2014年に閣議決定されたエネルギー基本計画において、原子力発電は基幹電源と位置づけられ、再稼働に向けて動き出している一方で、原子力に対する反発の声は依然として続いています。島国である日本の地勢や、今後の世界のエネルギー情勢、そして地球温暖化問題といった大きな視野で考えた場合、どのようなエネルギーを選択していくべきなのか、木元教子氏(評論家/ジャーナリスト)にお話を伺いました。
福島第一原子力発電所の事故を契機に、日本のすべての原子力発電所が停止していましたが、九州の川内原子力発電所は、2014年9月10日に原子力規制委員会が審査書を正式に了承したことを受け、現在、再稼働に向かいつつあります。なぜ原子力発電所を再稼働する必要があるのか。本日は、地球温暖化問題をベースに、日本の地理的条件をふまえながら、皆さんとご一緒に考えていきたいと思います。
地球温暖化はそもそも、私たち人間が起こした問題といえるのではないでしょうか。なぜかというと、人口が増加することにより、産業は農業、漁業などから工業へシフトしてゆき、社会的、経済的に、より豊かな生活を求めるようになりました。その結果、エネルギー需要が増加し、石炭、石油など化石燃料を大量に消費することでCO2排出量が増加し、気温が上昇するのみならず、たとえば石炭を使えば硫黄酸化物・窒素酸化物などの排出によって環境汚染も起こっています。
近年、医療の発達などにより死亡率が低下しているため、世界の人口は増え続けています。特にアジアを中心とした途上国では、労働力として子どもが必要とされるので多産になり、現在、最も人口が多い中国は約13.4億人ですが、第2位の約12.2億人のインドは、2050年には約16.9億人になり、世界最多人口国になると予測されています。71億人を突破している世界の人口は、2050年には93.1億人に達する見込みで、地球上の居住可能人口は最大100億人と言われていますから、このまま人口が増加し続ければ、人間が生存するために必要な食糧やエネルギーが限界に近づくことも懸念されます。
人口増加に伴う経済成長によってエネルギー需要が増加すれば、石油、石炭など限りある資源を各国で奪い合うことになり、資源国への依存度が高まります。一方で、化石燃料によるCO2排出量増加は、産業革命以来、世界の気温上昇をもたらしてきました。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書では、今世紀末には最悪の場合4.8℃の上昇(1986~2005年を基準)と予測されています。気温上昇による影響は氷河の融解をもたらし、海面の膨張と上昇を起こし、21世紀末までには海面が1m上昇するとも言われています。また山岳地帯の氷河が溶けて雪崩になれば、麓の村を水没させる危険性もあります。グリーンランドの氷床は、毎年約200k㎥も溶け続けており、また南極大陸の氷床の融解速度も上がっていることから、今世紀末までに海面が1.8mまで上昇する可能性も指摘されています。
自然環境の変化は、人間の居住環境に直接的なダメージをもたらしています。たとえばフィリピンの首都マニラの沿岸には、不法居住者が住むスラムがありますが、海面上昇により海抜が下がってしまったため、次に大型の台風が襲来すれば水没するかもしれません。インド洋に浮かぶモルディブは、かつては珊瑚礁の美しい国でしたが、面積2㎢程度の首都マレという島では、今では海面上昇による海水から守るために作られた防波堤の中で10万人が暮らしているという、世界一人口密度の高い都市になっています。先進国の例を挙げると、もともと海水面より土地が低いオランダですが、かつて道路沿いに並んでいた近代的風車の列は根幹部分が水に沈み、農地は堤防によってかろうじて守られている状態です。
美しい自然、豊かな地球環境を壊し、その結果、生命が脅かされるようになった原因が私たち人間にあるならば、エネルギー消費の原点に立ち返り、何を選択すべきなのかを、私たち自身が考えるべきだと思います。そしてまた、CO2や硫黄酸化物をほとんど排出しない原子力が推進され、世界中で原子力発電所が作られてきた経緯を、あらためて見直すべきではないでしょうか。たしかに、原子力発電所による事故の恐ろしさを体験してしまうと、原子力反対を唱えたくなるかもしれません。しかし、原始時代に火を使うようになった人類が、危険な火の取り扱いを、目的に応じてコントロールすることで、文明が栄えてきたことを思い返せば、今後、原子力をどのように上手に使っていくかが見えて来るのではないでしょうか。
原子力発電がなぜ日本に必要なのかについて、日本という国を客観的な視点で諸外国と比較してみるとはっきりわかります。たとえばドイツと日本は似ているとよく言われますが、そのドイツは電源構成比22.6%の原子力を減らして2050年にはゼロにしたいと言っています。しかし日本との大きな差は、ドイツがヨーロッパ大陸にあるということです。EU諸国は、電力網が網羅されており、ガスパイプラインも張り巡らされているため、友好関係であれば各国間で電力や天然ガスの融通も可能です。またドイツは、自国で産出する石炭による火力発電が電源構成比の44%を占めており、エネルギー自給率は40%もあります。その上、自国の電力が不足すれば隣国フランスから原子力発電でつくられた電気を融通してもらえる環境にあるのです。
一方の日本は、島国です。どこの国とも送電線もガスパイプラインもつながっていないため、安定的なエネルギーを自力で確保しなければならず、エネルギー自給率は原子力を含めなければわずか4%で、資源を輸入に頼るしかありません。国土の面積は小さく、しかも平野部が少ない地勢的な条件下において、エネルギーセキュリティを考慮し原子力が選択され、先進国の中では低い水準ではありますが、それでも原子力発電所の全基停止前には原子力を純国産エネルギーとしたエネルギー自給率は19%ありました。
2014年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画では、原子力発電を「重要なベースロード電源」と位置づけ、再稼働の推進などが明記されています。一方、メディアなどでは、原子力のデメリットが取り上げられがちですが、どのエネルギーにも、メリット、デメリットはあります。脚光を浴びている自然エネルギーについては、もちろん私も普及を促進してほしいと思いますが、大きな問題があります。太陽光や風力は自然条件に左右されて出力が大きく変動します。また、つくられた電気は、即自家使用するか、売電するかどちらかになりますが、たとえば日中使い切れない電気を夜間などに使うために貯めておくには、非常に高価な蓄電池が必要なのです。今後、技術革新によって、各設備が低価格になり、より優れたエネルギーが生まれるかもしれませんが、現段階において望ましいエネルギーは何かを考えるとき、5つのポイントで原子力のメリットを挙げることができます。出力量が大きいこと、CO2を排出しないので環境に優しいこと、一度稼働すれば石油石炭のように追加燃料をつぎこむことなく安定して供給できること、電源別の発電コストにおいて優れ、資源の価格変動による影響を受けない経済性があること、政情が不安定な遠方の中東の国々からの輸入に依存しないですむということです。将来の日本では、人口は減少し続け、高齢化が加速すると予測されており、ライフスタイルの変化に伴うエネルギー消費も変わっていくと思いますが、原子力を中心に、石油、石炭、天然ガス、そして自然エネルギーをバランスよく使っていければいいと願っています。
原子力は重大な事故を起こしたため安全性が疑問視されています。だからこそ、原子力発電所の再稼働については、地域の住民の皆さんを中心に、国民と電力事業者と国が、お互いに話し合い納得し合える場を持つ必要があります。電力事業者は、消費者の広い意見をまず「広聴」し、原子力や電力の情報について正確に伝える「広報」を実施し、安全対策や環境への配慮、経済性などの疑問、反論を双方でぶつけ合って確認し合い、原子力は準国産エネルギーという位置づけを再認識していくことで、途切れることのない関係を結んでいくべきだと思います。
これまで地球温暖化対策としても注目されてきた原子力の再稼働は、必要だと私は考えています。また皆さんも今ご自分が暮らしている生活環境の中でエネルギーについてもう一度考えてみると、これまで享受してきた快適な生活を捨てることができないのであれば、結論はおのずと出て来ると思います。また、100年後の地球について想像してみてください。きれいな水や美しい緑が残された地球であってほしいと願うのであれば、今みんなで考え、すぐに行動に移していかないと手遅れになってしまうかもしれません。
評論家/ジャーナリスト
TBSのアナウンサーからニュースキャスターとなり、現在はエネルギー・環境、教育、女性、高齢化、農業問題など幅広い分野で放送番組等への出演、講演、評論、執筆等を行っている。1998年~2006年の9年間、内閣府原子力委員会委員を務める。現在も経済産業省をはじめ多くの審議会委員等の公職を務める。絵本「100年後の地球」など著書多数。