生き物はどのように進化してきたのでしょうか? そしてなぜ絶滅した生き物がいるのでしょうか? そんな疑問にわかりやすく答えてくれるのが『ざんねんないきもの事典』です。この本の監修を手がけた今泉忠明氏(動物学者)に、いろいろな生き物の進化の過程と「ざんねん」なポイントについて、また今、私たちが直面している地球温暖化に対して、どのように環境を守り、人間を含めた生き物が絶滅しないようにするためにはどうしたらいいのかなど、お話を伺いました。
今までに8冊出版されてきた『ざんねんないきもの事典』は、生き物の進化という難しい話を人間目線なら「ざんねんだよね」という作りにしており、子どもたちはクスクス笑って読んでくれているそうです。事典で取り上げてきた生き物の中でも人気だったのは、ナマケモノ。「雨の日が続くとナマケモノは餓死する」と紹介されていますが、それはなぜでしょうか。草食動物のナマケモノは1日に3〜5枚の木の葉でお腹がいっぱいになり、木のてっぺんで日光浴するうちに体が温まり、胃のなかのバクテリアが働いて消化します。ところが雨続きだと体が冷えてバクテリアも活動せず食物が消化できなくなって餓死してしまうのです。
現在のナマケモノは体長が70cm前後で、頭が小さく、爪を木に引っ掛けてぶら下がっています。ところが今から1万年以上前に南米にいたナマケモノは、全盛期はゾウくらい巨大でした。学名は大きな獣という意味のメガテリウム。絶滅した理由は人類の移動と気候変動のせいです。今から10〜20万年前にアフリカで生まれた人類の祖先は海岸線沿いに移動し、インド、東南アジアへ渡り、一方はオーストラリアへ、もう一方は北上し、シベリアから当時は陸続きだった北米大陸へ、そして南下して南米大陸に渡ったとされています。人類が火を使うようになったため、南米大陸でも草原を焼いて動物を狩るようになり、オオナマケモノも捕食されたのではないかと考えられています。またある時期から始まった乾燥によって森がなくなり、植物繊維の主成分のセルロースが多く固い草しか生えなくなると、オオナマケモノが食べていた木の葉が手に入らなくなったから絶滅したとも考えられています。
大きくて強かったオオナマケモノに比べて、木の上で細々と生きてきたさえない種のナマケモノだったからこそ生き延びることができたのです。進化したからといって必ずしも繁栄して生き延びるわけではない、ダメな方が生き延びるとわかって、子どもたちが喜んだわけです。今の子どもたちは、大人たちから「頑張れ」と言われるのが一番つらいそうです。プレッシャーをかけるつもりで言わなくても、言葉に押しつぶされてしまう。だから、無理しなくていいんだ、ダメな方が楽しくのんびり生きられるんだと知ってホッとするのでしょう。人間にもいろいろな生き方があって良いのではないかと考えさせられますね。
人間は生き物の中で最も進化したと思われていますが、体の仕組みから見ると原始的な部分が残っています。例えば、指が5本だということ。古代、魚類が陸に上がった初期には8本や10本指の生き物もいましたが、環境に適合し、不要な部分は退化して一番効率が良かった5本指になり、これが現在、陸上脊椎動物全ての祖先になっています。そして人間の足の親指が大きいのは歩くことに機能を集中させたからです。でも体は原始的なのになぜ人間は繁栄できたのかというと、脳が突然大きくなり、知能が発達したからです。動物の種ではあるけれど、他の動物ではできないような高度な考え方や行動をするようになりました。その代わり、頭が重いので転びやすいのが「ざんねん」な点です。
人間の寿命は伸び続け、3世代が同時期に生きられるようになり、祖父母が孫に知恵を伝えることで文化が発達してきたと言われています。3世代が同時期に生きている動物はほとんどいません。ただ象は珍しくおばあちゃん象がリーダーになっており、水飲み場を子や孫に伝えているために、象の群れは滅多なことでは消滅しません。今では、アフリカとアジアの一部の森にしかいなくなったものの、食料が大量に必要なあれだけの大きな生き物が現代まで生き続けているのは奇跡と言えます。
地球上で多くの種類の生き物がこれまで絶滅してきました。例えば恐竜が絶滅したおかげで哺乳類が生き延びることができました。絶滅の後では環境に適応したものが生き残り新しい進化を始めます。生き物の未来を決める一つは環境の変化だとすると、運としか言いようがありませんね。そして環境が変わっても後戻りはできない、つまり進化は一方通行だということに「ざんねん」があります。例えば高速で泳ぐマグロとイルカを比較しましょう。マグロは口を半開きにして泳ぐことでエラから水が入り酸素が入ってくる、でも泳ぐのを止めると水が入らず、呼吸が止まってしまうため、夜、眠りながらゆっくりでも泳がなくてはなりません。一方、魚類から哺乳類に進化し、エラ呼吸ではなく肺呼吸しているイルカはいちいち水面に上がって空気を取り込まないと死んでしまいます。でもエラ呼吸には戻れません。進化というのは、必ずしも優れたものになるわけではなく、環境にうまく適応し、効率よく生きることなんです。
これまでの種の絶滅には2種類あり、「自然絶滅」では絶滅した生き物に代わり新しい種が進化して生き続けます。ところが「人為絶滅」では、生物の多様性が失われてしまいます。1905年に最後の生息情報が残っていたニホンオオカミの絶滅により、森にはシカ、イノシシ、サルが増えて、今ではその駆除のためにお金をかけなければいけないようになりました。地球を覆っている生態系のネットに穴が開いてしまうと、その穴を埋めることはできなくなるので、できるだけ多くの種を保存するようにしなければならないのです。そして絶滅が危惧されている生き物の中でも、今問題視されているのが、ホッキョクグマです。地球温暖化が進み、北極、南極にも氷がなくなってきているため、氷の上でアザラシ狩りをして食料としているホッキョクグマにとっては、死活問題になっています。
世界中で異常気象が発生している現在、日本でも今夏は場所によっては40℃近い気温を記録しましたが、地球上では2100年までに広範囲に渡り、気温のみならず発汗を妨げるような高い湿度になって生命の危険を脅かすようになると予測されています。
環境保全のために私たちが何をできるのか考えるとき、真っ先に思うのは、自然界にはゴミがないということです。自然界では多様な生物のおかげで全てリサイクルされており、それを基盤で支えているのがキノコなどの菌類です。では人間界のリサイクルはどうなっているでしょうか。イタリアの隣国スロベニアの首都リュブリャナはここ松江市と同じような人口約29万人の中都市ですが、ゴミの焼却場がありません。自治体を挙げてゴミの分別、回収を進め、廃棄ゼロの目標を掲げているそうです。もちろん日本でもゴミの分別などは行われているものの、基本は焼却しており、焼却熱を利用するサーマルリサイクルというのは欧米ではリサイクルとは認められていない処理方法です。
お手本は自然界にある ーー 私たちは「けもの塾」というフィールドワークのための教室を作りました。自然の中での体験から次世代の子どもたちが感じる心を育てる手助けをしていこうと考えています。例えば夜の森を散歩し、懐中電灯を消して目で見えなくすると、森の空気を肌で感じたり、耳で風の音を聞くことができますね。
また森の記録を残すために木々に仕掛けたセンサーカメラやビデオは、動物が接近すると温度を感じて動きます。夜はライトがつくようになっていて半年もほったらかしで真冬でも動いているんです。子どもたちにもカメラをセッティングしてもらうと、最初は失敗しますが、上手く撮れるようになると、楽しみが湧いて自然のことを調べるようになり、自然にはゴミがないことも実感してくれます。
森をゆっくり歩いて地面を見ていくだけでも、夜になって出てきた動物たちの姿を想像できます。地面をほじくり返した痕跡を見つけたら、そこにカメラを設定しておき、後で調べて確かめます。あちこちにほじくった跡があるのはイノシシです。水が少し溜まっている湿地で体についた虫や汚れなどを落とすために泥に体をこすりつける「ぬたうち」という習性があるのですが、それがビデオにしっかり映っていました。イノシシはぬたうちの後、牙で木の幹を削って樹脂を体に押し付けているところも映っていました。また皮が上の方まではいである木の幹を見つけて、1年半の間カメラを仕掛けましたが、そこにはクマが写っていて、木の肌をはいだ後、出てきた樹液を舐めているのがわかりました。山や森を歩く時には注意する点を必ず守りながら、自然観察でのんびりとした時間を過ごし、自然の美しさや大切さを感じてほしいと思っています。
動物学者
1944年動物学者の今泉吉典の二男として、東京都杉並区阿佐ヶ谷に生まれる。父親、そしてその手伝いをする兄の影響を受けながら動物三昧の子供時代を過ごす。水生生物に興味を抱き、東京水産大学(現・東京海洋大学)に進学。卒業後、国立科学博物館所属の動物学者として働く父親の誘いを受け、特別研究生として哺乳類の生態調査に参加し、哺乳類の生態学、分類学を学ぶ。その後、文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、日本列島総合調査、環境省のイリオモテヤマネコ生態調査などに参加。上野動物園動物解説員、(社)富士自然動物園協会研究員、伊豆高原ねこの博物館館長、日本動物科学研究所所長などを歴任。主な著書に「誰も知らない動物の見方~動物行動学入門」(ナツメ社)、「巣の大研究」(PHP研究所)、「小さき生物たちの大いなる新技術」(ベスト新書)、「ボクの先生は動物たち」(ハッピーオウル社)、「動物たちのウンコロジー」(明治書院)、監修書に「世界の危険生物」(学研教育出版)、「なぜ?の図鑑」(学研教育出版)、「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)ほか多数。