「3.11から7年、エネルギー・原子力を取り巻く環境はどう変わったか〜そして今何を感じ、今後どうしていくべきか〜」をテーマに、ETTのメンバーでもある秋庭悦子氏(NPO法人あすかエネルギーフォーラム理事長)、中村政雄氏(科学ジャーナリスト)が講演を行いました。
消費生活や環境問題、エネルギーについて理解活動を長く続けてきましたが、2010年には内閣府原子力委員に就任しました。原子力委員は原子力基本法に基づいて1956年に設置されており、当時の原子力委員は5人。原子力利用に関する政策、原子力利用に関する試験及び研究の助成など、8つの項目について企画、審議、決定する役割を担っていました。
その年は、3月に原子力白書を発行、5月に成長に向けての原子力戦略を作成、また11月からは新原子力政策大綱の策定会議を開始しました。原子力政策大綱は、原子力の研究、開発及び利用に関する施策の基本的な考えを明らかにし、各省庁の施策の企画・推進のための指針を示すものとして、5年ごとに見直し作成をしていました。
5月に発表した「成長に向けての原子力戦略」では、原子力発電の推進のみならず、放射線医療の展開や原子力発電の国際展開、放射線の利用による農業・工業等の活性化が明記されており、原子力や放射線が様々な分野で活用されて、私たちの生活に不可欠なものとして位置付けられていると思いました。また世論調査では、原子力発電について安心と感じる意見が、2005年の24.8%から09年には41.8%に増えており、その理由として十分な運転実績が挙げられていました。
ところが福島第一原子力発電所の事故により、日本の原子力政策は一変します。当時の民主党政権下では新原子力政策大綱策定会議の中止、エネルギー基本計画策定のための原子力の比率を検討、そして2030年代に原子力ゼロを目指すことになりました。また原子力に関する組織も改変され、安全規制組織については、独立性の高い原子力規制委員会が新たに設置されました。民主党政権下では原子力委員会の廃止が検討されていましたが、自民党に政権交代後も引き続き原子力委員会の在り方が検討され、原子力委員は5人から3人に減り、役割も以前と比較して半減しました。とはいえ、昨年、原子力利用に関する基本的考え方を閣議決定し、原子力白書を発行しています。
3.11を契機に原子力発電に対する安全性を求める声が高まり、現在、日本の原子力発電所で再稼働しているのは5基のみ(2018年2月現在)。電気料金の引き下げやCO2削減といった再稼働のメリットがある一方で、今後の原子力利用に向けた課題に適切に対処していかなければ、失われた信頼を取り戻すことはできません。原子力規制委員会の新基準をクリアし再稼働しても、さらなる安全性向上が必要となります。
3年前から原子力小委員会の中に自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループが立ち上げられ、私は委員として検討に参加しています。ここでは技術的課題に対する取り組み、社会との対話、組織ガバナンスを論点にしています。その中でも特に社会との対話は、情報公開や分かりやすい情報発信によって、国民の理解を得るという点で私たち自身にとっても大変重要です。このワーキングで検討された結果、下の図のような自律的な安全性向上システムが描かれました。
2014年からは大学(女子大)で「原子のエネルギーと私たち」という授業も行っています。福島第一原子力発電所の事故後、特に子供を持つお母さんたちが、風評に惑わされることが多かった経緯があり、若い女性も暮らしの観点から原子力を知る必要があることと、保育士や小学校の先生になる人たちに原子力に関して正確な知識を持ってもらいたいという学校側の希望を聞いて、引き受けることにしました。
講義のテーマとして、日本、世界のエネルギー事情、原子力発電の仕組みや放射線の基礎知識、人体への影響、原子力政策、そして福島第一原子力発電所の事故や原子力発電所から出る廃棄物についてなど、ゲストの講師も招いて話していただいています。学生たちは初めのうち原子力は嫌いだと言っていましたが、回数を重ねるうち、日本がなぜ原子力を利用しているのかが理解できたと意見が変化してきました。
プログラムの最後に自分の考えを発表するワークショップをしていますが、学生たちに将来の社会や生活を想定して、2050年の電源構成を考えさせています。政府が見通している2030年の発電電力量と比較すると、再エネのシェアはより大きいものの、原子力も含まれており、私はこの結果を見て、情報や知識を伝え自分で考えさせるというステップを踏むことがいかに重要なのか、あらためて感じています。
福島第一原子力発電所の事故後、原子力発電に対する否定的な意見が増えており、マスコミの世論調査では再稼働に賛成が25〜30%に対し、反対が60%以上を占めています。反対の人に理由を聞くと「原子力発電が停止しても停電が起きないからリスクを冒して稼働する必要はない」と言っています。しかし停電にならないのは、CO2を排出する火力発電所を目一杯稼働させているからなのです。
日本のCO2排出量は増加し続けています。一方で、今、世界各国で必死に取り組んでいるのが温暖化対策。温暖化の原因は、人間がエネルギーを使う活動の結果だという見解は世界でほぼ一致しており、温暖化による異常気象が世界中で被害を生んでいます。温暖化問題に関して、日本では関心が薄れたような気がしますが、もっとグローバルに物事を考える必要性があるはずです。
日本は国土の70%が森林の国です。樹木はCO2を吸収してくれますが、日本で排出しているCO2量は、吸収してくれる量を凌駕しています。そして、これまで電気や電化製品を使うことができなかった途上国の人たちが今後使うようになると、世界ではいっそうCO2排出が増加していきます。森林を伐採して畑や市街地にしたり、あるいは太陽光発電のパネルを敷きつめたりすれば禿げ山が増え、その結果大雨による大災害が起きる可能性が高くなります。こうした様々な面を考慮しながら、エネルギーの選択を考えていくべきでしょう。
温暖化対策に有効と言われる太陽光発電ですが、発電効率は10数%しかなく、しかもパネルが寿命を迎えると再利用不可で、有害物質を含んだ膨大な量の廃棄物になるという、極めて効率の悪い発電方法だということを、知らない人も多くいます。コスト面でも、電力中央研究所の試算によると、累積買取総額は2030年までに約59兆円、全ての FIT*電源の買取期間が終了する2050年までには約94兆円に達すると考えられ、このままでは電気料金は上がるばかりです。
*FIT:再エネ普及のため、再エネで発電された電気を一定期間、固定価格で買い取ることを義務づけた制度。買取費用はすべて電気使用者が電気料金に上乗せで支払うことになっている。
エネルギー自給率の高いアメリカでは、シェール革命により、採算性の点から原子力発電の推進は見直しされていますが、石油資源については今や輸出国です。一方、先進国中でエネルギー自給率が最も低い方の日本において、原子力発電の代わりとして再エネを増やしても、天候で稼働しない時のために備える火力発電所を結局増やさなければならないのです。2010年から2014年までに、家庭用電気料金は25%上昇、産業用は38%も上昇しました。FITの賦課金(買取費用)プラス新たな火力発電所の稼働によって、電気料金がますます上がれば、日本経済は崩壊すると予測されています。
私は毎年韓国に赴いて日本のエネルギー事情について話をしていますが、韓国の人が好む日本の食べ物の中で、いまだに福島県の魚介類や果物の安全性について質問されます。毎日放射線値をチェックし、基準内でなければ出荷されないという現状が報道されていないからです。日本のテレビや新聞も、原子力にとって有利な情報は大きく出しませんね。世間の関心が高まって以来、原子力のいいニュースはあまり報道されず、新聞は原子力推進派と反対派にはっきり分かれてしまいました。しかし社の方針に沿った情報だけを発信するというのは、メディアの存在価値をおとしめるものであり、一般の人に向けできるだけ様々な視点の情報を公平に並べて提供するのが、報道の正しい在り方だと思います。
原子力への賛否は固定したように見えますが、発信される情報が正確であれば、形成される世論は違ったものになった可能性があります。一般市民が正確な知識を得られるような機会がもっと広がればいいと思います。
世界の政情やエネルギー事情を注視した上で、日本のエネルギーについて考え、専門家の正しい知識や意見にも耳を貸してもらいたいです。そして時間がかかるかもしれませんが、賛成反対どちらの意見も自由に発言ができ対話が進められる社会になることを願っています。
講演後には、ETTメンバーの3人、石原孝子氏(松江エネルギー研究会代表)、生田ふみ氏(岐阜大学・十六銀行産学連携プロジェクトディレクター)、吉冨崇子氏(山口県地域消費者団体連絡協議会会長)がショートスピーチを行い、それぞれの地域でエネルギーについて学ぶ活動の進め方や課題などについて発表した後、グループディスカッションを行いました。
NPO法人あすかエネルギーフォーラム理事長
石川県生まれ。1989年、消費生活アドバイザー資格取得。電気事業連合会広報部アドバイザリースタッフとして勤務。1998年~2009年、社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会常任理事。2003年、あすかエネルギーフォーラムを設立し、理事長に就任。総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会、原子力部会、原子力安全・保安部会、石油分科会委員などを歴任。2010年より14年まで内閣府原子力委員会委員。十文字学園女子大学講師、(一社)日本原子力産業協会非常勤理事、北陸電力(株)社外監査役も務める。
科学ジャーナリスト
1933年、山口県生まれ。九州工業大学卒業。読売新聞社入社後、東京本社社会部、科学部記者、解説部次長、論説委員として原子力や環境、宇宙開発、科学技術全般を担当、中東の石油や欧米の気象、ゴミ、海洋開発、原子力事情など海外取材の経験も多い。現在、科学ジャーナリスト、原子力安全システム研究所最高顧問。電力中央研究所研究顧問、東京工業大学大学院非常勤講師などを歴任。著書多数。