日本におけるSDGs(Sustainable Development Goals=持続開発可能な目標)の認知度を電通が「SDGsに関する生活者調査」として調査したところ、昨年より1.2ポイント上がり今年度は16%でした。特に経営幹部や管理職の男性に高まりつつあり、これはビジネスや金融の文脈で語られる機会の増加によると思われます。おしなべて女性は低いのですが、SDGsは知らなくても、例えばマイバッグやマイボトルの使用、節電などの行動を実践しているのは、女性の方が圧倒的に多いです。また学校教育の場でSDGsを学んだ学生の間で認知が広がり、SDGsに取り組む会社が提供する、ものやサービスを積極的に導入したいという学生の回答も多く見受けられました。
ニューヨークに本部がある国連は、日本では東京のみならず全国に28の関連機関がありますが、国連広報センターは、それらを広報面で束ねる役目があり、国連と日本のさまざまな業界や団体とのパートナーシップを大切に広報活動に取り組んでいます。そして何より一般の方々に対して国連の活動や地球規模の課題について関心を持ってもらうことを存在意義としている組織です。SDGsについても一般の方々にこそ関心を持ってアクションを起こしていただくことが重要課題になっています。また優れた技術を持つ企業や行動を起こせる若者グループの情報を吸い上げて本部に報告し、様々なキャンペーンにおいて、主体として関わってもらえるように架け橋的な役を務めています。
SDGsはなぜ作られたのでしょうか。その背景には、このままでは地球を次世代につないでいけない、抜本的に社会の有り様を変えていかなければ間に合わないという危機感があります。SDGsの前身と言えるのが、2001年から15年まで実施期間としていた「ミレニアム開発目標(MDGs)」です。主に途上国の抱える課題を念頭に置いた社会開発を目標にしており、先進国はODA(Official Development Assistance=政府開発援助)を通じて協力するという立場にとどまっていました。しかし今や、気候変動や大気汚染、エボラ出血熱などの感染症、紛争など、たやすく国境を越える問題となり、また日本国内でも格差問題などを抱え、途上国、先進国にかかわらず直面している問題が多々あります。これらの問題に立ち向かうには、世界全体で取り組む必要性があると考えられて2030年をゴール・イヤーとするSDGsが2015年9月に採択されました。
SDGsの17の目標とは、①貧困、②飢餓、③保健、④教育、⑤ジェンダー、⑥水・衛生、⑦エネルギー、⑧成長・雇用、⑨イノベーション、⑩不平等、⑪都市、⑫生産・消費、⑬気候変動、⑭海洋資源、⑮陸上資源、⑯平和、⑰実施手段です。例えば私が⑬気候変動の影響を実感したのが、昨年3月に訪問したインド洋の島国、モルディブでした。首都マレは面積わずか2㎢の島で10万人が暮らしていますが、海抜1.5mのところ気候変動で海面上昇を受けて居住困難になり、造成島を作り移住が進んでいます。CO2を多く排出する産業もないのに気候変動のしわ寄せを最も受けやすいのがこうした小さな島です。
また気候変動に対する脆弱度と貧困化には大きな関係があります。ケニアでは安心して飲める水を手に入れるのが困難で衛生環境も劣悪、貧困ライン以下で暮らしている人が77%以上、その上、人口の50%が20代未満のため社会が不安定化しやすいのです。気候変動の影響を緩和し適応策を取ることで貧困化に歯止めをかけなければなりません。
世界の抱える問題の全体像を見ると、21世紀に入ってからはもう一つの特徴が見えてきます。格差そして不平等の拡大、紛争の増加と長期化、難民・避難民の増大であり、押しとどめなければ世界は混沌から抜け出せません。SDGsでは幅広い分野の17の目標を掲げ、環境保護、社会的包摂、経済成長という3つの側面においてバランスがとれ統合された形での達成を目指し、先進国と後進国が一緒になって取り組もうとしています。また2030年までにたどり着くゴールのために今日からでも取り組まなければならない課題を、個人や学校、地域社会、企業などあらゆるレベルで関わっていただこうと考えています。
ケニアには19万人が暮らす難民キャンプがあり、貧困率が深刻な地域であるものの、難民たちは様々なビジネスを展開し62億円規模の経済が回っています。そして、国連による支援の方法も変わりつつあります。食料は現物配給ではなく難民普及率70%のスマートフォンに電子マネーで月々送金し、契約している店でそれぞれの家族が必要なものを買えるようにしています。これにより、ある程度の自由と人間性が尊重され、また地域経済の活性化にもつながります。10年前は停電に備えてディーゼル発電機が多かったのですが、今は太陽光発電に変わりCO2排出もなく、充電サービスのビジネス化もあります。このように難民の自立を促すよう背中を押しているのが今の国連の支援の主流になりつつあります。
SDGsは、置き去りにされがちな脆弱な立場の人々を排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会の一員として取り込み、支え合うことを目指しています。目に見える不平等には、世界平均で成人の3倍という若年の失業率、また世界の6人に1人が無電化地域に居住、あるいは世界で10億人もの人が屋外で排泄というトイレ問題があります。SDGsそのものに法的拘束力はありませんが、世界の首脳たちがコミットしている社会契約とも言えます。17才で史上最年少のノーベル賞を受賞したマララ・ユスフザイさんは国連で「約束だけで終わらせないで、約束をきちんと果たしてください」とスピーチしました。今年3月に来日した時も「世界の女の子全員が義務教育を12年間受けられるようにしてください」と訴えました。
SDGsが採択された2015年はパリ協定採択の年でもあり、昨年12月にポーランドで行われたCOP24ではルールブックが採択され、いよいよ来年から実施が始まります。15才のスウェーデンの少女はCOP24で「私たちから未来を奪わないで」と訴えかけ、未来の地球を支える若者たち自身が立ち上がり行動を起こし始めています。その結果の一つとして、EU首脳は2021年以降のEU予算の1/4を気候変動対策に充てることを提案しています。ルールブックがまとまった背景には、民間部門が積極的に取り組み始め、動きを加速させたこともあります。アパレル産業はCOP24で「ファッション業界気候アクション憲章」を発表し、2050年には産業としてゼロカーボンを目指します。世界のアパレル大手40社以上が署名したこの憲章には、残念ながら日本のアパレルの名前はありませんでしたが、スポーツ界は積極的に関わり、国際的な組織などに混じり東京オリンピック・パラリンピック組織委員会(東京2020組織委員会)や小さな高校のラグビー部など17の機関が、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局と共に「スポーツを通じた気候行動枠組み」を立ち上げました。
世界人口が約97億人になる2050年までに、一人ひとりがライフスタイルを見直し変えていく必要があります。このままでは地球3つ分の資源が必要になってしまうからです。例えば2050年の海の中は魚よりプラスチックゴミが多くなると言われていますが、日本人一人あたりのプラ容器の使用量はアメリカに次いで世界第2位。日本では有料化が徹底されていないレジ袋も、世界では製造や使用が禁止されている国々が数多くあります。著名な研究者ネットワークが発表した日本のSDGsの達成と進捗状況は色別に示され、緑が一番状況がよく、赤が一番悪い状況で、今のところ4(質の高い教育)はよい状況ですが一つしかありません。矢印の色は「状況がいい方向に向かっているのか、否か」を表しています。
2020年は実施が始まって5年目、ゴール・イヤーまであと10年であり、SDGsにとって大きな節目になると思います。昨年11月に、東京2020組織委員会は国連とSDGsの推進協力に関する基本合意書を結び協力を確認しました。これは歴代のオリ・パラ組織委員会として初めてのことです。世界中で40億人がテレビ視聴するオリンピックで、より多くの人にSDGsに関心を持ってもらい、日本人自らも行動を起こすきっかけになればいいと思います。そして地球の豊かさのバトンを次の世代に渡していけるように、皆様には個人で、家庭で、職場で、地域で、SDGsに関わっていただければと願っています。
対談では神津氏がまず「国連の支援方法の変化によって具体的に何が変わったのか」を質問しました。根本氏は一例として「難民キャンプが置かれている辺境地域には送電網が届いていないが、2006年頃にネパールでは世界に先駆けて太陽光発電による街灯を設置したことで、安全安心が保障されるようになった上、ランプ、ろうそくなどの購買料金が不要になり、さらに狭い小屋の中での使用による呼吸器系の疾患もなくなった。そういった一つの事をきっかけにいくつもの波及効果が起こっている」と話されました。そして「民間企業からの寄付によるこうした試みは、その後の難民キャンプの必須アイテム」になっているそうです。
次に「途上国ではまだまだやれることがたくさんあると思うが、豊かさが当たり前になっている先進国の私たちができることは何なのか、またこの先、国連は何をしていこうとしているのか」という神津氏の質問に対し、根本氏は「高齢者や限界集落など日本においても手が届かないところへ、テクノロジーの力で手当てしていくために民間セクターの役割がとても重要」と述べられたあと、「SDGsは長期ビジョンの目標なので長期にわたる投資で大きな成果が生まれ持続していくのではないか」と答えました。また「難民の人たちも先進国側も大きな意識改革が必要だと思うが、たった一人の小さな行動が発端となって大きなムーブメントを起こすと考えていって良いか」という神津氏からのさらなる問いに対して、根本氏は「SDGsは地球規模で物事を見つつ、目の前のこと、今すぐできることから、自分たちの住んでいる地域で少しずつ行動を始めるのが大切だと思う」また「使い捨てプラゴミ問題に対しこれまであまり注目していなかった日本だが、海に囲まれた国で魚をよく食べるのになぜ行動を起こさないのかという世論の高まりによって、ようやく政策などに反映されるようになったのだから、まだまだ変えられることは沢山あると思う」という考えを述べられました。
国連広報センター所長
東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院より国際関係論修士号を取得。1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP 国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月より現職。2016年より日本政府が開催する「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」の委員を務める。著書に『難民鎖国ニッポンのゆくえ - 日本で生きる難民と支える人々の姿を追って』(ポプラ新書)他。