福島第一原子力発電所の事故以来、私たちは放射線に対して、ともすると過敏な反応をするようになってしまいました。ただ、放射線とは本当はどのようなものか、よくわからない、という人も多くいると思います。放射線はどこに存在して、どのように活用され、また使用者、そして私たちは何に気をつければ良いのかなど、放射線の基本について、岡田往子氏(東京都市大学原子力研究所准教授/男女共同参画室室長)にお話を伺いました。
現在研究をしている東京都市大学の原子力研究所は、東京近郊の自然豊かな地域に1960年に開設され、当初は研究用の原子炉がありました。ここでは、大学の使命として原子力に関わる人材の育成を行っており、また、子供たちに理科を好きになってほしいという私自身の思いもあり、3.11以前から、原子力について体験して・知って・考える教育を続けています。
放射線を学ぶ前にまず知っておいていただきたいこと、それは地球上の鉱物、岩石、土壌、生き物にはすべて元素が含まれている、つまりあらゆる物質はいろいろな元素の組み合わせでできているということです。一番軽い元素は水素で、一番重い部類のウランのように放射性の元素もあります。元素には天然に存在するものと人間が合成したものがあり、新しい元素が発見されるたびに元素数が増えていき、現在は118個になっています。46億年前に地球が誕生した時には強い放射線が放出されていましたが、少しずつ減少し、約500万年前に人類が誕生したと言われています。そして今でも放射線を出す放射性物質(元素)は存在し続けており、人類は様々な放射線が存在している中で暮らし続けているのです。
放射線には、アルファ(α)線、ベータ(β)線、ガンマ(γ)線、中性子線などがあり、それぞれの放射線には固有の性質があります。物質を通過する力も異なり、例えばガンマ線は通り抜ける力が強い電磁波ですが、レントゲン撮影に使われるエックス(X)線と同じ仲間の放射線で、ガンの治療にも使われています。
放射線は、放射性物質の不安定な原子核が安定な状態になるときに出す電磁波又は粒子線のこと。放射能は、この放射線を出す能力のことです。放射性物質の中で1秒間に1個の割合で原子核が壊れ放射線を放出する強さの単位がベクレル(Bq)。物質1kgが吸収する放射線量の単位がグレイ(Gy)。放射線が生体(人体など)に与える影響を表した単位がシーベルト(Sv)。1マイクロシーベルト(μSv )= 0.001ミリシーベルト(mSv) = 0.000001シーベルト(Sv)です。
どこにでもある放射線を、私たちは日常生活でどのように受けているのでしょうか。食物や空気中のラドンによる内部被ばくと、大地と宇宙からの外部被ばくがあり、日本で自然放射線による被ばく線量の一人当たり平均は、2.1ミリシーベルト/年です。食物からが最も多く0.99ミリシーベルト、次に空気中から0.48 ミリシーベルト、大地から0.33 ミリシーベルト、宇宙から0.3 ミリシーベルトになっています。平均値には幅がありますから、数値が多少高くても気にすることはありません。世界平均は2.4ミリシーベルトと日本より高く、特に大地に放射性物質が多く含まれているインドやイラン、ブラジルは高いですし、放射性物質を含む石やコンクリートの家に住んでいても高くなり、食物より空気中から受ける量が多いところもあります。
日本で食物からの内部被ばくが最も多い理由は、私たちが生きていくために必要な栄養素の中には、微量の放射性物質が含まれているからです。例えばカリウム40は人間の体になくてはならない栄養素で、干し昆布、干ししいたけ、ほうれん草や魚、お米、牛乳など身近な食品に含まれており、普段の食生活で摂取しています。そして体重60kgの日本人の場合、体内に含まれている放射能の総量は7,020ベクレルに及びます。
福島第一原子力発電所の事故以後に食品中放射性物質の基準値が設定されましたが、これは、すでに私たちの体に入っている量にプラスした上限値です。数値をアメリカ、EUの基準と比較すると、どれほど厳しい基準になっているかが一目でわかります。この基準値を厳格に守って流通させている福島の産物を見たら、買って応援したいなと私は思いました。基準値の設定については、年齢や性別によって食品の摂取量が異なるために、最もよく食べる性別と年齢(13才〜18才の男性)を対象に計算した摂取量から、追加で受ける年間の放射線量が基準(1ミリシーベルト)を超えないように決めた値になっています。例えば、理想的な食材のバランスで1日に1,600kcalを摂取したとして、食材のうち放射性セシウムが100ベクレル/kg入ったきのこを毎日16g、1年間食べ続けても、内部被ばく量は0.00759ミリシーベルトで年間限度よりはるかに低くなります。
放射線が人体に与える影響については、同じ種類で同じ線量ならば内部被ばくと外部被ばく、自然放射線と人工放射線では作用が同じです。例えば胃のX線検査のために浴びる放射線量と、東京・ニューヨークの往復で浴びる放射線量(高度による宇宙線の増加分)はほぼ同じです。ではガンや白血病になるような影響が出る線量はどのくらいなのか。判断の参考にしたのは、広島、長崎の原爆被爆者の方々の協力により蓄積されたデータです。その結果、放射線量100ミリシーベルトを一度に受けない限り、ガンや白血病が発生する確率は低いことがわかっています。100ミリシーベルト以下の場合、データでは明らかな増加傾向は見られず、様々な原因によりガンになる可能性もあるので放射線の影響かどうか見分けがつかない範囲と考えられています。私たちは年間2.1ミリシーベルトの自然放射線を浴びているわけですが、追加して構わない年間放射線量の限度が1ミリシーベルトです(国際放射線防護委員会の勧告による)。ただし、医療においては、早期に病気を発見するための検査やガン治療のための放射線使用は必要ですから別枠で考えて構わないと思います。
日常生活を送る中で、私たちの身体のDNAは様々な原因で傷つけられており、健康な人であればすぐに正常な細胞に戻りますが、例えば100ミリシーベルト以上の放射線を一気に浴びると、細胞の修復ができなくなり、ガンや白血病になるリスクが高まります。しかしガンになるリスクがそれ以上に高いのは、運動不足や塩分の取りすぎであり、また200〜500ミリシーベルトの放射線を浴びる以上にリスクが高いのは、喫煙・飲酒、痩せすぎ、そして肥満です。体に必要な栄養素を多く含んだ食品の中には、すでに放射性物質が含まれているわけですから、福島産の食品への放射線影響に対して神経質になるよりもまず、私たちは自分にとって適切な体型を維持するように食べ物や生活のバランスを見直し、ストレスを溜め込まないことが大事だと思います。
放射線は、工業、農業、医療など数多くの分野で利用されています。旧式の煙感知器、夜光時計、蛍光灯のグロー放電管などに使われる放射性物質が出す放射線は、飛ぶ距離が短く紙一枚で防ぐことができます。耐熱チューブ、タイヤゴム、シートクッションの強化、またオムツの吸収力アップや耐火繊維、ビート板など耐久性を強化した物品は、製造過程で放射線の力を利用します。考古学資料の研究や空港の手荷物検査など、中身を透視するための非破壊検査でも、放射線が利用されています。医療では検査、ガン治療のほか、医療器具の滅菌殺菌にも利用されています。農業面では、日本ではジャガイモの芽止めくらいにしか利用されていませんが、海外では品種改良や香辛料の滅菌、食品の保存など幅広く使われています。いずれにしても、製品利用の段階で放射線を受けることはありません。
地球が誕生した時から存在している放射線を、どんな人でも体の内外に受けてはいますが、それでも不要な被ばくは防がなくてはなりません。世界平均の日常被ばくが年間2.4ミリシーベルトで、一生を100年とすると通算で0.24シーベルト受けます。そして一度に100ミリシーベルト以上の被ばくでガンになるリスクが1.08倍になります。これらは覚えておいていただきたいです。さらに、私たち放射性物質の使用者が意識している外部被ばく防護の3原則は、時間・遮蔽・距離。作業は短時間で済ませる、適切に遮蔽する、なるべく離れて作業する、ということですが、皆さんもぜひ、知識として覚えてください。不要な被ばくを避ける知識を持っていれば、むやみに怖がらず、きちんと判断できると思います。
東京都市大学原子力研究所准教授/男女共同参画室室長
北海道生まれ。日本大学農獣医学部水産学科卒業。千葉大学博士(理学)修得。現在は、原子力材料の微量成分の分析、放射能測定をはじめ、福島支援(幼稚園の放射能測定支援、20km圏内の環境物質の測定、群馬県赤城大沼周辺の放射性セシウム研究、放射線教育など)にも力を注いでいる。