今年1月に発足したアメリカのトランプ政権により、世界情勢は先が読めない状態になっています。エネルギーに関しても先行き不透明な中で、日本はどのような選択をしていけば良いのでしょうか。私が事務局長を務めていた国際エネルギー機関(IEA)は、世界のエネルギー状況の分析を行いながら、今後の方向性について各国の関係者と緊密な連携を取っています。IEAは、第一次石油危機後の1974年に、キッシンジャー米国務長官の提唱を受けて先進石油消費国が協議した結果、石油輸出国機構(OPEC)に対抗する国際エネルギー安全保障機関として設立されています。産出国の石油禁輸などによる原油価格上昇の大きな影響を受けないように、IEAは輸入の90日分の石油備蓄をしており、1990年の湾岸戦争、2005年のカトリーナ、リタのハリケーン襲来によるメキシコ湾の生産施設閉鎖、2011年のリビア危機による輸出停止の計3回、備蓄放出を行っています。
原油価格の今後の見通しについて、私の予測としては現在の低価格が続くと思われます。かつてサウジアラビアは世界最大の石油産出国としてOPECのリーダーであり、生産量の調整により価格のバランスを図ってきましたが、シェール革命により2014年にはアメリカが最大の産油国になったため、現在の価格推移は「米」対「露・サウジ」の攻防戦となりました。値崩れしても減産しなかったサウジは、シェールオイル減産になっても期待していた原油価格上昇にならなかったため、昨年12月、ロシアにも協力を求めた上で、ついに減産に踏み切りました。
新興国の経済成長が鈍化する中で原油は在庫過剰に陥り、このまま低価格が続くと、OPEC諸国は財政困難になり政治的に不安定化し、治安維持を図れなくなります。その一方、高コスト生産の非OPEC諸国では石油を掘る投資=上流投資が減り、将来の生産力が低下していきます。そうなると世界の石油はますますOPEC諸国に依存するだろうとIEAは見ています。石油輸入の8割を中東に依存している日本は、エネルギー安全保障上、最もリスクを抱えていることになります。
IEAの見通しでは、国内需要に占める輸入の割合は、中国は2013→2040年に、石油は60%↗80%、ガスは30%↗40%に上昇します。それに対しアメリカは、石油は40%↘10%に減り、ガスは10%から輸出国に転換する見込みです。アメリカは、エネルギーの自立を実現しつつあるため、これまでのような中東との密接な関係は不要になり、中東和平にも関与しなくなる可能性があります。日本は2016年にペルシャ湾などの緊急事態に対応可能な安全保障関連法を施行しましたが、今後はアメリカとのみならず、エネルギーの中東依存が高まっていく中国やインドとも協力する必要が出てくると思います。
世界の石油の2割、LNGの3割が通過する、ペルシャ湾のホルムズ海峡。日本に向かう船も数多く通過します。イランがもし海峡封鎖をすれば、日本にとって死活問題です。180日分の備蓄がある石油はともかく、天然ガスはほとんど備蓄できないからです。天然ガス輸入の2割を供給し、特に中部電力の電源の4割も供給しているカタールからの輸入が仮にストップすると、20日分の備蓄を使い果たした後は、計画停電に陥る可能性があります。今年6月、このカタールと、サウジやUAEが国交を断絶しました。背景にはカタールとイランの関係があります。カタールと対岸イランの沖合のガス田は海底でつながっており、2015年、当時のオバマ大統領との核兵器をめぐる合意により経済制裁を解除されたイランは、カタールと連携してこのガス田の開発を促進する予定でした。
しかしトランプ大統領のアメリカが、イランに対して強硬な態度を示すようになると、イラン側はオバマ合意に反対だった過激派の暴走により核開発に踏み切るかもしれません。そして日本は、カタールと対立するサウジ、UAEからの石油輸入が6割を占めているため、ここ10年で最もリスクが高まっていると言えます。この危機に備えて万全の準備をした方がいいと思います。中東情勢は、東アジアにまで連鎖的に影響を及ぼしており、そのことはアメリカとかつてのリビアやイラク、現在のイランなどとの刻々と変化する関係を注視している北朝鮮が、核開発を続行し挑発的な行動を取り続けていることにも表れています。
今後のエネルギーの世界情勢では、石油に代わり天然ガスの占める位置が高まると予測されています。そしてパイプラインよりも船でのLNG輸送が拡大し、特に需要が拡大するアジア太平洋地域に貿易が集中していきます。ロシアはウクライナ危機を契機にヨーロッパとのパイプラインよりむしろ東アジアに方向性を転換し、まず中国とパイプライン敷設で合意しています。日本もロシアからLNGの輸入のみならず、サハリンと北海道を結ぶパイプラインのプロジェクトなど、多様な構想があります。今後ますます人口が減りマーケットが縮小していく日本では、アジア全体を見据えたエネルギービジネスを早急に進めるべきでしょう。
世界にとって喫緊の課題ともいえる気候変動問題について、トランプ大統領はCOP21のパリ協定からの離脱を宣言し、各国のみならず国内からも非難を浴びています。しかしアメリカは2008~13年の間にCO2排出削減7%と経済成長を同時に成功させました。具体的には、シェール革命による石炭から天然ガスへの転換と、再エネの普及拡大を図るとともに、電力コスト低減により産業の競争力を回復したのです。一方の日本は、2011年の原発停止以降、化石燃料の利用増加で国富流出が続いている上、CO2削減も大幅に遅れています。
地球の気温上昇を産業革命前から2℃以内に抑えるためには、省エネ、燃料転換、CCS(CO2の回収・貯留)などの技術革新が求められますが、太陽光・風力・電気自動車に加え、IEAが「いよいよブレークスルーだ」と言って今年追加したのは「バッテリー」です。バッテリーのコストがもっと下がり、加えて強力な規制をかければ「2℃以内」も可能かもしれない、とIEAが6月にレポートすると、直後に英仏両国が「2040年までにエンジン車販売禁止」を宣言しました。電気自動車が主流になることは、日本経済、とりわけ既存の自動車メーカーや部品産業にとって相当大きなインパクトでしょう。一方で石油の需要ピークが予想より早まることに危機感を抱いたサウジの国営石油会社は、新規株式公開で持ち株の売却を考え、脱石油構想の段階に入っています。
地球温暖化対策としても有効なエネルギー、原子力について、福島第一原子力発電所の事故以来、日本国民の反応は非常にネガティブです。しかしIEAが考えている世界の発電シェアは、2013→2050年に、化石燃料68%↘17%、再エネ 22%↗67%、原子力11%↗16%。化石燃料は減少、再エネが大幅に増加する中、原子力は新興国が新設して微増と予測されています。エネルギーは、化石燃料、原子力、再エネなどを、一番いいバランスでミックスすることが、世界政情が緊張状態にある現代において理にかなった安全保障戦略だと思います。
日本のエネルギー基本計画においては、2030年に原子力が全電源の20〜22%、再エネが22~24%を占める目標を掲げており、これらによりエネルギー安全保障とCO2排出削減目標達成の両立が可能と考えられています。アメリカでは、シェール革命により豊富に石油とガスが生産されているので、割高な原子力発電所計画を新規に進める必要性はなくなっています。またヨーロッパでは、それぞれの国の特性に合わせて化石燃料、原子力、風力などによってつくられた電気を電力網でやり取りし、またガスパイプラインも張り巡らせて集団的エネルギー安全保障を考えています。しかしエネルギー自給率が6%(2014年実績)しかない島国日本は、隣国と電力網もパイプラインもつながっていません。また国内においても、ガス、電気の地域間の連携が十分ではなく、特に電力網は、周波数が異なることから東西で分断されています。
日本の現況を考えると、持続可能なエネルギー戦略の一つとして、原子力は欠かせないと思います。しかしまず考えるべきは、福島第一原子力発電所の事故が人災だったという現実であり、なぜ起こったのか、なぜ想定外だったのか、責任の在り処をはっきりさせないと国民は納得しないでしょう。そして事故の教訓をもとに、安全はもちろん、廃炉の問題、使用済燃料、ゴミの問題という国民の関心事項に対し国が明快に答える必要があります。その上で、新規の原子力発電として提案したいのは、小型の第4世代炉です。アメリカの研究所ですでに開発された、統合型高速炉(Integral Fast Reactor)と、高レベル放射性廃棄物の処理を300年程度で天然ウラン並みの放射線レベルにできる電解型乾式再処理施設(Pyroprocessing)の複合施設は、発電、廃炉、廃棄物処理を一カ所で行えるメリットがあり、この技術をデブリ処理の施設として使えないかと私は考えます。日本のデブリ処理問題について、アメリカは技術協力を惜しまないと言っているのですから、日米原子力協定が満期を迎える来年に向けて、話し合いを進めてほしいとあらためて思います。
元国際エネルギー機関(IEA)事務局長/公益財団法人笹川平和財団会長
1972年 東京大学経済学部卒業、翌年通商産業省入省。経済産業研究所副所長、経済産業省通商政策局通商機構部長、経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局長などを経て、2007年~2011年に日本人初となる国際エネルギー機関(IEA)事務局長を務める。現職は東京大学公共政策大学院 客員教授、笹川平和財団 会長。