今、世界の人口は70億人を超え、2035〜40年には90億人に達するといわれています。途上国では、人口膨張により国民を養うための経済発展が最重要課題であり、経済発展と相関関係にあるCO2排出量増加への対処は後回しにせざるを得ない状況です。地球温暖化に関する最新の知見といえば、IPCC第5次評価報告書です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、国連環境計画(UNEP)および世界気象機関(WMO)が1988年に共同で設立した国際機関で、各国から数千名の研究者が参加して、世界の気候変動に関する科学的・技術的・社会経済的な知見をまとめ、発表しています。このIPCCの2014年の評価報告書では、世界の平均地上気温は、1880~2012年において0.85℃上昇し、海洋上部(0~700m)では1971~2010年における水温上昇は、ほぼ確実だとしています。また海洋深部(3,000m以深)でも、1992~2005年における水温上昇の可能性が高いという新事実が発表されています。そして地球温暖化の原因は、人間の経済活動であることが95%以上の確率でいえる、といわれています。
今後、地球がどうなっていくのかという予測に関しては、科学者の集団IPCCは、確率論で説明をしており、断定はしていないので、多少わかりづらいかもしれません。気候科学は100年程度の歴史しかないため、将来予測には大きな幅があります。「産業革命前からの気温上昇幅が1~2℃では、生物多様性、異常気象のリスクが顕在化する」と表現されているものの、もしこの2℃が2.5℃だったら影響がどこまで及ぶのかは、不確実です。世界の気温上昇を産業革命から2℃未満に抑えるという国際目標がありますが、そのためには、今世紀後半、世界全体のCO2排出量をゼロ近くかマイナスにする必要があり、この目標に固執することが現実的な解を遠ざけているのではないかという意見もあります。
温暖化対策の鍵になってくるのが、エネルギーの低炭素化です。再エネ、原子力、そしてCCS+化石燃料、CCS+バイオエネルギー(BECCS)の4つの拡充です。このうち、原子力は事故のリスクが大きく、放射性廃棄物の処理、社会的受容性の問題もあり、莫大な投資が必要な上、政治や規制の影響を大きく受け事業のリスクが大きいといえます。CCSというのは、Carbon Capture Storageの略で、CO2をつかまえて地下に埋める技術を指します。これが実現すれば、排出量が大きい化石燃料を使う火力発電におけるCO2排出をなくせるという夢のような技術です。またCCS+バイオエネルギー(BECCS)は、バイオマス発電で排出されるCO2を埋めてしまうというプランです。大気からCO2を吸収した木材を燃料としてエネルギーに使えば、木という媒体を通してCO2をマイナスにできるという考え方です。ただし、CO2を埋めるためにも相当のエネルギー消費があり、コストが高く、この新技術の実用化には時間がかかります。大量のCO2を地中に埋めることに対して周辺住民の方の理解を得ることも難しいでしょう。
再エネの課題は、導入の直接的コストが高いことに加え、電力供給の不安定性を吸収するために、送電線整備による広域での利用が必要であるため追加的コストもかかることです。そして実は、系統全体で見ると、CO2削減効果は期待するほど大きくありません。再エネの不安定性を調整する既存の電源(火力)が非効率な運用をしなければならなくなること、また、自由化された市場では、低コストの石炭が有利になるため、火力発電の中での低炭素化、すなわち石炭から天然ガスへの移行が進まなければCO2削減効果は大きく期待できません。さらに日本は全量固定価格買取制度の導入以降「太陽光バブル」といわれる状況が生じ、メガソーラー設置のため日本各地で乱開発が行われています。一方、ドイツでは、州によって細かくは異なりますが、再エネ設備建設で森林伐採を行うと、その6倍の植林を義務づけ、動物の保護も要求され、また、廃業時の撤去費用は事業主が国に供託金として事前に支払い、国が代わりに撤去作業を行います。日本でも、将来の廃棄問題まで見据えた議論がなされなければなりません。自然エネルギーは自然に優しいというのはイメージです。
温室効果ガス削減負担の国際交渉の場として、毎年開催されているのがCOP(Conference of Parties:締約国会議)です。1992年にリオデジャネイロで地球サミットが開催され「気候変動枠組み条約」と「生物多様性条約」が作られました。「気候変動枠組み条約」は、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させ、現在および将来の気候の保護を目的にしており、「共通だが差異ある責任および各国の能力の原則」の上に成り立っています。つまり、気候変動問題は人類共通であり、誰もが責任を負うけれど、国によって差があること、すなわち先進国と途上国の責任には違いがあることを認めています。条約締約国は194カ国で、現在の温暖化の原因を作った先進国は、途上国を援助するといった項目が含まれています。97年にCOP3で採択された京都議定書は、気候変動条約のもとで、具体的にどの国がどれだけ減らすかの分担を決め、排出削減の法的義務を負う国は、日本、EU、オーストラリア、カナダ、ロシアなど38カ国でした。
京都議定書の問題点として、
1. 当時世界のCO2排出量の24%も占めていたアメリカが抜けている
2. 中国、インドなど削減義務を負っていなかった途上国は、その後、経済成長が著しく伸びた
3. 締約国38カ国だけの排出量シェアは90年の59%から09年には13.5%にまで低下している
ことなどがあります。がさらに今後、途上国の排出量が急増する予測があります。また、京都議定書第一約束期間(08〜12年)の目標達成のため、日本政府は1,600億円以上の予算を投じ、約1億トン(約0.19億トン/年)のクレジットを購入し、日本の民間企業も同様に莫大なお金を費やしました。これは、京都議定書の義務が法的拘束力のあるものだったので、定められた温室効果ガスの排出枠を超えた排出量を、枠内排出量が余っている国から購入したのです。2050年までに世界の排出量を半減するには、2010~30年に世界全体で10兆ドルの投資が必要とされます。わずかな努力の積み重ねでは大規模な排出削減は不可能です。革新的技術が必要な今、短期的な目標達成のために国富が流出するというのが、京都議定書のもうひとつの問題です。
さまざまな問題を抱える京都議定書を超え、世界は次の枠組みを目指しています。2009年COP15で了承されたコペンハーゲン合意で、先進国、途上国、すべての国が参加できるよう、各国に「自主的に」目標を出させるプランです。気候変動交渉がうまくまとまらない理由としては、全会一致が条件であることや、交渉を生業にして各国を渡り歩く交渉官の存在がありますが、何よりも温室効果ガスの排出量は経済活動の活発さと強い相関関係があり、「排出規制は自国の経済成長制約」となりうることが最大の要因といえます。コペンハーゲン合意のコンセプトは各国の自主性を尊重するところにあり、今年末にパリで行われるCOP21では、ポスト京都議定書の2020年以降における世界の温暖化対策の大枠が決まるでしょう。
COP21に向けて日本は、温室効果ガス排出量を2030年に2013年比で26%削減する(2005年比では25.4%削減)約束目標を決めました。一方、EUは、2030年に1990年比で40%削減。アメリカは、2025年に2005年比で26〜28%を削減。というように、基準年も目標年も各国で異なるのは、目標を大きく見せるためです。EUがこだわる1990年は、東西ドイツが合併し、東欧諸国が西欧化する直前の年で、CO2排出が最大でした。アメリカのこだわる2005年は、シェール革命で天然ガス(石炭よりCO2排出が半分)の産出が始まったころだからです。日本の2013年は、原子力発電が停止し、排出量がほぼ最大だった年ですが、これを単独の基準年とすることに国内から批判が出たため、2005年を補足しています。
7月に決定された、日本のエネルギーの長期需給見通し(エネルギーミックス)においては、
1. 現在、わずか6%のエネルギー自給率を、震災前(約20%)をさらに上回る、25%程度にする
2. 震災後、大幅に上昇(産業用=約3割、家庭用=約2割)した電力コストを現状より下げる
3. 原発停止・火力発電の増加で2013年度のCO2排出量は過去最悪でしたが、欧米に遜色ない削減目標を掲げる
ことを前提としています。しかしこれらは、石油危機後並みの大幅なエネルギー効率改善(約−2.3%/年)を想定し、電力需要も過去の実績を大幅に超える省エネが前提となっています。とはいえ日本は、他国と比較して省エネ技術が進化しているため、既にエネルギー効率が高いわけで、これ以上の省エネは、コストが高くかかり、とても可能だとは思えません。
この前提による電源構成は、再エネが22〜24%、原子力が20〜22%などの配分で目標が決まっています。温暖化対策の目標のために再エネをもっと入れたらいいという意見がありますが、1%のエネルギーを入れ替えたらコストが大きく変わります。たとえば再エネを1%増やして原子力を1%減らすためには、2,200億円追加のコストを負担しなければならず、逆に、原子力を増やして再エネを減らせば2,200億円減らせます。来年の電力全面自由化で、参入する事業者に対する政策など、政府は早急に取り組む課題があり、電源構成を批判している時間はもうないと思います。そして、CO2排出削減目標を議論する場合に、日本は、高度な技術力によって、世界の省エネの発展に貢献していってほしいと願っています。
NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員/
21世紀政策研究所研究副主幹/
産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会委員/
東京大学公共政策大学院客員研究員
1994年、慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力入社。99年より尾瀬の自然保護活動を担当。その後、地球温暖化とエネルギー政策を担当。農林水産省生物多様性戦略検討会委員や21世紀東通村環境デザイン検討委員などを歴任。2011年末に東京電力を退職後、12年より現職。著書に『みんなの自然をみんなで守る20のヒント』(山と渓谷社)、『誤解だらけの電力問題』(ウェッジ)。