2020年、新型コロナウイルス感染で明らかになってきた様々な社会問題の中で、今後、世界の国々が取り組みの強化を図ると予想されるのが、国を守るための「自給」「自立」です。そのうち私たちの生活に欠かせないエネルギーについて、日本はどのように取り組んでいけば良いのでしょうか。独自の発展を遂げた日本のエネルギーの歴史を振り返りながら、金田武司氏(株式会社ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役社長)にお話を伺いました。
内閣府のレポートによると、世界の中で新型コロナウイルス感染による経済的な影響を最も受けている国はというと、対GDP比では日本なんですね。感染者数が最も多いアメリカに比べて1/100の日本(日本19万人、アメリカ1,700万人、2020年12月現在)がなぜダメージを受けているのでしょうか。対GDP比では影響が大きかった2位はイタリア、3位はドイツ …… 80年前の日独伊三国同盟の国が並んでいます。かつてエネルギー資源に乏しかった国が、今はコロナでも影響を受けやすい理由をお話ししていきたいと思います。
2020年の春先から私たちはマスク不足で右往左往しました。国産率は20%あり、少しは作られているはずなのに手に入らない。なぜかというと、不織布とひもを輸入して国内で最終製品に仕上げれば「国産」とみなされていますが、不織布とひもを輸入に頼っているため、国産率が20%といってもマスクを作ることはできなかったのです。マスクのみならずコロナに関わる医療機器(人工呼吸器)は9割が輸入、PCR検査で必要な植毛綿棒は100%、全身防護服もほぼ全て輸入品であり、その極端な海外依存度を知り私は驚きました。
コロナによって、人も物も移動しなくなり、投資が行われなくなりました。世界中の国が自国内で経済を回さなければならなくなり、食料に関してもショッキングなニュースがありました。世界最大の小麦輸出国のロシアが輸出禁止を表明し、ウクライナ・ベトナム・カザフスタンも続いたのです。日本の食料自給率はカロリーベースで37%しかなく、輸入依存のリスクを改めて意識する事態でした。
「国産」と「自給」は少しちがうということは何となく感じていただけているでしょうか。食料も国内で最終加工されて出荷されれば「国産」とみなされるので、例えば「浜名湖産」うなぎは、ヨーロッパで稚魚を育て中国で養殖し最終的に浜名湖で加工されれば、国産品として流通しているのです。
「自給」という言葉の定義は、エネルギーの分野でも同様の使われ方をしています。新エネルギーは、エネルギー自給率にカウントされているものの、太陽光発電の心臓部であるモジュールは82%が海外製でそのほとんどが中国製です。また風力発電機は71%が海外製で、かつて日本のメーカーも製造していましたが今はほとんど撤退しています。これで自給エネルギーと言えるのか疑問です。そして現在、エネルギー輸入依存度が高い国といえば、日本のほか韓国、そして先ほども出てきたドイツ、イタリアです。
次に日本の歴史をエネルギーの観点から見ていきますが、教科書では学んだことがない歴史だと思います。東京湾の入り口の浦賀水道を岸から眺めると、タンカーが365日行き来しているのが見えます。1853年、ペリーが黒船で来航したのが浦賀でした。石炭をいっぱいに積み蒸気機関で船を動かし太平洋を渡ってきた巨大な戦艦(当時日本最大の船の25倍)が、大砲から砲弾を放って威嚇する様子には江戸幕府も庶民も大いに驚かされ脅威を感じました。そして翌年には開国を迫るペリーと幕府は日米和親条約を結びます。
明治に入ると、近代化のために石炭を大量に使って鉄を作ります。九州北部は炭鉱に恵まれ、製鉄業の中心地として発展していきました。次の大正時代、日本は急峻な山や谷に恵まれたため水力発電で電気を作るには有利であったと言えます。そして昭和に入ると石油が動力エネルギーとして使われるようになり、軍政下にあった東南アジアから石油を輸入していましたが、1941年の米・英・中国・オランダによる対日石油輸出全面禁止により、日本は太平洋戦争に踏み切ります。戦後は、中東諸国から石油を輸入するようになりますが、1970年代には一夜にして石油の価格が4倍に上がり、輸入が途絶えオイルショックが起きます。世界で一番衝撃を受けた国といえば、輸入に依存していた日本です。その反省から日本では省エネが進み世界のトップランナーになり、新エネは実は世界に先駆けて日本が開発をリードしました。そしてもう一つ、海外依存の反省から始めたのが原子力でした。現在ではLNGがエネルギーの主役になっており、日本は明治以来130年の間に、2〜30年ほどのスパンで主役を換えている世界でも珍しい国といえます。
一方、忘れてはならないのが、資源採掘の悲劇として、昭和の終わりに閉鎖されるまで続いた炭鉱事故です。日本の近代化を支えてくれた尊い犠牲は、水力発電のダム建設においても数多くの殉職者が挙げられます。また世界に目を向けると、第四次中東戦争の死者数1.5~2.5万人、湾岸戦争2~3.5万人、イラク戦争3.2~4.2万人というように、石油を巡って膨大な犠牲者が出ています。私たちの使っている電気は地球の裏側から運ばれてきた資源で作られていますが、では、その資源国で起きた湾岸戦争時に日本は軍事費を負担していることをご存知ですか? アメリカ側の言い分としては、日本に安定的に石油が輸出できるよう油田を守るためアメリカ人は血を流したのだから、金銭的負担をしてほしいというわけです。石油の時代を支えるための犠牲も知っておくべきでしょう。
自給率アップのために学んだ3つ(省エネ促進、新エネ、原子力発電の活用)であったのに、原子力に関してはそれまでの「安全神話」が福島第一原子力発電所の事故により崩壊しました。日本のエネルギー確保の困難さとそれでもエネルギー開発が続けられてきた歩みをしっかりと検証した上で、原子力発電継続の是非について議論するべきではないでしょうか。
電気が一斉に止まってしまうとどうなるのか —— この2年の間に日本では北海道大停電、千葉大停電などを経験しました。私が2018年8月に『東京大停電~ブラックアウト~』を出版した時にはありえない話と思われていたのに、その翌月、北海道大停電が起きてしまいました。巨大都市が停電になると、ポンプで組み上げる水が提供できない、食料配送のトラックはガソリンスタンドで給油ができず、信号停止による大渋滞で届かない、医療現場では電子カルテが使えず処方箋が出せないなど、人命に関わる事態に陥ります。また2019年10月、千葉では台風19号の風速60m(時速200kmに相当)の強風により、大量の電柱が倒れ、復旧まで長時間を要しました。大規模停電が起きると、子供や高齢者など社会的弱者が犠牲になることから、今後は自然災害による大規模停電の影響と対策について、エネルギー業界では一層真剣に考える必要があると思います。
エネルギーセキュリティの面でもう一つ、2019年6月にホルムズ海峡において日本へ向かうタンカー攻撃事件が起きました。世界中のタンカーが航行している中でなぜ日本のタンカーが狙われたのか。それは日本がエネルギーの海外依存度が高く脆弱なことを世界中が知っているということ、日本のタンカー攻撃が最も効果的にアピールできるからでしょう。
石油は、日本が戦前から東南アジア進出の原因にもなったエネルギーでした。1971年には、アメリカのニクソン大統領が「円ドル為替レート固定化廃止」を発表し、1ドル360円時代が終わります。同時に「金本位制の廃止」により、それまではドルの価値を支えるために金と交換できたルールをやめます。なぜかというと、アメリカはベトナム戦争でお金が必要になりドル札を大量に印刷したため、他国からドルとの交換を要求されても兌換する金が欠乏したからです。そしてドルの価値を支えるため、代わりにドルを産油国の石油を買える唯一のマネーとしたのです。アメリカと国交がない、すなわちドルを持っていない国は石油が買えません。エネルギーとは、一国の生死に関わる外交の最重要切り札として使われているのです。
日本は資源がなく、他国とエネルギーインフラが一切つながっておらず、資源を運んで来る船だけが頼りという特殊な国です。全てはこの特殊性を理解することから始まります。改めて「自給」について考えてみましょう。オイルショックの経験から「自給」を目指した新エネルギーの設備は、マスクと同じくほぼ海外製と言えます。この設備を使って発電され、年間2.4兆円の再エネ発電促進賦課金は国民負担で今後も増加し、設備購入費は海外に流出しているという事実に注目です。新エネ開発は、結局のところ国民の税金を使って外国製の太陽光発電パネルを山に貼りつけるために禿山にしてしまう、これで本当に地球環境のためと言えるのでしょうか?
ところで日本の財政についてですが、現在、借金総額(国債発行残高)は約1,000兆円、国民一人あたり約860万円で世界一の借入額と言われています。しかも毎年借金が積み上がっていくのは、外国からの発電用燃料輸入が最大の原因で、この貿易赤字を改善しなければなりません。現在、コロナの影響でエネルギー需要が大幅に減少し、原油価格もマイナス傾向です。先ほど話した浦賀水道では、船上にコブのようなタンクがあるLNGのタンカーは多く見られますが、石油タンカーはあまり見かけません。しかし海洋上には積んだまま停泊している石油タンカーが多くあります。なぜかというと、石油・天然ガスの取引きは長期契約により、今は石油が要らないからといって返すわけにはいかず、引き取らなくてもお金を払わなければならないため海上で貯蔵庫がわりにしているのです。
エネルギーの海外依存が我が国にどれほどのダメージを与えてきたか歴史を振り返り、海外依存では決して新しい技術や産業の競争力は生まれないことに鑑み、自給・自立の重要性を考えるならば、石炭、原子力などエネルギーの選択肢を狭めることはできないと思います。新型コロナウイルス感染で見えてきたのは、医療や食料の問題だけではありません。エネルギーにおいても、自給・自立がどれほど重要なことなのか、皆さんもよく考えていただければと思います。
株式会社ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役社長
1962年生まれ。85年、慶應義塾大学理工学部卒業。90年、東京工業大学大学院エネルギー科学専攻博士課程を修了。同年、(株)三菱総合研究所に入社。同研究所エネルギー技術研究部先進エネルギー研究チームリーダー兼次世代エネルギー事業推進室長、プロジェクトマネージャーを経て、2004年11月より現職。コメンテーター・解説等、ニュース番組などに出演。また世界エネルギー会議(WEC)委員、東京工業大学大学院・東京大学大学院非常勤講師、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員など歴任。主な著書に「東京大停電」。