コロナ禍の影響を受けて経団連会館とZoomによるオンライン参加のハイブリッド型で開催し、昨年度の活動実績の報告と今年度の実施内容の説明、メンバーからの質疑応答を行った後、オリンピックで金メダルを獲得するなど「キングオブスキー」と呼ばれた荻原健司氏(スキーノルディック複合金メダリスト)による講演と神津カンナETT代表との対談を行いました。
萩原氏は講演「本気は本物か」の中で、エネルギーの大切さについて以下の様に語り、また対談ではご自身の体験を踏まえたオリンピック選手に対する思いやジュニア世代の育成に対する考え方なども語られました。
神津代表とラジオ番組で対談した時に、ETTは「考えるきっかけのための会」と伺い、エネルギーや地球温暖化についてスポーツ選手だった私の考えや思いを皆さんと共有できればいいなと思い、本日のメンバー会議に伺いました。
コロナ禍での最近の私は、これまであまり見なかったテレビを見るようになりました。妻と一緒にオンデマンドで見始めたテレビドラマが「北の国から」。連続ドラマとして放送されたのが1988年、その後ドラマスペシャルとしてシリーズ化され2002年に放送が終わりましたが、ちょうど私が本格的にスキーを始めて競技人生を終えるまでの時期と重なり、リアルタイムでこのドラマを見ることができなかったのです。東京から北海道・富良野にやって来た主人公の男性と2人の子供は、エネルギーの全くない環境に小屋を建てて川から水を汲み、エネルギーといえば息子が廃材を利用して作った風力発電で生活しています。このドラマを見ていると、大自然の中で家族が協力して一つの生活を作り上げていくという、暮らしの原点があると思います。今の私の家族は妻と4人の子供で、生活環境が便利になったせいか、子供たちが家の仕事をする機会はほとんどありません。ドラマでは、吹雪の中を子供が水を汲んで来たり、お父さんがお風呂に入っている時、子供たちが外で薪をくべながら湯加減を聞くシーンなど、胸に響いて涙なしには見られません。 「もったいない」精神は常に持ちながら暮らしたいと思っています。例えば、家族6人分の洗濯に使っているのが二槽式洗濯機。風呂のお湯をバケツリレーで入れて水を無駄にしないようにしています。また、我が家に夜お客さんがやって来ると部屋の中が暗いと感じると思います。私はヨーロッパに遠征する機会が多く、柔らかい明かりをポイントで使った照明が心を落ち着かせてくれることを経験しているせいか、家中に煌々と明かりを点けることなく使い分けて暮らしています。エネルギー問題を考えたときに、節電や省エネというアプローチももちろん大事ですが、我慢し続けると精神的な疲労感が出てきますよね。どのくらいの明かりにすれば心が安らいで雰囲気がいいのか子供たちも学び、世の中で明かりを楽しむ文化がもっと広がれば、エネルギー消費量の削減にも結びつくのではないかと考えています。
最近、コロナ禍の影響で首都圏に住んでいる人が地方に移住し始めているのはすごくいいなと思ってます。地方の人口減少の歯止めになり、豊かな自然を感じながらリモートワークすることで、エネルギーの大切さを感じ生活スタイルを見直すきっかけになるからです。
神津 荻原さんは「JOCスポーツと環境・地域セミナー」に出席なさって、地球温暖化について自分のフィールドを通して感じたことを発言なさってますね。
荻原 スキー競技は雪がなければできないから、地球温暖化と一番密接につながっているスポーツといえます。しかし温暖化は進み雪不足で競技会が開けなくなっている現状では、スキー競技の存続さえ危うくなってきます。そこで雪が降らなくても競技を成立させる方向にシフトしているんです。具体的には、スキーのジャンプ台にはスキー板が滑るための2本のレールが装着されレールの中は製氷機で氷が張られた状態になっていて、レールに雪が降ると 捨ててしまいます。雪は着地する場所だけに天然雪あるいは人工雪を残し、もしなければ標高の高いところから大型ダンプで運んでいます。だからそのおかげで競技会が開けるという状況です。
神津 議員を一期で終え将来やりたいと思ってらっしゃったスキー指導者になられた。その中でジュニア育成では小さい子供にジャンプをさせるときに、言語化して説明するのがとても難しいとおっしゃっていますよね。
荻原 選手の頃は自分が感覚をつかめさえすればよかったのですが、指導者になってみると教える時に子供たちの頭に入りやすい分かりやすい言葉を見つけるのが難しく、でもそれはとても大事なのでいつも考えています。スポーツ指導は完全にオーダーメイドですね。この子にとってはここがツボだったんだという言葉を見つけてタイミングを逃さずに伝えてあげられれば、その子供のエネルギーを最大限に引き出せるから最高の喜びであり、それを探求する感じはアートといってもいいくらい。もし言っている事がジュニアの子たちにわかってもらえないとしたら、指導者の自分の責任ではないかと思っています。
神津 なるほど。それはここにおいでの皆さんにとても重要で参考になると思います。さて、2020東京オリンピックが昨年延期された時に、平和や感染症克服の上にスポーツがあるとつくづく感じたのですが、これからの私たちはスポーツをどのようにとらえていったらいいと思いますか。
荻原 この一年はアスリートや指導者の存在意義について深く考えさせられました。だからこそ今年のオリンピックではアスリートたちが頑張らなければいけないとも思いました。病気を克服した水泳の池江璃花子選手の活躍は本当に見事ですよね。内側から溢れ出てくるエネルギーの強さを、競技を見ている私たちも感じ取ることができると思います。アスリートの使命は、自分の夢や目標に全力で必死になって打ち込む姿を見せることであり、アスリートもみんなの応援をエネルギーとして受け取る。そういうエネルギーのやりとりの中で私たちは生きているんじゃないかなと私は考えています。
神津 今のような時期は、スポーツ以外でも、音楽を作る人がいてそれを聞いたり絵を描く人がいてそれを見たりあるいは小説家が書いた小説を読むことで癒されたり元気をもらっていると思います。いろいろなものが散りばめられている世界なのに、一方でグローバル化が進むと画一化されたり集約されがちではないでしょうか。
荻原 確かにグローバル化が進んだ社会では世界中の人やモノと簡単につながりやすく、また手に入りやすくなっていますが、私としてはその広がりはどこかで自制しなければいけないかな、とも思います。例えば、野菜は自分の住む長野市周辺でできたものを買うようにして地産地消を暮らしの中に取り入れると、地元で収穫されたきゅうりは格段に美味しいような気がします。
神津 荻原さんがコロナ禍で得たものとは何でしょうか。
荻原 家族で人けのない山里を一緒に散歩し山菜を摘む楽しみがありました。暮らしの原点を見つめ直し家族の絆が深まった感じがします。
神津 荻原さんの奥様は新体操のクラブをやっていらっしゃいますよね。
荻原 クラブでは私もウォーミングアップのために体育館を一緒に走るなどの手伝いをしています。幼稚園児や小学校低学年の子供たちの目の輝きほど美しいものはありませんから、その美しさに囲まれている私自身がもっと美しい気持ちを持つようにしたいな、と思うようになります。また子供たちにはやる気を持ってもらえるよう言葉をかけてあげれば、柔軟な子供たちはどんどん成長していくと信じています。大人にはその人なりのプライドがあるから、ある程度のことは任せたり、あるいは参考意見として提案の声がけをするスタイルがいいかなと思っています。
神津 今日のお話を聞いて、どう言語化すれば相手に理解してもらえるのか、私も考え続けようと思いました。また、不自由なことはたくさんあるけれど、コロナの時代だからこそ小さなことに幸せを感じられるようにしたいですし、我慢ではなく夜のほの暗い明かりを楽しめる暮らしにしたいとも思いました。
スキーノルディック複合金メダリスト
1969年、群馬県草津町生まれ。スキーノルディック複合選手として現在主流のV字ジャンプ技術を世界に先駆けて取り入れ、ジャンプで大差をつけクロスカントリーで逃げ切るスタイルを確立。92年アルベールビルオリンピック、94年リレハンメルオリンピックでは団体2連覇に貢献。ワールドカップでは、日本スキー界初の年間総合優勝に輝き、3連覇の偉業を成し遂げる。後に「荻原封じ」とささやかれるルール改正があったほど、無類の強さを誇った。2002年に競技生活を引退、04年には参議院議員選挙全国比例代表区で初当選。スポーツ振興、教育問題や環境問題を中心に取り組み10年の任期満了まで務めた。その後、自身が在籍した北野建設に復帰し、スキー部ゼネラルマネージャーとして五輪メダリストを輩出。19年からはジュニアスポーツ振興に注力すると同時にSDGsの重要性を未来ある子供たちに伝えている。長野県教育委員会教育委員、長野県スポーツ協会理事などを務める。