近年のさまざまな異常気象は環境問題が大きな要因とされていますが、どのようなメカニズムで起こり、私たちはどう対策すればよいのか、お天気キャスターとしておなじみの森朗氏(気象予報士)による講演と質疑応答が行われました。
ここ新潟県は冬になると日本海から北西の季節風が吹いて越後山脈に雲がかかり、雪が大量に降り積もります。そのため一年中水が豊富で川が多く、沖積平野*などの地形も相まって日本一の米どころ(2位北海道、3位秋田)、酒どころとなっています。また、冬は雪に閉ざされ養蚕が盛んとなり、繊維産業が発展しました。元々は山に雪が降ったことで渓流、棚田、田園風景、古民家、意匠が生まれ、観光・芸術の資源となり、産業や文化に発展したと考えると、新潟県の一番の財産は水ではないかと思います。しかし今夏の新潟は雨が降らず、北海道は猛暑、秋田は大雨となったので、お米の収穫への影響が心配です。
*河川の堆積作用によって形成される平野。
今年の梅雨明けから30日間(7月21日〜8月19日)の降水量を平年と比べると、北陸から東北、北海道の日本海側では平年の2割も降らなかった一方、西日本の太平洋側では多く降りました。新潟市は0ミリで、大変な夏になってしまいました。今、全国で起きていることが2つあります。1つは「暑い」で、昔と比べて夏が暑くなりました。全国の観測記録を見ると、最高気温40℃以上はこれまで69回あります。最初は1927年愛媛県宇和島:40.2℃、次の1933年山形県山形市:40.8℃が長らく日本の最高気温の記録でしたが、90年代から一気に増え、2007年埼玉県熊谷市/岐阜県多治見市:40.9℃、2013年高知県江川崎:41.0℃、2018年埼玉県熊谷市:41.1℃と記録が塗り替わりました。今は昔より観測地点が多く、アメダス(地域気象観測システム)が全国約900地点で温度を観測していますが、運用開始は1974年なので、90年代から40℃以上が増えているのは確かです。ちなみにこの気温は日陰で風通しのよい環境で観測されています。最高気温40℃以上になった所は岐阜県多治見市:8回が一番多く、群馬県、山梨県、埼玉県、新潟県も40℃になりやすい所です。最低気温30℃以上、つまり夜も一日中暑かった記録は30回あります。2010年代以降が多いのですが、今年だけで15回を数えました。新潟県糸魚川市:6回が一番多く、1990年30.8℃、2023年31.4℃と記録を更新しています。ほかにも石川県、鳥取県など日本海側で暑くなっています。
全国で起きている2つ目は「毎年の大雨」です。元々日本は台風の大雨が多かったのですが、今は前線に伴う豪雨災害も多くなりました。日本の平均降水量は梅雨時の6,7月と秋雨や台風時期の9月に多く、1カ月の雨量が200ミリ位になります。日本に降る年間降水量は約6,600億㎥で、そのうち約1/3は蒸発し、半分位は流れてしまうため、農業・工業・生活用水に使える量は12%位(約785億㎥)しかありません。2023年の梅雨前線では10日位で、私たちが使える年間降水量の約83%が降りましたが、多くは溜められず、西日本や太平洋側など降る地域も偏っているので、たくさん降っても十分に使えていないのが現状です。平成26年8月豪雨(2014年)、平成30年7月豪雨(2018年)、令和2年7月豪雨(2020年)、2021年前線による大雨など、毎年のように大雨が降り続いています。最近の雨の降り方の特徴は、大雨が降る地域と渇水の地域の混在と、局地的な短時間大雨の増加です。下水道に雨水を流せる限度と言われる、1時間降水量50ミリ以上の観測回数も1975年以降年々増えていますし、ゲリラ雷雨と言われる不意打ち的な局地的大雨も2008年位から増加しています。世界の異常気象を見ても、高温が2011年2カ所→2021年11カ所、多雨・洪水・大雨も4カ所→10カ所に増えています。
暑さと大雨はさまざまな原因が重なって起きていると考えられ、「気圧配置」もその1つです。毎日の天気は高気圧/低気圧の配置で左右されます。台風は反時計回り、高気圧は時計回りの渦巻きで、その間に挟まれる本州付近は南風が強まります。台風6号と7号が日本に近付いた8月10日、気圧配置による「フェーン現象」が起き、北陸で気温がとても上がりました。南から湿った空気が流れ込み、山の上で雲をつくって空気を暖め、乾いた高温の風が反対側の北陸に吹き下りたのです。最低気温30℃以上の観測地点が日本海側に多いのは、ほぼこのフェーン現象が原因です。しかし2000年以降、東京で3回、大阪で1回、最低気温が30℃以上になったのは温暖化が原因と考えざるをえません。
暑さと大雨の2つ目の原因は「年ごとの変動」です。暑い年/寒い年は、赤道付近の現象であるエルニーニョやラニーニャに左右されることがあります。通常、赤道付近の暖かい海水が積乱雲をつくり、偏東風が暖かい風を運び、太平洋高気圧として発達します。つまり日本の夏の暑さは東南アジアからの暖かい空気がもたらしています。しかしエルニーニョが起きると東風が弱まり、太平洋高気圧が日本列島よりも東に遠ざかるので「エルニーニョの夏は冷夏」、冬は寒気を引き込む西高東低の低気圧が東に遠ざかるので「エルニーニョの冬は暖冬」と言われます。反対にラニーニャが起きると東風が強くなって高気圧が日本にずっと押し寄せるので「ラニーニャの夏は猛暑」、冬は低気圧が日本に近付き寒気が集中して吹き出すので「ラニーニャの冬は厳冬」と言われます。しかし実際には、50年代から「エルニーニョの夏は冷夏」でしたが、90年代からは冷夏になっていません。また、以前は「エルニーニョの年は暖冬」にならなかったのですが、近年は暖冬ばかりです。「ラニーニャの夏は猛暑」になったのは近年だけで、「ラニーニャの冬は厳冬」も以前ほどではありません。近年はエルニーニョ、ラニーニャに関係なく、地球全体の温度が高くなってきているのではないかと考えられます。
暑さと大雨の原因である「気圧配置」や「年ごとの変動」の背景にあるのはやはり「地球温暖化」です。日本の年平均気温は1900年以降右肩上がりですが、年間降水量はあまり変化していません。それなのになぜ大雨が増えているかというと、温暖化で「雨の降り方」が変わってきているからです。風船をイメージしてください。空気中には一定量の水蒸気が含まれ、空気が冷えて縮むと水蒸気が溢れて雲になります。空気が暖かくなる(温暖化が進む)と膨張して空気中の水蒸気が増えるため、上昇気流で冷やされて縮むと雲がたくさんできます。なお、気温が1℃上昇すると大気中の水蒸気は約7%増えますが、海からの蒸発量(降水量)の増加はそれより小さく、1〜3%程度です。気温が低い時は海からの水蒸気が蒸発して雲ができ、すぐ雨が降ります。温暖化で気温が高くなると、膨らんだ空気に水蒸気をたくさん溜めてから一気に降るため、雨の降り方が激しくなり、雨と雨の間隔が長くなります。よって大雨は増えますが、雨量は増えないのです。また、温暖化が進むと一気に大雨が降るため、場所によって洪水や砂漠化を引き起こします。
沖縄の海に潜った時、サンゴが所々白化していて驚きました。日本近海でも世界でも1991年以降、海水温が上がってきています。海水温の変化は天気に影響を受けています。梅雨は日本にかかった梅雨前線に、熱帯の太平洋高気圧から水蒸気が吹き込まれて雨が降りますが、海水温が高くなると水蒸気がたくさん蒸発するため梅雨前線の動きが活発になります。近年の梅雨前線は水蒸気量が多く、昔とは雨の降り方が違います。さらに海水温の上昇は夏の暑さにも影響します。海水温が上がると熱帯の雲が発達しやすくなり、日本へどんどん吐き出されて太平洋高気圧が強まり、猛暑になるしくみです。今年も海水温が高く太平洋高気圧が大陸の方まで強まり、大変な猛暑になったと考えられます。また、海水温の上昇は高気圧の縁を回る台風にも影響します。今まで台風は8月に大陸へ、9月に日本へ、10月になると来なくなりましたが、太平洋高気圧が強くなると台風シーズンが長くなるため、6月の梅雨から10月位まで、1年の半分位は大雨が続くことになってしまいます。地球温暖化による海水温の上昇が背景にあり、エルニーニョやラニーニャ、さらに日々の気圧配置が重なると大変な異常気象が起きてしまうことがおわかりいただけたでしょうか。仮に温暖化が進んでも気圧配置が普通であれば今年のような猛暑にならなかったかもしれませんが、温暖化は常にベースにあると考えていかなければいけないと思います。
異常気象が多くなった時代にどうするか、考えられる対策は3つあります。1つ目の「適応する」考え方は大事で、私たちは毎日変わる「天気」には衣服、雨具、予定変更などで、数日〜数カ月で変わる「天候」には住居、設備、備蓄などで対応しています。今変わりつつある「気候」には移住するという対応が考えられますが、問題はスピードです。日本の平均気温は100年につき1.3℃上昇し、気候帯が「1年で北へ約2,000m」の移動速度で熱帯化しています。植物は移動速度が速いマツでも1年で約1,500mなので追い付けません。従って草食動物、肉食動物、ひいては人間も今の気候変化には適応できず、移住するという選択肢は難しくなります。
そうすると、2つ目の対策「CO2を下げる」対策によって温暖化のスピードを下げよう、止めようということになります。地球は太陽からのエネルギーを受け、宇宙へエネルギーを返しています。地球表面は−19℃になるところで、温室効果ガス(CO2など)が地球から逃げていくエネルギーを一旦止めるため、14℃に保たれています。温室効果ガスはないと困りますが、CO2の世界平均濃度は上がり続けています。CO2排出量(2020年度)10億4,400万トンのうち一番多いのがエネルギー転換(電力などエネルギーをつくる)部門40.4%で、産業・運輸などで使われるため、止めたり減らしたりが難しいのです。例えば火の獲得は人類の発展をもたらしましたが、火事などの代償もつきまといます。エネルギーも同様で、今主力の火力発電は発電効率がよいがCO2の排出量が多いなど、原子力発電、水力発電、小水力発電、風力発電、太陽光発電、バイオマス発電、地熱発電のどれも一長一短があります。これらのバランスが大事であり、うまく組み合わせることが大切です。
「CO2を下げる」対策としては、CO2を吸収する森林を管理し、木材をバイオ燃料として利用する循環型の森林経営でカーボンニュートラルに貢献する取り組みがあります。森林は数十年のサイクルで腐敗するとCO2を排出しますが、マングローブや海藻は枯れ死すると海底で固着し、CO2を排出するまでに数千年かかるのでこれらを増やそうという取り組みもあります。また、石油からペットボトルをつくる際にCO2が出るため、ペットボトルを回収して新しいペットボトルに再生する取り組みを始めたコンビニチェーンもありますし、廃米をバイオ素材としてプラスチック製品を製造する企業など、さまざまなCO2削減努力が行われています。
関西空港を直撃した2018年台風21号では1兆678億円の保険金が支払われ、自然災害は経済全体にも影響を与えています。3つ目の対策「とりあえず難を避ける」ためには、どんな災害があるかをよく知ることが大事です。
【崖崩れ】
地面に水がしみ込んで起きるため大雨と同時に起きるとは限らず、土砂が崖の高さの3倍まで落ちてくることも。
【地滑り】
地面にかなり水がしみ込んで起きるため大規模、長期間の被害に。ひび割れや木の傾きが前兆。
【土石流】
大雨の後に川の水が減っても、上流で土砂が溜って一気に流れるので注意。
【外水氾濫】
大雨で川が増水し、堤防が崩れて氾濫する。
【内水氾濫】
雨水が川に流れず、下水から溢れる。
洪水になったら自宅が何cm浸水するかなど、必ず最新のハザードマップを確認しておいてください。災害に備えた備蓄は、夫婦二人(一戸建て)なら3日分必要です。「東京備蓄ナビ」というサイトがわかりやすいので参考にしてみてください。防災気象情報はたくさんあるので、「赤や紫なら避難」など色で覚えておいてください。雪による死者数も多くなっています。暖冬でも日本海の海水温が上がっているため、水蒸気量が多くなってドカ雪、しかも湿った重たい雪が降り、除雪の負担や交通への影響が大きくなります。予報では今年は暖冬ですが一時的にドカ雪になる可能性もあります。9月は全国的に気温が高く、北陸もやっと降水量が多くなります。10月も気温が高めで降水量は太平洋側に多く、11月でも気温はやや高めの傾向になっています。なんとかこの秋冬を乗り切っていただければと思います。
Q:CO2削減対策の効果があまり見えていない今の状況が続いた場合、この先どうなるとお考えか?
A:CO2削減は世界中で取り組む必要があるが、今の世界情勢を見るとすぐ削減できるとは考えにくいため、「気温が高く雨が多くなる」トレンドは変わらず、これまでの10年間の変化が今後10年間も起きるのではないか。暑さや大雨に慣れていない地域の被害が多くなることが心配。
Q:気候変動への対応として移住するという話が出たが、日本あるいは世界のどこに移住すれば助かるだろうか?
A:南北だけでなく高さも考えると、標高の高い所がよいが山は災害が心配なので平地が望ましい。外国だとヨーロッパは日本よりも涼しくて雨も少ないが、今まで猛暑や大雨があまりなかったのでインフラがなく、災害に弱い所に移住することになりかねない。
気象予報士
1959年東京都生まれ、兵庫県西宮市育ち。大学卒業後は日鉄建材工業(株)(現日鉄住金建材(株))に入社し、経理・総務・営業職に従事。趣味のウィンドサーフィンや海好きが高じて1995年に気象予報士資格を取得し、(株)ウェザーマップに入社。TOKYO MX気象キャスターを経て、TBS「ひるおび」など、テレビ・ラジオ番組に多数出演。全国で講演活動も行っている。2017年7月より(株)ウェザーマップ代表取締役社長。著書『異常気象はなぜ増えたのか-ゼロからわかる天気のしくみ』(祥伝社)、監修『気候危機がサクッとわかる本』(東京書籍)など。