今年の夏は猛暑予想が出ていましたが、猛暑の西日本とは対照的に、東日本では雨が多く、梅雨明け前の方がむしろ気温が高かったほどでした。
ここ数年、10月に入ってからも30℃を超えるのは当たり前になっており、毎年9月末に家族が集まる父の誕生日会の家族写真を見ると、20年前には革製の上着を着ていたのに、去年は半袖でした。
近年多い局地的なゲリラ豪雨も、気象の変化によるものだと思います。今年7月には、福岡県、大分県の一部で、集中豪雨が大きな被害をもたらしました。先日、大分県の日田市に行ったのですが、高速道路を挟んで右側と左側では被害の状況が全く異なり、その光景に驚かされました。雲が山にぶつかって雨が降り続けた地域では、川が氾濫し、家屋が損壊し押し流されていましたが、その高速道路を隔てた反対側では大きな被害が見受けられませんでした。
気候の顕著な変化は、地球温暖化が原因と言われていますが、このままいくと今世紀末には、本州でりんごが栽培できなくなり、海ではサンゴが死滅、また、冬が暖かくなり暖房が効いた建物内で越冬する蚊が増加すれば、マラリアやデング熱の危険も増えていくと思われます。このように気候変動により、気象災害のみならず、食糧事情や身近な環境の変化などがもたらす生活面でのリスクも高まるのです。
中東の国シリアで起こった内戦では、多くの命が奪われ難民が増大していますが、そもそも内戦の原因は、4年も続いた干ばつのせいだといわれており、その深刻な干ばつを発生させたのが、人間の活動による気候変動だという見方が有力になっています。食糧事情、衛生状態が悪化したため、農民が大量に都市部へ移住したことにより、都市部とその周辺では政情が不安定な状態に陥り、アサド政府軍、反政府軍、さらにはISが戦闘を続け、国内で増加した難民がEU諸国に流入しています。しかし、難民を受け入れているEUからイギリスは離脱を表明しており、今後は難民の受け入れを拒否すると思われます。このように、気候変動が世界各地の紛争や政治情勢の変化の原因でもあることは明らかなのです。
なぜ、私が気象予報士の資格を取ろうと思ったかというと、キザな言い方ですが、「風が見える」ようになりたかったから。例えば、漁師さんは風を読んで漁に出ますし、プロゴルファーは風を読みながら勝負をします。
私の場合、子供の頃に海辺の町に住んでおり、いつも水平線と、その上に広がる大きな空を眺めて暮らしていました。湿った南風が吹いている時には、小高い山には雲が湧くのに、平地の町の上には雲がないのはなぜだろう、夏の暑い盛りに、急に太陽が陰り雲が流れてくると、冷たい風が吹いて空が墨絵のような色合いになるのはなぜなのか、と考えるような子供でした。
この話を、テレビでウェザーリポートを担当していた森田正光さんに話したら、気象予報士の勉強をすると謎が解けますよと言われたのがきっかけでした。
気象予報士になるための最低限の知識が得られる、と推薦してもらったのが「一般気象学」。まず、本を開いて驚いたのは、気象学の本なのに、第1章で太陽と地球を含む9つの惑星の話から始まっていることでした。
地球が他の惑星と異なるのは、大気があり水があること。地球の水のほとんどは海水で目に見えますが、気象学に関係する空気中の水は、上空で気体になっているので無色透明で見えません。それが、太陽の熱エネルギーでどんどん集まって空気中に溶けていられなくなり、液体や個体となって落ちてくるのが雨や雪です。
まず、太陽の熱エネルギーがあり、地球には空気と水があるから雲や雨といった気象現象が起こるのだということを、科学的な説明によって理解できました。気象学とは、地上から眺める学問ではなく、載天より眺める「神の目を持つ学問」だと感動しました。
気象予報士の試験を2回目で合格した時、テレビ局の取材を受けて、ウェザーキャスターになるのかと聞かれましたが、天気予報は、人の命や財産に関わるものだから、自分にはできない、と答えました。しかし、しばらくして「FNNスーパーニュース」から、「空の楽しさを伝えてもらえませんか」とオファーが来た時、気象情報を伝えるとともに、一番身近な大自然である空の話をするのならば自分は適任じゃないかと思って引き受けました。日本の空には四季折々の表情があります。「石原良純の空を見よう」というコーナーでは、毎日の空の表情を伝え続けましたが、一般の人は普段あまり空を見上げることはありません。だから例えば、春には桜の開花予想と絡めて空の変化を伝え、桜を待つ楽しみを通して空も見てもらえるように心がけました。
楽しさの裏側には怖さがあります。昔の人たちは、天気の厳しさ、恐ろしさをよく知っていました。ところが今、生活が豊かになったせいか、自然の恐怖を感じる機会が少なくなっています。それでも凶暴化する台風や局地的な豪雨は、いつどこで起こるかわかりません。
短時間のピンポイント天気予報の精度はかなり高くなったものの、重大な災害が発生する恐れがある特別警報を発信するタイミングはどうするか、防災無線も聞こえないほどの豪雨が深夜に降り続けた場合にはどうするかといった情報伝達方法は、まだまだ模索中です。住んでいる地域の立地によっても、あるいは家族構成によっても避難の方法は異なりますから、自分の身は自分で守るように心がけてほしいと思います。
日本のみならず、世界中でこれまでにないほど厳しい気象となっている原因は、やはり地球温暖化だと思います。温暖化をもたらすCO2 排出量を低減するための省エネやエコロジー活動は、かつてと比べて一般にもかなり浸透しております。買い物の時にエコバッグを使う、ものは大事にリサイクルして使う、照明はこまめに消すなどの身近な対策も数多くあります。
現代の私たちの生活は、電気ガス水道など科学技術の応用に支えられて便利になっているといえます。一方、技術の進歩に伴い、様々なトラブルが発生する可能性も否めません。2011年の福島第一原子力発電所の事故後、原子力発電はもうやめよう、という意見が多く見られました。
技術の恩恵を受けているばかりでなく、どこに問題があったのか、何が本当に危険なのかについて、私たちは真剣に考えなければいけないと思います。一年中、冷暖房による快適な暮らしを送っているのに、科学技術なんかいらない、昔のような生活に戻ればいいといっても、現実的には不可能ではないでしょうか。
地球温暖化の原因について、8割の日本人は、人間の営みによると考えています。世界では人為的と思う人が3割、自然によると考える人が1割、残りの6割は生きていくだけで精一杯、地球温暖化を考えるゆとりのない人たちです。
COP21で採択されたパリ協定では、先進国、発展途上国を問わず、すべての国が世界の平均気温の上昇を産業革命前の 2℃未満に抑え、21世紀後半には温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標にしました。
発展途上国にとっては、これまで温室効果ガスを排出して豊かになってきた先進国に対する不公平感があると思われます。
日本の気候は世界と比べれば、季節ごとに細やかに変化し、恵まれております。山や海に行って自然と触れ合う時間がなければ、空を見上げる習慣をつけましょう。毎日空を見上げるだけで、気象の変化が少しずつわかっていくと思います。
本来、人の暮らしを豊かにしてくれるはずの情報があまりに多すぎるため、現代はストレス社会。ストレスに悩まされています。ストレス発散には楽しいことを考えるのが一番ですから、ぽかんと空を見上げ、移りゆく季節の表情を楽しんでみてはいかがでしょうか。
俳優・気象予報士
1962年、神奈川県逗子市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。1984年に映画「凶弾」でデビュー。その後、舞台、映画、テレビ番組などで幅広く活躍。一方で湘南の空と海を見て育ったことから気象に興味を持ち、気象予報士試験へ挑戦、1996年に取得。ウェザーキャスターとしても活躍する。趣味は幅広く、城やダム、鉄道。日本の四季、気象だけではなく地球の自然環境問題にも力を入れている。著書に『石原家の人びと』(新潮社)、『石原良純のこんなに楽しい気象予報士』(小学館)などがある。