ETTでは新年度の勉強会企画に向けた試みとして、オンラインのみの勉強会を初めて開催しました。金田武司氏(株式会社ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役社長)に、今、世界で起きているエネルギーに関する出来事について、また日本が立ち向かうためのヒントはどこにあるのかなどをお話しいただき、講演の途中では参加者へのクイズ出題や意見を求めながら進行しました。
アメリカの歴代大統領はエネルギーの歴史に大きな影響を与えてきました。2021年1月20日に退任したトランプ前大統領は、在任中、特異な発言と行動で世界に波紋を投げかけてきましたが、中でも17年に「エネルギーの自立・経済成長促進のための大統領令」を発令しエネルギー自給体制を構築したことは特筆に値します。それまでアメリカは中東から莫大な量の化石燃料を安価で輸入していたのに、18年には原油生産量で世界一位になりました。シェールガス、シェールオイルの開発・採掘を積極的に行い、価格は高いけれども中東への富の流れを削減しエネルギーの自給を目指そうとしたのです。
そのアメリカで、今年1月、2月、380万件以上の大規模停電が起きました。気候が比較的温暖な南部テキサス州に-18℃の寒波が襲来し、州の電力の1/4を供給していた風力発電タービンの凍結や系統の独立性などが原因でした。テキサスは、アメリカ最大の石油・天然ガスの産出州で外部に売っていましたが、州内では全米一の風力発電設備導入による独自の送電網で運用していたため、他州からの電力の融通がほとんど受けられなかったのです。2月のテキサス州の一般家庭の電気代は、電力自由化により市場価格に連動するプランを選択した一部の家庭では、なんと100万円以上になってしまいました。
電力自由化の「自由」という言葉の裏に潜む大きなリスクは日本でも明らかになり、年末からの寒波や液化天然ガス(LNG)の不足などにより、1月の電力の市場取引価格は、2019年度の平均7.9円/kWhが最高価格251円/kWhと30倍にも値上がりしています。また大雪のみならず、巨大台風・ハリケーンなどの脅威は、近年では毎年のように世界で災害を巻き起こしています。日本では2019年に千葉県で風速60〜80mの強風で鉄塔・電柱が倒壊し、停電は長期に渡り、神奈川県では河川の氾濫による水害でタワーマンション全体の大停電から復旧まで時間がかかったニュースは記憶に新しいと思います。
自然災害によるエネルギーへの影響のみならず、人為的な影響も見逃せません。19年、ホルムズ海峡で日本のタンカーが攻撃され、ちょうど当時の安倍首相がイラン最高指導者ハメネイ師と会談中だったため世界の注目を浴びましたが、ホルムズ海峡を経由し大量に原油を輸送している日本に対しての警告的攻撃だったと思われます。
日本のエネルギー事情を知るためにはこれまでの歴史を振り返ることが第一歩です。鎖国が続いた江戸時代末期の1853年、ペリーの黒船が浦賀に来航します。日本最大級の船の25倍もの黒船4隻は大砲を装備し、その威力に驚愕した幕府は、翌年、日米和親条約を締結します。でもなぜ黒船は日本にやってきたのか。それは石炭が欲しかったからです。黒船は、ランプの灯火や潤滑油として需要があった鯨油のため太平洋で捕鯨を行い、石炭を動力とした蒸気船は復路の石炭補給を必要としていました。日本には石炭が豊富にあり積載に適した港があることを知ってやってきたのです。石炭というエネルギー源により、約270年続いた江戸幕府は大政奉還し、明治に入ると日本でも石炭を使った製鉄・造船業が始まり、近代化が進みました。
しかし、石炭採掘を巡っては炭鉱事故により多くの犠牲者も生まれました。大正に入ると日本特有の急峻な地形を生かした水力発電の開発が木曽川水系などで始まり電気の時代に入りますが、石炭採掘と同様に、黒四ダムなどの水力発電用ダム建設は多くの尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならないと思います。
その後、世界は自動車、飛行機など石油を動力エネルギーにする時代に入り、資源がない日本は、石油を手に入れるために太平洋戦争で東南アジアに進出せざるを得ず、多くの人命が奪われました。1970年代にはオイルショックにより、再びエネルギーの転換期を迎えますが、オイルショックはなぜ起こったのか。当時のアメリカ大統領ニクソンは、71年、ベトナム戦争によるドル札の大量印刷により兌換する金が不足したため金本位制を廃止し、その代わりに産油国の石油を買えるのはドルのみとしました。これに反発した産油国は供給制限と原油価格を4倍に引き上げ、原油のほとんどを中東に依存していた日本は世界で最も影響を受けることになったのです。そしてオイルショックから日本が学んだのは、自給率アップでした。石油の国家備蓄を始め、省エネ製品の開発、新エネ推進で世界のトップランナーとなります。そして、原子力の推進もこの時期に始まりました。
石油を巡る戦争は、ニクソン時代の中東戦争、カーター時代のイラン革命、レーガン時代の湾岸戦争、ブッシュ時代のイラク戦争というように、アメリカ歴代大統領の時代に起こり、犠牲者のほとんどは一般市民という悲惨な歴史を刻んでいます。トランプ時代に戦争が起きなかった理由は、中東の資源に頼らずアメリカが世界最大の原油産出国になり、エネルギーの自立を果たすという強い意志があったことと少なからず関係があります。
エネルギーのみならず、自給していないと何が起こるのか、コロナ感染で明らかになりました。マスク不足は、日本ではマスク用ゴム紐・不織布がほぼ全て輸入だったからで、そのほか医療機器なども極端に海外依存していることが判明しました。これら工業製品は生産体制を見直せば解決する可能性もある一方で、化石燃料などのエネルギー資源は人工的に作れません。ところでコロナ禍では人の移動・活動が制約されエネルギー需要が大幅に減少しているにもかかわらず、私たちの電気代はなぜ下がらないのでしょうか。例えば原油価格は2020年4月ニューヨークの先物市場でマイナスにまで下落しましたが、日本は10年、20年という長期で取引契約をしているので、発電単価にすぐ反映されるわけではないからです。また日本のコロナ対策対GDP比は世界1位。2位がドイツ、3位がイタリアですが、エネルギー輸入依存度が高い国とほぼ同じ国が並んでいます。つまり自国が稼いだお金がエネルギー資源を買うために外国に逃げてしまっているのです。
これからの日本のエネルギーをどうすべきか考える前にまず、資源がなく、他国とエネルギーインフラが一切つながっていない日本の特殊性の理解から始めなければなりません。しかも日本のエネルギー資源は、片道約20日間かかるタンカーによる海上輸送にほとんど全て頼っており、下図のオイルロードで通るマラッカ海峡は、インド洋、西太平洋を最短でつなぐ重要なポイントです。さて、今年2月にミャンマーで国軍がクーデターを起こし、抗議デモ隊との衝突により死者が発生していることに対し、国際的に非難の声が挙がっている中、中国は事態を静観しているのはなぜでしょうか。中国は2013年、軍事政権だったミャンマー国内に無償でガスパイプラインを敷設し、インド洋に面したチャオピューと内陸の雲南省とを結び、さらに原油パイプラインも開通させ、マラッカ海峡を通らずに中東から原油や天然ガスを輸入するルートを確保しています。中国のエネルギー安定供給においてミャンマーは重要な意味を持つのです。
また、南シナ海問題の南沙諸島に軍事基地を作り拠点化しようとする中国に対しては、欧米諸国がその行き過ぎた海洋権益主張を牽制しており、米海軍は「航行の自由」作戦を実施しています。周辺は石油、天然ガス資源の存在が注目されていますが、海上交通の要であることから、日本にエネルギーという血液を運ぶこの大動脈がもし封鎖されたら、日本経済は壊滅的なダメージを受けることになります。しかし政府は国民に対してエネルギー争奪戦が既に起きている情報を詳細に説明していないのではないでしょうか。
今冬の大寒波による暖房需要で電力不足が懸念され、その原因にLNGの在庫減少が挙げられました。日本は発電燃料の約4割を備蓄が難しいLNGに頼っている現状ですが、アメリカからのLNGはパナマ海峡を抜けて輸送されており、通行船舶の急増や船員のコロナPCR検査などによりタンカーの渋滞が起こり、LNG不足で電気代が上昇傾向にあります。化石燃料に頼らず再エネで賄えばいいという意見もあります。しかし例えば、青森県六ヶ所村の太陽光発電所1基から発生する電力は、原油タンク1基から得られる電力のわずか15%です。また原子力発電所1基(稼働率80%)100万kWに対し、国内すべての風力発電所の出力累計(稼働率20%)は430万kWで、しかもCO2削減効果はほぼ同じなのです。
発電効率が悪く、私たちの電気料金から再エネ賦課金が徴収され、さらに、国内で使用されている太陽光発電モジュール、風力発電の部材はほとんどは外国製です。資材を購入するお金は海外に流出しているのです。日本の借金(=国債発行残高)は1,087兆8,130億円(2018年3月末現在)で世界一の借入額であり、また貿易赤字の最大の要因といえば、発電用燃料の輸入増加です。このような日本において、もし仮に、CO2削減のために石炭や石油火力を廃止して、原子力も停止したままでLNGや再エネだけに頼ると、供給不安のみならず、日本の財政や私たちの家計の行く末はどうなってしまうでしょうか。これまでエネルギーシフトは、例えば飛行機は石油でなくては飛ばないからというような、どうしてもそのエネルギー資源を使わなくてはならないという理由で起こり、社会情勢による要求に応えるために、大きな変革を繰り返しながら歴史が動いてきたのだと思います。注目されている水素エネルギーも現在は天然ガスから作られており、新エネから作ると私たちの負担が一層増加します。だからコロナ禍の今こそ、これまでのエネルギーの歴史をきちんと学び、世界の動きを注視する視点とエネルギーとの関連性を理解し、コスト、環境性能、普及の可能性などの条件を考慮しながら、資源がない日本にとって国を支えるエネルギー政策はどうあるべきか、慎重に選択していかなければならないと思います。
株式会社ユニバーサルエネルギー研究所代表取締役社長
1962年生まれ。85年、慶應義塾大学理工学部卒業。90年、東京工業大学大学院エネルギー科学専攻博士課程を修了。同年、(株)三菱総合研究所に入社。同研究所エネルギー技術研究部先進エネルギー研究チームリーダー兼次世代エネルギー事業推進室長、プロジェクトマネージャーを経て、2004年11月より現職。コメンテーター・解説等、ニュース番組などに出演。また世界エネルギー会議(WEC)委員、東京工業大学大学院・東京大学大学院非常勤講師、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員など歴任。主な著書に「東京大停電」。