ETTの企画委員が企画した第三回メンバー勉強会が開催され、4月にスタートする小売電力自由化を前に、その目的や仕組み、私たちの生活への影響などについて学びました。はじめに竹内純子氏(NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員)により、地球温暖化の国際交渉状況や日本の取るべき選択についてお話しいただきました。次に石川和男氏(NPO法人社会保障経済研究所代表)には、少子高齢化による社会保障費増で、財政支出のみならず個人負担が増加する日本において、電力自由化はどのような意味を持つのか、お話しいただきました。講演後にはお二方による対談が、会場からの質問に答えながら、進められました。HPでは対談をご紹介します。
石川 電力自由化については、国会や政府、電力業界の中では、資金調達をどうするのかなどの難しい問題に関心がありますが、消費者にとって一番関心があるのは何かといえば……。
竹内 まず、料金が安くなるのかということでしょう。でも携帯電話やケーブルテレビとセットで割引というメニューなど、電気とどのように関係しているのか、疑問に思われたはずです。その疑問は正しい(笑)。事業の親和性がある事業者の参入もありますが、顧客の囲い込みを目的としていると考えられる事業者もいます。電気は一度契約すると、乗り換えするのが面倒ですから。
石川 お客さんが逃げ出すリスクを低くすれば、長期的な資金計画が立てられるので、囲い込みと言われると嫌なイメージかもしれませんが、ビジネス戦略としては理にかなっています。
竹内 皆さんの印象として、自由化といえば、自分が自由になると感じていませんか。ですが現実は規制されていた事業者が自由になるという意味なんです。
石川 国では需要者が供給者を選べるなどと言っているけれど、本当は供給者が需要者を選んでいるわけです。
竹内 自由化前の電気料金は、単なる電気の料金という以上の意味を持っていました。自由化前の電気料金は三段階制度といって、使用量の少ないほうが安い単価を適用されていました。これには二つ目的があって、一つ目は低所得世帯の保護で、生活に必要な電気は安い値段で供給するという福祉政策です。二つ目は、省エネ促進政策です。ところが自由化になると、電気をたくさん使ってくれるお客さんの方がありがたいという商売の基本に戻りますから、電気が生活必需品から、普通の商品になっていく、あるいは実体のない金融商品のようなイメージでもありますね。その他にも農事用電力といって灌漑用ポンプの電力料金などは単価が安く設定されていました。これは農業支援策としての意味を電気料金が背負っていたということです。
石川 しばらくは自由化の方向でこのまま進むとは思いますが、たくさん使うと安くなるなら、それでは省エネに逆行するという、おかしな制度です。
竹内 電気をつくるところ、送るところ、売るところがある中で、今回は、最後の「売るところ」を全面的に自由化するということです。全面的に、というのはこれまで大規模なユーザーは自由化されていたものの、家庭やコンビニエンスストアなど小さな消費者は地域独占の会社から買いなさいということになっていた。この規模の消費者に対して電気を売る事業が自由化されるということです。
石川 つまり、農家で作った同じ野菜を、運ぶトラックも同じで、スーパーで売るのかコンビニで売るのか、末端のところで競争するのと同じことです。電気をつくる、送るところは合理化されず、人件費が安いとか土地代が安いということだけで競争するわけですが、結局、セット販売によって、自分の本当にやりたい商売のお客さんを固定化できるから、その分、企業内努力で電気の方は少しお安くできますよという考え方です。
竹内 自由化をすべきタイミングは重要です。右肩あがりの経済成長を前提に、供給責任を負っていれば、事業者は余裕をみて設備を作り続けます。欧米諸国でも自由化開始当初には、一年間に最大の電力を賄う1.5倍もの設備を保持していたような状況でした。これではいわゆる“メタボ”ですので、自由化導入で事業者がスリムになっていけば、値下げなどの効果も期待できます。 ところが、いま日本は、原子力発電所がほとんど停止していて、毎夏冬には電気が足りるのか乗り切れるのか議論をしています。このタイミングで自由化するのは弊害の方が大きいのではと懸念しています。さらには、スリム化していくうちに、電気料金は安くなるけれど、設備が減り続けていったら、中・長期的には供給力が足りなくなってしまうということが起こります。
石川 電気は生産即消費ですよね。夏の高校野球決勝戦の時に、日本中のどこでもテレビをつけエアコンをつけているから、電力使用はピークを迎えます。このピーク時でも電力会社は停電を起こしてはいけない義務があったわけで、余力を持って設備を作っていたのです。一方で、2020年までは、新電力推進のための法律により、新電力の料金はプライス・キャップ規制(上限価格規制)で10電力会社の料金より安くなっています。しかしもし原子力が以前のように稼働したら、当然、従来の電力会社の料金は下がりますから、新電力はかなり経営が難しくなるのではないかと思います。そうなった時に何が起こるか危惧しています。再エネについては、3.11の震災以降、太陽光、風力、地熱に注目が高まりました。再エネ促進に、固定価格買取制度(実はこれは究極の総括原価方式です)は効果があるけれど、自由化は再エネ促進とは逆に働くかもしれません。
竹内 自由化はエネルギー政策の3Eの一つ“経済性”を改善することを目的とした施策なので、再エネの導入という温暖化対策、自給率向上を目的とした施策とはそもそも相いれません。そして再エネを導入することは大事ですが、コスト負担をよく考えなければ続かなくなってしまいます。ちなみに、ドイツでは、30%超も再エネが増えているのに、CO2はそれほど減ってないのが実情です。太陽光や風力など不安定な電気が増えると、それにつれて安定供給のために火力発電の出力が増えてCO2が増えるわけです。自由化になると、より安い電気をつくらなければならなくなり、CO2排出量が多い石炭火力を選ぶことにもなります。再エネの導入だけではCO2は減らせない、系統全体で考える必要があるのです。
石川 不安定な電気である再エネで安定供給を行うには、たとえば電気をためておく蓄電池の技術が不可欠です。しかし、蓄電技術はあっても、その設備はとてつもなく大きく値段が高いものしか現在はありません。小型化できる技術の開発は、まだずっと先になるでしょうが、そうなれば相当量の石炭、石油、天然ガスを減らせると思います。エネルギーに関する技術開発はとても長い時間がかかるので、それまでの間は他の電力をきちんと確保し、次世代の研究開発の資金を維持しなければいけません。
竹内 エネルギーについてはとにかく、とても長い時間軸で考える必要がありますよね。技術開発を待つ意味もありますし、電力会社が発電所を建てる場合も、計画、用地交渉を含めて、建設開始まで、火力発電であっても10年以上もかかりますから。
石川 自由化と相反する省エネ問題については、産業や運輸の部門ではこれまでかなり進んできましたが、民生部門の消費者である私たちは、省エネしようと思っても、これまでの習慣を簡単に捨てられるでしょうか。極端な話ですが、電気の供給停止、あるいはリーマンショックのような経済的ダメージといった、禁じ手の手法でもなければ、エネルギー需要は低下しません。
竹内 私はよく、「自由化時代は自衛化時代」と言っています。マンションなど集合住宅や住宅密集地では、まとめて自由化して安くなるメニューを作れる可能性はありますが、供給側が需要者を選ぶわけですから、地域的にも格差が生まれることは避けがたいでしょう。
石川 電気料金の三段階制度(当面、経過措置として残る)については、2020年の全面的な自由化を前に、国会レベルで議論すると思います。最初は参入してもらいたい新電力に優しく、もともとある電力会社には厳しく規制をする。4月に自由化がスタートしたら様子を見て、うまくいきそうなら三段階料金制の撤廃が行われるでしょう。いずれにせよ、電気料金は全体的には上がっていくと思います。
竹内 自由化は何のためにするかといったら、これまで規制によって非効率だった電気事業を、規制を止めて効率化するためです。私たちにとっては、料金が安くなる可能性がある一方で、高くなる可能性もあります。また、地域の電力会社からしか買えなかった電気が、セット料金や時間帯によって変化する料金といった選択肢が増えてくるメリットもあります。ただしデメリットも、大きく2つあると思います。1つは、効率化を目指すあまり、発電所などの設備投資をしないでいるうちに、国として電源が不足するという問題が出てくることです。もう1つは、自由化政策というのは、エネルギー自給率、価格上昇抑制、温暖化対策、省エネなど他のエネルギー政策とは噛み合わないものだということです。いずれも、消費者個人のデメリットではありませんが、国としてのエネルギーを考えた時には、この政策はデメリットになるといえるのではないでしょうか。
NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員/
21世紀政策研究所研究副主幹/アクセンチュア株式会社 シニア・アドバイザー(環境エネルギー問題) /
産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会委員/
東京大学公共政策大学院客員研究員
慶応義塾大学法学部卒業。1994年東京電力入社。2012年より現職。国立公園尾瀬の自然保護に10年以上携わり、農林水産省生物多様性戦略検討会委員や21世紀東通村環境デザイン検討委員などを歴任。その後、地球温暖化国際交渉や環境・エネルギー政策に関与し、国連気候変動枠組条約交渉にも参加。著書に『みんなの自然をみんなで守る20のヒント』(山と渓谷社)、『誤解だらけの電力問題』(ウェッジ)。「電力システム改革の検証」(共著・白桃書房)
「まるわかり電力システム改革キーワード360」(共著・日本電気協会新聞部))など。
NPO法人社会保障経済研究所代表
1965年福岡生まれ、89年東京大学工学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー庁、生活産業局、環境立地局、中小企業庁、産業政策局、商務情報政策局、大臣官房などを歴任し、2007年退官。08年以降、内閣官房・国家公務員制度改革推進本部事務局企画官、内閣府・規制改革会議WG委員、内閣府・行政刷新会議WG委員、専修大学客員教授、政策研究大学院大学客員教授、東京財団上席研究員などを歴任。現在は、NPO法人社会保障経済研究所代表、霞が関政策総研主宰、日本介護ベンチャー協会顧問など。著書に『原発の正しい「やめさせ方」』(PHP新書2013)、『脱藩官僚、霞ヶ関に宣戦布告!』脱藩官僚の会(朝日新聞出2008)などのほか、日本経済新聞「経済教室」、ダイヤモンドオンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなど寄稿多数。