インターネットやSNSの普及により、大量の情報を受け取ったり、誰もが気軽に情報を発信できたりする今、私たちが注意すべき点とは? メディアリテラシー(メディアがもたらす情報を正しく理解し、活用する能力)の観点から、下村健一氏(白鴎大学特任教授/元TBS報道キャスター)にお話を伺い、質疑応答も行われました。
私は今まで3つの仕事をしてきました。1つ目はTBSの報道アナウンサー、後にフリーキャスターとしてテレビで喋る仕事を25年、2つ目は2010年の民主党政権において内閣審議官に任命され、内閣広報室で情報発信に従事し、後に民間アドバイザーとしても政府の言葉をわかりやすく伝えることに努めました。東日本大震災が起き、原子力発電所事故後には首相官邸で災害対策HPを立ち上げましたが、専門家の方々が寄稿する専門用語が一般の方には難しかったので、コミュニケーションを成立させるために修正していただいたこともあります。同様に、当時脱原発を目指していた官邸と原発維持の経産省の双方の資料作成にも、国民が理解を深められる文章になるようアドバイスを行いました。これらの経験を経て今は大学教授として10年目を迎えるとともに、高齢者セミナーや、ヨルダンの難民キャンプにいる子供たちなど、全年代向けに講習もさせていただいています。小学校5年の国語教科書(光村図書)に「想像力のスイッチを入れよう」を執筆したことにより、7年前から全国で約65%の子どもたちは、今日お話しする「情報に惑わされないための《4つのハテナ》」を学んでいることになります。
さて、今、北海道の皆さんを悩ませているコミュニケーション不全の1つに、寿都町での“核のごみ”受け入れ問題がありますね。北海道文化放送のHPで、先日放送された特集「“核のごみ”文献調査2年 17歳の提言 寿都町と福島県の高校生が交流」の動画を見ることができますが、私がこの中で「コミュニケーションの基本」と思った2つの言葉をご紹介します。1つは、寿都町の片岡町長による「耳障りな話はテーブルに上げて議論しようというのが私の考え方」という言葉、もう1つは福島県の高校生による「お金が欲しいというだけで手を上げたと思っていたが、そうではなくて未来の町のことを考え、リスクを背負ってまで引き受けようとする姿勢がかっこいい」という言葉です。耳障りな話を避けずにコミュニケーションをしようとする町長と、反対の意見でもちゃんと聞いてみようとする高校生、この両方の姿勢が大事で、コミュニケーションの始めの1歩が踏み出されることになります。そこからどうやって互いの情報を出していったら対話が成立するかがポイントで、今日はその「どうやって」を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
コロナの感染者数がまた増え出し、ワクチンを打つのか打たないのか? マスクをするのかしないのか? 科学コミュニケーションが混乱の渦中にあります。先日、10月20日にサイエンスアゴラ*の主催で「新型コロナのミス&ディスコミュニケーション」と題した、非常に興味深いオンライン討論会に出席しました。こちらも動画がアップされていますのでぜひご覧ください。「ミスコミュニケーション」とは誤解が行き交ってしまうこと、「ディスコミュニケーション」とはそもそもコミュニケーションが成立しない状態です。反ワクチン、反食品添加物、反原発など、絶対的な正解がない中で、個々の判断の分かれがシビアな対立を生んでしまっています。回避できる解決策として、メディアを1つに絞らないでいろいろな情報源を見ることが重要になります。ただし「情報の見方」を習得していないと混乱を深めるだけで、消化不良になったり逆効果になったりします。勉強熱心な人ほど、いろいろな情報を取る中で偏って深みにはまり、陰謀論に引っかかってしまうのです。ですからエネルギー勉強会の前提には、情報の取り方を学ぶメディアリテラシー勉強会が必須と私は考えています。
*国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)が主催する国内最大級の科学イベント。
不確実情報に対して「気を付けろ」「見極めろ」とよく言われますが、予備知識のない初めての情報が正しいか「どうやって」判断するのでしょうか? 情報をしっかり受け止めるための《4つの疑問》を身に付けていただくと、デマにかなり引っかかりにくくなります。
①「まだわからないよね?」=ソク断するな
初対面の情報の正しい受け取り方は「一旦止める」ことです。これができれば世界中で飛び交っているデマは大幅に減るのですが、止めずにすぐ拡散するので混乱してしまうのです。何が本当かを決めるのは予備知識がいるので難しいのですが、「これは新しい情報だから、まだわからないよね?」とつぶやく=決めないでおくことなので、今日からすぐ意識できます。例え自分の気に入る方向の情報でも一旦止めてください。特に止めるべきは「3密情報」です。①「密閉」情報…情報源が1つしかない閉じた情報、②「密集」情報…支持者がワッと集まる情報(支持者の数と信憑性は関係ない)、③「密接」情報…友人や家族など近しい人からの情報(近しさと信憑性は関係ない)には要注意です。情報が入って来たら頭の片隅に保留しておくと、後に続報が入って来るので信憑性がだんだんわかってきます。情報の受け止め方には2つあります。電源のオンオフのような「カチカチスイッチ」は、情報の正しさを白か黒か決め付けるので間違いが起こりがちです。対してスライドバーのような「スイスイスイッチ」は、白か黒の間でいつでもスーッと動かせるという受け止め方ができます。「スイスイ」は暫定的で、「カチカチ」がゴールと思うのは錯覚です。世の中にはよくわからないことがたくさんあり、豊かな情報の受け止め方をすることが大事なポイントなのです。
②「意見・印象じゃないかな?」=ウ呑みするな
一旦情報を止めたら次に「意見・印象じゃないかな?」とつぶやいてみてください。たいがいの情報は伝えた人の意見・印象と混ざって届くので、鵜呑みにしないで、事実と意見・印象を分ける習慣を付けましょう。例えばリポーターが「疑惑のAがコソコソと」と伝えると、リポーターの意見・印象に引っ張られて、怪しい人がまるで隠し事をしているように思えますが、元々姿勢が悪い人かもしれません。その情報をじっと見て、「スイスイスイッチ」で意見・印象っぽいことをざっくり取り除くと、情報災害をかなり減災できます。
③「他の見え方もないかな?」=カタよるな
次に、1つの見方に偏らず、情報をひねって見ます。ほかの見方の見つけ方は「想像力のスイッチを入れる」ことです。立場を変えて見ると、同じ情報でも全く違って見えることがあるのです。練習には「逆リポーターごっこ」がおすすめです。「人里に熊が出ました」という害獣駆除のニュースを熊の立場で逆リポートすると、「熊里に人が出ました」になります。ほかの立場を理解して足し算することで視野が広がっていきます。今ウクライナで起きていることもロシアから見ると、あるいはポーランドから見るとどうだろう?と、いろいろな立場から言葉にしてみてください。1つ立場を思いつくたびに、平面だった情報が二面体、三面体…と立体感を増していきます。これは偏った陰謀論に振り回されないためにも重要です。
④「隠れてるものはないかな?」=ナカだけ見るな
情報=スポットライトですが、光が当たっている所が全部ではなく、暗がり(選ばれなかった情報)が必ずあります。また、私たちは十字路で車の一部だけを見て、全体を直感する習性がありますが、この直感が時々大きな誤解をもたらすことがあるという自覚も持ってください。スポットライト(情報)の周りの暗がり(選ばれなかった情報)に視野を広げるためには、「密閉」情報に気を付けて、1分でもよいので別の情報源を探すことです。ほかの新聞や番組、ほかの友達はどう言っているか? 複数の情報をチェックすると違いに気付くことができます。情報の探し方のコツは、相手を選ぶことです。友達同士で「これ、そうなの?」と訊き合うのは「確認」でなく「拡散」です。大坂城に行く道が知りたかったら大阪に住んでいる人に聞くように、その情報に一番近そうな所を調べましょう。以前、「東京でも都市封鎖される」というデマが飛び交いましたが、東京都のHPを見れば一言も載っていないのでおかしいと気付き、広めないでおこうと判断することができたはずです。
さらに情報を広げて見るコツを2つご紹介します。SNSで「いいね!」ボタンを押すと、自分と気が合う人の意見ばかり集まるので、あえて「やだね!」と思う意見にも「いいね!」ボタンを押してみてください。何か物事が起こったらスマホの中に勝手にほかの見方も流れ込み、あなたの視野は強制的に広がります。もう1つのコツは、インターネットで検索をして候補が表示されたら、毛色が違っていそうな3つを選ぶことです。同じ所要時間で労力をかけることなく視野を広げることができ、インターネットが思い込みを壊す道具になります。
暗がり(選ばれなかった情報)に何があるかを想像すると、情報に振り回されずにすみます。「角の家が燃えているよ」と伝える時、「でもほかの家は燃えていない」とわざわざ言わないように、情報とは全て《選別》されたものなのです。韓国でMERSが流行した時、ソウルの映像にはマスクをした人ばかり映っていましたが、マスクをしていない人もいるよね?と思いを馳せることができるか。実際にはかなりの人はマスクをしていませんでしたが、ニュースにふさわしい人を撮り、編集されたものだったのです。日本でもコロナ禍でトイレットペーパーがなくなるというデマが飛び交い、空っぽの棚の映像や写真を見て皆が買いに走ったことで、デマが本当になってしまいました。しかしそうしたスポットライトの中の写真ばかり見ず、物流倉庫や製紙会社のHPを調べたり、「トイレットペーパー ある」で検索したりすると、周りの暗がり(選ばれなかった情報)が見え、在庫はあるとわかったのです。スポットライトに照らされた巧妙なフェイクニュースも、周囲の暗がりに視野を広げれば、かなり振り回されずにすみます。
今やSNSによって、皆が発信者として世界中に情報を届ける大きな力を持っています。発信者が情報加害者に、受信者が被害者になることを防ぎ、情報をしっかり届けるためには、発信する前に《4つの自問》も必要になります。
①「私は何を伝えたいの?」=明確さ
対面のコミュニケーションでは相手は最後まで話を聞いてくれますが、SNSを介した不特定多数へのコミュニケーションでは最初に大事なことを言うなど、文法から気を付けないといけません。また、対面と違って表情が読み取れないので、舌足らずな言葉を使うと相手が自己流に解釈して間違った形で広がっていきます。「そんなつもりじゃ…」と後から伝えても遅いのです。発信する前に「私は何を伝えたいの?」を面倒くさがらずにちゃんと考えないと、後でもっと面倒くさいことになりかねません。
②「キメつけてないかな?」=正確さ
決め付け表現の2大原因は「舌足らず」と「謙虚足らず」です。「舌足らず」は、相手と当然共有すべき前提や予備知識の伝え損ねや、ミスリードを招く表現をしてしまうことです。自分の意見・印象と事実は分けて伝えましょう。「謙虚足らず」は特にエネルギー問題では大事で、「正しい私たちが、間違った人々を教え導かねば」という潜在意識があると表現に表れ、相手との間に壁をつくってしまいます。上からの「No, But」ではなく、相手の不安や言い分をわかった上で足し算で情報を出していく「Yes, And」論法に徹することが、立場の違う相手との橋の架け方になります。また、こちらが間違ったことがあれば謙虚に言及しましょう。軽く流すと対話の回路は開かれず、次第に自戒も薄れていきます。
③「キズつけてないかな?」=優しさ
ある駅のエレベーター内に「こちらのボタンを操作しますと、通常より開閉に時間が掛かります」と表示されていました。忙しい一般客の中で、車椅子の人がこのボタンを押せるでしょうか? 何の悪意がなくても言葉の刃で人を傷付けていないか配慮が必要です。発信者は1ミリでも抵抗のハードルが低くなる、ネガティブにならない表現を探すことです。「通常より開閉の時間を長くできます」といったポジティブな表現にすると、ボタンを押しやすくなりますよね。2011年12月、当時の野田首相が「原発事故収束宣言」という言葉を使ったことで、まだ避難所にいる被害者の人々が激怒しました。収束ではなく、危機脱出などと言い換えたら傷付けることを回避できたかもしれません。
④「これで伝わるのかな?」=易しさ
私がボールを投げる=「伝える」と、相手がボールを受け取る=「伝わる」は1文字違いですが大違いです。相手に伝わって初めてキャッチボールは成立します。内輪の話や専門用語でないか? 相手は何を知りたいのか? どこまで知っているのか? など相手のニーズを考えないと、文字は伝わっても意味は伝わりません。大事なのはテクニックではなく、相手のことをとことん考える「思いやり」です。思いやりのある発信者の言葉には説得力があります。皆さんも科学コミュニケーションにおいて情報を周りの人に広げていく際には、思いやりを忘れないでください。
今日ご紹介した、情報をしっかり受けとるための《4つの疑問》と、情報をしっかり届けるための《4つの自問》さえマスターすれば、今後どんな情報ツールが現れても情報洪水に溺れません。情報が混乱しても動じない眼力と発進力・受信力をぜひ身に付けてください。
Q:強い先入観を持っている人に伝えたい情報がある時、どんな工夫をして話を持ちかければ受け入れやすくなるか?
A:「何を言っているの!?」とか、「でも」などと否定せず、「へえそうなの」と一旦は相手の情報をちゃんと受け入れた後で、「あれから気になって私も調べてみたらこんな考え方や対策もあったよ。どっちなんだろうね?」と、相手の情報を排除(引き算)するのではなく、自分の情報を違う景色として足し算する姿勢で示してみましょう。
Q:スマホで興味のある情報を見ると、同じような情報が多く入って偏ってしまう。どうしたらよいか?
A:情報には、自分が好きな情報、嫌いな情報、興味のない情報があり、受け取る情報量は限られているので、どうしても自分が好きな情報に偏ってしまう。しかも今は検索履歴のアルゴリズムによって、ますます同じような情報ばかり入って来るので時々はわざと嫌いな情報にもアクセスしてアルゴリズムを乱してやることも有効です。
白鴎大学特任教授/元TBS報道キャスター
TBSアナウンサー(スペースJなど)からフリーキャスター(筑紫哲也NEWS23、サタデーずばッとなど)まで通算25年、報道現場最前線。2010年、民間任用で内閣審議官に。民主・自民3政権で官邸の情報発信に従事。2013年〜慶應義塾大学特別招聘教授、関西大学特任教授などを経て現職。2019年〜令和メディア研究所主宰、インターネットメディア協会(JIMA)リテラシー部会担当。子どもから年配まで幅広い年代のメディア・情報教育に従事。著書『窓をひろげて考えよう』ほか多数。