昨年4月に決定されたエネルギーに関する国の基本方針「エネルギー基本計画」に基づき、2030年時点のエネルギーミックス(電源構成比率)が今年7月に決定されました。決定に至る過程やその根拠、そして実現するための方策などについて、山地憲治氏((公財)地球環境産業技術研究機構 理事・研究所長)にお話を伺いました。また、その後、石窪奈穂美氏(消費生活アドバイザー)との対談が行われました。
国のエネルギー政策の基本となる「エネルギー基本計画」が昨年4月に閣議決定され、計画実現のための委員会、ワーキンググループなどが2015年に発足。その中で、「長期エネルギー需給見通し」小委員会が検討した結果、7月に2030年度の「エネルギーミックス」が決定しました。
「長期エネルギー需給見通し」では、経済成長を年1.7%と想定した上で、電力、熱、ガソリン、都市ガスなどのエネルギー需要総量を、対策前のベースラインから13%削減する徹底した省エネを想定しています。この中で、電力に関しては、現状から微増する想定をしています。
今年7月に決定された2030年度の電源構成は、再生可能エネルギー(再エネ)22〜24%、原子力20〜22%、LNG27%、石炭26%、石油3%になっています。そして、このエネルギーミックスは、S(安全性)+3E(安定供給、経済効率性、環境適合性)を同時達成することを前提に決定されました。まず、安全性については、従来からも政策の前提でしたが、福島第一原子力発電所の事故後はより強調されています。安定供給については、現在、わずか6%のエネルギー自給率を、震災前(約20%)をさらに上回る25%程度にすることを目標としています。経済効率性については、震災後の電気料金が、2014年度には産業用が38.2%、家庭用が25.2%と大幅に上昇、また再エネ賦課金(後述)も今年度は1.3兆円に達するなど電力コストは上がっていますが、現状よりも引き下げる目標です。環境適合性については、原子力発電停止後の火力発電の増加で過去最悪となった2013年度のCO2排出量を、欧米に遜色ない削減目標にする考えです。11月末からパリで開かれるCOP21において、2020年以降における世界の温暖化対策の大枠が決められますが、日本は、温室効果ガス排出量を2030年に2013年比で26%削減する目標にしています。世界の気温上昇を産業革命前から2℃未満に抑える国際目標は世界共通とはいえ、EUは1990年を基準に2030年に40%削減、アメリカは2005年を基準に2025年に26~28%削減すると発表しており、基準年がバラバラです。基準年を直近の2013年にそろえると、日本の削減目標は欧米より大きくなります。
エネルギーミックスを議論する上で、前提となる省エネについては1970年代のオイルショック以後、日本はエネルギー効率を大幅に改善しており、90年以後はそれほど進んでいない状況ですが、今後2030年までに70〜90年並みの効率改善を想定しています。ただし、省エネの目標数値をクリアできるかは疑問です。というのは、一国が経済成長する時、先進国ではエネルギー効率は改善される傾向があるものの、電力消費を減らしたという経験はほとんどありません。年1.7%経済成長する中で電力消費を現状とほぼ同レベルに維持することが本当にできるのかと懸念されます。
今回のエネルギーミックスの議論において、とりわけ問題とされたのは、現状より電力コストを引き下げたいという経済効率性の観点です。震災後、電力コストは上昇し続けており、火力燃料費の増加に加えて大きな原因となっているのが、再エネの固定価格買取制度(FIT)(※)における賦課金です。FITは2012年に導入され、賦課金はこの3年で約10倍になりました。標準的な家庭で、毎月電気料金に474円も賦課されています。再エネによる発電設備設置者に支払われる買取費用は、2015年度に約1兆8,400億円が見込まれ、このままではどんどん膨れ上がります。これを、買取規模が増加しても、買取費用を2030年では4兆円までに抑えようと考えています。家庭における負担以上に、中小企業にとって、賦課金の増加は死活問題です。電力コストには資本費、燃料費はもちろん、再エネ導入増加による系統安定化費用も織り込まれていますが、今回のエネルギーミックスにおける重要なポイントは、何といっても、電力コストを算出するうえで、再エネの買取費用4兆円をまず決めてからほかを決めていったことです。
※再生可能エネルギーの固定価格買取制度(Feed-in Tariff;FIT)とは、再エネ(太陽光・風力・水力・地熱・バイオマス)を用いて発電された電気の買取を、国が定める固定価格で一定の期間、国が電気事業者に義務づけるもの。買取費用のうち、電気としての価値(回避可能費用という)を上回る部分は「賦課金」として電気料金に上乗せされる。
再エネの買取費用の上昇を抑えるために、具体的にどうしたらいいでしょうか。現在、FITによって最も導入が進んだのは太陽光ですが、これはFIT導入によって投資リスクが低下し、建設期間が短い太陽光発電に集中した結果です。これによりさまざまな問題が発生しました。太陽光発電の設置について、国から設備認定を受けていながらいつまでも着工されない申請については、認定を取り消すなど、チェック体制が強化されました。太陽光発電による買取価格についても、今後順次、低減されるよう見直されつつあります。このように、再エネを推進していくにあたっては、導入量を増やしかつ国民の負担を抑えるというバランスも考えていく必要があります。
また、電源にはそれぞれ長所短所がありますから、ひとつの電源に過度に依存するリスクは避けなければなりません。これまで、太陽光に集中してきた再エネを、今後は、風力や出力が比較的安定している地熱、中小水力、バイオマスを設置しやすくなるよう制度の改正を目指しています。
さらに来年4月からの電力小売りの全面自由化も絡んでいきます。これまでも大きな工場やオフィスビルなどでは、新電力から電気を購入することができましたが、来年4月からは商店や個人の家でも電気を買う会社を選べるようになります。さらに20年4月からは、送配電部門の法的分離も予定されており、今後、エネルギーに関する環境は大きく変化していきます。これまで公益事業といわれてきた電力事業が大きく変化して、発電と販売部門では自由競争になります。競争によって価格が安くなるかもしれません。また、需要サイドからは選択肢が増える、といったメリットがある反面、エネルギーの安定供給はどうなるのかなど、デメリットの面にも気を配っていかなければならないと思います。
石窪 国のエネルギー施策に関与されている山地先生から、エネルギーミックス決定に至った経緯をお聞かせいただき、さまざまな要素が絡み合って決まったことがよくわかりました。その中で、エネルギーミックスの目標達成に大きくかかわる省エネは、私たち個々人による省エネなのか、それとも大きなエネルギー改革という意味でしょうか?
山地 オイルショック時に、産業界が大きな衝撃を受け、その後35%の省エネを実現するまでに至りましたが、産業部門は省エネをやり尽くしてきたので、今後の省エネの主役は、民生部門、つまり家庭用と業務用です。これからは家庭における省エネがポイントになってきます。
石窪 17%の省エネという前提条件でエネルギーミックスが議論され、こんな厳しい数値の達成が、私たちにかかってくるんですね。それから、各国の温室効果ガス削減目標は、アメリカ、EU、日本などそれぞれが基準年、目標年さえ異なり、数値だけを単純に比較してはいけないことがわかりました。
山地 世界全体としては、産業革命からの気温上昇を2℃までに抑えないと大変ということになっていますが、温暖化問題に対しては不確定要素が多く、また2℃目標を実現するためにかかるコストを考えると、各国の政策は今後変化していくと思います。日本の約束草案は決して欧米に劣る目標ではありませんし、さほど悲観的になる必要もないと思います。
石窪 近視眼的なものの見方ではなく、一歩引いて考えることが必要なんですね。ところで、会場の皆さんは、家計のことにとても関心があると思いますが、電気料金の領収書に再エネ賦課金が記入されていることをご存知ですか? 今、この金額がどんどん上がっていて、これ以上、上昇するならば、再エネの買取量に上限を設けると、先ほどお話がありましたが。
山地 なかなか難しい問題ですが、エネルギーミックスを決める時に、とりあえず再エネの買取費用の上限を4兆円にしました。中でも太陽光は現在、約2,400万kWの設備容量ですが、2030年の目標は6,400万kW、電源構成のうち7%程度になるように抑制的に調整しました。
石窪 環境のために再エネを増やしていくのは大事ですし、応援したいけれども、家計がパンクするほど賦課金が高くなっては困りますよね。また、今後は電力の自由化によっても電気料金が変わっていきます。ある調査によると、電力小売自由化の認知度は80%近くあるものの、「内容はわからない」が66%となっています。自由化によりこの先どうなっていくのかは想像がつきません。そもそもなぜ自由化なのでしょうか。
山地 欧米中心に1990年ころから自由化が進んでおり、そのトレンドに影響を受けた形です。学問的な理由としては、電力供給は大規模になれば安くなり、自然独占になるという理論に基づいて、政府が規制する公益事業になっていたのですが、時代とともに、地域独占を支えていた規模のメリットという原理が、発電の分野から崩れていったのです。ただし送配電事業の全国的ネットワークは公益性を担う中核として活用すべきだと私は思います。
石窪 私たちにとって、電力自由化のメリットとデメリットをあらためて伺いたいのですが。
山地 環境に影響の少ない電気を選ぶのか、それともより安い電気を選ぶのか、というように、選択肢が増えることが一番のメリットです。とはいえ、自由化によって必ずしも安くなるとは限りませんし、自由化を進めたEUでは、家庭用電気料金はむしろ上がっています。ドイツでは、産業界には賦課金を減免し、その分が家庭に賦課されています。デメリットは、今まで電力は、法律で安定供給が義務づけられていましたが、今後は、トラブルが起こった場合の速やかな対応や復旧作業など、電気の質の面で問題が発生するかもしれません。発電所のバックアップ体制がきちんとできているか、技術的能力をどの程度、保持しているかにかかわっています。
石窪 安定した電気が間違いなく送られてくるのか、わからないところが不安ですよね。
山地 自由化によって、とにかくいろいろなことが起きるでしょうが、挑戦しなくてはならないわけです。電気の次には、2017年にガスも自由化になり、ますます複雑になっていきます。自由に選べるということは、逆に消費者サイドにも責任が出てくるということです。
石窪 省エネもがんばらなくてはいけないし、自由化で選択も委ねられているというわけで、私たち消費者もここ数年間の急速な変化に追いついていけるよう、しっかり勉強していきたいと思います。
(公財)地球環境産業技術研究機構 理事・研究所長
1950年、香川県生まれ。72年、東京大学工学部原子力工学科卒業。77年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。同年、(財)電力中央研究所入所。その後、米国電力研究所(EPRI)客員研究員、電力中央研究所・エネルギー研究室長等を経て、94年に東京大学教授(大学院工学系研究科電気工学専攻)、2010年より(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)理事・研究所長、東京大学名誉教授。専門分野はエネルギーシステム工学。エネルギー・資源学会会長(2011年〜13年、現在は名誉会員)、日本エネルギー学会会長(2015年〜)、日本学術会議会員(2005〜14年、現在は連携会員)等を歴任。政府の各種審議会委員を務め、現在は、産業構造審議会委員、総合資源エネルギー調査会・新エネルギー小委員会委員長等。