家庭におけるエネルギー利用の変遷を振り返りながら、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、私たち消費者はどのように考え、取り組めばいいのか、またどのような影響が受けることになるのか、中上英俊氏(株式会社住環境計画研究所代表取締役会長)にお話を伺いました。
近年、地球の温室効果ガスの層が厚くなり熱が逃げにくくなっているため、平均気温が上昇しています。世界の国々で生活水準が上がるとそれに比例して温室効果ガス(メタンやフロンガス、CO2など)の排出量が増加します。中でも途上国で電気、ガス、石油の需要が高まる中、排出量を抑えて気温上昇を食い止めるため、カーボンニュートラルのための取り組みが世界中で始められています。これまで日本では、1997年の京都議定書で国際的な合意がなされてから、エネルギーと環境については大きな問題として取り上げてきましたが、2020年、当時の菅首相が国内の温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明してから、日本全体で取り組みが加速するようになりました。
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、エネルギーを供給する側の対応としては、ガス、石油は使用により温室効果ガスが必ず発生するため、電化シフトが有効な手段と考えられますが、エネルギー資源を輸入に依存している日本では原子力発電所の停止などにより電力増加は簡単には望めません。また2030年度の温室効果ガス削減目標において、2013年度比マイナス46%のところ、産業、業務、運輸、エネルギー転換部門などと比較して家庭部門はマイナス66%と最も大きくなっています。なぜこういう数字が出てきたのかをエネルギー消費の推移から見ていきます。日本では1973年のオイルショック(資源エネルギー庁の設置も同年)から2021年までの間、実質GDPは2.5倍上昇し、エネルギー消費全体では、2000〜05年にかけてピークに達し、その後は大きく低下し続けています。1973年と比べ、運輸部門1.5倍、企業・事業所ほか部門0.9倍となっているのに比較し、家庭部門は最も高く1.8倍と増えているために温室効果ガス削減目標も大きくなっているのです。しかし1973年を振り返ると、一般の家庭にエアコンはなく、今は一家に平均3台以上設置してあるような現在と比較するには無理があります。
2005年に作成された最終エネルギー消費の見通しを示した下のグラフでは、世界に先駆けた1999年の省エネトップランナー基準の導入や京都議定書発行の後押しにより、エネルギー消費はそれほど伸びず、さらに省エネを進展させる予測も考えられていましたが、給料が上がらなかった「失われた30年」と呼応している部分もあり、さらに2008年リーマンショックによるエネルギー消費急減、2011年東日本大震災後のエネルギー政策の再検討がますます低エネルギー消費に結びついていると考えられます。 しかしこれまでの推移が今後も続くかどうかは不透明です。
家庭部門のエネルギー消費は2000年代中頃までは上昇傾向でしたが、それ以降減少しています。世帯数は増えても世帯当たりのエネルギー消費が減少しているからです。このままで進めば2030年には20年の16%減になり、1973年と同じ水準のエネルギー消費になります。エネルギーの用途はどうかというと、給湯が最も多く照明・家電製品、暖房がそれに続きます。北陸地方では2000年代前半から減少傾向にあり、電気でさえ2015年から下がっている最大の要因はLED照明の使用です。光熱費支出では世帯あたり全国平均では年間19.9万円に対し、23.9万円と20%高くなっています。全国で北海道、東北、北陸の順で光熱費支出が多いのですが、北陸の場合、電気支出が全国一位になっている理由は、住宅面積が広いからという特徴があります。
世界で比較すると、日本の家庭用エネルギー消費は欧米先進諸国に比べて少ないのが特徴です。アメリカの半分以下、ドイツ他欧州各国の2/3程度になっています。その最大の理由は、欧米ではセントラルヒーティングが普及しているからです。アメリカでは1970年の時点で78%も普及していました。また、例えばニューヨーク市では室内の温度は最低約17°Cでなければいけないという熱法(Heat Law)があり、すべての住宅所有者(家主)は、日中の室外温度が12.8°Cを下回る場合、屋内温度を20°Cに維持し、夜間は屋外の温度に関係なく、屋内の温度も一晩で最低16.7°Cでなければならないなど法的に義務付けられています。日本では家庭の暖房として最も使用されてきたのが石油ストーブです。1970年には一家に一台あり、大手石油会社は暖房のネクストステージへのグレードアップを目指して、灯油によるセントラルヒーティングの開発を競っていました。ところがオイルショックにより灯油価格の高騰があり、手を引いてしまったのです。電気やガスは灯油よりもっと高いため日本のセントラルヒーティング化の動きはこの時点でストップしてしまいました。そのため、部屋と部屋との温度に高低の差があるのでヒートショックという健康被害を起こしやすいのです。日本は欧米先進国と比べて暖房水準が低いので暖房エネルギー消費量は小さいわけですが、一方で照明・家電の消費量は大きくなっています。
家電について、先ほども述べたように日本における省エネの始まりは1970年代のオイルショックをきっかけとしています。しかし本来省エネは、決して節約我慢をすることではなく、無駄なエネルギー消費をやめて使用量を減らしつつ快適性と利便性を追求するものです。省エネ促進には、法律などによる規制が最も効果的で、ついで国や企業のトップの決断、そして最終ユーザーの行動があります。例えば待機電力消費削減の場合、年間で家計がどのくらい安くなるのか示したところ、消費者が率先して節電行動を起こした実例があります。それを受けてメーカーが一斉に待機電力削減機器の開発を進めた経験がありました。また自宅と同程度の家庭との比較データの情報提供によっても行動が促進されると思います。
消費者にとってカーボンニュートラルはどのような影響を与えるのでしょうか。もし現在利用しているエネルギーがカーボンフリーで供給されるなら、消費者は何もしなくて済みますが、エネルギー価格の上昇が想定され、どの程度までなら価格上昇を受け入れられるでしょうか。
現在世帯当たりの年間CO2排出量は、2.88トン。その内、電気が約2/3を占め、ガスは約2割です。用途別には、照明・家電製品などが46%、給湯25%、暖房21%になっています。カーボンニュートラルには電化することが最も有効と言われるシナリオであっても、最大のネックは既存の集合住宅で、給湯設備のガス、灯油設備から広い場所が必要な電化設備への置換は、物理的に無理と言えます。2018年の統計調査によると、住宅総数に占める集合住宅は44%(約2,360万戸)で、この中の相当数は2050年まで残存していると考えられ、政策的な支援が必須と言えます。また設備機器取り替えコストの負担に加え、消費支出に占める光熱費負担増に、私たち消費者はどこまで耐えられるでしょうか。アメリカの場合、消費支出に占める光熱費は3.3%、イギリスは2.5%と比較し、日本は2018年に、すでに平均的家庭で5.9%、所得が低い層では17.4%にも達しています。
問題になってくるのは家計支出に占める光熱費の割合が高いFuel Poverty(燃料貧困)です。イギリスでは1991年に「光熱費支出額が家計収入の10%以上となる世帯」を燃料貧困と公的に定義しており、社会問題になりました。さらに2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によりエネルギー価格が高騰し、年間の光熱費支出が100万円を超える予測から政治問題になりかかったところ、幸い23年は暖冬でなんとか切り抜けられました。22年には低所得世帯の住宅におけるエネルギー効率向上に向け、住宅への省エネ材料・設備導入にかかわる付加価値税(VAT)を5年間免除、ヒートポンプ導入1台当たり約100万円の補助など経済政策をしています。日本でも家庭向け電気料金は原油価格下落などによる2014〜16年度、新型コロナ感染拡大の影響で2020年度は低下しましたが、再び上昇傾向にあり、2022年度には2010年度比で約59%も上昇しています。今後カーボンニュートラルによるさらなるエネルギー価格の上昇を抑制させないと日本でもエネルギー貧困家庭が増加する可能性があります。
ではカーボンニュートラル社会実現のため消費者にできることは何でしょうか。脱炭素化のための排出削減方策の2/3が消費者の行動の変化にあると考えられています。そのためには、エネルギー消費を意識し、無駄や過剰な使用を最小限に抑える努力をして、将来の世代のために天然資源を保護する必要があります。これがEnergy Sobriety=「エネルギーの節制」です。そして、これまでEnergy Efficiency、つまり 省エネ・エネルギーの効率化により経済合理性も両立させ、エネルギーを作り出す範囲や、家の中、家電などの狭い範囲での概念は使われてきましたが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のレポートに盛り込まれた新しい概念として、Energy Sufficiency=「エネルギーの充足政策自体の変換」があります。エネルギー、物質、土地、水に対する需要を回避しながら、地球的境界の範囲内で、全ての人にとっての人間の幸福を実現するために、一連の方策を日常的に実践していくことです。そしてEfficiencyが競争と利益の考慮があったのに対し、Sufficiencyでは公平性と公正性が考慮されています。
カーボンニュートラル社会の実現は極めて困難なことなので、国民一人ひとりに理解して納得してもらえ、実際に行動に移せるような政策を展開すべきだと思います。その前提として、例えば家庭において、かつてはレシピ情報も調理器具や電化製品も少なく、料理に時間もかかりましたが、食卓には手作りの料理が豊かに並んでいたことを思い返すなどして、エネルギーの使い方をもう一度考えていただきたいと思っています。
(株)住環境計画研究所 代表取締役会長 博士(工学)
1973年東京大学大学院工学系研究科建築学専門課程博士課程終了後、同年、住環境計画研究所を創設、代表取締役所長となる。2013年より現職。慶応大学教授、東京大学生産技術研究所顧問研究員などを歴任。また一般社団法人ESCO・エネルギーマネジメント推進協議会代表理事や経済産業省総合資源エネルギー調査会委員、同産業構造審議会臨時委員、環境省中央環境審議会臨時委員などを歴任。共著に「低炭素社会におけるエネルギーマネジメント」(慶應大学出版会)、「エコまち塾」(鹿島出版会)など。