神津 新聞、テレビ、インターネットなどおびただしい情報の中から、正確な情報を読み取るのは、とても難しいことだと思います。たとえばイラン・イラク戦争の時代に、「パンの配給に並ぶ人びと」という見出しで、行列する大勢の人たちの写真が付いた通信社による配信記事がありました。それは食糧の配給が尽きかけて大変な事態に陥っているような記事に見えますが、実は「焼きたての」という言葉が見出しから抜かれていたと、聞いたことがあります。紛争が多い地域では食糧を備蓄している家が多く、それでも焼きたてのパンが並ぶ朝には、わざわざ行列して求めていたというのが真相だそうですが「焼きたてのパンの配給に並ぶ人びと」と「パンの配給に並ぶ人びと」では、意味合いが微妙に違ってきますよね。
小島 新聞記者は3つの要素で記事を書いています。一つ目は珍しい、新しいといった特異な出来事、二つ目は子どもを必死に助ける母親のような物語性のある話、三つ目は緊急記者会見やデモなどのアクションです。ですから、紛争地帯で民衆が比較的平穏な日常生活を送っている様子よりも、激しい銃撃戦のように、危険で異常な事態の方が記事になりやすいわけで、また、冷静沈着な政治家の発言より、パフォーマンスが派手な人の方がクローズアップされやすくなっています。
神津 ニュースは、事実そのままではなく、一部分が切り取られたり、ゆがんだ形で私たちの元に届くということでしょうか?
小島 公平中立な記者が正確な記事を書いて客観的な報道をしていると思われがちですが、新聞社はいわば偏った思想をもった集団だという側面も知る必要があります。たとえば、同じ資料を基に記事を書きながら、新聞社によって正反対の解釈が提示されていることすらあります。もちろん政府発表はたいていの場合、そのまま掲載されていますが、それでも記者のバイアスが入る場合があります。独自取材に関しては、記事から得た情報をむやみに信じ込まず、あくまでその新聞社の考え方だと思った方がいいです。
神津 でもすべての新聞に目を通すというのは不可能ですよね。
小島 問題なのは、偏った見解の記事であっても、翻訳されて海外のメディアで紹介されてしまうと、それがすべての日本人の考え方だと受け取られてしまうことです。また、文字よりもインパクトの強い映像を使って情報を流しているテレビでは、番組担当者が作ったシナリオに沿ったコメントを有識者に求め、ストーリーにそぐわない場合は、他の有識者に差し替えることもあります。
神津 アメリカのテレビでコメントを求められると、エグゼクティブの人は、あらかじめ局側に対して、「何分、使いますか?」と聞いて、5分だったらきっちり5分しゃべり、発言の切り取りを許可しないと聞いています。日本の場合は、テレビ局が都合良く切り取ったり、あるいは途中を省略してつなぎ合わせたりするので、本人の意図と異なる発言になってしまう場合もあります。しかし、いずれにせよ、情報を受け取る側にとって、映像による情報の刷り込みはインパクトが大きいですね。
小島 OECDの調査によると、「権威や権力は尊重されるべきか」というアンケートで、日本では賛成が3%程度しかありません。イギリスでは賛成が76%、アメリカで60%、韓国でさえ27%もあるのに、世界的に見て最低レベルです。日本では権威が否定的に見られているわけです。だから、たとえば日本では、福島の放射能汚染は危ないと言っている放射能の専門ではない学者がもてはやされ、リスクは極めて低いと発言する放射能の分野で権威のある学者が御用学者扱いされてしまうのです。権威があるというのは、その道を究めたからであり、決して素人ではありません。その意味では学会などで信用されている学者の意見を尊重した方がいいと思います。特に病気など生命にかかわる問題については、多種多様な情報に惑われないよう、HPなどで公表されている学会で作られたガイドラインをまずは尊重するべきでしょう。
神津 ガイドラインというのは、コンセンサスが取れているということなんですね。
小島 その分野の専門の先生たちが議論した結果、現段階では間違いがない情報として集約されたものがガイドラインですから、皆さんが信じやすい通説や俗説は、科学的根拠があるものなのか、まず最初は疑ってみるべきです。最近、中国の食品工場で使用期限切れの食肉混入というニュースが話題になりました。このニュースを映像で見る限り、中国産の食品はもう食べたくないという気分になりますが、中国産のものが本当に危険なのかどうかを調べてみると意外な事実が出てきます。アメリカ、イタリア、ベトナムなど10カ国の日本向け輸入食品をどの国かわからないように並べ、法的な基準に違反した農薬や添加物の割合を統計的なデータで判断すると、中国産の方が違反は少ないです。また、一般にヨーロッパ向けの輸出品に関しては基準が厳しいため、たとえば、北海道産の鮭は、中国で加工をしてからでなければヨーロッパに輸出できないくらいに厳しいのです。その一方で、中国国内で流通している食品に対しては、中国の人たちが自国の食品を信用していないという問題もあります。日本の企業が関与する輸入品と中国の国内で流通する食品は分けて考える必要がありますね。
神津 人々の感情に訴えるような情報はメディアにとって商品価値はあるけれど、私たちは少なくとも食品や健康などの問題において、科学的根拠を基に危険かどうかを判断したいですね。
神津 自分のフィールド内で起きていることは、おおよそ把握できているので、間違った情報であればすぐにわかりますが、知らない世界のことだと、つい信じてしまいがちです。
小島 確かにその通りですね。私だって、これまでかじったことのない天文学の話なら、大学の先生が言えば、たぶん信じてしまうと思います。無知は信じることにつながります。同じように、人工と天然の錯覚にも気をつけねばなりません。たとえば、同じ被ばく線量ならば、自然であろうと、人工であろうと、放射線のリスクに差はないはずなのですが、差があると思っている人が少なくありません。また、同じリスクでも、自発的か非自発的かでは主観的な大きさに差があることも知っておきたいですね。福島の事故による放射線被ばくのリスクが大きく見えるのは、他者から強要された非自発的なリスクだからでしょう。
神津 スウェーデンはウランを多く含む地層のため、年間の自然放射線量が6〜8ミリシーベルトあり、日本と比較すると高いのですが、健康被害が日本より多いわけではありません。福島の事故後、1ミリシーベルト未満の数字で紛糾している日本に対して、スウェーデンが福島より危険な国のようにとられないようにしてほしいと、大使館から要請があったそうです。
小島 放射線による健康被害のリスクの中で最も恐れられているのは「がん」ですが、がんになるリスクで見れば、野菜不足、運動不足、飲酒、喫煙といった生活習慣を見直す方が大事だと言われています。しかも、がんは検診による早期発見で治療も可能だというのに、検診率は、諸外国と比較して日本は低いんですね。その一方で、効果が実証されていないような健康食品の情報が大量に流され、それを信じている人もけっこういます。その背景には、科学的根拠のないニセモノでも、本人が信じることで健康になる効果があるからでしょうが、困ったものです。そして、現代社会というのは、市民が主役なので、その市民が科学的に間違っていても、だれからも非難されることはないという社会です。つまり、市民が最終的な決定権をもっているので、誤った選択をしてしまうこともありうるということを自覚しておく必要がありそうです。
神津 日本人は、権威や権力を信頼していないにもかかわらず、新聞やテレビといった、ある種、別の権威、新しい権力によって、無意識に選択をさせられているのかもしれないと、今日のお話を伺って感じました。でも、どのようにして、ニュースの裏側に隠されたものを探し出していけばいいのでしょうか?
小島 マスコミ側にいる私にとっても難しい問題ですが、まず、ニュースというものは部分的に強調されてしまうことが宿命だと知った上で、さまざまな角度から情報を取得し、客観的な視点を持ちながら理解するようにしてほしいと思います。
神津 新聞記事の見出しのように、ふと目を引いた言葉に引きずられ、その情報が切り取られたものなのか、裏側には何があるのかということをまったく考えないでいると、頭の中に残ったその断片は、ものを考えたり、人と話をする際の基底となってしまうかもしれません。そして、一度、刷り込まれた情報は、修正するのがなかなか困難です。もちろん私たちは、完ぺきにニュースを読み取り、すべてを理解することはできませんが、これからはもう少し意識しながら、丁寧にものを見ていく習慣をつけたいと思います。
毎日新聞社生活報道部編集委員
愛知県生まれ。愛知県立大学卒業。1974年、毎日新聞社入社。サンデー毎日や長野支局、松本支局を経て、87年東京本社生活家庭部、95年千葉支局次長、97年から現職。2000年からは東京理科大学非常勤講師も務める。主な担当は食の安全、環境、健康問題。主な著書は『誤解だらけの危ない話』『誤解だらけの放射能ニュース』(エネルギーフォーラム)、『アルツハイマー病の誤解』(リヨン社)