通常9月に入ると、太平洋高気圧は主役の座から退いて秋雨前線がやってきます。台風は大雨をもたらすものですけれど、それにしても近年は災害級の降り方が多くなりました。「雨を降らす装置」である前線を動かす「燃料」といえば、大気中の水、水蒸気で、近年は水蒸気の量が増えているということです。その原因は上昇傾向にある海水温。海水温が高くなると大量の水蒸気が上昇し大気中に溶けて降ってくるから、豪雨をもたらすのです。
海水温の上昇の原因は何か —— それは、地球温暖化によると言われています。地球は太陽エネルギーによって温められ、夜になるとその熱が赤外線に変化し宇宙空間に放出されるのですが、温室効果ガスが大気中にたまっているとそこで熱が止まって十分に逃げなくなったから温暖化が起きていると考えられています。
そして温暖化をもたらす原因の一つは、温室効果ガスの1つであるCO2を多く排出する化石燃料だとされています。しかしそもそも人間の暮らしを画期的に豊かにしたのは化石燃料でした。18世紀後半の蒸気機関の発明により産業革命が起こり、工業製品を大量生産できるようになり、移動距離が飛躍的に延び、今のような便利な暮らしの原点ができました。石炭、石油、原子力というようなエネルギー革命を経て、今やエネルギーは私たちの暮らしにとって欠かせないものになりました。エネルギーの恩恵を受けてこれまで発展した先進国が、これからどんどんエネルギーを使って成長しようとしている後進国に対して、エネルギー消費量の増加を阻止することはできません。先に豊かになった国は、自国のエネルギーや環境についてのみ考えずに、地球全体について考えを巡らす責任があるのではないかと思います。地球温暖化がもたらす気候変動は、気象災害のみならず生態系の変化による食料不足や疫病の蔓延など、生命をも脅かします。食料難などにより世界各地で暴動が起こり難民が増大していく中で、難民を受け入れる側の先進国各国において国益を優先する自国中心主義が目立つようになり、地球温暖化が政治や経済にも大きな影響を与えているのは、現在の世界情勢を見ても明らかです。
私が気象予報士になった原点は、子供の頃に海辺の町に住んでいたからとも言えます。水平線の向こうまで広がる空を眺めて雲はどうしてできるのか疑問に思っていた私は、大人になってからも疑問を持ち続け、ウェザーリポートを担当する森田正光さんに話したところ、勧められたのが気象予報士の試験でした。そして受験のために読んだ気象学の本に書いてあったのは、地球の大気中にある水が太陽によって温められて集まり、雲の粒になって、それがためきれずに落ちてきたのが雨だという説明があり、子供の頃からの疑問が解けたのです。
気象予報士の試験に合格してもすぐにウェザーキャスターになったわけではありません。空の楽しさを伝えてほしいというテレビ局からの依頼があって、子どもの頃から身近だった空の話ならできるかもしれないと考えて始めたのです。その当時から気象観測技術も予報もかなり進化して確かな予報ができましたし、気象災害は今のように激烈ではなかったので、楽しさを伝えることができました。しかしウェザーキャスターの一番の仕事は、気象の怖さを伝えることです。2011年9月、台風12号が紀伊半島に上陸した時には、山体崩壊するほどの雨が降りました。この年あたりから気象は荒れるようになったと思います。2014年8月の広島豪雨による土砂災害、2017年の九州北部豪雨、そして2018年夏には西日本豪雨というように災害が続いて起こりました。
気象予報は、人々に伝達され、避難の必要な人が行動するための予報をしてこそ、初めて生かされるものです。そのために日頃から天気や天気予報に興味を持ってもらい、危険が迫っている時にはより注意深く天気予報を見てほしいと願っています。でも、避難を呼びかけても暗くなってからでは、特に高齢者の方は一人で逃げられないですし、どのように周知すれば早めに避難してもらえるのか、気象予報に関わる人間は悩んでいました。最近になって気象庁は、大雨が降りだすより前に記者会見を開くようになり、「命に関わるような大雨」「50年に一度あるかないかの大雨」と言った、大げさなくらいの表現を用いて、人々の喚起を促すようになりました。また、土砂災害の被害に遭わないように、山や崖の反対側の二階以上に避難するよう促したり、避難行動について細やかな指示も出るようになっています。また交通機関も計画運休を実施して、あらかじめ危険を回避するようになってきています。
天気の楽しさ、怖さを伝えるとともに、気象予報士の3つ目の役割は、地球温暖化について伝えることだと思います。気温の上昇も気象災害と言えるようになり、日本では史上最高気温が毎年のように更新されるようになりました。2007年に公開されたアメリカのドキュメンタリー映画『不都合な真実』では北極の氷がどんどん溶けていく衝撃の映像などを映して警鐘を鳴らしており、2008年の洞爺湖サミットでは地球温暖化対策が主な議題に取り上げられています。温暖化抑止のためにできることは何かというと「もう大量生産、大量廃棄の時代ではない」という認識を皆が持つこと。3RつまりReduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル)が当たり前の時代になってきたのです。
資源の少ない日本で、生きていくのに欠かせないエネルギーをどこから持ってきているのかを考えてみましょう。エネルギーの中でも電力の資源については、輸入している化石燃料の割合が2011年以降さらに増えており、最近の火力発電所ではCO2排出量がかなり少なくなったとはいえ、出ることは出ます。それならば再生エネルギーにすればいいと言っても、再エネは天候に左右されます。電気は使うときに使う量だけ作られなければならないので、将来的につくられた電気をためておく蓄電池がもっと廉価になれば大量に蓄えることができますが、まだ実現化まで遠い現実を見据えると、火力と、CO2を排出しない原子力とを含めたベストミックスが必要だということになります。電気を使う側の皆さんはおそらく一生懸命に節電をしているでしょうけれど、電気をつくることについても、好き嫌いで判断するのではなく、日本の実情から科学的によく考える必要があると思います。
エネルギーをあまり使わず自然とともに暮らせればいいのですが、高温多湿の夏に冷房をつけなければ、今や生死にかかわるレベルになっています。だからこそエネルギーについて、どのような問題があり、今、どの段階まで研究されていて、解決する可能性はあるのかなどを検証しながら、どのような選択をすれば良いのか、他人事ではなく私たち自身がそれぞれ考える必要があると思います。
気象に関しては以前よりもずっと皆さんに興味を持っていただけるようになりましたし、スマホの気象庁アプリの雨雲レーダーでは、自分のいる場所に雨が降り出す時間帯が的確にわかるようになっています。便利な機能を使うとともにお勧めしたいのが、空を見上げて雲の動きを見ることです。毎日、決まった時間に空を見上げていると、季節の変化を感じられ、日本の自然って本当にいいなと思えるでしょう。スマホに頼って氾濫する情報に振り回されている状態から気分転換にもなります。さらに、この空の青さを次の世代にも伝えていきたいな、そんな気持ちが湧いてくることを、私は願っているのです。
俳優・気象予報士
1962年、神奈川県逗子市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。その後、舞台、映画、テレビ番組などで幅広く活躍。一方で湘南の空と海を見て育ったことから気象に興味を持ち、気象予報士試験へ挑戦。1997年に取得。お天気キャスターとしても活躍する。趣味は幅広く、城やダム、鉄道など。日本の四季、気象だけではなく、地球の自然環境にも力を入れている。