エネルギー選択にあたり考えるべきこととは —— 福島第一原子力発電所事故をきっかけに大きく見直されている日本のエネルギー事情について、世界の情勢の中でとらえた解説とともに、北海道の経済にとって必要なエネルギーの方向性について、金田武司氏((株)ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役社長)にお話を伺いました。
歴史を振り返ると、日本のエネルギーシフトは世界のエネルギーシフトとほぼ同時期に起こり、日本では元号が変わるごとに変遷しているようです。江戸時代には薪や炭などすぐに入手できる資源を使っていましたが、黒船来航を機に石炭の重要性に気づきます。そして、明治時代の産業の近代化と富国強兵に石炭は重要な役割を果たしました。大正時代になると水力による電化が進み、昭和の時代は車や飛行機を動かす石油と共に発展し、高度経済成長を遂げました。
石炭は九州、北海道に豊富にあり、水力に関しては急峻な山と急流な川という日本特有の地形を利用することができ、また石油、天然ガスについても巨大タンカーが接岸できる良港があったからこそ、社会が求めるエネルギーにうまく対応できた、つまりこれまでの日本は幸運だったと言えます。
原子力発電が停止して以来、日本のエネルギー自給率はわずか6%(最新データでも8%)しかありません。エネルギー資源を輸入に依存する苦境が続き、しかも電力網や、ガス・石油のパイプラインが他国と繋がっていない島国は、先進国の中で日本だけです。
世界では今、脱石油から新エネ、さらに水素といった新たなエネルギーシフトに向かおうとしています。きっかけと言えるのは、2001年の米同時多発テロです。アメリカにとって、石油の輸入先第1位だったサウジアラビアはとりわけ重要なパートナーでした。ところがテロの首謀者がサウジ出身だったため、サウジと国交断絶。エネルギー供給の多元化を迫られたアメリカは、石油に代わるエネルギー資源を模索しました。結果、1つの選択肢として水素エネルギー開発計画を推し進めたのです。シェール革命も尖閣問題も、各国のエネルギー資源を巡る争奪戦という側面を持っていると言えます。
北海道でエネルギー消費が多いのは、寒冷地での暮らしに灯油が欠かせない上、農林水産業も盛んで、ビニールハウスの加温や漁船燃料として重油を多く消費するからです。さらに、製紙業でもパルプの乾燥工程に大量の電力と熱を消費するなど、大自然の恵みを活かした産業が特徴の北海道も実は大変大きなエネルギー消費に支えられていると言えます。
北海道は新エネルギーのメッカと言われるほど、太陽光・風力・バイオマス・地熱など多様なエネルギー源が豊富に賦存しています。確かにこれらはクリーンな電力ですが、デメリットもあります。特に太陽光や風力は天気に左右されるため出力が不安定で、太陽光発電の稼働率はわずか12%です。また北海道の電力系統は同じく新エネルギーの豊富なヨーロッパと比較すると容量が桁違いに小さく、新エネルギーの出力変動を吸収できないため、予備として新エネ設備容量の約7割もの火力発電設備が必要になります。太陽光発電などでは固定価格買取制度があり、発電設備を設置した事業者にとっては発電した電気を高めに買い取ってもらえるものの、差額は消費者が負担する仕組みです。北海道の場合、太陽光発電(出力6.3億kWh)の買い取りコストが170億円。この分を安価な石炭火力(10円/kWh)で発電すると63億円、天然ガス(11円/kWh)ならば69億円で済みます。つまり、差額の約100億円を地元北海道の皆さんが負担することになるわけです。
エネルギー自給率が低い日本で、新エネルギーの推進は必要です。しかし、そのコストは消費者負担になるので、生活者、企業にとってのメリットとデメリットを意識して検討することが、新エネルギー普及の基点になると思います。特に3.11以降、原子力発電所の稼働停止と原油や天然ガス輸入増で、エネルギーコストが大きく上昇している事実は重大です。
北海道では、年間の石油消費量が1,300万キロリットルと非常に多いため、原油価格変動の影響が大きく、石油製品の価格が1リットルあたり1円上がっただけで、道民は130億円も多く負担しなければなりません。そればかりか石油価格が上がれば、農作物を売っても薄利になって採算が取れない人や、石油が購入できずビニールハウスの加温ができなくなったり、漁に出られなくなる人が出るかもしれません。全国の農業出荷額の13%を占め、日本の食料供給の拠点とも言える北海道がダメージを受けて出荷ができなくなったら、ただでさえ食料自給率が低い日本にとって安全保障の面からも重大です。
エネルギーと経済について考える時、2008年のリーマンショックの半年後に制定されたアメリカの政策、グリーンニューディールが注目に値します。エネルギー分野に集中的に税金(総額7,872億ドル)を投入することで、アメリカは何とか経済破綻をまぬがれました。そして、燃料電池開発によりベンチャー企業を育成し、アメリカのどこでも使えて世界に売り込める汎用性の高い開発を促進しました。その結果、アメリカの大手企業の工場や多くの食品量販店などで、例えば燃料電池フォークリフトや、非常用電源としての燃料電池が普及しています。アメリカにとって、水素を含む新しいエネルギー開発は、脱石油政策として着実に推進しています。
一方の日本では、燃料電池は、CO2削減をモットーに、環境対策の一環として開発されています。環境保全も大切ではありますが、世界でも類を見ない財政赤字を脱化石燃料により少しでも削減する方が、次世代に向けての優先度が高いと私は思います。石油もLNGも輸入に頼る日本は、足元を見られて高値で売りつけられても買わざるをえません。この問題を解決するべき新エネ関連の開発にしても、技術力は世界最高水準だと思います。しかし、世界中が欲しがる製品にしなければ意味がありません。
エネルギーの歴史をもう一度振り返ると、その開発には大きなリスクがつきものでした。炭鉱事故、ダム工事事故など、尊い犠牲の上に日本の経済発展がありました。今、世界との競争力を身につけ、パイオニアになるためにリスクを取るという精神も大切だと思っています。そして世界で唯一の被爆国日本が、なぜ原子力発電を始めたのか、その背景、原点を振り返ることも必要です。資源がない日本が海外からの資源を止められたことが太平洋戦争の一因だったという歴史上の事実を重く受け止めながら、苦渋の決断をして、1953年、原子力予算が初めて国会で成立しました。「エネルギーは国家百年の計」と言われますが、原子力の再稼動もしくは断念については、かつて目指した理想と方向性を再確認するべきでしょう。
新エネルギーを推進すべきだと言っても、山肌を削って太陽光パネルを敷き詰めることが本当に環境対策になるのか。また、たとえ安価になったとしても、必要な時に必要な量を提供してくれないといった現実的な問題を直視すべきです。停止している福島第一原子力発電所の1~4号機は281万kWの設備規模があり、稼働率85%で取り出せる電気エネルギーは210億kWhでした。ところが、同じ量の電気エネルギーを稼働率12%の太陽光発電で賄おうとすると、パネルを設置するために2万ha(山手線内側面積の3倍以上)もの面積が必要です。また、それだけの量のパネルを廃棄処分するときには、例えば有害な物質を除去するなど莫大なコストがかかると考えられますが、発電コストの中には見込まれておらず、今後の大きな課題とも言えます。
時代が求めるエネルギー資源には必ず光と影の両面があり、日本の経済的発展などとリスクに関わる賛否両論を平等に評価し、普及のストーリーを確立しなければ、今後の日本のエネルギーの選択はできないと思います。日本経済のため、またエネルギーの安定供給のためには、資源輸入の増大から考えても原子力発電所の稼働は重要なファクターになるでしょう。北海道の経済を議論するにしても、エネルギーを含めて、今後、生じる課題を再検討し、対策を考えていくべきです。また、道民一人ひとりが背負う負担を認識しながら、主体的に選択すべきです。
新エネルギーへの投資が進む中で、北海道にとってのメリットは何か、地域産業にとってのメリットはどこにあるのかをよく考えてください。そうでなければ、豊かな自然の風景を失う可能性もあり、また事業者の儲けは日本から海外に流れてしまう恐れもあるからです。北海道の地元に経済効果をもたらす方法論の選定がとにかく基本です。原子力発電にリスクは厳然としてありますが、1日停止するだけで、10億円近い機会損失になることも確かです。暮らしに欠かせないエネルギーについて、もっと身近に感じて、自分の問題として向き合っていただきたいと思います。エネルギー資源の選択は、社会のニーズであると同時に、社会を大きく変える原動力にもなるのですから。
株式会社ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役社長
1990年、東京工業大学大学院エネルギー科学専攻博士課程を修了。同年、(株)三菱総合研究所に入社。同研究所エネルギー技術研究部先進エネルギー研究チームリーダー兼次世代エネルギー事業推進室長、プロジェクトマネージャーを経て、2004年11月より現職。コメンテーター・解説等、ニュース番組などに出演。また、 世界エネルギー会議(WEC)委員、東京工業大学大学院・東京大学大学院・立命館大学非常勤講師、NPO法人日本シンクタンクアカデミー研究理事、八戸市地域再生政策顧問、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員など歴任。