日本の新聞やテレビのニュースに触れるだけでは、世界から日本がどのように見られているのか、よくわかりません。政治、経済から気候変動に至るまで、世界は今、大変革期に入ったと言われています。その中で日本は、バブル崩壊後の30年間で力を失い、私たち自身、思考停止で行動に移せなくなっていないでしょうか。世界の変化と日本が持つべき危機感について、大宅 映子氏(評論家・公益財団法人大宅壮一文庫理事長)にお話を伺いました。
様々な審議会に出席するたびに思うのですが、組織を背負って出席しているメンバーの方たちは、議場で個人としての意見をおっしゃいません。また、中にはグローバルなものの見方や考え方が得意ではない方も見受けられます。先日、ニューヨークの国連本部内で開かれた気候変動問題に関連する会議に出席した小泉環境大臣は、準備した紙原稿を読まず自分の言葉を使って、たとえ間違っても英語でスピーチし、会場の人たちとコミュニケートしようとした姿勢は評価できると思います。ただこのスピーチでは、世界から注目されている具体策は盛り込まれませんでした。
この会合で話題になったのが、16才のスウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんの「主要国が十分な温暖化対策を取っていない。私たち子供を裏切るならあなたたちを絶対許さない」という怒りのスピーチでした。でも今から27年前、1992年にリオ・デ・ジャネイロで開かれた初の環境サミット「環境と開発に関する国連会議」では、12才の少女のスピーチが世界にインパクトを与えました。カナダの日系4世のセヴァン・スズキさんは、「私が環境運動をしているのは、私自身の未来、未来に生きる子どもたちのため、そして死に絶えようとしている動物たちのためです。どうか大人の皆さんが未来のために行動で示してください」とわかりやすい言葉を使いながら、落ち着いた態度で訴え印象的でした。
地球環境問題が注目され始めたのは、1989年1月号のアメリカの雑誌、タイム誌でした。この雑誌は毎年新年号にパーソン・オブ・ザ・イヤーを選んでいますが、この年は「危機にさらされている地球」が選ばれ警告を発しています。一方、92年のリオ・サミットでは、キューバのカストロ国家評議会議長の発言も注目されました。「地球上の資産は人類共通のものであるのに、先進国は先に使って豊かになりながら、我々が使おうとすると、地球のためといって化石燃料使用を制限するのはおかしい」 —— もっともな意見です。2017年の日本のエネルギー自給率は10%程度。他国からの輸入資源で成り立っている国なのに、ハウス栽培で真っ赤に熟したイチゴを真冬に食べられる贅沢を味わっているなんておかしな話です。リオ・サミット当時から日本の消極的な温暖化対策には批判の声も上がっていました。
日本は、国も企業もそして個人も、パワーが落ちていると感じています。例えば8月の参議院選挙で投票率が50%を下回ったのは、政党、政治家を消去法で選ぶほかなかったことも一因と言えますが、政治家になるスキルは学んでも日本のどこに具体的な課題があるのか見て聞いて実感することなく政治家になろうとする、心意気も認識も低い浅薄な人材が多く見受けられます。そして世界中で価値観の大変動が起きている中で、アメリカにだけ目を向けている国でいいのでしょうか。政治のみならず、あらゆるところで劣化が起きています。いじめや虐待を防げない根本的な理由は何か、事件が起きても警察が初動捜査に手間取っているのはなぜかなど、およそ常識的な判断が通用しない世の中になっています。
戦後の日本は乏しい資源を有効に使って経済発展し、世界の大国にまで上り詰めました。そして迎えた80年代後半のバブル経済。1989年(平成元年)の時価総資産額世界トップ50社のうち、日本は32社も占め、トップテンには首位のNTT以下、銀行7社が占めていました。ところが、30年後の2018年(平成30年)には、1位アップル、2位アマゾン・ドット・コムなどIT関連の企業が8位まで独占。日本企業はトヨタ自動車が35位にやっとランクインしています。バブル崩壊(1991年)から失われた30年と言われていますが、日本がITの波に完全に乗り遅れたことは明白です。
1990年には世界シェア49%だった半導体も、2017年にはわずか7%にまでダウン。なぜこうなってしまったのかというと、日本企業は過去の成功体験に安寧し、世界にアンテナを張っていないせいで、組織が巨大化してしまうと、思い切った決断、迅速な対応ができず、他国にどんどん追い抜かれていくからです。IT技術では、移動通信システムにおいて今の4Gに比べて100倍以上早い5Gの実用化がすでにアメリカと韓国でスタートしています。5Gの普及で自動車の自動運転やデータ通信の高速化など一層目まぐるしく進化していく時代に、新しい発想や変化に遅れを取っているのが今の日本です。
日本の未来を考える時、若い世代に期待したいところですが、例えばかつての私たちは、大人の話を聞いて知っているふりをして後でこっそり調べたものでした。しかし今は「生まれていない時のことはわかるはずないです」などと恥ずかしげもなく言ってしまう。知識への欲に乏しいのと同様、物欲もないようです。生まれた時から電化製品やパソコン、スマホなどすべてが揃っている世代は、今のような日本の状況に対して、誰か他の人が対処してくれるからと、危機感が持てないのでしょう。彼らは気候変動に対する危機感をどの程度持っているのでしょうか。○✖問題や選択問題と異なり、地球温暖化問題の解を求めることは、日本人にはとても苦手だと思います。
9月に関東を襲った台風は、千葉県や東京都島しょ部に甚大な被害をもたらしましたが、世界中で大災害を巻き起こしている異常気象は、異常というよりもはや日常化してきたとも言えます。来年に迫った東京オリンピック・パラリンピックは、アメリカのテレビ局の要望により高温多湿の真夏に開催が決まっているため、アスリート、観客、ボランティアの熱中症問題のほか、生活排水が流れ込む海の衛生問題も対策が急がれています。経済効果があると言われるオリンピックですが、地球温暖化の影響で、普通の暮らしでも注意が必要な真夏に開催する意義は疑わしいと私は思っています。
温暖化をもたらす原因と言われている化石燃料使用によるCO2を減らすために全てを再生可能エネルギーにすると言っても、現時点では不可能です。一方で日本は石油の100%近くを輸入し、そのうち90%近くを中東に依存。先日もサウジアラビアの石油生産プラントがドローン攻撃を受け、幸い今回は早期の生産回復見込みが発表されましたが、もし仮に戦争状態になったら、石油不足、原油価格高騰により、物価の上昇あるいは消費の減退まで想定されます。またシェールオイル、シェールガスなどが開発されたといっても、化石燃料の埋蔵量には限度があります。
では資源が手に入らなくなったら、エネルギーをどうやってつくるのか。「将来の地球なんか知らない」ではすまされません。日本は、化石燃料の消費はなるべく抑えつつ、一方で原子力を使う必要があると思います。原子力は1960年代から希望の火と期待され、日本の経済発展に大きく貢献してきました。確かに使用済み燃料の解決策のないまま「トイレなきマンション」と非難され、2011年の福島第一原子力発電所の事故を受け不要だという声も多く聞かれます。ただ現在稼働中も含め54基も残っている原子力発電所をすべて廃止にしてしまって本当にいいのでしょうか。また中国、インド、パキスタンなど途上国が今後どんどん推進していく中で、技術的援助の体制維持も先進国としての役目ではないかと考えます。原子力の安全性の検証と対策の徹底はもちろんですが、エネルギー自給率が低い島国日本における地政学的リスク、後進国の消費増による価格高騰で起こる貿易赤字、CO2排出削減問題などを考慮しながら、私たち一人一人がこれからのエネルギーについて答えを導いていくべきだと思います。
評論家・公益財団法人大宅壮一文庫理事長
1941年、東京生まれ。国際基督教大学卒業。69年に(株)日本インフォメーション・システムズ(NIS)を設立(現・大宅映子事務所)。文化イベントの企画プロデュースのかたわら、マスコミでは国際問題・国内政治経済から食文化・子育てまで守備範囲広く活躍し、大所高所からの視野と切れ味のよいコメントが好評。行政改革委員会、警察刷新会議、税制調査会、道路関係四公団民営化推進委員会など多岐にわたる審議会委員を務めた。マスコミにおける現在のレギュラー番組は、TBS系ラジオ「大宅映子の辛口コラム」、TBS TV「サンデーモーニング」。