この数カ月、メディアで盛んに取り上げられているいろいろな問題もそうですが、メディアが持論を展開するのは自由だとはいえ、問題の本質をずらしたり、中立的な立場で発信していない、また、政府にいたっては説明責任をきちんと果たしていない、など様々なことを感じています。福島第一原子力発電所事故以降のエネルギー問題に関しても同様です。このような状況に陥っている日本が今抱えている問題・課題、そしてどうすれば解決につなげられるかを今日は考えてみたいと思います。
私が危機感を抱いている大きな問題が、日本経済の行方です。2020年のオリンピックという国家的イベントに向けて、建設需要など政府の財政出動で景気は上向いていますが、2019年の消費税再増税をきっかけにして一気に悪化していくと考えられます。実は、過去のオリンピック開催国は、開催年あたりから景気が悪くなりやがて経済危機になることが少なくありません。2010年のギリシャ危機も、2002年のユーロ加盟で資金調達が楽になり、2004年のアテネオリンピックのために行った過剰なインフラ投資が発端でした。一方、昨年の日本の経済成長率は1.2%と低いですが、潜在成長率(長期的に実現可能な成長率)に至ってはさらに低く、0.8%。このままでは、働く人の収入は増えるはずがありません。政府による規制緩和などの対策に加え、自治体や企業も国に頼るばかりではなく、自力で改革を進めて経済成長を押し上げていく必要があります。
それからもうひとつ、日本経済の最大の重荷になっているのが社会保障問題です。昨年度の公共事業予算6兆円に対して、年金、医療、介護、保育などの社会保障費の支出は、約20倍の117兆円。団塊世代全員が後期高齢者になる2025年には150兆円を超えると予測され、社会保障制度の抜本改革をしない限り、制度そのものの維持が困難になります。しかし例えば年金の支給開始年齢を70才に引き上げるにしても、現在の65才に引き上げるための改正法ができるまでに20年もかかった経緯から考えて、早急に始めなければ間に合いません。1千兆円を超える日本の借金の最大原因である社会保障費 —— 支給水準を維持したままで財政再建をもくろむとすれば、消費税を30%にまで引き上げる計算になりますが、これは現実的に不可能ですから、せめて先進国の標準である15%まで引き上げるなど、嫌われ者になることを厭わずに、政府は国民にしっかり説明をする義務があります。またマスコミも、このままでは日本経済は破綻することを論理的かつ丁寧に解説する務めがあると思います。
エネルギーの問題は経済と深く関わっていますが、福島第一原子力発電所事故以降の一部のメディアによる報道は、日本のエネルギー事情をベースに考えることなく、原子力発電反対の立場に固執し偏りがあります。もちろん原子力発電所が100%安全と言うつもりはありません。ただ、火力など他の発電システムにも、あるいは身近な自動車でさえ危険は必ずあるのに、原子力発電所の危険性については際立った報道がされているように思います。
日本のエネルギー政策の基本といえば、3E(安定供給/Energy security、経済性/Economical Efficiency、環境/Environment)とS(安全性/Safety)です。原子力発電所の再稼動が進んでいない現在、異常気象による高温の夏場には電力供給が逼迫するようになるかもしれません。そして、原油安とはいっても、80%以上を輸入している中東に政変が起こり、輸入停止となれば、安定供給のリスクが高まります。また、石油、石炭といった化石燃料の使用が増加するとCO2排出量が増え、地球温暖化に影響を与えます。だからといって、太陽光などの再生可能エネルギーで不足分をすべて補おうとしても、自然任せの発電のために安定供給が難しく、蓄電池の性能も万全とはいえない現段階では不可能といえます。そして再エネを大量に導入すれば、賦課金などにより今でさえ高くなっている電気料金がさらに高くなります。というように、様々な問題点があり、それを考慮した上で、資源の少ない日本ではエネルギーの分散化を図っているのです。
エネルギー政策は、金融投資と同じだと思います。一カ所にすべてを投資するのではなく、投資先をいろいろな国、産業、企業などに分散することで資産運用のリスクを最小限にするのが、金融投資の基本。エネルギーも、石油、天然ガス、石炭、自然エネルギー、そして原子力に分散することでリスクを最小限に抑えられます。分散によって様々なリスクを下げるのがエネルギー政策の目標であり、逆にいえば、エネルギーを分散しなければ3Eも達成できません。
愛媛県では伊方原子力発電所3号機が再稼働していますが、心配や反対の声も上がっていると思います。しかし、原子力規制委員会が厳しい安全審査基準を設け、時間をかけてチェックした結果、認可されたという事実を受け止めることも大切だと思います。そして2020年以降、日本経済の見通しは決して明るいものではなく、国民生活も厳しくなるという予測の中で、せめて電気料金だけでも抑制しておくべきだと考えます。そのために、安全確保を最優先としながら、原子力発電所の稼働を進めていくのが道筋だと私は思っています。また、原子力がなぜ必要なのか、原子力発電所が稼働しないと将来の日本経済や私たちの生活はどうなってしまうのかなど、いろいろと提示しながら議論をするためにも、国民の理解を深めるような、政府のわかりやすい説明と、リスクのみならずあらゆる視点から原子力発電のメリットデメリットを取り上げるマスコミの丁寧な解説が必要になってきます。私たちは、賛成反対どちらの意見に対しても冷静に耳を傾け、どの選択が日本の将来にとってベストなのかを考えていくべきではないかと思います。
講演を受け、会の後半に行われた質疑応答のうち、いくつかを紹介します。
Q. 自然エネルギーや新しいエネルギーの開発の展望はどうなのか?
A. 将来有望なエネルギーであっても、研究レベルから実用化されるまではかなりの時間を要するため、国が予算を付与して普及するまで支援するかどうかによっても変わる。エネルギーに関しては、短期と長期、両方の戦略を考えるべき。
Q. エネルギー政策における原子力の有用性を、政府がこれから一層強く訴えていくのは困難ではないだろうか?
A. 原子力発電がなぜ必要なのかについて、国民に分かりやすく説明しなければ理解が進まない。しかし、3.11以降、官邸としては政治的な判断もあって、説明を控えているので残念だ。
Q. 政治問題、エネルギー問題など偏った報道が多い中で、中立の立場で考えたいと思っているが、どのようにして情報収集をすればいいか?
A. マスコミで発言する機会が多いため、ものの見方が狭くならないように、自分では情報収集にかなりの時間を割いている。一般の人は、一つの媒体だけではなく、主張が違うメディアの意見に眼を配る習慣をつけていると、バランスが取れると思う。
Q. 2020年以降の日本について不安があるが、具体的には何をしたらいいのか?
A. これまでのように手厚い保険や年金は望めなくなるから、自分の身は自分で守ることが必要。そのポイントは二つ。一つ目は、AIやロボットによる第4次産業革命が起きても、働き続け稼げるようなスキルを身につけること。二つ目は、お金にも働いてもらうように資産運用に対する意識を高めること。そして子供たちには、これからの時代に最も必要となるクリエイティブな発想を伸ばすために、スマホやインターネットなど便利なツールへの安易な依存をしないことが大切だ。
慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
1962年、東京生まれ。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。通産省在籍時にコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。資源エネルギー庁長官官房国際資源課を経て、
2001年、大臣補佐官に就任。その後も金融担当大臣補佐官、郵政民営化担当大臣、総務大臣の政務秘書官を歴任。2006年、経済産業省を退官。現在は、テレビや雑誌でも活躍中。主な著書に「アマゾン、アップルが日本を蝕む」「ネット帝国主義と日本の敗北」などがある。