今年の2月24日にウクライナに侵攻を始めたロシアに対し、欧米諸国による経済制裁が始まりましたが、その一つがエネルギーの脱ロシアです。一方で、世界ではカーボンニュートラル目標に向けてエネルギー政策を進めています。エネルギーを輸入に依存している日本は、今後どのような選択をすれば国民生活を維持できるのか、石川和男氏(社会保障経済研究所代表)にお話を伺いました。
西側諸国は現在ウクライナに侵攻を続けているロシアのエネルギーから脱却を目指していますが、日本の場合ロシアからどのくらいの割合で輸入しているのかというと、2020年には石油が4%でシェア5位、天然ガスは9%でシェア5位、石炭は11%でシェア3位でした。天然ガスの場合、6、7割がLNG火力発電で使用されています。また石油は中東からの輸入が90%近くを占めていますが、火力発電にはほとんど使用されていません。1970年代のオイルショックをきっかけにして脱石油が進み、代替の原子力発電とLNG火力発電が増加、2011年3.11までは電源別発電電力量構成比はLNG1位、原子力2位、石炭3位、水力が4位を占めていました。
また、世界各国はカーボンニュートラル目標を掲げていますが、確かに化石燃料を減らすことは必要だと思います。ただしCO2削減という理由よりむしろ、化石燃料は将来的に枯渇する、採掘のコストに見合わないほど減少するという理由からです。日本は2050年のカーボンニュートラル宣言をしており、一方、中国は2060年、インドは2070年を目標にしています。高い目標を掲げるのはいいですが、実現できるかどうかは別問題だと思います。世界のエネルギー起源CO2排出量の上位ランキングは、中国、アメリカ、インド、ロシア、そして日本です。人口が多いからエネルギーを大量に使うためやむを得ない面もある一方で、例えば、西側諸国が中国に工場を移転させ、大量のエネルギーを使って生産しているから中国のCO2排出量が多いわけで、中国を非難するならば、それぞれ自国内に工場を作ればいいということになります。一方の中国は、したたかな国家戦略として「世界の工場」であり続けたい狙いがある上に、2010年、尖閣諸島で中国漁船との衝突事件が起こった時には、対日報復措置としてレアアースを日本に対し禁輸しました。このような外交や経済問題にも発展しかねません。
今回、ロシア産エネルギー脱却について、日本政府としては明言を控えています。サハリンの石油・天然ガスプロジェクトは民間企業によるものであり、特に依存度が1割もある天然ガスについては、代替エネルギーが確保できなければ、今後もロシアとの取引を継続することで官民が歩調を合わせていきます。「ロシアがウクライナに対して残虐行為を行ったのだから資金提供になるような取引はやめるべき」といった理想論では、エネルギー問題は解決できません。
日本の2030年度の新しいエネルギーミックス目標において、一次エネルギー供給の割合では、運輸部門におけるガソリン車減少がそれほど進まない見込みから石油が31%程度と最も多くなっており、2番目の再エネは22〜23%程度です。再エネはカーボンニュートラルのために必要ですが、例えば東京都は一戸建ても含め新築建物に対し太陽光パネル設置義務化の条例制定に向かっているものの、住宅メーカーなど施工者側への義務化であり建築主に対する義務化ではありませんし、国としては価格高騰の危惧から実現化を控えており、実効性がどこまであるのか不明です。私は、太陽光パネル設置については、まず森林破壊によるパネル設置はやめて、地域を指定し投下資源を集中する方向性を国が示すべきではないかと考えます。
2030年度の電源構成目標では、再エネが最も多く36〜38%のシェアで主力化するように見えますが、再エネを種別に分けて発電電力量を分析してみると、実は原子力が最も多く、天然ガス、石炭の次に太陽光が並びます。化石燃料は船舶のみによる輸入頼みですから、国家安全保障の観点から考えてもちろん減らしたほうがいいですし、カーボンニュートラルの面から見て再エネを増やすのはいいと思います。しかし効率性や費用面を考えると、火力発電は稼働し続けた方がいいと考えています。なぜそれほどまで高いコストをかけてCO2を削減する必要があるのか疑問に感じています。というのは、かつて行政の立場にいたため、行政というのは国民全員の幸せを考えることであり、化石燃料を減らすことにより、中所得、低所得層の人の電気代や税金など負荷の割合が増して家計を圧迫するような政策はすべきではないと思うからです。
今年の3月22日、東日本で電力需給ひっ迫による節電要請が政府から出されました。福島沖の地震の影響で一部の火力発電所停止が継続しており、さらに気温低下で電力需要増が見込まれたからです。需要ピーク時には、東京エリア、東北エリアで石炭、LNG火力共に100%の設備利用率で、揚水発電がうまくいかなかったら危なかったと電力会社の担当者から聞いています。結果的に、節電の効果があり、さらに当日の夕方から気温が上昇したため、ブラックアウトの危機は免れました。都心のビル内にいた私は、エレベーターのみが動き、暖房や電気が消されるのを体験し、窓の外を見るとタワーマンションの照明はほとんど消されていました。
GDP世界第3位の経済大国なのに節電しなければ電気が足りない状況に陥ったのは、3.11まではベース電源だった原子力発電がほとんど停止して火力発電に依存しているからです。もし停電が起きれば、病院では自家発電が使えるでしょうが、自宅で電気系統の治療機器を使用している病人がいたら生命の危機ですし、また猛暑でエアコンが使えない場合は高齢者や子供、体が弱い人はダメージが大きくなります。福島第一原子力発電所の事故を受けて、日本全国すべての原子力発電所の審査を原子力規制委員会が行うようになり、時間がかかり過ぎて再稼働が進まなくなっています。世界ではこれまで3つの大きな原子力発電所の事故、1986年の旧ソ連、今のウクライナのチェルノブイリ(チョルノービリ)、1979年のアメリカ・スリーマイル島、そして2011年の福島を経験してきました。文明社会ではあらゆるところで機械の使用が増え、天災あるいは人的ミスにより事故のリスクを負いやすくなりました。とはいっても発電所の場合は事故のリスクと比べ、エネルギー需給問題による停電のリスクも同じように重大と言えないでしょうか。
原子力発電を再稼働させるのは、なぜいいのか。それは化石燃料の輸入量が減るからという単純な理由です。そしてCO2を排出しないとはいえ、再エネはエネルギーとしての絶対量が不足し、太陽光や風力は人為的に発生させられないので、必要な時に手に入らないエネルギーです。再エネと同じくCO2排出がないにもかかわらず、「原子力はやめて全て再エネで賄えばいい」と主張する人がいるのは信じられません。また2021年度の電気料金単価は、震災前と比べると、家庭向けで約27%、産業向けは約29%上昇しています。再エネの賦課金は制度として始めた以上は仕方ないとしても、化石燃料費の上昇の影響を抑えるためには原子力発電の再稼働を急ぐべきだと思います。
福島第一原子力発電所の事故以降、メディアは原子力を悪者として取り上げる風潮があります。また注目されてきた福島第一の敷地内に大量に貯まったタンクの処理水は、ようやく2023年春頃からの海洋放出が決定しましたが、昨年には方針決定されていたのに規制委員会の了承を得るまで1年かかったり、メディアの放出反対論調も一部で強くあり、このままではまた延期の可能性があります。処理水は一気に放出するわけではなく少しずつ放出するため、終了まで30年以上かかると予測され、敷地内タンクはなかなか減らないという問題も残っています。
世界に目を向けると、1973年のオイルショック時と2018年を比較した一次エネルギー全てにおいて、総量は増加しており、石油のシェアは減少、天然ガス、原子力のシェアは増加、石炭はやや増加しています。1992年ブラジル・リオデジャネイロで開かれたサミットで155カ国により調印された国連気候変動枠組条約で始まったCOP(締約国会議)ですが、地球温暖化対策のため化石燃料を減らそうと毎年話し合っているにもかかわらず、現実はあまり変わっていません。
また、世界の電源構成比において1973年と2018年の比較では、石油は24.8→2.9%と激減し、石炭は38%程度でほぼ変わらず、天然ガスは12.1→23.1%と2倍に増え、原子力は3.3→10.2%と3倍に増えています。また再エネでは、水力が20.9→15.8%と減っているのは開発し尽くしたからと考えられ、その代わり新しい再エネが0.6→9.8%と増加しています。その中で増えているのは、太陽光ではなくバイオ燃料や風力です。ドイツを訪れた時に、日本の環境省にあたる組織の担当者に話を聞いたところ、設備が大規模な風力発電と異なり太陽光発電は一般人が導入しやすいため、ドイツでは2008〜09年にかけて太陽光バブルが起こり、その後パネルの付け替えや放置などによる廃棄問題に悩まされているということでした。日本の太陽光バブルは2012〜14年ですから、そろそろ同様の問題が表面化してくると思います。
各電源の燃料を比較してみると、100万kWの発電設備を1年間運転するためには、原子力の濃縮ウランは10トントラック約2.1台分と少量で済むのに比べ、化石燃料の天然ガス、石油、石炭はいずれも大型の船舶で海外から運ぶしか手段がなく、コストがかかります。ではCO2が出ない原子力と再エネの設置に必要な面積を比べてみると、100万kW級の原子炉と同量の発電電力量を得るためには、太陽光では山手線の内側いっぱいの面積にパネルを敷き詰めることになり、風力発電は山手線の内側の3.4倍の面積が必要になります。
多面的な視点から考えると、カーボンニュートラルのために再エネを最重要視するエネルギー政策は信用できないと思います。もちろん産業政策として、太陽光パネルを取り付ける工務店の雇用増加や技術の継承などは必要ですが、再エネを原子力や火力の代替エネルギーとして考えるのは間違いであり、それぞれのエネルギーを並行して使いながら、経済や社会を振興させていくのが、適切な方向ではないかと考えています。
社会保障経済研究所代表
1965年福岡生まれ。84~89年東京大学工学部。89~2008年通商産業省・経済産業省、内閣官房 (電力・ガス自由化、再生可能エネルギー、環境アセスメント、国内石炭合理化、産業保安、産業金融・中小企業金融、割賦販売・クレジット、国家公務員制度改革などを担当)(退官前後より、内閣府規制改革委員会WG委員、同行政刷新会議WG委員、東京財団上席研究員、政策研究大学院大学客員教授、東京女子医科大学特任教授、専修大学客員教授などを歴任)。11年〜社会保障経済研究所代表(これ以降、多くの企業・団体の役員、顧問などに就き、現在に至る)。20年9月〜経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー、21年4月〜北海道寿都町・神恵内村地域振興アドバイザー。現在、BSテレビ東京『石川和男の危機のカナリア』など、TV・ネット番組などでアンカー、コメンテーター、クイズ番組回答者として出演多数。実業として、幼児・小学生・高齢者向け脳育事業、ベンチャー投資など。著書に『原発の「正しいやめさせ方」』(PHP新書)など。