命を落とす確率よりも、はるかに低いものです。
一方で、コストについて考えてみると、もともとエネルギー自給率が低かった日本は、震災後の原子力発電停止によりさらに自給率を下げ、資源国の言い値で天然ガス、石油、石炭を買わされ続けたため、貿易赤字が続いています。資源国に支払っている分のお金は、国民のためにより有効な使途が数多くあると思っています。かつてオイルショックをきっかけに石油への依存度を下げる努力を続け、2010年には原子力が30%近くを占めるようになりましたが、私はこのころの日本がベストミックスの状態だったのではないかと考えています。原子力発電所は建設時には最もコストがかかりますが、火力は稼働後も輸入による燃料費が永遠にかかります。また再エネは自然任せの発電のため発電効率が悪く、地熱発電の新規開発に至っては、大規模な設備導入で景観を損ね、既存の温泉業者への全面的な補償コストもかかり、技術の進展がなければ現段階では費用対効果は見込めません。原子力の発電原価には、事故処理費用や、ゴミ処理、サイクル費用も含められており、それを知らずに原子力のコストは高いと主張するマスコミも一部にはいます。事実をよく調べた上で、リスク、コストなど、エネルギーには一長一短あるわけですから、いろいろな電源を組み合わせることが必須だと思います。
既存の原子力発電は、建設時のコストを回収するために、原子力規制委員会の審査とともに早期の発電再開容認を促した方がいいと思います。その結果、40〜50年かかる廃炉作業に伴う費用を自ら捻出させておき、私たちの子ども世代で「葬式」を終えて、孫の世代には負債を残さず、自由にエネルギーの選択ができるようにすべきではないでしょうか。そして彼らが化石燃料に頼らず、国内で自給できる資源で賄えるよう、太陽光、風力などの再エネ推進を図ることが、私たちの世代で行うべき務めだと思います。
エネルギー資源考察の時間軸は、何世代にもわたるものであり、今は、準国産の原子力と国産の再エネを共存させながら、少しずつ変化させていき、また地球温暖化対策のCO2削減についても、現在、享受している生活の利便性をすべて放棄してしまうのではなく、細く長く維持できるよう、無理のない範囲で省エネするというように、時間をかけて効果を出すようにした方がいいと考えています。
NPO法人社会保障経済研究所代表
1965年福岡生まれ、89年東京大学工学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー庁、生活産業局、環境立地局、中小企業庁、産業政策局、商務情報政策局、大臣官房などを歴任し、2007年退官。08年以降、内閣官房・国家公務員制度改革推進本部事務局企画官、内閣府・規制改革会議WG委員、内閣府・行政刷新会議WG委員、専修大学客員教授、政策研究大学院大学客員教授、東京財団上席研究員などを歴任。現在は、NPO法人社会保障経済研究所代表、霞が関政策総研主宰、日本介護ベンチャー協会顧問など。著書に『原発の正しい「やめさせ方」』(PHP新書2013)、『脱藩官僚、霞ヶ関に宣戦布告!』脱藩官僚の会(朝日新聞出2008)などのほか、日本経済新聞「経済教室」、ダイヤモンドオンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなど寄稿多数。