エネルギー価格の高騰や需給逼迫など私たちが身近に感じるエネルギー問題について、地球温暖化対策や最近のウクライナ情勢を受け世界の動向はどうなっているのか、また日本の取るべき方向性はどのようなものなのか、有馬純氏(東京大学公共政策大学院特任教授)にお話を伺い、その後、石窪奈穂美氏(鹿児島県立短期大学非常勤講師/消費生活アドバイザー)をコーディネーターに迎えて会場からの質疑応答を含めた対談トークが行われました。
パリ協定には2つの大きな特色があります。世界全体の目標として産業革命以降の温度上昇を1.5℃〜2℃に抑えること。そして各国は国情に応じて温室効果ガス削減・抑制目標を設定し、2023年から5年ごとに目標に向けた進捗状況を報告し国際的レビューを受けることです。ところが最近では1.5℃を目指すことが事実上の標準になり、達成には2050年のカーボンニュートラルが必要、2030年には世界全体で現時点からCO2の45%削減が必要という試算があります。2020年に世界中でコロナ感染の影響を受けロックダウンにより経済活動が低下し、エネルギー消費が減少。19年比でCO2排出は5.8%減少しましたが、30年に45%削減するためには、これを上回る7.3%削減を毎年行わなければならなくなり、実現可能性はほぼゼロだと思います。
これから経済がどんどん成長する途上国は、より豊かになるために今まで以上にエネルギーを使うので、CO2の排出は当然増えていきます。またSDGsの17の目標の一つ気候行動は、先進国スウェーデンでは優先度1位ですが、世界最大のCO2排出国、中国では15番目で、途上国にとって優先度は低くなっています。また先進国の中で最もCO2排出が多いアメリカにおいても、温暖化対策のために追加で負担できる電気代についての国民調査において、最も多かったのは月1ドルで、月10ドルでは7割が反対を唱えています。ところがIEA(国際エネルギー機関)発表のカーボンニュートラル実現シナリオでの負担金額をアメリカに当てはめると、2025年時点で年間1,200ドルの負担をしなければならず、国民が受け入れるとはとても思えません。
しかも現在、世界はエネルギー危機に陥っており、化石燃料価格が上昇しています。エネルギー価格上昇は食料品価格の上昇にもつながり、世界全体でスタグフレーションのリスクがあると言われています。エネルギー価格上昇の影響を最も受けたのが風力等の再エネを推進してきた欧州で、昨秋から風況が悪い中でバックアップ火力の天然ガス需要が急増し、世界がコロナからの経済回復で需要が高まる中、価格が一層急騰しました。化石燃料の受給逼迫が生じた場合、通常は供給を増やす投資が増加するのですが、温暖化防止のため「化石燃料投資は悪」というパーセプションが蔓延し、新規投資が滞っているため、需給逼迫が改善されなくなっています。
世界の現実のエネルギー情勢と、温暖化防止を議論するCOPの考え方には大きな隔たりがあります。21年秋に開催されたCOP26で採択されたグラスゴー気候協定では、議長国イギリス主導で、温度上昇1.5℃抑制を前面に出し、30年の全世界のCO2排出を10年比45%削減することも盛り込まれ、極めて野心的メッセージを打ち出しました。世界全体のCO2排出量の上限を設定するような意味合いがあり、今後に向けて大きな火種になっていきます。というのは、経済発展を目指す途上国は、先進国こそカーボンニュートラル達成時期をより早め、途上国に対して温暖化対策に必要な支援金の増加を求めるようになるからで、今年11月にエジプトで開かれるCOP27でも途上国から先進国に対して資金援助拡大の議論が強まってくると思います。
日本では2020年秋に当時の菅首相が2050年カーボンニュートラル宣言をしました。すでに欧州では宣言が進んでおり、トランプ政権下でパリ協定から離脱したアメリカでは、2050年カーボンニュートラルを目指していたバイデンが大統領就任後は温暖化対策重視に方向転換、昨年4月にオンラインで世界主要40か国参加の気候サミットを開きました。各国の目標をより引き上げる要請に対し、日本は2030年46%減と言ったわけです。ところが経産省は当時エネルギー基本計画の見直しを行っており、それまで13年度比26%減の目標からコスト度外視でもせいぜい40%減が限界なのに、一気に目標値を上げてしまったのは、アメリカ、欧州に遅れを取るわけにはいかないと政府が判断したからです。いろいろな案件を積み上げた結果ではなく、2050年のカーボンニュートラルを出発点に現状と結んで出したこの機械的な数字には、エネルギーセキュリティ、経済効率、環境保全のバランスが欠落しています。
昨年11月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画も実効性に疑問が残ります。電化が脱炭素化のポイントなのに電力需要は減るという前提があり、総発電量のうち再エネのシェアを22〜24%→36〜38%と1.5倍に引き上げ、一方で化石燃料を引き下げ56%→41%、原子力は同じ20〜22%になっています。懸念されるのはエネルギーコストへの影響です。2015年の世界の産業用電力料金の比較を見ると、日本は、中国、韓国の2倍、アメリカの3倍と高くなっています。日本と比較的近いレベルに見えるドイツでは実は、製造業を国際競争上の不利から守るために、大幅な再エネ賦課金減免、電気税減免をしているのです。ただでさえ負担が大きい日本の製造業が46%削減目標により負担が増すのは確実で、将来日本の産業競争力にマイナス影響を与えると思われます。
日本は、他の先進国と比べて大きなハンディキャップがあります。国内には化石燃料資源がほとんどなく、送電線やガスパイプラインのネットワークがあり相互融通が可能なEU参加国と比べ、島国で、しかも日本と価値観を共有していない韓国、中国、ロシアが隣国ですから、国内で全て賄わなければいけません。日本には無尽蔵な再エネがあると言われていますが、山がちの国なので平地面積あたりの太陽光発電設置率は既に世界一の水準です。また、遠浅で海底に固定する着床式の洋上風力を作りやすいヨーロッパの海域と違い、日本の沿海はすぐに深くなるため、浮体式というコストがかかる風力発電しかできず、また夏場の風力は弱いため欧州並みの低い発電コストを実現することはできません。エネルギー自給率は先進国中で最低に等しく、それなのに再エネ導入を増やせばコストがますます上がり、日本経済の重荷が増してしまいます。ここまで考えれば、再エネだけに注力するのではなく、持てる選択肢は全て使わなくてはいけないと思います。そのためには、福島第一原子力発電所の事故以降、避けて通ってきた原子力に手をつけざるを得ません。
IEAは、世界全体でカーボンニュートラルあるいはパリ協定と整合的なエネルギーミックス実現の絵姿を示していますが、国別のエネルギーミックスで、日本では原子力のシェアを2040年に29%にしており、この数字は再稼働に限らずリプレースや新設を想定しています。原子力を排除して脱炭素化とエネルギー安全保障を両立しようとすると、日本はかなり負担が増えてしまう状況を是非記憶してほしいと思います。そしてこうした制約条件に、さらに難しい課題を強いているのがウクライナ戦争です。
エネルギー大国ロシアに依存してきた欧州は、ウクライナ戦争の影響を最も深刻に受けエネルギー価格が上昇していますが、世界のどこかで需給逼迫が起これば他の地域にも波及し資源価格は上昇します。日本の場合、長期契約に基づいて天然ガスを調達しているので現在は欧州ほど価格は急騰していませんが、対露制裁に参加しているため、サハリンのLNGがロシアの報復措置の対象になれば、スポット価格が上昇している国際市場で調達することになり大きな影響を受けます。
アメリカはエネルギー大国ですからロシアに依存する必要はないため、ウクライナ戦争を受けいち早くロシアからの輸入禁止を打ち出しました。しかし温暖化対策を取るバイデン政権によるアンチ化石燃料対策のせいでガソリン価格が高騰したため、中間選挙に向けて国内のインフレが最大の課題になっています。ただし今年8月には、インフレ抑制法案が上下院で可決され成立しました。この法案では、クリーン電力や、太陽光パネルなどの生産、電気自動車や燃料電池車の購入に対する財政支援が盛り込まれ、米国史上最大の気候変動関連支出になっています。
元々温暖化防止に熱心な欧州では、ロシアの燃料依存を断ち、さらに化石燃料への依存脱却の方針を打ち出しています。ただ足元のエネルギー価格の急騰には対応せざるを得ません。フランス、イギリスでは、再エネだけでエネルギー安全保障と温暖化防止の同時達成はできないと考え、原発増設に舵を切っています。ドイツでは、今年末に脱原発を完了する予定でしたが、今年9月、シュルツ政権は2基については来年4月までは稼働可能な状態を維持する決定をしました。現在のドイツ政権には、反原発を旗頭に掲げていた緑の党が参閣していますが、今のエネルギー危機に対処するためにはなりふりかまっていられない苦渋の決断だったと思います。
従来、ロシアのパイプラインガスに依存してきた欧州が一斉にLNG調達に走っているため、世界のLNGマーケットでは争奪戦が続き価格が急騰しており、その影響はアジア諸国にも及び、これまで安価な石炭依存度が高かったのに温暖化防止の動きの中で石炭からLNGに転換しようと考えてきた国は、価格高騰で石炭を使わざるを得なくなり、世界の温室効果ガス削減にとってもマイナスにもなります。こういう情勢の中でしたたかに対応しているのが中国です。ロシアとの連携を強め、ロシア産エネルギーを安く調達し、ウクライナ戦争以前から、世界中に安い価格の太陽光パネルの輸出や、電気自動車や洋上風力の輸出も進めています。先進国では再エネ機器普及で儲け、一方で一帯一路を通じて途上国には石炭火力を売っています。中国が世界の脱炭素の流れ、ウクライナ戦争もうまく利用して漁夫の利を得ている状況は日本の安全保障上、決して望ましくはありません。
今年6月のG7では、ロシアを非難しつつも、やはりグラスゴー気候協定の達成という欧米の論調が前面に出た野心的声明がなされました。ただしG7と並んで注目されているG20には新興国も含まれ、G7と相当の温度差があり、世界のエネルギー需要、CO2排出に占めるシェアにかんがみればこちらの動きの方がむしろ重要ではないかと考えられます。8月のG20会議では、20か国・地域の環境・気候相会合が開催されましたが、グラスゴー気候協定や1.5℃目標への言及に中国、インド、サウジが反対し、ウクライナ戦争をめぐるロシアとの対立という論点を抜きにしてもG7諸国とそれ以外の対立が深く、共同声明採択が見送られました。これまで化石燃料をたくさん使って豊かになってきた先進国が温暖化防止を理由に化石燃料関連の投資を阻害している結果、エネルギー危機が長期化し、途上国の苦境が続いており、途上国の反発が強まっているように思われます。ただでさえウクライナ問題で世界が分断されている中、温暖化問題でも分断化が深まるのではないか、その中で影響力を増すのは中国だと私は思っています。
地球温暖化問題は大切であっても、現在のエネルギー危機の状況では優先順位は下がり、2030年45%目標は遠のくでしょうし、またウクライナ戦争で先進国の軍事費拡大により途上国支援の金額も不足、そうなると途上国側も温暖化対策を遅らせる、という悪循環になります。元々温暖化防止は、東西冷戦終結で国際的な協調機運が高まったときに注目されたので、新たな冷戦状態に陥っている現在は国際的な協力が必要な温暖化防止にマイナス影響を与えざるを得ないと思います。
日本としては、2030年46%削減を目指すとしても、これ以上のエネルギーコスト負担を国民が受け入れられるか議論が必要ですし、エネルギー安全保障と温暖化防止の同時達成を考えるのならば、やはり原子力は必須だと思います。最近、岸田首相は原子力の再稼働、活用についてはっきりと発言しましたが、再稼働実現のためには、エネルギーの危機的状況を地元自治体に理解を求め、また安全審査もクオリティは犠牲にせず効率的に進める必要があります。さらに新増設を進めるのであれば、再エネ推進の時と同じように政策的な後押しも必要で、首相の政治的指導力が一層求められると思います。そして、来年G7が開催されるのは日本、そしてG20はインドで開催されるので、重要な国際会議の議長をアジアの二か国が担います。欧米の方向性に走りがちな日本は、アジアの国々に受け入れられるエネルギー転換の現実的な道筋を示すことが重要です。
石窪 COPに16回参加し、日本の立ち位置や諸外国のしたたかさをどう感じたか。欧州はどうして交渉が上手なのか。
有馬 世界を救うために善意を持って世界中の国から参加し議論しているイメージだが、実は熾烈な国益のぶつかり合いがある。一番大事なのは、地球益以上に日本の経済的基盤をしっかり守る視点を持つこと。欧州は、統合が進み日本やアメリカに対し一つの共同体として競争できるようになった時、道徳的な高みという立ち位置を取るために温暖化アジェンダを掲げた。また欧州人は伝統的に世界中でキリスト教布教のようなミッションを行ってきたので、温暖化防止はある種の宗教のようになり、世界に対してスタンダードを提供する意気込みがあり、さらには欧州にお金が回ってくる仕組みを作っている。
石窪 日本のカーボンニュートラル宣言は到底実現できない目標に思えるが、どうとらえたらいいのか。
有馬 まだ20数年先の話で、2050年にできるかどうかは別として必ずカーボンニュートラルに向かうだろう。ただ、2030年46%削減目標に対して私は批判的で、コスト度外視で達成すれば経済の弱体化など失うものはあまりに大きいので、追加的コストが最も少ない削減対策の原子力を最大限使うことだ。
石窪 消費者として疑問なのは、なぜハイブリッドではダメで電気自動車が推進されているのか。
有馬 電気自動車自体はCO2を出さないが、環境に本当にプラスになるには、電気を作る電源構成も併せて考えなければいけない。今の日本の発電構成を前提に電気自動車を導入しても、おそらくハイブリッドとパフォーマンスは変わらない。また電気自動車が普及するためには、今のように電力需給逼迫があるような状況ではリスクがある。電気自動車自体の性能も、一回の充電にかかる時間を短縮、走行距離の延長などの課題がある。脱炭素化のための道筋としては、電気自動車だけでなく、水素やE-fuel、バイオ燃料などいろいろな手段で競争しながらコストを下げるべきだ。
会場-Q1 COP会議では前回の目標に対して達成できたできないについて話し合うのか。
有馬 ほとんどせず、前回の決定事項の細かい実施方法などを議論する。パリ協定のルールについてはこれから実施段階になる。
会場-Q2 地球温暖化のためにエネルギーを減らさなければならない一方、猛暑のために部屋をエアコンで冷やして命を守らなければならないと思うが。
有馬 エネルギーは我々の毎日の生活、企業の活動にとって、血液のような存在であり、エネルギー政策において最も大切なのは、環境問題よりエネルギーを安定的かつ低廉に供給することだ。
会場-Q3 太陽光パネルは、耐用年数を超えても再利用できるのか。
有馬 耐用年数はわずか20年で、あとは巨大な産業廃棄物になる。この問題を議論せずに日本では性急に買取制度を導入してしまった。先行するドイツでは太陽光発電事業者に対して、耐用年数を過ぎたらパネルを撤去・処分する費用の積立を義務付けている。また日本の太陽光パネルの8割は中国製であり、人権抑圧が問題視されている新疆ウイグル自治区で作られ、製造過程で使われている電力の大部分は石炭火力。日本の山林を伐採してまでの中国製パネルの敷設が、環境にとってプラスなのか、私は疑問を感じる。
東京大学公共政策大学院特任教授
1982年東京大学経済学部卒、同年通商産業省(現経済産業省)入省。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官、国際エネルギー機関(IEA)国別審査課長、資源エネルギー庁国際課長、同参事官等を経て2008~11年、大臣官房審議官地球環境問題担当。11~15年、日本貿易振興機構(JETRO)ロンドン事務所長兼地球環境問題特別調査員。15年8月東京大学公共政策大学院教授、21年4月より東京大学公共政策大学院特任教授。21世紀政策研究所研究主幹、経済産業研究所(ERIA)コンサルティングフェロー、アジア太平洋研究所上席研究員、東アジアASEAN経済研究センター(ERIA)シニアポリシーフェロー。IPCC第6次評価報告書執筆者。帝人社外監査役。これまでCOPに16回参加。著書「私的京都議定書始末記」(14年10月国際環境経済研究所)、「地球温暖化交渉の真実―国益をかけた経済戦争―」(15年9月中央公論新社)「精神論抜きの地球温暖化対策-パリ協定とその後-」(16年10月エネルギーフォーラム社)、「トランプリスク-米国第一主義と地球温暖化-」(17年10月エネルギーフォーラム社)。「亡国の環境原理主義」(21年11月エネルギーフォーラム社)