少し前から私たちは「格差社会」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。また、政府が景気の拡大を発表しても、あまり実感できなくなっていると思います。その理由について、勝間和代氏(経済評論家/中央大学ビジネススクール客員教授)に、エネルギーと環境、ITと経済など、様々な側面からひもといたお話を伺いました。
「起きていることはすべて正しい」の「正しい」は、道義的倫理的な正しさではなく、否定はできないという意味です。例えば東京から山口まで、昔はひと月近くかけて歩くしか移動手段がありませんでしたが、今は飛行機や新幹線を使えば4時間ほどで移動できます。しかしそのジェットオイルや電車を動かす電気をつくる火力発電がCO2を排出しているため、温暖化による異常気象の原因になっているとも言えます。それでも私たちは昔に戻りたいとは思いませんし、戻ることもできません。起きたことを否定せずに受け入れて前に進み、その上で何を選択すればいいのか考えようというのが今日のお話の主旨です。
今起きていることとは何か —— それは階層社会化です。テクノロジーの急激な進化により、例えば工場を誘致しても品質検査要員以外はすべて機械が行うので、雇用は生まれず人への投資の機会が減少しています。そして市場にお金の動きを委ねる市場経済においては、お金がある人ほどより儲かる仕組みになっています。また今はあらゆるものがゼロコストに近づきつつあります。ゼロコスト社会を構成する3つの要素は、コミュニケーション、運輸、エネルギーです。インターネットの普及により世界中に瞬時にほぼ無料で通信できるようになったコミュニケーション、物流システムの運用効率を上げて輸入品など物の価格を下げた運輸、そしてエネルギーの価格をどこまで安くできるかによって、企業のみならず国の力が決まり、この3つが私たちの所得水準にも影響を与えます。
そもそもエネルギーは人間の労働力を代替してくれるもので、例えば人が歩く代わりにガソリンを使って移動する場合、安価なほど使いやすく、余剰時間に他のことができます。しかし日本では現在エネルギー価格が上昇しており、その理由は電源構成の30%近くを占めていた原子力発電の再稼動が進まないことと、不足エネルギーを補う火力または自然エネルギーが増加しているからです。原子力は原料のウランを一度輸入すれば数年間使うことができ、石油、天然ガス、石炭と比較すると発電コストに占める燃料費の割合が低いですが、自然エネルギーは、燃料費は無料でも設備費が高い上に政策コストが問題になっています。
自然エネルギーで発電した電気を電力会社が一定価格で買い取ることを国が約束する「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)」が2012年に導入され、賦課金という形で電気料金に上乗せ徴収されています。1kWhあたり約30円の発電コストのうち2.64円が賦課金で、このままでは年間4兆円に達すると予測されています。また日本の再エネは、天気の良い日の正午前後にしか十分に発電しない太陽光発電に偏重しており、不足分を火力で補うためにいつまでたっても震災前のようなエネルギー自給率に回復しません。経済の面から見ると、1%にも満たない日本の富裕層が余剰資金で太陽光パネルを設置し発電することにより、さらに儲けを増やしています。
再エネはCO2を排出しないメリットがあるため世界各国で推進されていますが、気候変動抑制を目的にした国際的な枠組みのパリ協定からアメリカが離脱したのは、再エネ普及が自国のエネルギーコスト低減化を妨げると考え、経済面を優先したからです。そもそも資本主義をやめて、人間の行き過ぎた利益追求などの欲望をコントロールしない限り、地球の自然環境は破壊され続けていきます。また太陽光パネルや風力発電の風車の増加が自然環境にどのような影響を与えていくのかは不明です。このようなエネルギーの不確実性に対応するため、世界各国はエネルギーをバランス良く使っています。ところが日本では火力発電への依存が続き、その上、マスメディアは再エネ導入のマイナス面や原子力の再稼働、エネルギーミックスの話題などについて触れようとはせず、政府や政治に対する不信感を持つ人たちにとっては、原子力やエネルギーは格好の攻撃対象になり、議論ができなくなっています。
もし仮に再稼動が進んだとしても、政府の目標とする2030年の電源構成における原子力比率20〜22%の達成は不可能です。新増設やリプレースをするための期間は15年以上も必要なので、現時点で決定し早急に建設を始めなければ間に合いません。そして再稼動を進めようとする自治体の首長は、地域の雇用や福祉対策などを充実させるために積極的と言えますが、反対の声を上げているのは立地地域よりむしろ近隣の自治体であることが多いのです。再稼動問題というのは、一体、誰が何の権利を持ち、責任を取るのかというポイントが曖昧になっているため、前に進まなくなっています。
様々な情報が飛び交い、中には偏った見方による情報も紛れています。ではどうすればいいのか。まず実際に発電所に見学に行き、働いている人の話を聞くのが一番です。地震・津波などの安全対策をどこまで進めているのか自分の目と耳で確かめ、経験と知恵の集積を生かした取り組みを検証した上で、原子力抜きでエネルギーコストが上昇するままで構わないのか、 原子力や再エネ等をバランスよく利用してエネルギーコストの上昇を抑えるのか、を個人で判断してほしいと思います。
富裕層がさらに富裕になることで貧しい者にも富が浸透し利益が再分配される現象を、トリクルダウンと言います。しかしそのトリクルダウンは起きずに、格差がひたすら拡大し続ける現在、教育水準がある程度高く、政府の政策の不自然さに気づきこれを追求できるような中間層の弱体化が目立っています。というのは、グローバリゼーションやITの影響で賃金が下がる、もしくは失業するなどの問題を抱えているからです。古代ローマ社会の世相を揶揄した詩人が、権力者は市民に食料と娯楽を与えておけば政治的に盲目にさせられるという意味で「パンとサーカス」という表現を使っていますが、現代の日本人はまさに、とりあえずは食べることができ、無料で見られるテレビの娯楽番組によって、政治に関心を向けないよう骨抜きにされているのではないかと思います。
政府もメディアも必要な情報を正しく伝えてくれないのであれば、インターネットにより拡散される情報を手に入れればいいと考えるでしょうが、このネットの普及こそが中間層の仕事を奪っているのです。例えば都心の高い地価が反映され高い商品価格になっているリアル店舗よりも、ネット上のマーケットはより安くより商品も豊富で比較しやすいので利用者が増加していますが、そのおかげでリアル店舗に関わっている人員は削減されていきます。発注パターンから次週の注文を予測して在庫リスクが少なく済むため、生鮮食品でさえネットで扱われるようになり、利用者が増えています。人を介するビジネスが減る一方で、ネットを活用したビジネスを展開している人は利益をさらに上げていきます。早くて安いという特徴によりAmazonのようなプラットフォームビジネスが急成長を遂げ、世界的なシェアが拡大する代わりに、日本の企業の収益は縮小し、給与も下がり雇用も減るのです。
確かにAIやIoTの活用によって、仕事改革は100倍以上もスピードアップする面はあります。しかしその結果、あらゆる業界の構造が変化し、勝者がすべてをさらっていく時代になっているのです。庶民は今の生活を見直し、積立投資など何らかの形で資本を形成して予防をしないと、さらなる貧困に陥ると思います。またお金や政治、エネルギーの話をする習慣を持たない一般の日本人が富裕層支配層に対抗していくためには、様々な情報を手に入れて、その情報が正確なものか検証し、あるいは自分の目で確かめメディアから発信されていない真実を発見することも重要です。
起きていることはすべて正しい —— 現実を認識した上でどのようなエネルギーを選べば良いのか、自分たちの暮らしをバランス良く持続させるにはどうすれば良いのか、エネルギー、環境、経済の問題について話し合う習慣を身につけて、政府の機関に意見投書メールを送ったり市民レベルでもっと政治に参加することで、私たちはより楽しい生活も送れるのではないかと考えています。
経済評論家/中央大学ビジネススクール客員教授
東京都生まれ。慶応大学商学部卒業後、早稲田大学ファイナンスMBAを取得。当時最年少の19才で会計士補の資格を取得、大学在学中から監査法人に勤務。アーサー・アンダーセン、マッキンゼー、JPモルガンを経て独立。現在、株式会社「監査と分析」取締役、内閣府男女共同参画会議議員、国土交通省社会資本整備審議会委員、中央大学ビジネススクール客員教授。ウォール・ストリート・ジャーナル「世界の最も注目すべき女性50人」選出。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leadersも受賞。少子化問題、若者の雇用問題、ワークライフバランス、ITを活用した個人の生産性向上など、幅広い分野で発言をしており、ネットリテラシーの高い若年層を中心に高い支持を受けている。著作多数、著作累計発行部数は480万部を超える。