エネルギーを巡る環境の大きな変化を踏まえ、新たなエネルギー政策の方向性を示すエネルギー基本計画が、4月に発表されました。この中に記された、原子力が重要なベースロード電源という位置づけに関して、マスコミの中には、原子力発電のあるリスクをもとに批判する意見があります。しかし現在、世界で31ある原子力発電保有国の中で、福島第一原子力発電所の事故以降、原子力発電をすべて停止したのは日本だけです。各国は、原子力発電を稼働するリスクより稼働停止のリスクの方が高いと考えています。その理由についてお話したいと思います。
日本は、1980年代後半のバブル期に、GDPで世界第二位、アメリカの1/2までに到達しましたが、バブル崩壊後はアメリカの1/3にまで下がり、2010年には中国にも追い抜かれました。企業の収益が落ちると、利益を確保するために人件費をより大きく下げるので、個人の収入は減り、消費は低迷、だから企業の収益は上がらず、人件費はまた下がり…というデフレスパイラルが20年も続きました。その結果、日本経済の名目成長率は主要国の中で唯一マイナスになっています。
日本政府の借金をIMF(国際通貨基金)発表数字で見ると、2000年は対GDP比140%でしたが、2013年には240%にも膨れ上がっています。IMFの数字が財務省発表数字よりも高いのは、国債以外にも、たとえば旧国鉄債務なども含めているからです。これほど借金を抱えている先進国は世界にないといえます。そして、経済低迷により、国民の平均給与は1997年の約470万円をピークに、2010年は約410万円と13%近くも減少しており、物価下落率3%を差し引いても、実質手取り額が10%も減少したことになります。そして、今後、原子力発電の停止が続けば、安定した競争力のある電力が確保できず、経済情勢がさらに悪化する可能性があります。
その理由は、経済成長とエネルギー供給は正比例するからです。1973年の第一次オイルショック時、電源構成比の3/4が石油だったため、社会に大きな影響を与えましたが、その後、日本の産業界では省エネを促進し、90年までにエネルギー消費が4%減ってもGDPは3.8倍に増えました。しかし90年頃から、GDPは低迷していき、エネルギー消費も改善できなくなります。その理由の一つは、国内の製造工場の海外移転があったことです。経済成長、GDP増加とエネルギー消費削減のために、製造業ではなく、医療福祉、宿泊・飲食サービスといった分野への雇用シフトをすればよいと主張する政治家も震災後に現れました。エネルギー消費を削減しても経済成長は可能との主張です。業種別平均給与を比較すると、金融、製造業は平均を上回っているのに対し、介護、医療、宿泊・飲食サービスなどは平均よりも給与が安いのです。これは、製造業が作る一人当たり付加価値額が高いからです。付加価値額が高い分野から低い分野に人が移れば、GDPは低下します。製造業から金融業へシフトし成功したといわれるイギリス経済をまねようとしても、100年もの歴史を持つイギリスの金融業との比較では東京市場には力はありません。だからこそ、日本経済の成長、GDP上昇のためには、エネルギーを消費する製造業の成長が必要なのです。
イギリスは、エネルギー安全保障と温暖化の問題を考え、原子力発電所の新設を決めました。イギリスは、国内に石炭、天然ガス資源を保有しています。さらに、電線は大陸とつながっています。それでも、エネルギー安全保障は国にとって大きな問題と考えています。ヨーロッパでは、イギリスを含め、パイプライン網によって、各国間で天然ガスの融通も可能です。ところが日本は、原子力がなければエネルギー自給率はわずか4%と低く、送電線もパイプラインも、どの国にもつながっていません。再生可能エネルギーに資源をつぎ込めば、脱原子力発電が可能になると主張する人もいますが、実現性が極めて不透明な分野に資源を使う前に、安定した電源である原子力に関する技術を高める方が先決ではないかと思います。
石油の85%、天然ガスの30%を日本は中東から輸入しています。アメリカのシェール革命が、リスク分散、価格低減のチャンス到来のように思われています。シェールガスは、中国、アルゼンチン、アルジェリアといった世界各地で埋蔵が確認されていますが、たとえば中国では山岳地帯の四川省にあるため、採掘コストがかかり、採取に必要な水源もなく、また採掘後のガスを輸送するためのパイプラインも不足しているといった事情があります。北米以外では埋蔵があっても、採掘は簡単ではありません。今や世界一の天然ガス生産国になったアメリカでは、電源シェアの50%を占めていた石炭から、シェール革命によりコストが下がったために天然ガスに移行しつつあります。一方、産業競争力のアップ、雇用創出、投資促進のため、天然ガスを国内で使用し、輸出を抑制する動きも出ています。ウクライナ情勢による影響から、EU諸国もこれまでのロシアからの輸入をアメリカにシフトしようと考えているため、アメリカ産の天然ガスをアジアと欧州で取り合いをすることも将来予想されます。また、価格もアメリカ国内輸送、海上輸送、液化のコストを考えるとそれほど大きく下がることはないと予想されています。「シェールガスの価格が安いというのは幻想」とまで、シェル石油の社長は言っています。
日本の電源構成は、原子力発電がすべて停止している現在、化石燃料比率がオイルショック当時に逆戻りし、輸入額は年間25兆円と、貿易赤字を拡大させています。今後も、アジア地域などの新興国の経済成長によるエネルギー需要増から、化石燃料価格の予測が立てにくくなっています。一方、原子力発電は建設時の設備投資額で電気料金が想定できるというメリットがあります。また、原子力発電と同じく、CO2削減に有効な再生可能エネルギーですが、発電コストはかなり高くなります。2013年に発電量における再生可能エネルギーの占める割合が25%のドイツでは、1kW時あたりの電気料金が10年前に比べて約2倍に上昇しました。しかも夜間に風力発電でつくられた余剰電気は、ためておくことができないため、最も需要がない時には、近隣のポーランドなどにお金を払って無理矢理引き取ってもらっている状況です。発電量の調整ができず、発電コストが高い再生可能エネルギー導入をドイツ政府は見直しせざるをえず、今年の4月には固定価格買い取り制度の原則中止が閣議決定されました。
再生可能エネルギーについては、太陽光発電パネルなどグリーンビジネスによって雇用創出などが期待されてきましたが、現在、世界のシェアを独占しているのは中国であり、参入しても経済効果も雇用も期待できません。また、電力自由化によって、アメリカ・カリフォルニア州では供給不足が起こってしまいました。電気はためることができないために、需要が伸びているときに電力プラントを停止することにより、市場操作を行い、電気料金を急騰させ、儲けることが可能だからです。自由化を行った国では、発電プラントの減少に悩まされています。市場に任せると将来の電気代が予測できません。収益性が不透明であれば、発電所など新規設備投資は行われなくなり、従って発電設備が減少します。
エネルギーの安定供給にとって、市場経済に委ねる自由化は、適切な選択肢とはいえません。再生可能エネルギーの導入量の増加はイギリスや東欧で問題になっているエネルギー貧困層の増加を日本でも招きかねません。社会にあるさまざまなリスクを考え、何を選択すれば国民にとって満足感が高く、公平になるのかです。イギリス政府は、原子力には確かに事故のリスクがあるけれども、原子力を利用しなければ、エネルギーコストが上昇し国民生活に大きな影響があり、エネルギー安全保障が脅かされ、温暖化対策にマイナスになるというリスクの方が大きいと考え、新設に踏み切っています。
世界では、現在建設中の原子力発電所が71基、計画中が173基、構想段階のものはその倍近くもあります。エネルギー安全保障、経済成長、貧富の格差低減、そして温暖化対策といった問題を考えると、原子力発電の必要性が認識され、再稼働という選択が日本の情勢に最も適していることがわかると思います。また、今後増加していく原子力発電の技術を支えているのは、日本のメーカーです。日本がこの技術を放棄すれば世界にとっても損失だと思います。マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツは、今、自己資産を使って、軽水炉の廃棄物で発電を行う新技術の原子炉を開発しています。この技術が開発されれば、廃棄物の問題はなくなります。こうした先見性を持った技術開発もあわせて行っていくべきだと思います。
常葉大学経済学部教授
1951年香川県生まれ。京都大学卒業後、住友商事入社。石炭部副部長、地球環境部長などを経て、2008年、プール学院大学国際文化学部教授に。10年4月から現職。地球環境産業技術研究機構「SDシナリオWGグループメンバー」、日本商工会議所「エネルギー・原子力政策研究会委員」、経済産業省「CO2固定化・有効利用分野評価検討会委員」などをつとめる一方、各種のメディアで積極的に執筆や発言を行い、『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社新書)、『夢で語るな 日本のエネルギー』(鈴木光司氏との共著、マネジメント社)、『激論&直言日本のエネルギー』(共著、日経BP社)など著書も多数。