勉強会では最初に茅 陽一氏(地球環境産業技術研究機構理事長)によるキーノートスピーチ「温暖化への対応」、次に岩船 由美子氏(東京大学生産技術研究所特任教授)による講演「持続可能なエネルギーシステムにおける需要家の役割-レジリエンス強化と再エネ普及動向を踏まえて-」を行いました。最後にメンバーによるグループディスカッション「お聞きしてわかったこと、私はどう伝えるか、行動するか」の結果をグループごとに発表しました。
アメリカのトランプ大統領や共和党議員の大半が地球温暖化に対して懐疑的な考えを持っているのと同じように、温暖化の原因はヒートアイランド現象ではないかなどの懐疑論は数多くありますが、地球の温度が確かに上昇していることはデータにより明らかになっています。温暖化の影響で氷や雪が溶けて海面水位が上昇し、また北極の氷面積のみならず世界全体の河川の氷面積も減少しています。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が今までに5回出した報告書は回を重ねるごとに精密になっており、「20世紀半ば以後の温暖化の主要原因は人為的で、CO2などの温室効果ガスの排出による可能性が95%以上と極めて高い」としています。人間のせいだと信じられない人もいますが、それに対して科学雑誌Natureに発表された論文では、過去2000年の地球温度の変化を細かく追っています。調査の特徴は、これまでアジア、ヨーロッパなど大まかな地域の平均値を取っていましたが、地域ごとに細かく分けて、それぞれの地域における2000年の温度変化を調査しています。それによると、地球上の98%もの地域で共通して20世紀後半からの50年間に最高の温度になっている結果が見て取れます。温暖化の原因が太陽放射の変化によるという意見もありますが、下図で赤の線が気温、青が太陽放射でわかるように、1960年以降は太陽放射が下降気味なのに、気温はどんどん上がっている、つまり太陽によって地球が熱くなっているのではなく、温室効果ガスが原因だと明快にわかります。
これまでの地球温暖化への対応の経緯は、1992年の国連気候変動枠組条約締結、97年のCOP3で京都議定書締結、そして2015〜16年にかけてパリ協定が締結し、ここには2つの目標が含まれています。一つは各国それぞれの2030年目標で、日本は13年比でCO2を26%排出削減。一方中国は2030年をピークに下げる、というように各国で違います。もう一つは世界全体の目標で、21世紀の大気温を工業化以前のレベルに比べ十分に2℃以下にするというものです。すでに現在は19世紀と比べて1.1℃上昇しており、さらに温度上昇を1.5℃にまで抑制する厳しい目標を掲げるならば、残り0.4℃の余裕しかないのです。この温度抑制の方策としては、2050年にCO2排出をゼロにすると提案しています。
19年9月に開催された気候変動サミットでは、国連のグテーレス事務総長が「2050年の1.5℃目標を我々の手で実現しよう」と提案したところ、ヨーロッパ主要国を含め世界77か国が賛同。これには私も驚きました。0.4℃しかない余裕とCO2排出ゼロエミッションの実行は、極めて厳しい目標だと理解した上で賛同したのかどうか。ところがイギリスでは、2050年ゼロエミッション実現のための法律化を報告しています。
今回の国連グテーレス提案には日本政府は一切反応しておらず、しかし2016年にはパリ協定を受け、2050年までに温室効果ガス8割削減が閣議決定されています。19年には複数の大学の合同研究グループにより、2050年温室効果ガス排出量8割削減のシミュレーションモデルを用いて分析を行った結果が発表されました。それによると、2010年は一次エネルギー供給として石炭/石油が中心→2050年は需要半減以下/石炭少量、電源構成は石炭/ガス中心→石炭0/再エネ5割になっています。確かに温室効果ガス排出量が多いものから削減するのが効果的とはいえ、たった数十年の間に、化石燃料を半減し、電源構成のうち石炭はゼロにするなどできるでしょうか。まだ使用できる火力発電所は寿命まで使用するのは経済原則ですが、例えばドイツでは政府が補助金を出してまで石炭火力をやめると19年12月に決定しました。このような政策を導入するか否かが今後の世界の課題です。
またCO2排出量を20%にまで下げるためには、発電所や工場などから排出されるCO2を排気管で集めて地面下に押し込む方法、CCS(CO2回収・貯留技術)の使用が考えられていますが、現在の世界における普及状況から鑑みてかなり高いハードルです。地中ではなく深海に排出する意見も学者の中にはあるものの、1972年に定められたロンドン条約(地上で発生した廃棄物は海洋投棄しない)があるため、現段階ではできません。CO2削減は思い切った技術の導入がなければ難しく、また導入コストも高額なため、2050年の8割削減でさえ困難なのに、パリ協定の世界目標実現には現実的に程遠く、日本が賛同しなかったのは賢明だったとも言えるでしょう。
日本のエネルギーを取り巻く問題は、5つのDで表す環境変化、(1)Deregulation(電力自由化・規制緩和)、(2)Decentralization(分散化)、(3)De-carbonation(脱炭素化)、(4)Digitalization(デジタル化)、(5)De-population(人口減少)を条件に、対策を考えていかなければなりません。主軸となるのは、エネルギー政策の基本3E+S。Environment(環境適合性)、Economical efficiency(経済性)、Energy security(エネルギー安全保障)、そしてSafety(安全性(安心))です。特に電力については、輸入資源に頼らざるを得ない脆弱さ、原子力発電政策の不透明な動向、再エネ導入拡大で不安定電源が増加という問題があります。2018年の第5次エネルギー基本計画では14年策定のものと基本方針を変えず、再エネを「主力電源」に位置づけ、しかし原子力のリプレイスの必要性などについては言及していません。2030年度の目標に向けた進捗では、再エネは増えたものの原子力発電の占める割合が一向に伸びず、温暖化対策のゼロエミッション電源比率と自給率が伸び悩んでいます。ところで電力コストは原油価格がしばらく低下していた幸運に恵まれたため現在は下がっているせいか、一方で再エネ買い取り価格が賦課金として電気料金に上乗せされていることに気づいていない人が多いと思います。
2016年のパリ協定で、世界の平均気温を抑制し、21世紀後半には温室効果ガス排出量をゼロにするという世界共通の目標が設定されましたが、日本としては独自に80%削減を掲げています。再エネは確かに促進したいものの、自然任せの発電を安定供給させる柔軟性が必要です。当面は、再エネと、原子力、火力のエネルギーミックスがなくては成立しません。再エネの固定価格買取制度FITは2012年に施行されてから7年経過し、現在、再エネ関連の制度改革が進展しています。例えば、電源の特性に応じて競争電源と地域活用電源に分けて考える。競争力がある電源ならばFITから自立し、発電量と環境価値などを市場で取引して収入を得られるよう整備する。それよりも小規模な、需要地と近接した地域で活用できる電源は、当分の間FIT制度を活用しながら、レジリエンス効果とエネルギーの地産地消を目指すようにします。またこれまで送電線の建設・維持費用は消費者負担でしたが、発電事業者にも受益に応じて負担させるような公平な制度を目指していきます。
2019年秋の台風15号により千葉県では電気復旧までに200〜250時間もかかりました。一方、2018年の北海道地震では3倍近くの戸数がブラックアウトしましたが、50時間でほぼ停電は解消されています。台風は電柱の倒壊や断線に加えて道路の寸断で作業個所までたどり着けない、など被害が広範囲にわたったため復旧に時間がかかったのです。そして近年頻繁に起こる自然災害に対する復元力=レジリエンスを高める必要性が重要課題となっています。
レジリエンス強化のために考えられているのが「需給一体型」の再エネ活用モデルで、家庭、大口需要家、地域という3つの視点から、必要になってくる環境整備を進めることです。例えば家庭では家庭用太陽光発電と蓄電池を組み合わせ、大口需要家は敷地内に設置された再エネ電源による自家消費、地域では再エネと熱供給、コジェネ(熱源より電力と熱の二つを生産・供給するシステム)などを組み合わせ経済的なエネルギーシステムの構築と普及を拡大するプランです。しかし忘れてはならないのが、リスクとコストのバランス。例えば電線地中化は架空と比べて費用が10倍かかり、宅地開発の初期負担になる上、人口密集地でなければ不向きで、水害時には復旧まで時間がかかります。自家用太陽光発電は10年で償却可能ですが、蓄電池はまだコストが高い。一方、電気自動車、プラグインハイブリッド車はガソリン車と比較すれば価格が高いものの、自立型電源として台風や地震の時に大いに活用できたという意見を聞いています。それでも供給側、需要側それぞれが災害対策を重視しすぎてコストがかかり過ぎないようバランスをとることが大切です。
電気はインフラだから国や企業に任せておけば大丈夫とは思わず、今後は需要側の私たちも自ら積極的に災害や停電の対策をすべきだと思います。そしてレジリエンスのためのみならず、2050年の温室効果ガス80%削減のためにも家庭でできることがあります。一つ目は「省エネ」。日本はオイルショック以後、省エネ技術が進んでいますが、さらに進めるとしたら冬暖かく夏涼しい断熱効果に優れた住宅の建設です。しかし大手住宅メーカーは別として技術水準が工務店などでは統一できず、また消費者への負担も大きいため省エネ基準の適合義務化は見送られています。その次が「創エネ」。住宅用太陽光発電をどこまで増やせるかです。3つ目は「電化のすすめ」。家庭部門の燃料種別CO2排出量を見ると、全体の5割が電気ですが、電気の低炭素化+電化、給湯や暖房の電化、電気自動車の活用により、クリーンなエネルギー源を使えば電力需要が増えてもCO2削減が可能です。4つ目が「エネルギーマネジメント」。電力系統においてより柔軟性ある資源の確保が必要な日本では、HEMS*で系統のニーズに応じて給湯用ヒートポンプを運転したり、今後、日本のすべての家に導入されるスマートメーター**により、需要を自動的に抑制する技術も活かしていければいいと思います。
*HEMS:家電や電気設備とつないで、電気やガスなどの使用量をモニター画面などで「見える化」し、家電機器を「自動制御」するホーム・エネルギー・マネジメント・システム
**スマートメーター:毎月の検針業務の自動化やHEMS等を通じて電気使用状況の見える化を可能にする電力量計
今後の日本は、人口は減少しても高齢世帯や単身世帯がますます増え世帯構成が大きく変わっていきます。だからこそ家庭部門でCO2削減対策のためにできることは、環境価値に対してお金を出すことかもしれません。制度の改変で供給側にだけ負担を強いるのではなく、供給、需要の双方で協調的に支えあい、費用対効果を図りながらできる仕組みを考えていくべきだと思います。近年は、モノより情報、所有からシェア、ということがよく言われ、場所にこだわらないコミュニケーションを作り、ゆるやかなつながりの再構築へと向かっています。もちろん人によって価値観も意識も違いますし、生活水準の差により導入不可能な世帯もあります。しかし技術や情報を活用しながらそうした差を乗り越え、エネルギーを上手に使って明るい未来に進んでいければいいと思っています。
公益財団法人・地球環境産業技術研究機構・理事長
1957年東京大学工学部電気工学科卒業、62年同大学院博士課程修了、工学博士。78年東京大学工学部電気工学科教授。95年東京大学退官、同大名誉教授。同年、慶応義塾大学大学院政策メデイア研究科教授。98年(財)地球環境産業技術研究機構・副理事長兼研究所長に就任、2011年に同法人が(公財)地球環境産業技術研究機構・理事長となり現在に至る。 この間、京都大学客員教授、名古屋大学客員教授、立命館大学客員教授、電気学会会長、エネルギー資源学会会長、政府資源エネルギー調査会会長、東京電力顧問、新日鉄株式会社監査役などを歴任。 電気学会功績賞、東京都科学技術功労者、環境省環境功労者などを受賞。『フォーラム・エネルギーを考える』前代表。著書「地球時代の電気エネルギー」(日経、1995)、「低炭素エコノミー」(日経、2008)、「温暖化とエネルギー」(エネルギーフォーラム、2014)など多数。
東京大学生産技術研究所特任教授
1968年、秋田県生まれ。1991年、北海道大学工学部電気工学科卒業、93年、同大学院工学研究科修士課程修了、2001年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了。工学博士。1993年〜98年まで(株)三菱総合研究所、2001年〜08年まで(株)住環境計画研究所勤務を経て、東京大学生産技術研究所エネルギー工学連携研究センター講師、准教授を経て2015年より現職。専門はエネルギーデマンド工学。総合資源エネルギー調査会、 新エネルギー小委員会、系統ワーキンググループ、北海道大規模停電検証委員会他、複数の委員を務める。
「お聞きしてわかったこと、私はどう伝えるか、行動するか」をテーマにETTメンバーによるグループディスカッションを行い発表しました。茅氏の講演については「温暖化は疑う余地なく危機が迫っていると理解できた」「ゼロエミッション賛成国が多いが日本は未回答で大丈夫なのか」「実現可能かわからないが技術の進歩に期待したい」という意見、岩船氏の講演については「一般市民は電気料金に再エネの賦課金が含まれているのを理解していないと感じている」「身近に取り組める太陽光パネル設置も集合住宅に住んでいると現実感が持てない」「自分の生活を見直し、災害にも備えられる省エネな暮らしをしていきたい」、また「環境や経済が複雑に絡んだ制度設計になってしまったので、日本のエネルギー政策が抱えている矛盾、例えば太陽光パネル設置推奨で山の木を伐採していいのかなどが見えなくなっている」といった意見も出ました。そして「私たちは知識の向上と議論を続けながら、伝える相手と同じ目線で考え、言葉を慎重に選んで伝えたい」「温暖化の話で原子力の必要性を伝えたいがどうしても周りに気を使って再エネの話に集結してしまうのが悩み」「地元の消費者団体や講演会などの場で温暖化やレジリエンスの話を少しでも必ず入れるだけでなく、国や自治体に向けて提言したいが、広報の窓口がわからない」というような問題点も挙げられました。そして「人に向けてエネルギーや温暖化について話すときには、グラフや図の使用が理解を助ける」「学生向けにエネルギーについての講座や見学の機会を増やすと同時に、これからの時代を担う若い世代やオリンピック選手などに一般へのアピールを依頼するのも効果的ではないか」という意見が出されました。