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2022年度冬季メンバー勉強会

《日 時》
2023年1月19日(木)13:00〜16:30
《会 場》
経団連会館2階 国際会議場(東京都千代田区大手町1-3-2)

ETT企画委員が企画した勉強会は、会場とWEBのハイブリッド方式で行いました。2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、欧州からエネルギー危機が起こり、その波は世界各国に影響を及ぼしています。中でも独自のエネルギー政策を取ってきたドイツはエネルギーの危機的状況にあると言われていますが、その実情について川口マーン惠美氏(作家・独ライプツィヒ在住)にお話を伺った後、メンバーによる意見交換と質疑応答を行いました。

講演
エネルギー危機、インフレ・・、ドイツが危ない!〜夢想家たちによる非現実的な政策の数々〜


世界に規範を示そうと選択した非現実的なエネルギー転換策

ドイツに住んで40年、ドイツ人の考え方は手に取るように分かりますが、それでも同じように考えることはできません。例えば昨年のサッカーW杯。カタール開催は10年以上前に決まっていたにもかかわらず、開催直前にドイツの内務大臣が差別反対を理由に開催は間違いだと主張し、選手は差別反対を表す腕章着用を予定していましたが、FIFAが禁止したことへの抗議のため、試合当日に選手たちは口を覆う仕草で集合写真に写っていました。国によって価値観はそれぞれなのに、ドイツ人は世界に範を示そうとする癖があるようで、エネルギーについても世界に規範を示そうと非現実的な転換をしたために、今は破綻に近い状況に追い込まれています。

2011年3月の福島第一原子力発電所事故を受け、ドイツは従来の脱原発計画を前倒しにし、22年末の脱原発の完遂を目標にしました。その後、17基あった原子力発電所は徐々に止められ、22年には、最後の3基が動いていた状況です。政府は電力不足にもかかわらず、当初、計画通り、この3基も停止するつもりでした。また、CO2排出量の削減のため、法律で38年の脱石炭も決め、炭鉱も次々に閉鎖されていきます。地表に露出しており、掘るコストがかからない安価な褐炭がこれまでドイツの産業を盛り立ててきましたが、政府は、それを再エネの風力発電に置き換えようと考えています。ドイツには、風車はすでに3万本も立っていますが、しかし、昨年は風不足により機能せず、電力不足になりました。

ドイツでは21年12月に新政権が発足しています。第1党となった中道左派の社会民主党(SPD)と、社民党よりも左に位置する緑の党、そして、自由市場主義を掲げる自由民主党(FDP)の3党連立です。ちなみにドイツの主要メディアは左寄りで、国民の間でも、保守系の党より左傾の党に人気があります。しかも、イデオロギーのためには現実を無視し、国益が損なわれてもやむなしというような選択に陥りがちな緑の党の人気が非常に高く、それが現在のエネルギー危機をさらに増長させています。

緑の党の経済・気候保護省大臣ハーベックは、再エネ促進でCO2を減らして気候対策を進めれば経済が繁栄すると主張していました。しかし脱原発と脱石炭を同時に進めたことにより21年初頭からエネルギー価格が高騰していたドイツでは、ロシアがウクライナに侵攻した後に始まったEUによるロシアへの経済制裁で、エネルギー逼迫と高騰に拍車がかかり、産業界も家庭も強烈なダメージを受けています。9月には10.9%というインフレのピークを迎え、中でも新電力や新ガスの顧客で、市場価格に連動するメニューを選択していた人が10倍超の料金値上げに見舞われました。そのため政府は国民や企業に補助金を出す政策を決めました。しかも現在、電気も足りず、貴重なガスを発電に回している状況です。産業界は、大停電が起きていないのは電気が足りているからではなく、操業を縮小しているからだと政府の政策を非難しており、大企業の中には今後を見据えて国外への脱出を検討し始めているところもあります。しかし体力のない中小企業は料金の高騰に耐えきれず今後倒産が増え、失業者増加で不況になることが予想されます。


ロシアからのガスパイプラインへの依存が生んだ切迫状態

ドイツでは世帯数の半分がガスで熱と温水を賄っており、厳冬にガスがなくなると死者が出る可能性さえあります。それでもまだドイツは、ロシアがウクライナに攻め込むまでは、21年9月に完成したロシアからの海底ガスパイプライン、ノルトストリーム2の開通を確信していました。バルト海の海底をロシアと結んでいるノルドストリーム1は2011年に完成し、ソ連崩壊後に経済が崩壊したロシアと、東西統一後、景気がどん底だったドイツにその後の繁栄をもたらしました。そこで13年に2本目の計画が持ち上がりましたが、EU、アメリカ、ウクライナが反対。EUはこれ以上のロシア依存は危険だという理由から反対し、ロシアの脅威からNATOで欧州を守っているつもりのアメリカも、欧州の要のドイツがロシアと手を組むことは、当然、許せませんでした。また、ウクライナは、海底パイプラインの充実で、自国を通る陸上パイプラインが用済みになり、莫大な使用量が入らなくなるため反対。そんなわけで20年、工事は一時中断しましたが、21年にバイデン大統領が就任し、当時のメルケル首相と対談後、急遽再開が決まり、同年9月に完成したのです。ところが22年、ロシアのウクライナ侵攻で西側諸国の制裁に準じて稼働を見送ることになりました。それでも、ドイツはまだ諦めていなかったようですが、9月にはパイプラインは1も2も何者かにより爆破され、これより、ドイツの本当の苦悩が始まりました。一体誰が破壊工作をしたのかはいまだに解明されていません。

安価なロシア製ガスがなくなったら他から液化天然ガスを輸入するしかありませんが、ガスを-162℃まで冷却し液体にしてタンカーで輸送して、これをターミナルで気体に戻すため価格が高くなります。これまで、受け入れ基地さえ持っていなかったドイツは、今や、アメリカや中東からのガス受け入れのため、基地建設を急ピッチで進めている最中です(最初の浮体式基地2基がすでに完成)。 


環境対策とエネルギー不足対策の矛盾を抱えるドイツ政府

3党連立の政権内はまとまりを欠いたものになっています。国民全体が長らく反原発だったこと、そして、その世論形成に貢献してきた社民党と緑の党が政権を仕切っていますから、自由民主党(FDP)のリントナー財務大臣が原発の稼働延長を主張しても受け入れられません。緑の党が率いる経済・気候保護省は、エネルギー、および電力がここまで逼迫しているというのに、遅くとも23年4月には原発を止める方針で、その代わりに、石炭火力の再開に踏み切ることを決定しました。エネルギー政策としては、完全なる矛盾です。しかも、この決定は、これまで脱石炭で共同戦線を張っていた過激な環境団体との間に深刻な確執をもたらしました。そこで、窮地に陥ったハーベック大臣は、石炭火力の使用は一時的なものであり、その代わり、2038年の脱石炭を8年早めるという条件を提示し、環境団体の矛先を逸らすことを試みました。緑の党のイデオロギーに固執した、国益や国民の利便を全く無視したディールです。

ドイツ人は環境意識が高いと言われていますが、現実に即した政策を取っているとは言えません。すでに風力発電の風車の数は国内で3万基を超えているのに、ハーベック大臣は、それを少なくとも2倍に増やす方針で、国土の2%を風車の建設のために提供するよう、各州に通達しています。しかし、風車はいくら増えても、風がなければ発電しません。また内燃機関の車の新規登録は2035年には禁止、30年には電気自動車の1,500万台達成目標を掲げています。さらに24年からはガス、石油の暖房新設を禁止し、ヒートポンプに転換すると言っています。しかしヒートポンプは高額な設備費の負担や設置工事の問題があり、これも現実的ではありません。また、石炭火力終了という法律を掲げつつ、現在、予備の石炭火力発電所を立ち上げる法律も併用という矛盾を抱えています。電力会社にとっては発電所を待機させるにはコストがかかるため、国民が電気代で、膨大な補償を肩代わりしています。いずれにせよ、緑の党は再エネにすれば価格が下がると主張していますが、実際には、再エネを増やせば増やすほど、消費者の負担は増していきます。気の毒なのは国民で、矛盾したエネルギー政策のためにますます負担が増え、エネルギーの節約も強いられています。 


日本が取るべき国益を守るためのエネルギー政策とは
 

環境先進国としてドイツを称賛してきた日本人は、理念が先走り非現実的なエネルギー政策を取ったせいで苦境に陥っているドイツの現状から学び、現実的な解を求めて声を上げる転換期を迎えているのではないでしょうか。また日本のメディアが、いわゆるドイツの緑の党系の意見だけを伝え、もう一方の意見を取り上げていないという現実を認識する必要もあると思います。私は個人的には、日本に入って来ない情報の方に少なからぬ理があり、現実的で、国益に沿っていると考えています。

欧米と足並みを揃えることは間違いではありませんが、日本には日本の事情があります。やみくもに欧米に追従し、ロシアに対する制裁を進めて、果たして日本の国益は守れるのかと危惧します。例えばEU加盟国のハンガリーはロシアから天然ガスの大半を輸入しているため、EUがロシアをボイコットすると言った時に、「ロシアからのガス輸入を止めたら私は自分の国民も経済も守れない」として、ボイコットに加わりませんでした。政治家の最大の任務は、国民の生活を守ることであり、私はこれには誰も反論できないと思っています。このまま、ロシアを敵に回せば、いずれ中国とロシアが結びつくでしょう。両方を敵に回すことは日本にとって最悪の状況であり、海上封鎖も含め、エネルギーが全く来なくなる危険さえあります。過去の戦争が全てエネルギー獲得を巡って起こっていることを、思い出すべきです。

今や西側では、気候温暖化防止のため脱炭素が主流になっており、脱炭素にそぐわない投資は行われなくなっています。しかし、日本の輸出産業で重要な地位を占めているのは、自動車や火力発電プラントで、特に高性能で燃焼効率に優れている日本の火力発電は輸出の花形の一つでした。途上国が発展するために必要なのはまず電力で、電力がなければ産業も、農業も、教育も何も成り立たず、民主主義どころか、豊かな暮らしさえ望めません。だからこそ、安価な石炭で運転できる火力発電は、途上国が喉から手が出るほど欲しいものなのです。ところが、途上国と、そして日本にも多大な利益をもたらす火力発電プラントの輸出支援を、日本政府は止めてしまいました。CO2を出すからという理由です。こんなことをしていると、結局、途上国はロシアと中国に頼るようになります。なお、新しいエネルギーとして注目されている水素に関しては、現在、日本の特許申請が最も多く、世界の先頭を走っている状態です。ただし実用化で採算が取れるまでには時間がかかるので、開発を企業に丸投げしていると、その間に国策として力を入れている中国やドイツに追い抜かれる可能性があります。特にドイツは、アフリカの再エネでグリーン水素を生成し、それを欧州へ輸入するプランなどを進めています。日本政府も、将来を左右するような先進技術のチャンスに対しては、十分な援助をすべきだと思います。

国情は、それぞれどの国も異なります。日本が国際社会で他国と協調していくことはもちろん重要ですが、国力が弱まったら、国民の生活を守ることはおろか、他国との協力も、途上国の援助も、さらには主権を守ることさえできなくなります。だからこそ、政治家は日本の国力を維持するため、ジャパンファーストの思想が必要なのです。経済の要は、今も昔もエネルギーです。特に、世界がエネルギー危機に襲われている今、日本は、今ある頼りになるエネルギーとして、原発を最大限に活用すべきだと考えます。 




講演後にグループディスカッションを行い、感想を伝えたりマーン氏との質疑応答を行いました。
「ドイツの一般の消費者は値上げに対する反対運動を起こさないのか」という問いかけには、「今回のウクライナ侵攻によるエネルギー価格上昇に対し暴動が起こると言われていたが、警戒した政府は上限価格を設定したり補助金を出すことを決めたりしたため、激しい抗議は起こらなかった」との答えでした。
「他国の論法に負けず日本は日本のために独自のエネルギー政策を取れるのだろうか」という問いに対しては、「輸入に頼る日本にとってリスクに対応できるのは原子力発電であり、一つの保証になると思う。確かに危険な面はあるが、再稼働しない場合にどんなリスクがあるのかということを一般の人がわかるように政府が説明すべきで、自分の国をどう守るのか明確なメッセージの発信は政治の責任だと思う」と答えられました。
「電気料金が高騰しているドイツでこれから先の見通しはどうなのか」という質問には、「今年から電気料金は2倍に上がり、稼働延長した原子力発電所3基も4月15日には全停止する予定なので、長期的に下がる見込みは一切ない。幸い今季は暖冬だが、状況改善の見込みはなく、次の冬の展望ができない状態だ」という答えでした。
また「長期的なものの見方をするためにはエネルギー教育が必要だが、ドイツではどうなのか」との問いには「環境保護に関する教育は幼稚園から始まり、原子力についても否定的に教えているが、これからの若い世代はエネルギー危機に直面するので、社会人になって産業界に入れば実情がわかるはずだ。またCO2増加がこのまま進むと地球は人間の住めない星になると恐怖感を煽るような教育も気になる」と答えられました。
「エネルギー問題で日常生活において困った具体例を聞きたい」という質問には「日本人家庭では入浴を2日に1度に減らしたり、ドイツ人家庭ではひと部屋だけ暖房して他はしないで我慢している。またガスがなくなるかもしれないという噂で電気ヒーターがよく売れたが、国民が一斉につけたらブラックアウトになると報道されたので、今は我慢する他ない」と答えられ、 「ドイツ政府に対して言いたいこととは何か」については「国民は真面目だからエネルギー節約に励んでいるが、一番大事なのは、政府が国益のため国民のための政策を選択し国を率いてほしいということだ」と答えられました。 



川口マーン惠美(かわぐち まーん えみ)氏プロフィール

作家・独ライプツィヒ在住
1956年大阪府生まれ。日本大学芸術学部音楽学科ピアノ科卒業。82年渡独。85年シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科卒業。現在はライプツィヒ在住。『ドイツの脱原発がよくわかる本 日本が見習ってはいけない理由』(草思社)が第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、『復興の日本人論 誰も書かなかった福島』(グッドブックス)が第38回同賞の特別賞を受賞。その他、『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)、『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)、『左傾化するSDGs大国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)など著書多数。




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