水尾 きょうは、「港の先生」板生さん、「エネルギーの先生」金田さんに楽しくお話ししていただこうと思います。まず名古屋港の概略をお聞きします。
板生 名古屋港は、東京、大阪、横浜、神戸と並ぶ日本の5 大港の一つで、名古屋市など4つの市と、飛島村にまたがる大きな港です。港の陸地部分の面積は日本一で、貿易額では東京港がトップですが、取扱荷物量は約2億759万トンで名古屋港が日本一です。
水尾 港のさまざまな機能は、すべてエネルギーで動いているんですよね。
金田 名古屋港を代表する鍋田ふ頭コンテナターミナルでは、年間103万個ものコンテナを取り扱っています。船から貨物コンテナを積み降ろしするのは、高さ40mのガントリークレーン、その貨物をトレーラーに運ぶのが、トランスファークレーン。そして冷凍冷蔵した食料品などのコンテナを置くスペースがリーファーヤードと呼ばれています。そのほか、貨物を管理し移動の指示を与えたりする管理棟など、すべてにエネルギーが必要です。
板生 名古屋港には、一基が10億円もする巨大なガントリークレーンが、合計28基あります。
金田 ガントリークレーンは電気で動きます。トランスファークレーンは動き回るので下にタイヤがついており、普通は軽油で動いています。港で最もエネルギー消費量が多いのは一般的にガントリークレーンですが、東京港や横浜港のように食料品の輸入が多いと、リーファーヤードの冷凍コンテナにおける消費が多くなり、港の特徴によって異なります。鍋田ターミナルでは年間に軽油78万リットル=25mプール1.6杯分を使っていますが、他と比較するとかなり少ないのは、電動化が進んでいるからで、年間電気消費量は1万MWhに上り、一般家庭の約3,000軒分に相当します。ガントリークレーン一基で20トンコンテナをわずか10秒で40mの高さにまで持ち上げてしまうパワーは、ドライヤー1,500個を一度に使うほどなのです。
水尾 ということはたくさんのエネルギーが使われていて、物資を運んでくれる港が機能しなくなると、大変困りますね。
板生 東日本大震災のときは、防波堤が倒れたり岸壁が壊れたり、津波により流出した物が港を覆って、船が通れなくなりました。船は飛行機に比べてスピードは遅いけれど、大量に物資が運べて運賃が安いため、日本の輸出入貨物重量の99.7%が船で運ばれています。ですから港が使えなければ輸出入ができなくなります。名古屋港では、地震や津波に備え、防波堤のコンクリートをかさ上げしました。また、地震発生時に沖合で津波観測が可能なGPS波浪計を伊勢湾口沖に設置しました。さらに、災害時には被災地に移動させて海上から支援できる浮体式防災基地も設置しています。
水尾 災害時にはエネルギーもストップしてしまいますね。
金田 通常、津波が襲う前に船を沖に逃がしますが、東日本大震災では船に載せてあるコンテナをクレーンがつかんだ瞬間に停電が起き、クレーンとコンテナの船が一体化したまま津波によって運ばれてしまいました。このような経験を踏まえて名古屋港の鍋田コンテナターミナルでは、トランスファークレーンの発電機を使ってガントリークレーンを動かせるようにし、また、緊急物資の食料、医薬品などを保管する冷凍冷蔵コンテナが停電になっても、トランスファークレーンをコンテナまで移動させて電力を供給できるようにしました。非常用発電源ではなく、日頃、使っているものを非常時にも使えるようにしたのです。
水尾 全国に先駆けて名古屋港が先進的な対策を進めているのは、南海トラフ地震が身近に迫っている危機感からですね。
金田 管理棟には大量のコンテナの中身と位置を把握しているコンピュータがありますが、停電に備えて、太陽光で電力を賄い、不足分は、津波でも水没しない高さに設置してある蓄電池で3日間電力が確保できるようになっています。
水尾 そもそも日本は海に囲まれた島国という特異な地勢にあり、エネルギーに関してはどの国ともつながっていない特殊性があります。ヨーロッパ大陸をみてみると、電力網、パイプラインが細かくできていますね。
金田 1970年代、中東戦争により石油の輸入が止まり、日本が大混乱したオイルショックは、ヨーロッパにも同様の影響を与え、ヨーロッパの各国はこれを契機にエネルギーのネットワークを作り上げたのです。島国イギリスでさえも、大陸から電力網、ガスパイプラインの両方がつながっています。先進国の中で唯一、日本だけが、外国とエネルギー供給システムがつながっていません。
板生 ここで、少し名古屋港の歴史と概要を説明します。名古屋港は、江戸時代、東海道五十三次41番目の宮の宿近くの熱田港から始まり、1907年に名古屋港へ改称されて以来、沖に向かって拡大してきました。現在、輸入品のうち26%をLNG(=液化天然ガス)が占めており、鉄鉱石、原油、石炭などエネルギー資源が輸入量の60%近くに相当します。一方、輸出品の52%が完成自動車で、輸出量は全国の40%にもなります。中部地方には、トヨタ、ホンダ、三菱、スズキといった日本を代表する自動車メーカーや、関連する製品の本社や工場が数多くありますね。
水尾 外国でも著名な企業が名古屋港の周辺に集まっており、中部地方はまさに、ものづくり日本の屋台骨になっています。名古屋港には、石炭のためのふ頭が1942年、石油が58年、LNGが77年にできています。
金田 名古屋ではエネルギー資源が輸入される拠点が比較的早い時期に整備されたことが、ものづくりの活性化に大きく影響したと思います。国の発展は、その時代のエネルギー資源によるもので、石炭や水力資源が豊かな国が先進国となった事は歴史が物語ります。明治の近代化は国産の石炭なくしてあり得ませんでしたし、日本の高度経済成長は、水力や豊富な石炭があったためになし得たことです。しかしながら、その後世界の主流エネルギー源となった石油だけは日本になかったため、輸入に頼ることになります。そして、3.11以降の日本は、原子力発電が稼働停止し、エネルギー自給率はわずか5%にまで低下しました。しかし、エネルギー資源のない日本だからこそ、他国に依存しないエネルギーの必要性が問われた戦後の歴史を振り返ると、私は今後も原子力は重要なエネルギーだと思っています。たとえば資源が少ないフランスでは、戦後、原子力発電を積極的に押し進め、電力は近隣諸国への最大の輸出品になっています。
水尾 日本のエネルギー資源輸入国をみると、原油は中東からが85%を占めています。天然ガスはいろいろな国から輸入していますが、原子力が停止してから輸入量は増加しており、日本はLNGを必要に迫られ高い価格でも買わなくてはなりません。
水尾 原子力と同様、CO2をほとんど排出しない太陽光、風力などの再エネが注目されており、環境への配慮という点では、港でも取り組んでいますね。
板生 名古屋港にある中部電力西名古屋火力発電所では、石油を燃料とする発電設備を撤去し、CO2排出が少ない液化天然ガス(LNG)を燃料とする設備にリフレッシュ工事をしています。また、大きな船が通るために浚渫※兼油回収船「清龍丸」により湾内を掘った土砂をポートアイランドに仮置きしてあり、この土砂の有効活用とともに、水質の浄化に役立つ干潟を湾内に作る実証実験を行っています。そのほか、海洋環境整備船「白龍」は、伊勢湾に出て行き、主に河川から流れたゴミや、台風などで流されて来たゴミを集めて海の掃除をしています。3.11の震災後には東北地方の港でも活躍しました。
※船の通り道や停泊場所を深く掘り下げること。
水尾 ターミナルについてはどうでしょうか。
金田 鍋田ターミナルもかつてはコンテナを運ぶクレーンで軽油を使っていたため、大変な騒音がありましたが、今は電動化が進められてターミナルはだいぶ静かになり、空気もきれいになりました。大きな港湾では、停泊する船はもちろんのこと、さまざまな機器が軽油を使って動いており、年間CO2排出量は10万トンにもなります。しかし、名古屋港の鍋田ターミナルでは、電動化を押し進めたことで、約75%も削減されました。また、クレーンが荷物を下げる際に発電し、荷物を持ち上げる時にこれを使うというハイブリッド型トランスファークレーンの導入により、さらに3割削減できました。今後、おそらくこの先進的な取り組みは世界に普及していくと思います。
板生 名古屋港は、これからも生活や地域産業を支え続けていくために、高潮防波堤の整備や「清龍丸」などによって使いやすい港作りをし、環境に配慮して親しまれる港を目指しています。
金田 エネルギー資源を海外に依存する日本だからこそ、港は重要な存在ですから、防災対策とともに、今後は環境に優しい先進技術で、世界を牽引していくことが望まれます。
水尾 名古屋が世界のお手本になるようになればいいですよね。海に囲まれた国、日本で暮らす私たちが、どれほど港に支えられて生活をしているかということをあらためて認識しました。これからは港に対して、また港を動かしている人たちに対して感謝の気持を忘れないようにしていきたいと思います。
名古屋港湾事務所企画調整課長
名古屋港の歴史から現状のすみずみまで知っているベテラン港案内人。
ユニバーサルエネルギー研究所所長
(株)三菱総合研究所先進エネルギー研究チームリーダーなどを経て、2004年より現職。コメンテーター・解説等、ニュース番組などに出演。
名城大学人間学部教授
専門は建築学、都市計画。現在、名城大学にて環境人間学、都市文明史担当。国土交通省をはじめ愛知県など数多くの行政機関や各種団体の委員などを歴任。