最近の物価上昇の中で、電気やガスの料金、ガソリン代などエネルギー価格の上昇は私たちの暮らしに大きなインパクトを与えています。その原因となっている激変する世界の情勢について、また価格のみならずエネルギーの安全保障と脱炭素問題に関わるエネルギー政策について、小山堅氏(一般財団法人日本エネルギー経済研究所専務理事 首席研究員)にお話を伺い、その後、石窪奈穂美氏(鹿児島県立短期大学非常勤講師/消費生活アドバイザー)をコーディネーターに迎え会場からの質疑応答を含めた対談トークが行われました。
エネルギーは我々の暮らしや経済を支える必要不可欠な存在です。例えば電気はスイッチを押せばすぐに使えますが、そのエネルギー資源として日本から遠い国々から石油、天然ガス、石炭などが運ばれていることを日常生活で意識することは少ないと思います。身近だけれどエネルギーは世界とつながっている ーー エネルギーは世界で起こる問題と直結して影響を受けるため、安定的に、手頃な価格で、持続可能で環境に優しい形で確保することが必要です(安全のSとともに安全保障、経済性、環境保全という3Eの同時追及)。
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、エネルギーの世界を大きく揺り動かしました。ロシアは世界最大のエネルギー輸出国で、21年にはガスで1位、石油で1位、石炭で3位を占めていました。ウクライナ侵攻で日本を含めた西側諸国はロシアに対する経済制裁を始め、ロシアからの石油と石炭の輸入を禁止し、その結果、安定供給への不安からエネルギー価格は急騰しました。ウクライナ侵攻前のエネルギーの重要課題といえば、地球温暖化のためのCO2排出抑制でしたが、今やエネルギー確保が最優先になっています。
原油については、20年、新型コロナウィルス感染拡大により世界中で都市封鎖が起こり、経済活動低下により原油価格が下落、その後OPECやロシアなどの産油国が減産に踏み切ったことで価格は回復し、22年のウクライナ侵攻直後には08年のリーマンショック後の最高値をつけました。現在は少し落ち着いていますが、産油国は減産を続ける意向が見えていますし、世界経済の動向次第で需要増加によっても価格上昇があるかもしれません。注目すべきは産油国の中で生産調整の主軸となっているサウジアラビアの動きで、日本が最も原油を輸入しているサウジが、アメリカ、中国とどのような外交を進めるかによっても影響を受けます。
ガスについては、ウクライナ侵攻で最も影響を受けたのが欧州です。ロシアからパイプラインで直接供給されていた欧州では22年後半にはロシアからのパイプライン輸入が約1/5にまで減少し、冬場の暖房に必要なガスがなくなるなどの不安から、価格が急騰しました。そこでなりふり構わず安定確保に走った欧州は、アメリカがそれまでアジアの国々に輸出していたLNGの分まで高値で買い上げ、ガスが手に入らなくなったアジアでは代わりに石炭を使うようになりCO2排出が増加しています。つまり欧州で起きた大事件が波及効果で世界中に広がったのです。今後、中国、欧州、日本も含め争奪戦が起これば価格はまた釣り上がります。
エネルギーはなくてはならないもの。だから価格上昇により消費者の可処分所得は減り、企業の経営は圧迫され、さらに輸入国では国富の流出が増大します。また、インフレが深刻になったアメリカでは大幅な利上げを実施していますが、景気も悪くなる可能性が見えています。エネルギー価格高騰に対する救済措置として、欧州では低所得者層を中心に代金の補助を導入したり、日本でも電気、都市ガス料金やガソリン代の補助が導入されたりしました。
世界では国や政府の役割が高まり、エネルギーの安全保障、安定供給対策の強化が進められるようになりました。問題は現在深刻化している世界の分断です。アメリカと中国の対立や、ウクライナ戦争により欧米や日本のような西側諸国と中国、ロシアが、手加減せずにぶつかり合う関係の悪化で、緊張が高まっています。世界の大国間で対立が起きている状況下では、これまで民間企業や市場に任せておけばよかったエネルギーについて、国と国との政治的な関与・介入が必要になるという、半世紀に一度程度しか起きないような大きな変化の時期に突入しています。
まずはロシア依存からの脱却、そして緊急時に備えた対策として資源の国際的な協調備蓄放出やエネルギー市場安定のために協力する枠組みを再整備し、また安定的なベースロード電源の代表ともいうべき原子力発電の価値の再確認がエネルギー安全保障政策の柱として挙げられます。仏・英はウクライナ危機以降、原子力について新設計画を発表し、岸田首相も日本の既存炉の見直し、運転期間の見直し、将来的な新設や今ある施設のリプレースという方針を発表しています。
50年前の石油危機の時代と比較し、世界情勢は複雑になっています。そして現在のエネルギー危機の問題で考慮すべきは電力の安定供給で、脱炭素化を促進すると電力消費の割合が今の倍以上になると予測されています。再エネの太陽光や風力は自給型エネルギーではありますが、パネルや設備などの製造で非常に高いシェアを持つのが中国です。またEV用の蓄電池や再エネ設備に必要なクリティカルミネラル*の注目が高まっていますが、これも中国が圧倒的なシェアを占めています。つまりクリーンエネルギーに世界が集中すればするほど、中国への依存リスクが高まる問題が生じます。
*リチウム、ニッケル、コバルトや、ネオジウムを含むレアアースなどといった「重要鉱物」
短期的にはエネルギー安定供給の確保が最優先で化石燃料の活用もやむを得ませんが、中長期的には脱炭素も両立しなければなりません。再エネ、省エネ、原子力に加えて注目される新技術のエネルギーは、現時点では開発段階にとどまり、コストが高すぎ普及には至っておらず、画期的なイノベーションが必要です。例えばCO2フリーの水素、CO2を回収して貯留・利用する技術(CCS、CCUS)など、期待は大きいものの、コスト、インフラ整備など課題も多いのですが、この競争の勝者こそ次の世代を牽引すると言えます。
世界第3位の経済大国日本は、エネルギー消費においては世界第5位と大量に使っています。しかし化石燃料の輸入依存度が高く石油危機に苦しんだ経験からエネルギー源の多様化を進めてきました。ところが2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故により、エネルギー政策の根本的見直しを図らざるを得ず、原子力の代わりに化石燃料の使用がまた増加し、中東依存は9割超を占めるに至っています。一方、世界的にカーボンニュートラルを目指す中で日本も2050年目標を掲げていましたが、そこへウクライナ危機が起こりました。
今年行われたG7広島サミットでは、ウクライナ問題や核軍縮が注目されましたが、実はエネルギーと気候変動問題は最重要問題の一つでした。複雑で困難な世界情勢において、欧米がともすれば一つの道筋=化石燃料廃止、再エネ推進にこだわったのに対し、日本は世界各国のエネルギーなどの国情を踏まえた多様な道筋を示し合意に結びつけリーダーシップを発揮できたと思います。G7のような先進国とは異なり、グローバルサウスの発展途上国にとって、コストがかかりすぎるエネルギーは経済成長や社会インフラにマイナスになるからです。日本においては今後、コストを抑えかつ気候変動に対応する手段として、省エネや再エネの推進、水素やあるいはCCS/CCUSなどのイノベーションへの取り組み強化も必要です。しかしエネルギー転換には時間がかかります。安全性を確保し、国民の理解を得て、原子力発電所の再稼働、運転期間延長、新増設を進めればCO2の削減とともに、電力の安定供給やコスト削減に効率的に取り組むことができると考えています。
先の読めない世界の分断と厳しい地政学環境の中で、中国やロシアなどからの圧力を受けやすい日本が、エネルギー政策の骨格となる次のエネルギー基本計画の議論をスタートする時期が迫っています。2021年策定の第6次エネルギー基本計画では、カーボンニュートラルに向けた取り組みが重視されていましたが、ウクライナ危機が起こり、米中対立や世界の分断問題が激化する中でエネルギー安全保障重視に対応できる立案が不可欠になってきます。
S+3Eの同時達成に向けたエネルギー政策は、今後の日本の発展と成長につなげるための重要なポイントになります。50年前の石油危機で経済浮上のバネになったのは、省エネや自動車の燃費向上で世界のトップランナーになったからでした。だからこそ、カーボンニュートラル達成のためのイノベーションへの取り組み強化を経済成長の機会ととらえ、次の50年の礎となるエネルギー政策の策定が必要になります。
石窪:日本のエネルギー転換のこれまでの進め方をどう評価しているか。
小山:石油危機から50年、省エネ、備蓄など成果を上げてきた中で起こってしまった福島第一原子力発電所の事故の影響は非常に重大。それまで発電の3割を占めていた原子力がゼロになり、それでも電気の安定供給を持続させるために化石燃料を増加した。その結果、CO2排出量は増加、輸入代金も増えて貿易赤字の国になってしまった。
石窪:エネルギー外交は重要だと思うが、エネルギー自給率が低い日本にとって参考になる国はあるのか。
小山:今は視野が狭くなっている欧州だが外交面では注視すべき。巧みというか狡さも併せ持っている。日本は真面目で馬鹿正直だから約束事を一度決めたら守ろうとするが、外交では欧州のような戦略性や「したたかさ」を学ぶ必要がある。
会場-Q1:G7における岸田首相提案の多様な道筋の一例とは。
小山:多様性の可能性にはいろいろあるが、日本について考えれば、その一つとして原子力を掲げることができる。G7でも脱原子力のドイツは使用しないが、使用する国は原子力の重要性について合意を取った。その下で日本国内の対策として再稼働の推進などを進めることにした。
会場-Q2:地元の川内原子力発電所の運転延長の賛否を問う県民投票の実施を求める署名が法定数を上回ったが、日本全体で原子力のベースロード電源としての価値が認められず再稼働が進まないのはなぜか。
小山:福島第一原子力発電所の事故以降12年経過しても、多くの人がふるさとに戻れないなど、重大な影響が今でも残っていることを忘れてはならないし、その事実を重く受け止めれば再稼働に対して慎重になるのは当然だ。しかし昨年の各種世論調査を見ると、日本のエネルギー事情を知ることで再稼働もやむなしと考え始める人が増え、過半を上回る状況もみえるようになっている。それでも、これまで慎重だったのにロシアの影響で原子力に急激に前向きになった欧州とは状況に違いがある。これからも時間はかかるだろう。
一般財団法人日本エネルギー経済研究所専務理事 首席研究員
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、86年同大学院経済学修士修了。(一財)日本エネルギー経済研究所入所。95年に英国ダンディ大学に留学、2001年博士号取得。2007年に理事、戦略・産業ユニット総括に就任。11年、常務理事、20年より専務理事。また東京大学公共政策大学院客員教授、東京工業大学科学技術創成研究院特任教授も務める。そのほか原子力損害賠償・廃炉等支援機構 競争・連携分科会常任委員、経済産業省総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会長期エネルギー需給見通し小委員会委員、経済産業省電力・ガス取引監視等委員会専門委員、内閣府総合海洋政策本部参与会議海洋の産業利用の促進PT有識者などを務める。国際石油・エネルギー情勢の分析、エネルギー安全保障問題が専門。多数の著書があり、近著は「地政学から読み解く! 戦略物資の未来地図」(あさ出版)、「エネルギーの地政学」(朝日新聞出版)など。