私たちの暮らしに欠かせない大切なエネルギーについて、考察したり議論をする際には、どのような点に気をつけなければならないでしょうか。澤 昭裕氏(21世紀政策研究所研究主幹/NPO法人国際環境経済研究所所長)による「日本のエネルギー需給構造とその課題」と、東海邦博氏(一般社団法人 海外電力調査会企画部副部長(上席研究員))による「激変する世界のエネルギー戦略と電力情勢」という二つの講演を伺った後、神津カンナ氏(ETT代表)を交えた鼎談でさらにお話を伺いました。
神津 エネルギーについて考える時、リスク、経済性、法律や、世界のエネルギー情勢、政策など多面的な要素を基盤にして考えなければならないわけですが、2016年に始まる電力自由化について、私たちが気をつけなければいけないポイントを伺いたいと思います。
澤 自由化になると、多方面から事業者が参入して来ると思いますが、電力を自由に選べるということは、逆に、不都合があっても自分の責任になるわけです。もちろん新規事業者にも供給力の確保義務はあるものの、現行の電力会社の供給義務とは異なりますから、前払い金だけ取られて事業者が倒産してしまう可能性もあるため、セーフティーネットが必要になってくると思います。また再生可能エネルギーを取り込んだ複雑なメニュー構成は、消費者にとってかなり煩雑になるでしょうから、多少高くてもシンプルな料金設定の方を選びたくなるかもしれません。
神津 再生エネルギーで発電したといっても、送られてくる電気に色がついているわけではないので、再エネでつくられた電気なのか、火力、原子力でつくられたのか、確認できないですよね。自由化が進んでいるヨーロッパでは、日本よりも環境問題や経済性に対する意識は高いのでしょうか?
東海 ヨーロッパでは2007年から家庭用まで自由化が行われていますが、自由化とエネルギー問題に対する意識はあまり関係ないのではないでしょうか。フランスでは、一般の人は自由化しているということを知らない人が多いようですが、原子力発電で電気料金が安いことは知ってると思います。ドイツでは、一般の人も、ドイツが再エネ開発を推進していて、それで料金が高くなってることは知ってると思います。
神津 再エネに関する固定価格買取制度については、どのようにお考えですか?
澤 固定価格買取制度の制定により、再エネ事業者が多く参入してきましたが、買い取り開始から20年間の買い取り価格は維持されていくので、普及促進には貢献したけれども、電力の消費者が長期にわたって高い価格を払い続けなければならない課題が残りました。固定買取制度の当初の目的はCO2対策であり、脱原発ではなかったのですから、CO2対策としてそこまで負担する意思があるかどうかを消費者に再確認すべきでしょう。
神津 ヨーロッパではすでに料金高騰などの問題が顕在化している制度が、なし崩し的に日本に入ってきたように感じるのですが、制度を簡単に変えることはできないですよね。
澤 再生可能エネルギー特別措置法は恒久法になっており、この法律を廃案にして、時限立法に変えるという妥協案があると思います。時限法になれば、時限が来れば自然に廃止されます。それでもまだ続けるというなら、国民負担を計算し直し最も経済的な方法を模索した上で、法案を再度提出すればいいと思います。
東海 ヨーロッパではすでに固定価格買取制度の見直しが行われています。ドイツでは再エネ法の改正という形で制度そのものを変更しています。入札制を入れていくとか、固定価格ではなく市場価格を反映させるような買取制度になっています。
神津 原子力の必要性については、「供給安定性Energy security」「経済性Economic growth」「環境保全 Environmental conservation」という3つのEがこれまでの論拠でした。しかし今はこれだけでは原子力の優位性が一般の人には伝わらないと思います。原子力をどのようにとらえて、どのように伝えていったらいいのでしょうか?
澤 原子力発電が1950年代に開始された時に、なぜ始めたのか、なぜ国民が賛成したのか、振り返ることが大事です。広島・長崎に原爆が落とされてからわずか10数年後に原子力発電をスタートさせたのは、一言でいえば、原子力技術に夢があったからです。原子力という膨大なエネルギーをコントロールする技術は、人類にとって大きな財産になると研究者たちは考えていたのです。ところが、この技術は特別扱いされ続けてしまい、これまで安全に維持できたのだからと、新技術、新手法が試されることなく、エンジニアにとっても夢がなくなってきました。最近では廃炉技術の将来性を喧伝する人もいますが、やはり夢いっぱいの世界をイメージできないでしょう。明るい未来のイメージがなければ、原子力を政治的に全面に押し出すことは難しくなってしまいます。
東海 ただ、世界的に見れば「3つのE」というのはやはりベースとして残ると思います。日本とは対照的に、世界では今、中国、インドを中心とした新興国でエネルギー需要が飛躍的に増大していて、原子力は「3つのE」を満たす電源として重要視されています。
神津 チェルノブイリの事故後には、ヨーロッパで一時、脱原子力が進んだと思いますが、ウクライナなどの国が、継続し続けるのは、どういう事情でしょうか?
東海 ウクライナなど石油、天然ガスなど化石燃料資源が少ない国は、ロシアなどへのエネルギーの対外依存を少しでも軽減するため、原子力発電所の運転を続け、新しい発電所も建設しています。
神津 日本人のようにゼロリスクを夢のように求めていくと、何も選択できなくなりますね。私たちは、少ない選択肢の中からものを選択するときに、そのリスクを冷静に学ぶにはどうしたらいいのでしょうか?
澤 例えば、今、原発が停止している状態で、天然ガスや石油の輸出基地でテロが起きたとしたら、資源の輸入が途絶え電力不足になります。その場合、実際に各組織のトップは電力やエネルギーについてどのような決断を迫られるのか、国家の責任者はどういう方策を取るのかということを想定したシミュレーションをしてみるとよくわかるはずです。計画停電を起こすと病人などの弱者が生命の危機に立たされるという状況を仮想しなければ、何が本当のリスクなのか実感できません。どこまでならリスクを我慢できるけれど、ここからは許容できないという基準は人それぞれですから、国民の民意を集約するといっても、結局は民主的に選ばれた政治家が最終的には決断しなければならないはずです。
神津 今後、世界のエネルギー政策はどういう方向に進むのでしょうか。
東海 先進国はこれまで、オイルショックの経験や資源不足を考慮して、各国それぞれの国情に見合ったエネルギー政策を取ってきました。とりわけEU諸国は、近年、気候変動対策を重視した形で、省エネ、再エネの開発に力を入れています。特にドイツは脱原子力と再エネ開発によってEUでの代表的な存在と見られています。しかし、このドイツの政策だけがEU諸国の政策ではありません。EUにはフランス、フィンランド、英国、中欧・東欧諸国など、再エネとともに、原子力開発を継続する国も多数あります。IEA(国際エネルギー機関)の予測する、気候変動対策を最重視したEUの2040年シナリオでは、化石燃料を減らし、再エネは大幅増加、原子力は現状維持とされています。EUの中でも、電源構成のうち先進国最高の約75%を原子力が占めているフランスは、国内では2025年までに50%に引き下げることになりそうですが、これはベストミックスを考えてのことです。フランスはその代わりに中国、英国など国外で原子力開発を積極的に参画しています。エネルギー政策というものは、各国それぞれの事情に従ったエネルギー・セキュリティが根底にあります。その上で、環境対策という世界的な制約の中で決めていかなくてはならないと思います。原子力先進国は、今後、電力消費が増大していく新興国での原子力開発に積極的にかかわっていくべきだと思います。
澤 アメリカは、これまで京都議定書を離脱してきましたが、オバマ政権では気候変動を意識したクリーンエネルギー重視へシフトし、2014年11月には、政治的に必須な汚染対策という課題を抱えた中国との間に、温暖化ガス削減で合意しています。中国は、世界一のエネルギー消費国になりましたが、PM2.5など大気汚染問題が深刻化し、原子力開発に力を入れる予定です。それに対し日本はというと、2009年に当時の鳩山首相が「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減する」と国際公約しましたが、福島第一原子力発電所の事故後は原発が停止しているため、安倍政権ではその目標を撤回しました。エネルギーの安定性、経済性を重視した火力発電が原子力を埋めていますが、CO2は増加する一方です。
神津 原子力に対してやみくもにノーという前に、複雑化する世界のエネルギー事情を踏まえていくと、選択肢のひとつとしてなぜ原子力が必要なのかが理解できるような気がします。私たちは、本当に知りたい情報をマスコミからだけでなくエネルギー関連の現場の人たちの声に耳を傾けることも必要ですし、その情報を正確に読み取る能力を身につけて、考えていかなければいけないと感じました。
21世紀政策研究所研究主幹/NPO法人国際環境経済研究所所長
1981年一橋大学経済学部卒業・通商産業省入省。87年行政学修士(プリンストン大学)、97年工業技術院人事課長、2001年環境政策課長、03年資源エネルギー庁資源燃料部政策課長。04 年8月~08 年7月東京大学先端科学技術研究センター教授。07年5月より現職。著書に『地球温暖化問題の再検証』(東洋経済新報社)、『エコ亡国論』(新潮新書)、『精神論ぬきの電力入門』(新潮新書)、21世紀政策研究所の提言書として『原子力事業環境・体制整備に向けて』『原子力安全規制の最適化に向けて ─炉規制法改正を視野に─』など多数。
一般社団法人 海外電力調査会企画部副部長(上席研究員)
1951年、和歌山県生まれ。74~76年パリ大学留学を経て、77年東京外国語大学フランス語学科卒。海外電力調査会入社後、84〜88年調査会欧州事務所駐在、88〜96年調査部主任研究員、97〜2000年欧州事務所長(パリ)、2000〜11年企画部主席研究員、部長代理を経て現職。欧州中心に海外の電力・エネルギー調査業務に従事。電力・エネルギー・原子力関係紙・誌に寄稿多数。『電気事業とM&A』(電気新聞ブックス)共著など電力・エネルギー・原子力業界関連紙・誌に多数寄稿。